Heart Rules The Mind

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NOVEL



 

ザブンと大きな音ともに、自分の体を包む大きな泡。

閉じ込められた小屋から脱出できたはいいものの、うっかり窓から転落してしまった江戸川コナンこと工藤新一は、下が湖で良かったと喜べる程の余裕は到底なかった。

体中の骨が軋み、胸が押し潰されるような痛み。それは幼児化した体がもとに戻ろうとしている前兆だった。

苦痛に折り曲がった小さな体が、水底に沈んでいく。

───くそっ・・・、何でこんな時に・・・。もしかしないでも、博士からもらったあの薬、ただの風邪薬じゃなかったんじゃ・・・。

もう酸欠で苦しいのか、発作で苦しいのかすらわからない。遠ざかる水面に成す術もなかった。

すると、ふと歪む視界に黒い影が映る。影はしだいに大きくなり、こちらに近づいてくるよう見える。

───誰だ?

誰であろうと、今、傍に来られてはまずい。もうすぐこの小さな体は元の体へと変貌を遂げる。その姿を誰かに目撃されるわけにはいかない。そうは思っていても、新一の体はもう思うとおりには動かなかった。

自分へ向けて手を差し伸べるその人物の顔を、新一はぼんやりと見つめた。だが、それが誰だかはっきり認識する前に、新一の視界は闇に閉ざされていく。

意識を失う寸前に新一が見たその顔は、よく見知った自分の顔と似ていた気がした。

 


出来損ないのレプリカ act.1    




ふと新一が目を開けると、綺麗な夕空が広がっていた。

・・・・・・あれ?オレ、どうしたんだっけ?

などとそんなのんきなことを考えて、唐突に意識が覚醒する。弾かれたように起き上がった体は最早、小学生のものではなかった。シャツ一枚かけられていたが、基本的には素っ裸だ。

「うわ・・・っ!」

思わず声を上げると、「あ、気がついた?」と人の声がした。ぎょっとして声の主を見ると、すぐ隣に自分と瓜二つの顔があった。

ニヤリと笑うその笑顔の人物には、新一は思いっきり心当たりがある。というか、ここまで自分にそっくりな人間を他には知らなかった。

黒羽快斗こと怪盗キッド本人である。

世間を騒がすその大怪盗の素顔が、実は自分と酷似しているという事実は、少なからず新一にはショックなのだが、今はそれを言ってもどうしようもない。

探偵と怪盗という相対する立場にあって、互いに正体を知りつつもそれを明かさないのは、その秘密の特質上、まるで密約を交わしたかのように微妙な関係だった。とはいえ、新一 としては馴れ合うつもりはそうそうない。

「・・・おまっ・・・!!何でここにいるんだっっ!?」

「ヒドイなぁ。とりあえず、お礼くらい言ってくれてもいいと思うんだけど?溺れかけてる名探偵を助けてあげたんだからさ。」

そう言われると、新一はぐっと詰まる。確かに助けてもらったのはありがたい。その上、助けてくれたのが、江戸川コナンの正体を工藤新一だと知っている数少ない人間 の内の1人だったことは、何より救いだった。

「・・・ま、まぁ、一応、礼は言っとくけど。」

新一が渋々そう言うと、快斗は「よしよし」と満足げに頷きながら口を開いた。

「いやぁ、でも驚いたよ。まさか湖の中でいきなり変身しちゃうとはね。いよいよ、めでたくもとの姿に戻れたとか?」

「・・・いや、残念だけど、それはねーな。思い当たるフシもあるし。」

へぇ?と目を細める快斗を前に、新一は疲れたように息をついた。

「風邪気味だったから、博士から薬をもらって飲んだんだけど。考えられるのは、実はそれが灰原の開発したAPTXの解毒剤の試作品かなんかだったんじゃねーかっていうオチ。」

新一のその考えには、快斗もなるほどと苦笑した。あの少しおっちょこちょいな博士ならありえなくもない話だと思ったらしい。

まぁ、それはそれとしてだ。新一は再び快斗をじろりと睨みつける。

───で?お前はどうしてここにいるんだ?偶然とは言わせないぜ?こんな山奥の小さな村に、お前の欲しいビッグジュエルの情報があるわけもないしな。」

すると、快斗はにっこり言った。

「ちょっとした興味本位でね。」

「興味本位?」

眉を顰める新一に、快斗はますます楽しそうな笑みを浮かべる。

「いやぁ、だって。あの日本警察の救世主、高校生探偵工藤新一が推理ミスを指摘されるなんて、滅多にない話だと思ってね。気になってついてきたってわけ。」

「・・・・・・お前な。」

新一はうなだれるしかない。そもそも何でこの怪盗が、新一宛てに届いた手紙の内容を把握しているのか。

新一はもう一度、快斗を睨みつけた。傍らに立つ快斗も、新一を助ける為、湖に飛び込んだので服はすっかりびしょ濡れだ。自分もいつまでも裸でいるわけにはいかない。

「・・・とりあえず、着る物だな。オレもこのままじゃ動くに動けないし。」

「オレの着替えなら、旅館にあるけど?」

快斗は新一達と同じ旅館を手配してると言う。しかし、この場所から旅館までは結構な距離が あり、快斗自身の着替えはともかく、新一の服まで取ってこさせるのは多少、時間がかかり過ぎる。少し考えた新一は、閉じ込められた例の小屋を見て、ふと思いついた。

「あ、いや。旅館まで行ってもらわなくても、何とかなりそうだ。」

新一が見つめる先に気づいて、快斗もそっちを振り返る。

「あの小屋に何かあるのか?」

「ああ、とっておきの衣装がな。」

不思議そうな顔をする快斗に、新一は悪戯を思いついた子供ような笑いをして見せたのだった。

 

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そうして、1人快斗のシャツに身をくるんだままの新一が、湖畔で待つこと少々。再び例の小屋から戻った快斗の手には、新一が思ったとおりの衣装があった。新一はサンキュと言ってそれを受け取ると、素早く着替えを済ます。

「悪ぃな。オレだけ先に着替えて。」

「いや、それは構わないけど。名探偵、風邪引いてるみたいだし。」

「お前もそのままじゃ風邪引くぞ。早く旅館に戻って着替えろよ。」

ゴホゴホと咳き込みながら新一がそう言うと、快斗は平気平気と笑いながら、改めて着替え終わった新一の姿を見据えた。

「ってか、それって一体、何の衣装?」

「ああ、これは“死羅神様”さ。

「シラガミ様?」

「この土地に伝わる民話だ。いにしえより、この森には死羅神様という白髪の森の番人がいると語り継がれている。土地を荒らすものをその土地の守り神が懲らしめるっていう、良くある類の伝説だな。」

「・・・白髪。そういやあの小屋にカツラもあったな。でも、何でその死羅神様の衣装があの小屋に?」

「あそこが死羅神様の小屋だからさ。」

「なるほど?実在したんだ?」

快斗が面白そうに尋ねると、新一は神妙な顔で頷いた。

「9年前、森で迷って命を落とした少女の父親が、村の子供達に自分の娘の二の舞いを踏ませない為に、森に小屋を建てて死羅神様として住みつき、森に入らせないようにしていたんだ。もっともその彼が3年前に体を壊して亡くなってからは、彼の息子さんが二代目として死羅神様を継いでいたんだが。」

新一は、1年前に事件でこの村を訪れた時、その死羅神様の件について知ったことを快斗に話して聞かせた。

「つまり、名探偵はその死羅神様と顔見知りだったと。」

「ああ。そして、今回、オレの推理ミスを見つけたと手紙を寄越した人物こそ、二代目死羅神様だからな。」

すると、快斗の目が僅かに細められた。

「ちなみに、その二代目死羅神様と名探偵の関係って、どういう?」

「どうって・・・。1年前に起きた殺人事件の捜査を手伝ってくれた青年としか・・・。」

特に思い当たる事がないという顔をする新一に、快斗はふむと頷いた。

「じゃあ、名探偵ももう一度、あの小屋に行くべきだな。面白いものが見れると思うよ。」

「面白いもの?」

何だ、それは?と新一は首を傾げるが、快斗は行ってからのお楽しみと笑うだけだ。仕方がないので、新一は白神様の格好のまま、快斗とともに小屋へ向かう事にした。

夕暮れの山道を歩きながら、新一は手元の腕時計で時刻を確認する。もう日暮れも近い。突発的にもとの姿に戻れたのはいいが、今度はいつまでこの姿でいられるか。それに、急に姿を消してしまった江戸川コナンの言い訳をどうしたものか。考えると頭の痛いことばかりだ。

ふと前を歩く快斗の背中に向かって、新一は言った。

「さすがのお前でも、“江戸川コナン”に化けるのは無理だよな・・・。」

「確かに、オレがいくら変装を得意とする怪盗だとしても、小学生の体型まではね。」

「・・・・だよな。」

当然の結果だが、がっくりと新一は肩を落とす。そんな新一を見て、快斗は苦笑した。

「何なら、オレが後で適当に言い訳を作っておいてやってもいいけど?あの博士にでもなりきって、風邪気味の名探偵を迎えに来たとでも言っとけば、大丈夫だろう?」

それは確かに名案だった。だが、そこまで快斗に借りを作るのは新一の本意ではないし、借りを作ったら作ったで、後が面倒なことになるのではないか。新一はそう疑わずにはいられない。

「・・・おいおい。ずいぶん気が利くじゃねーか?」

「いやいや。こっちも楽しませてもらってるからね。」

お気楽な顔でウインクをして見せる快斗に、新一は疲れたように溜息をつくしかない。ともかく、この怪盗が上手く動いてくれれば、江戸川コナン行方不明と騒がれることはなさそうだ。それさえクリアできれば、新一は新一として動く事が出来る。

新一は気を取り直すと、小屋への道を急いだのだった。

 

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小屋に到着すると、快斗は新一が閉じ込められた部屋の隣へ入るようにと促す。
そこは中からはドアが板で打ち付けられていて、行かれないようになっていた部屋だ。

「外の窓からなら、入れるから。」

快斗にそう言われて、窓枠に足をかけた新一は、そこから見た室内に驚愕した。何と部屋の壁一面、新一の記事や写真で覆われている。中にはナイフでずたずたに切りつけられているものもあった。

「ここの部屋の主はよっぽど名探偵にご執心だったみたいだ。殺したいほどにね。」

後ろからそう快斗の声がかかる。だが、新一は快斗のその声には何も答えず、ただ部屋を見回した。

狭い部屋にある机の上には、トランシーバーがあった。それはおそらく新一を閉じ込めた時に使われたものだろう。他にも机に深く刻まれた物騒な文字、何故か何枚も割られた鏡の残骸、そして拳銃の弾の空き箱が散らかっている。とても尋常とは思えなかった。

「一体、これは・・・。」

眉を顰める新一の横で、快斗が聞いた。

───で、ここまでされる身に覚えは?」

「そう言われてもな・・・。この小屋の持ち主である屋田誠人さんは、1年前の殺人事件で命を落とした村長一家の養子だったから、事件後、酷くショックは受けていたとは思うが・・・。」

そう言ったきり押し黙る新一に、快斗は続けた。

「ちなみに。名探偵に手紙を寄越したその屋田誠人という人物だけど。現在、行方不明で半年前に捜索願が出てるらしい。」

「行方不明?ってか、お前、何でそれを!?」

「いやぁ、村役場に調べに行った西の高校生探偵らの情報をちょっと。」

言いながら、快斗はポケットから小型のイヤホンを取り出してみせる。どうやら平次らの動きを盗聴していたらしい。全くあなどれない。

新一は溜息をつきながら、もう一度部屋を見渡した。

「彼が行方不明だとしたら、オレをここに呼び出したのは一体・・・・?」

もしかして、手紙を寄越したのは屋田誠人本人ではないのか。死羅神様の小屋を知っているのは、他にいないはずだと新一は思っているが、そうとも限らないのかもしれない。人知れず新一を恨み、拳銃を持って何か恐ろしいことをしでかそうとしている人物は他にいるんだろうか。

新一は顎に手を添えて考えを廻らせる。が、ふと目の前にいる快斗の顔を見て思いついた。

「・・・そういえば、お前、ずいぶんタイミングよくオレを助けてくれたよな。もしかしないでも、ここに来るオレをつけてたのか?」

そう問いただすと、快斗は「そうだよ」とにっこり頷く。

「じゃあ、オレがあの小屋に閉じ込められるところも見てたんじゃないのか?」

「ああ、見てたよ。」

あっさりと返ってきたその答えに、新一は思わず目を見開く。何でさっさとそのことを言わないんだと詰め寄ろうとした新一に、快斗は人の悪そうな顔で笑って見せた。

「“工藤新一”だった。」

「は?お前、何言ってんだ?!」

「だから、名探偵をここに閉じ込めたのは、“工藤新一”の顔をしたヤツだったんだって。」

この期に及んで何を言い出すのか。

新一は、ただ信じられないという顔をするしかなかった。

 

 

 To be continued

「殺人犯 工藤新一」のSPの舞台裏。
じつは快斗が絡んでました編で話を書いてみました。
特に本編をいじることはないですが、実は死羅神さまな新一に助っ人がいたんですよ的なお話。
個人的なストレス解消話です(汗)。

 


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