“名探偵をここに閉じ込めたのは、“工藤新一”の顔をしたヤツだったんだって”
快斗のその台詞に、新一は大きく眉を吊り上げる。人の悪いこの怪盗がまたフザけているとしか思えなかった。
「・・・冗談はよせ。」
「いやぁ、冗談じゃないんだな、これが。」
「大体、変装ならお前の十八番だろうが。オレに化けるようなモノ好きは、お前以外見たことねーぞ。」
「そう言われてもね。」
快斗が頭をかきながらそう答えた時、不意に外から人の声がした。それを聞いて、新一ははっとする。
「・・・やべ。もしかして、オレを探しに蘭達が森に入ってきたのかも。」
とりあえず、様子を見ようと新一は快斗とともに小屋を出ると、湖畔を見下ろせる高台から声のする方を窺った。すると、湖の岸辺に人が集まっているのが小さく見える。
「もしかして、名探偵以外にも湖に落ちた人がいるのかな。」
「まさか、蘭達じゃねーだろうな?!」
「行ってみる?」
言われて新一は頷くと、快斗と再び湖まで走って向かうことにした。そして、湖の岸辺近くまで辿り着くと、こっそり木々の間から人だかりのできている方を覗いてみる。
その中に蘭達の姿を確認し、とりあえず湖に落ちたのが彼女らではないことを確認した新一がほっとしたのもつかの間。人だかりの輪の中心にいた人物に、新一はその目を見開いた。
びしょ濡れで毛布一枚かけられたその人物は、何と“工藤新一”だったのだ。
「・・・・・・どういうことだ?」
白髪のカツラこそしていないが、死羅神様の格好をした新一は木々の間から息を殺して呟く。その隣で、快斗が面白いものを見るように笑う。
「ほら、いただろう?もう1人 “工藤新一” がね。」
新一は目の前に広がる光景を信じられないものを見るように見つめていた。あいにく、新一達の今、いる位置からでは、その“工藤新一”を取り巻く蘭や平次達の会話は届かないため、彼らが何を話しているかはわからな
い。
「一体、アレは誰だ?」
「さぁ?他人の空似じゃ、出来過ぎてるね。」
他人どころではない。新一そのものだった。事実、蘭達までもその人物を新一と信じて疑わないような様子が見受けられる。
つまり、あの人物は新一になりきるつもりなのだ。要するに、あの手紙で新一を呼び出したのは、小屋に監禁する為。そして、その上で彼が“工藤新一”として姿を現すことが狙いだったというわけだ。
───しかし、一体、何のために? そもそも彼は、誰なのか?
新一は眉を顰める。そんな新一に、快斗は横で小さく微笑んだ。
「どうする?いっそのこと、ここで名探偵が出て行けば、あの偽者の正体も暴けるかもしれないけど?」
確かにそれはそうだった。幸い、今は新一は江戸川コナンではなく、もとの高校生の姿を取り戻している。あそこにいる新一の顔をした人物が、偽者であるということの証明は容易い。
だが、新一は首を横に振った。
「・・・いや。彼には、まだ何か狙いがあるはず。わざわざオレに成りすまして、何をしたいのか、それがわからないと・・・。」
「なるほど?でも残念だな。どうせならオレも名探偵に変装して、二人揃って出て行ったら面白いと思ったんだけどね。“工藤新一”が3人もいたら、さすがにびっくりだろ?ドッペルゲンガーみたいで。」
「・・・やめろ。余計に混乱する。」
快斗のふざけた提案を新一は即座に却下する。どうも目の前の怪盗は、この状況を楽しむ事しか考えていないらしい。そうこうしている間に、新一の顔をした偽者が蘭や平次らに抱えられるようにして、湖の岸辺を後にする。どうやら旅館へと向かうらしい。
どうしたものか考えを廻らす新一に、快斗はにっこり言った。
「とりあえず、オレが眠りの小五郎のおじさんあたりと入れ替わって、彼と接触してみようか?」
目には目をではないが、こちらも変装には変装で対応するのはどうかと、快斗が新一に持ち掛ける。変装がお得意のこの大怪盗の申出は、今の新一にとってはありがたかった。
「・・・ずいぶんと協力的じゃねーか?」
「いやなに。実際、自分以外が名探偵に変装してるのって、ちょっと興味あるし。」
そんな理由かと新一はうなだれるが、正直、快斗以外にこんなことは頼めない。本人も乗り気のようだし、新一は快斗の提案に飲むことにした。
「で、名探偵はどうする?」
「そうだな。“工藤新一”がいる以上、オレが出て行くわけにはいかないからな。しばらく、この山で死羅神様でもやってるさ。幸い今、この森には死羅神様は不在みたいだしな。」
新一はそう不敵に笑って見せた。
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やがて、日も暮れて森は闇に包まれた。死羅神様として森に身を隠した新一は、例の小屋をアジトに居座る事にする。さすがに自分の記事や写真だらけの部屋にいる気はしなかったので、先程、監禁されていた方の部屋にだが。
すると、不意に小屋の扉が開いて、毛利小五郎が入ってきた。無論、その姿は快斗の変装である。
「よぉ。」
片手を上げてにっこり笑う小五郎の顔をした快斗の手には、食料と飲み物があった。さすがに気が利く。森から出られない新一にとっては、ありがたい差し入れだ。
「さんきゅ。」
こほこほと咳をしながら新一がそれを受け取ると、快斗は苦笑する。
「大したものはないけどな。とりあえず、ちゃんと食べといた方がいいだろ。あと一応、風邪薬も持ってきてみたんだけど。」
「悪いな。でもクスリはやめとく。これ以上、体に変調を来たしたらマズイし。」
博士からもらった薬がおそらくAPTXの解毒剤であったとして、万一、副作用でも起きたら困る。新一はそう思って、風邪薬は遠慮することにした。
快斗から受け取った缶コーヒーのプルタブを新一が開けると、狭い小屋の中にはコーヒーの香りが立ちこめる。コーヒーで喉を潤す新一を、快斗は小屋の壁に寄りかかった姿勢でじっと見つめていた。と、新一の瞳が快斗を向く。
「───で、どうだった?」
そう問いただすと、快斗は腕組みしたままニヤリと笑う。
「面白い事になってるよ。」
「・・・何だ、面白いことって。ってか、あの偽者はみんなに疑われずに、ちゃんとオレを演じられてるのか?」
「ああ、それについては問題ないね。何せあの“工藤新一”は、ただいま記憶喪失中みたいだから。」
「記憶喪失?!」
新一は思わず飲みかけのコーヒーを噴出しそうになるが。快斗はますます楽しげに続けた。
「───そ。何を聞いても “わからない、覚えてない” で通してる。おまけに酷い風邪声でね。ほとんど何も喋らない。」
快斗の話に、新一はふむと顎に手を添える。
「なるほど・・・。記憶喪失を装っていれば、蘭や服部達に何を聞かれても、答えずに済ませることができる。風邪声にしているのも同じ理由か。・・・考えたな。」
「そういうこと。要するに真似できてるのは顔だけ。それでも名探偵と比べると、若干、華がない気はするけどね。ともかく声はおろか、名探偵の人格もさっぱりだ。ま、多少の不自然さは記憶喪失と風邪で何とかカバーしてる感じかな。」
変装を得意とする怪盗キッドにとっては、あの“工藤新一”の変装には少々納得がいかないらしい。だが、新一はそんな快斗に大きく息をついた。
「・・・あのな。お前じゃあるまいし、その人物のプロフィールや声まで完全にコピーできる人間なんて、そうそういてたまるかよ。」
新一はそう毒づいてやるが、快斗は「そうかなぁ」と何処吹く風だ。
新一は1つ大きく咳払いをする。風邪で掠れた喉も、温かいコーヒーで少し楽になった気がした。
「まぁ、とにかくだ。
じゃあ、あの偽者は今のところ、上手く演ってるわけだな?」
「そうだね。ただ、もしかすると名探偵の幼馴染の彼女あたりは、多少、違和感を感じている様子だったけど。他はみんな、あの“工藤新一”の記憶を取り戻してやろうと躍起になってるところ。西の高校生探偵ですら、すっかり騙されちゃって。」
「・・・ああ、服部か。ま、仕方ねーだろ。見た目だけはオレとそっくりなんだし。おまけに湖から裸で発見されたとなれば、オレの正体を知ってるアイツなら、オレが元の姿に戻ったと思うだろうからな。」
新一がそう言うと、快斗が「あ、そうそう」と付け足した。“工藤新一”の出現と共に消えた江戸川コナンの行方については、事情を察した平次が快斗より先に何とか誤魔化したらしい。もちろん、平次の察した事情は、多少真実とは異なってはいるのだが。
「───でね。あの“工藤新一”が何か思い出すかもしれないって言うんで、これからみんなで例の事件現場に乗り込むところなんだけど。」
「日原村長の自宅へ?」
「ああ。何でもそこは村長の息子の意志で、事件当時のまま残ってるんだって?これからそこで西の高校生探偵も事件の検証をしてみるんだと。」
「・・・そうか。」
新一は神妙な顔で頷く。と、快斗が言った。
「それはそうと。例の手紙で指摘されていた推理ミスに、何か心当たりは?」
「さぁな。こっちが聞きたいくらいだ。」
推理ミスなどした覚えはない。そう確信を持った声で新一が答えると、小五郎の顔の快斗は「それはそれは」と肩を竦めた。
「じゃあ、それはあとであの“工藤新一”に直接、聞くしかないね。───あ、そういえば、あの彼の顔だけど。どうやら、オレもやったことないスゴ技使ってるみたいだよ。」
「スゴ技?」
目を細める新一に、快斗はニヤリとした。
「あの顔、ホンモノなんだよ。彼、“工藤新一”の顔に整形してる。」
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