Heart Rules The Mind

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NOVEL

奪うことも 逃げることも

この夜に誘われるまま

 

僕らが選んだ道は

終わりと始まりを つなぐ架け橋

 

さまよう二人残して 星に消えた青い鳥

アオイトリ 

 

 

 Side : Shinichi

 

欲しいものも惜しいものも何もなかった。

見つけようとも思わなかった。

 

 

 

古ぼけた壁紙は、良く見れば細かい花柄模様がプリントされていた。

正方形に近い室内は、二つのベットがそのスペースの大半を占めているものの、ベットの足元には
応接セットやら化粧台が置かれている。

全体的にアンティークな調度品でまとめられていて、シティホテルにしてはまぁ趣味が
良い方なんじゃないかとも思ったが。

それらのすべてを、室内の雰囲気とは不釣合いな真っ白な蛍光灯が晧々と照らしている。

そのわずかばかりに残ったスペースに倒れてる一人の人間も。

 

「出血もしてないし、首を絞められたような跡もないな。」

目暮警部が声をひそめるように呟いた。

体格の良い彼がオレの前に立つと、オレにはほとんど何も見えなくなる。

それでも、彼の影から身を乗り出してみたオレの目には、二つのベットの隙間に倒れてるらしい人間の
二本の足が見えただけだった。

所轄の刑事と話しながら、目暮警部が前へ一歩出てくれたので、ようやく仰向けに倒れていている
人の姿がオレの目に入ってくる。

もっと近くで観察しようと遺体に近づいたら、所轄の刑事がギロリとオレを睨んだ。

「おい、君っ!!あんまりそばに近寄らんでくれ!」

・・・わかってるよ。

鑑識が来るまで現場保存を心がけることは、機動捜査の基本だろ?

「ま、まぁまぁ。あの工藤君が現場を荒らしたりするようなことはせんよ。
君も彼の評判は知っておるだろう?」

「しかし高校生探偵だなんて言ったって、所詮は子供じゃないですか!」

フォローを入れてくれる目暮警部に、所轄の刑事は納得しきれない様子でオレを見た。

・・・・・ま、気持ちはわかるけど。

ちょっとくらい推理ができるからって、現場にシャシャリ出てくる子供なんて、普通に考えたら
鬱陶しいだろうし。

とは思いながらも、オレは彼に笑顔で会釈をして、遠慮なく死体の観察を始めた。

 

ラベンダーのブラウスに白いスカートを身に付けているその人は、どう見てもうっかり転んだとは
思えない姿勢で、むなしく宙を見つめていた。

まだ若い女性だった。

やはり出血もしていないし、首に索条痕も見受けられない。

・・・ふーん。

・・・毒かな。

部屋の入り口では、高木刑事が第一発見者である被害者の友人達に詳しく事情を
聞いているのが耳に入ってくる。

とりあえずオレが立ち上がると、ちょうどそこへ鑑識の人達が到着して、部屋の外が騒がしくなった。

やがて部屋の外にはロープが張り巡らされ、あたりは物々しい雰囲気に満ちた。

「これはやはり何かの毒物かもしれんな。他殺の線で間違いないだろう。」

「室内は特に荒らされた形跡はありませんから、強盗殺人の可能性は低いですね。」

厳しい表情でそう語る目暮警部達を横目に、オレは少し気持ちが滅入るのを感じていた。

この時、誰の犯行であるかは、すでにオレには見当がついていたから。

 

 

・・・・・蒸し暑いなぁ。

螺旋状になっている非常階段の手すりに頬杖をつきながら、オレは溜息をついた。

殺人現場のホテルの外側に設置された錆びた匂いのする階段を、まだ梅雨の明けきらない湿気を
帯びた風が通り過ぎていく。

すっかり日も落ちて夜の闇に包まれた街を、オレは何とは無しにそこから見下ろしていた。

 

人の一生なんて、実にあっけないものだと思う。

殺したり殺されたりなんてもう珍しい事でもないし、いつでもどこでも起こる日常茶飯事な出来事だ。

そう、例えば明日、自分の身に起きたとしても全然不思議じゃないほどに。

それくらい簡単に人は死ぬ。

生きることを許された時間は人それぞれで、まぁ短い人もいれば長い人もいるのは当然だけど。

それでも、その一生の内で味合う幸福と不幸の量は、うまい具合にバランス取れているって
昔、何かの本で読んだな。

・・・ま、それが本当かどうかは知らないけど。

だとすると、だ。

オレの場合、この17年間を振り返るとどうなるんだろう?

別に特段目立った不幸なんてなかったし、そう考えると結構幸せを爆走してきたことになるのかも。

『高校生探偵』だなんてチヤホヤされて、まぁそれが正直うれしかった時期もあったし。

 

けど、今は。

 

そんなことはどうでも良かった。

『探偵』なんてシュミでやってるけど、所詮、あまり歓迎されるべき人種であることはとうにわかってるし。

別に、人の役に立とうとなんて思ってやってるわけじゃないから、いいんだけどね。

そこにあるのは、単に純粋な好奇心。

事件解決のためではなくて、謎を解く事にしか本当は興味がないと言ったら、警部達はどうするだろう?

オレに幻滅するんだろうか?

 

そんなことを考えながら、オレはクスリと苦笑した。

そのうち、事件関係者から逆恨みされて、刺されたりするかも。

もしそんなことがあったら。

その時は、ヘタに苦しまないように心臓を一突きにしてくれると、ありがたいだなんて思っているオレは
別に自殺志願者ではないけど。

 

・・・ただ、別に。

たとえ、『明日』がなかったとしても、それはそれで構わない。

・・・ただ。

すべてが退屈で、どうでもいいだけなんだ。

 

最近、よくこんなことを思うようになった。

これは、オレの人生の中でとうとう幸福の時間が終わって、不幸の波が押し寄せてくるという
前兆なのかもしれない。

 

 

「・・・あ〜っ!!こんなところにいた!工藤君っっ!!」

振り返ると、息を切らした高木刑事がいた。

「・・・高木刑事。何か進展はありましたか?」

「いや、全然!みんな頭を抱えているよ。で、目暮警部が工藤君の姿が見えないし、どこかで
事件解決のヒントでも掴んだんじゃないかっていうから、探しに来たんだよ。
・・・それで、何かわかったのかい?」

・・・ああ、そうなんだ。

いや、もちろん犯人もトリックも、その証拠も全部わかってはいるんだけど・・・。

そうか、そろそろ推理ショーの時間か。

・・・うーん、けど、面倒臭いな。

期待を込め、オレの顔を覗く高木刑事から、僅かに視線を横に逸らす。

自分で推理するまではいいのだが、それをみんなにわかりやすく丁寧に説明するのが、
最近どうも億劫になってしまっているのがいけない。

けど、まさかそんな不真面目な本音など言えるわけもないし。

ここは一つ、推理ショーは高木刑事にやってもらうことにしよう。

オレはニヤリと笑うと、

「・・・高木刑事、僕の推理をお聞かせしましょうか。」

自分の考えるところの事件の真相のすべてを話して聞かせた。

「さ、さすがは工藤君っっ!!そこまでわかってるなら、早く部屋に戻ってみんなにこのことを・・・!」

「いえ、僕の考えは今、お話したとおりなので、ぜひ高木刑事から皆さんにお知らせください。
僕が直接話すより、きっと所轄の刑事さん方にも理解を得られるはずですから。」

ね?とそう笑って高木刑事を見つめると、彼は口篭もってしまう。

人の良い高木刑事に押し付けるのは悪いとも思ったが、別にコレを彼の手柄にされたって、オレとしては
全然構わない。

「・・・というわけなので、僕はこれで失礼します。」

「えっっ!? ちょっと待って!!工藤君!!!工藤君ってば!!」

焦る高木刑事をその場に残し、にっこり笑顔で手を振ると、オレはそのまま非常階段を下りていった。

 

 

人通りのない暗い夜道を一人歩きながら、思う。

いつまでこんな日が続くのかと。

謎を解く事には興味はある。

だけど、別に将来『探偵』なると決めたわけではないし。

どちらかというと、自分の将来なんて、なんだか想像も出来ないし。

別に未来を否定するつもりはないけど、先のことなどとても考える気にはならない。

というか。

この退屈な日々が、どこか途中で終わる事を期待している自分がいた。

その終わり方がどうであろうと、それが唐突に訪れようとも、オレとしては一向に構わなかった。

 

ふと、終わりのない真っ黒な空を仰ぐ。

ますます憂鬱な気持ちをつのらせたところで、オレの目は驚きに見開かれた。

 

頭の上でバサバサっと大きな音がしたかと思うと、突然、白い大きな鳥が血と一緒に
空から降ってきたからだ。

ま、それがオレの見知らぬ鳥だったら、まだ良かったんだけど。

思いっきり見覚えのあるその姿に、オレは少々眉を寄せた。

 

やがて、オレの前方で蹲っていたソイツが顔を上げる。

死ぬほど不機嫌そうな顔をして。

 

 

 

+++     +++     +++

 

 

  Side : KID

 

迷いなんてなかった。

泥棒でも人殺しでもどっちでも良かった。

 

 

 

・・・・・最悪だ。

まさか、こんなトコでコイツと出くわすなんて、本当に今日はとことんツイてないな。

せっかく奪った宝石は『パンドラ』じゃないし、おまけに見覚えのない奴らには襲われるし。

 

『怪盗キッド』を狙う組織は一つだけではない。

それは充分承知しているつもりである。

今日、しかけてきた奴らは宝石ではなく、純粋に『怪盗キッド』の命だけを狙ってきた。

なんとか逃げ果せたものの、右肩には銃弾を受けてしまい、白かったスーツはすでに半分鮮血に
染まってしまっている。

脈打つたびに、ドクドクと音を立てて流れる血を押さえながら、舌打ちをした。

・・・あー、イテーな!くそっ!

 

こんな時、殺ってやれば良かったと本気で思う。

別にオレは『義賊』でいてやるなんて、誓いを立てた覚えなんてないしね。

いつ一線を超えたって、全然構わない。

それがたった今でも。

 

 

片膝を地面についたまま、銃弾の掠めた腕を押さえながら、前方に佇む人物を睨みつける。

『名探偵』と言われるソイツは実に冷静な瞳でこちらを見つめていた。

ああ、そういえば。

今夜の予告状の暗号解読はコイツがしたんだったということを、オレはふと、思い出した。

まぁ、暗号が解読されたところで、結局それを警備に生かすことが出来ないのだから、日本警察の
レベルの低さを物語る以外何者でもないのだが。

それでもコイツだけはちょっと例外で。

こちらの考えをすべて見通すようなこの蒼い瞳の名探偵は、前々から要注意人物だと思っていた。

 

痛む腕を押さえて、とりあえず立ち上がろうと両足に力を込める。

・・・・・さて、こんな体でコイツの前から、逃げられるかな?

ふらつく体を壁に寄りかからせながら、オレはニヤリと笑ってやった。

「・・・こんばんわ、名探偵。こんなところでお会いするとは奇遇ですね。」

せっかく挨拶してやったのに、アイツときたら、目を僅かに細めただけで何も言葉を発しなかった。

仕方がないので、オレは続ける。

「こんなところで一体何を?」

すると、名探偵はやや不審げに眉を寄せて「お前こそ、何をしているんだ?」と言わんばかりに
こちらを見返した後、ようやく口を開いた。

「・・・仕事帰りか?」

「ええ、まぁ。」

そう答えてやると、名探偵の視線がオレの負傷した肩の方へすっと動いて、やがて呆れたように
溜息をついた。

「・・・その傷、早く止血しておかないと今に動けなくなるぞ?」

「名探偵にご心配していただけるとはね。」

にっこり笑ってそう返してみたものの、実はヤツの言うとおりである。

というか、本当のところ、今ですら立っているのが危うい状態だ。

オレのその様子を察知してかどうか知らないが、名探偵はこちらに近寄ろうとはせず
ただ腕組みをして見せただけだった。

「・・・どうせ、また無駄に派手なパフォーマンスでもして、余計な奴らでも呼び寄せたんだろう?」

・・・・・ご名答。

けど、「無駄に派手な」は余計だ!コノヤロウ!!

そう思いながら、オレは苦笑いだけして返すと、ヤツは続ける。

「・・・こんなことを続けてると、今にお前、命を落とすぞ?」

・・・・・そーかもね。

でも、ま、どうだっていいんだ。

目的を果たすためなら。

自分の命も、他人の命もね。

オレはただクスリと笑うだけに留まったが、ちょっと名探偵の微妙な表情が気になった。

それは。

少しオレをうらやんでいるように見えたから。

・・・・・うらやむ?

・・・・・何を?

オレ、別にうらやまれるほど、良いもの持ってはいないと思うけどな。

 

地面には血溜まりが出来始めている。

これ以上の長居は危険だった。

オレはチラリと視線を名探偵に投げると、胸元から携帯電話を取り出した。

「・・・さて。ではそろそろ、名探偵に応援でも呼んで差し上げるとしますか。
お一人で私を捕獲するのは何かとたいへんでしょうから。」

そう言ってみせると、名探偵は少々怪訝そうな顔をした後、ニヤリと笑った。

「・・・お前、もうロクに動けないんだろう?」

・・・・・アタリ。

さすがは、鋭いね。名探偵。

オレは顔から笑いを消して、真っ直ぐに名探偵を見る。

対して、名探偵はその瞳を細めて笑う。

「応援を呼んで、大勢やって来る警備員に紛れて逃げるつもりか?
ま、確かにそれが一番手っ取り早く姿をくらます方法には違いないな。」

・・・・・それも、正解。

ったく、やりずらいな。

こっちの狙いはすべて見切られたってか。

仕方ない。

オレは内心舌打ちすると、携帯電話をしまって、代わりにトランプ銃を取り出して構えた。

銃口を向けられたヤツは別に動じた風でもなく、オレを一瞥して言った。

「・・・やめとけよ。これ以上体力使うと、本当に動けなくなるぞ?
心配しなくても、お前を捕まえる気なんてさらさらないから、さっさとどこへでも消えろ。」

「・・・へ?」

その予想外の言葉に、オレは一瞬目を見開いてしまったが。

「オレは泥棒なんかに興味はねぇーんだよ。」

「・・・ふーん、そうなんだ・・・。意外だな。」

名探偵の反応があまりにも意外だったものだから、ついこっちも素で返してみてしまったりして。

・・・・・あ、ヤベ!と、思ったけど、もう遅い。

・・・・・けど、ま、いっか。

『怪盗キッド』である時の、紳士口調がとっくにエセ紳士であることくらい、コイツには見抜かれていたで
あろうから。

それを証拠にコイツはちっとも驚かないし。

なので、オレは開き直って、コイツの前では素で行くことにした。

「・・・言っとくけど、もうないよ? こんなチャンス。」

トランプ銃の銃口を自分の口元に持って行き、軽く唇を押し当てるとそう微笑んでやった。

けれども、名探偵はだた「興味ない」の一言だった。

この天下の大怪盗を目の前にまるで何の興味も見せないとは、少々ムカツクところもあるのだが。

・・・じゃあ、一体何だったら、興味があるわけ?

そう思って、普段何事にも関心を持たないオレが、ふと気になってしまった。

 

「・・・何で、『探偵』なんかやってんの?」

 

愚問だとはわかってはいたけど。

っていうか、逆に聞き返されたとしても、こっちの都合は教えてやるつもりもないし。

 

すると、ヤツはしばらくの間、オレを見つめ返して、その後、フイと視線を伏せて答えた。

「・・・・・別に。 退屈だから、死ぬまでのヒマ潰し。」

 

その答えを聞いて。

なんだか、コイツのことがわかった気がした。

・・・ああ、コイツ、ちょっとオレと似てるかも。

そう思ったら、ついクスリと笑みが零れてしまっていた。

 

「・・・なんだよ?」

くすくす笑うオレを嫌そうに名探偵が睨む。

オレは、トランプ銃を胸ポケットにしまいながら、ヤツを見た。

「それなら、連れて行ってあげようか? すぐ死ねる場所へ。」

瞬間、蒼い目が見開かれる。

 

「オレと一緒に宝捜ししない?」

 

なぜ、そんなことを言い出したのか、自分でも不思議だった。

自分の領域に他人を踏み込ませるなんて、どうかしてる。

そんなことをしたら、足をすくわれる元だ。

 

・・・・・けど。

ま、このくらいのスリルがあった方が自分には丁度良い。

 

「・・・お前のゲームに参加しろって?それって、オレに何かメリットあんのかよ?」

「さぁ? でも少なくとも、今よりは退屈しないと思うよ?」

秀麗な眉を寄せてそう訊ねてくる名探偵に、オレはヌケヌケと笑って見せた。

 

 

 

目的を果たす以外に、自分の存在する意味なんて何もなかった。

見つけようとも思わなかった。

 

 

そんなことを考えていた、ある夜の出来事だった。

 

 

 

+++     The End     +++

 

 


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