8月ももう終わりに近づき、残すところ、夏休みもあとわずか。
最近は、めっきり涼しくなったので、エアコンを入れずとも快眠することができて幸せだ。
思えば、今年の夏は7月が猛烈に暑くなりすぎて、
それ以降はそうでもなかったような気がする。
意外に夏が短く感じられるのは、そのせいかもしれない。
何はともあれ、オレにとって大の苦手とする季節が早く終わってくれるなんて
喜ばしい限りだ。
そんなことを考えながら、ベッドサイドの棚へ手を伸ばし、
時計を取って時刻を確認する。
・・・昼、ちょっと前か・・・。
起きようかどうしようかしばらく考える。
どうせ何にも予定はないことだし・・・。
オレは薄い綿毛布に包まると、このまま惰眠を貪る事に決め、再び目を閉じた。
が、そこへ玄関のチャイムが来客を告げる。
ピンポーン、ピンポーン!!
・・・何だよぉ?誰だ?快斗か?
・・・なんて思ったりもしたが、よく考えれば、いや考えなくても、アイツがわざわざチャイムを鳴らして家にくるはずなんてない。
・・・ってことは、宅急便か何かかな・・・?
オレは仕方なくベッドから起き上がると、すぐ脇にあるTシャツと短パンに着替えて弱冠寝癖のついた髪を手串で整えながら、玄関へ向かった。
大きな欠伸一つしながら玄関の扉を開けると、視界に飛び込んできたのはなんと、小さな赤ちゃんを抱っこした蘭の姿だった。
「ど、どうしたんだよ?蘭?・・・その赤ちゃん・・・・」
赤ちゃんと蘭を見比べて驚いたオレに、蘭は縋るような目をしてオレに詰め寄った。
「新一!!この子、あずかって!!お願い!!!」
「・・・はい?」
Hello Baby
ここで、その赤ちゃんのご紹介を。
名前 : かなえちゃん
性別 : 女の子
年齢 : 生後10ヶ月
・・・ってそんなことのん気にしてる場合じゃねーぞ!!
この赤ちゃんをオレにあずかれだって?!
無理だ!!そんなの、絶対に!!子守りなんてしたことなんかねーんだぞ?!
「お願い、新一!この子、うちの親戚の子で今日一日あずかることに
なってたんだけど、お父さんが急に盲腸になっちゃって!!」
「え?!おっちゃんが?大丈夫なのかよ?」
「うん・・・。ここ最近、おなかが痛いって言ってたんだけど、今朝から急に・・・。
今は薬で散らしてあるから平気なんだけど、これから病院へ連れて行くの。
で、入院の手続きとかいろいろあるから、この子の面倒が見られなくなっちゃって。」
普段、あんな元気そうなおっちゃんが、盲腸だなんて・・・。
そりゃたいへんだな。
事情はわかったけどさ、こんな小さな赤ちゃんをあずけるなら、オレなんかより
もっと適任な人を探した方がいいんじゃねーの?
「仕方ないじゃない!!お母さんも、園子もみんないないんだもの!
お願い、新一!!もう新一しか頼める人、いないの!!夕方まででいいから!!」
い、いや・・・でもな・・・。
なんとも了承しかねるオレに、蘭は全くお構いなしの状態で、
無理矢理赤ちゃんを抱かせた。
「これ!こっちのトート・バックにおむつや、ご飯とか必要なもの全部入ってるから!!
じゃあ、頼んだわよ!!新一!!!」
「お、おい!!蘭、待てよ!!おい!!」
オレの必死の声に、蘭は一度だけ振り返り、夕方迎えにくるから!と大きく手を振って
ものすごい勢いで走り去っていった。
そして・・・。
オレは玄関に1人佇む。
オレに抱きかかえられている彼女は、自分が今どんな危機的状況にいるのかも
全く知らないで、無邪気な笑顔をオレに向けていた。
とりあえずは、第一印象としては嫌われなかったようだけど。
オレは彼女にひきつった笑みを返し、とりあえず玄関を出た。
そう!こんな時は阿笠邸に行くに限る。
灰原だって、一応女だし、オレなんかが面倒見るよりずっといいに決まってる。
それに人生経験豊かな博士だっているし。
・・・あの人が子育てに詳しいかは謎だけど、子供好きだし、きっと大丈夫だろう。
オレは迷わず阿笠邸の呼び鈴を押した。
が、しかし。
無反応・・・。
もしかして、外出してるのか!?
オレは焦って、何度も呼び鈴を鳴らしたが、やはり応答はなかった。
「・・・こんな時に、どこ行ったんだよぉ〜・・・」
玄関前で情けなくうなだれるオレに、かなえちゃんはにこにこ笑ってばかりだ。
ああ、もう!!
オレは携帯を取り出すと、短縮ボタンを押した。
電話の向こうで、機械的な呼び出し音が聞こえる。
・・・おい、出ろよ?出なかったら殺すぞ?!
と、思っているとプツという音と共に、相手の応答の声が聞こえた。
『・・・はい?どうしたの、新一?』
「快斗!!今すぐ、オレん家に来い!!今すぐだ!!!」
『・・・へ?』
+ + +
数十分後、快斗はオレの家に訪れた。
いつもどおりリビングへ足を運んだ快斗は、思わず目に留まった赤ちゃんの姿に
一瞬言葉を失ったようだ。
「し、新一・・・!!まさか、新一の子!?ヒ、ヒドイ!!オレに内緒でそんな・・・!!」
・・・なーんて、部屋へ入るなり下手な芝居を始めやがった。
ったく、呆れた奴だ、まったく。
「・・・お前な、よくそんなベタな冗談やってられるな。」
溜息混じりに言ってやると、冗談なんかじゃないよ?と快斗はペロっと舌を出した。
「へぇ〜。蘭ちゃんの親戚の子ね。かわいいじゃん、かなえちゃんかぁ。」
快斗はかなえちゃんに近づき、そのやわらかそうなほっぺをつつきながら
快斗お兄ちゃんだよぉ、なんてのん気に挨拶しやがったが。
「・・・で、夕方までかなえちゃんの面倒を見ることになったワケね。」
「ああ、だけどさ、オレ、赤ちゃんの面倒なんて見たこと無いし。
だから、博士んとこ行って、灰原とかに頼もうかとも思ったんだけど、生憎留守でさ。」
「そこで、快斗君の登場ってことですか。
言っとくけど、新一、オレだってそんな経験、ないよ?」
「・・・わかってるよ。でもオレ1人よりかは幾分マシかと思って・・・。」
すると、快斗はにっこりオレに微笑んだ。
「まぁね。とりあえず、もうあずかっちまったもんはしょうがない。
責任持って面倒見なきゃ!まぁ、なんとかなるでしょ?」
ウインク付きの快斗のその言葉に、オレも大きく頷いた。
「将来の予行演習だと思えばいいんじゃないの?オレ達の子供ってことで。」
「・・・バーロー、野郎2人でどっちが子供産むんだよ?」
「そりゃ、役回り的に新一だろ?」
「産めるか!!タコ!!」
そんなオレ達の会話をわかっているのかいないのか、かなえちゃんはソファの上の
クッションを握り締めて、時折声を立てて笑っていた。
「時間的には、そろそろお昼ご飯じゃねーの?」
快斗が壁に掛かった時計を見ながらそう言った。
そういや、バックの中にいろいろ食料も入ってるとか蘭が言ってたっけ。
そう思ってバックを覗くと、いろいろとベビーフードが出てきた。
「よっし!!かなちゃん!待ってろよ?
今、快斗兄ちゃんが、美味しいご飯を作ってやるぜ?!」
赤ちゃん相手にウインクまでして、快斗はキッチンへ向かおうとするので
思わずその腕を掴む。
「快斗、オレにもゴハン!」
よく考えたら、起きてからまだ何も食べていなかったので、空腹だった。
「・・・この家には、赤ちゃんは2人いるのかな〜?」
快斗はにっこり笑って、オレの顔を覗き込んだ。
「ば、ばーろー!!オレは赤ちゃんなんかじゃ・・・!!」
そう言いかけたとたん、鼻の頭にキスをされる。
「大人しく待ってな。なんかウマいもん作ってやるから。」
その笑顔が眩しいくらい優しくて、オレは真っ赤になって快斗を見上げた。
「いい子にしててね?」
「・・・快斗、てめぇ、オレを赤ちゃん扱いするなー!!!」
オレの叫びに、快斗は笑いながら、キッチンへ消えていった。
+ + +
かなえちゃんもために用意した物は、ベビーフードの中からいくつかの野菜の
ペースト状になったもの。
それと、ミルクに浸した柔らかいパン。
「へぇ。こんなの食べるんだ。」
オレはお皿に乗せられたそのベビーフードの中から、にんじんのペーストだと
思われる物に、ちょっと味見とばかりに、スプーンをつっこんだ。
「・・・!!うっわ〜!まずっ!!めちゃくちゃまずいぞ!!これ!!」
「え?そうなの?!」
快斗も同じように一口食べてみる。
「・・・う〜ん。でもまぁ、にんじんの味はするよ?味がさ、極端に薄いのかな?
まだ赤ちゃんだから、刺激物とかダメなんじゃねーの?」
・・・そうだけど。ここまで味がないのも気の毒な気がするけど。
「かなえちゃんには、オレがゴハン食べさせてみるからさ、
新一は、それ食べてていいよ?」
快斗が用意してくれたチャーハンをオレはトレイに乗せ、快斗共に
リビングへ向かった。
「は〜い、かなえちゃん、お待たせ!ゴハンを食べようね?」
快斗は自分の膝の上にかなえちゃんを座らせる。
スプーンを口の前に持っていくと、彼女はそれをぱくんと食べた。
「よしよし。おいしいだろ〜?いっぱい食べて早く大きくなれよ〜。」
人見知りをしないのか、すっかりオレ達にもこの家にも懐いちゃってるかなえちゃんは
快斗の差し出すご飯をお行儀良く食べていた。
快斗にしても、子供の面倒見るの、うまいじゃねーか。
オレは自分用に用意されたチャーハンを頬張りながら、その微笑ましい情景を
見ていた。
かなえちゃんが時々オレを振り返り、にっこり笑う。
どうやら、オレと同じようにご飯を食べているのがうれしいらしい。
「はい、あ〜ん!!」
言いながら、快斗が何度目かのスプーンをかなえちゃんの前に差し出して、
彼女はそれを口に含んだが、しばらく口の中でもごもごしていると、
突然、何の前触れも無く、でろ〜っと吐き出した!
「うわぁ!なんだよ?何で出すんだ?!」
口の周りにべったりついたご飯を、快斗は慌ててティッシュで拭いた。
「やっぱ、それまずいんだよ!」
「そんなことないよ。さっきまでちゃんと食べてたもん。
ほら、もうちょっとだからさ。きちんと全部食べようぜ、かなちゃん!」
そう言って、快斗が再度スプーンを口に持っていくと、なんと、かなえちゃんは
スプーンを持っていた快斗の手を叩き落とした。
スプーンが吹っ飛び、ご飯が散乱する。
「ああああぁぁぁぁ〜!!!」
とたんに快斗が大声を上げた。
な、なんだよ。うるさい奴だな・・・。
「オ、オレの・・・・オレのビンテージもののジーンズが!!!」
はぁ?!
見ると、かなえちゃんがスプーンを叩き落したおかげで、快斗のジーンズが
汚れてしまっていた。
・・・お気の毒様。
そりゃ、ビンテージものじゃ、泣きたくもなるよな。
「諦めろ、快斗。相手は子供だ。
ほら、濡れタオルやるから、とりあえずこれで拭いとけ。」
オレは笑い出したくなるのを噛み殺しながら、がっくり肩を落とした快斗に
タオルを差し出した。
「かなえちゃん、もうおなかいっぱいなのかな?」
「そうみたい。じゃあ、これ片しちゃうから、かなえちゃんのこと、新一、見ててね?」
すっかりへこんだ快斗は、そのままキッチンへ消えていった。
当の本人は、そんなことはまったくお構いなしに、元気にオレのそばまでやってきた。
まだ、つかまり立ちしかできないかなえちゃんは、主要な移動は、ハイハイで行う。
これがまた、異様に早い。
とりあえず、オレは彼女を抱っこして、リビングのソファに座らせた。
ソファの上で、並んでいるクッションを触ったり、叩き落したりして1人遊びをし始めた。
なんだ。
そんなに構っていなくても、結構勝手に遊んでるんだな。
オレはちょっと安心して、TVをつけた。
ニュースをBGMに、まだ見てなかった今朝の新聞でも読もうと思って。
しばらくして、ふいにTVからニュース番組には相応しくないような笑い声が
聞こえてきた。
ん?と、思って見ると、番組が変わっている。
と、見ている傍から、またチャンネルが変わった。
あ!オレはかなえちゃんに目をやると、やはり思った通りだった。
彼女はTVのリモコンを握り締め、いろんなボタンを押しまくっていたのだ。
「こら!これはダメ!今、ニュース見てるんだから。」
そう言いながらリモコンを取り上げると、彼女は大いに不服そうな顔を向けたが
テーブルの上にまだ他にもたくさんリモコンがあるので、今度はそっちを手にしだす。
エアコンのリモコン。
ビデオのリモコン。
オーディオのリモコン。
片っ端からそれらを押し始めて、たいへんなことになったので、
オレは大慌てで、それらを全部取り上げた。
彼女の手の届かないところにすべてを隠す。
すると・・・。
とたんに大音響で泣き始めた。
うわ!!どうしよう!!
泣き声に驚いて、快斗がキッチンから顔を出す。
「何やってんの?新一!?」
「ど、どうしよう!!なんかかなえちゃん、リモコンとか押すの大好きみたいでさ。
取り上げたら、泣いちゃった!」
「え〜?リモコンが好き?う〜ん、あ、じゃあ携帯は?」
「あ、そうだ!」
オレはポケットに入ったままの携帯を取り出し、キー・ロックをしてから
かなえちゃんに差し出した。
するとかなえちゃんはぴたっと泣き止み、ご機嫌で携帯をいじりだした。
「・・・ボタンとか押すのが好きなのかな?」
「そうみたいだね。でもオレの携帯の方が小さくて持ちやすそうじゃん?」
そう言って、快斗は自分の携帯も差し出してかなえちゃんに渡すが、
どうやらそっちには興味がないようで、すぐオレの携帯の方を選んだ。
オレの携帯はつい先日機種変をしたばかりの新製品である。
「やっぱ、オレの携帯の方がいいやつだってわかるのかなぁ。」
オレが得意げに言ってやると、快斗がむくれて言い返した。
「んなわけねーだろ?新一のが折畳式で遊べるからじゃねーの?」
見ると確かにかなえちゃんは、携帯を折りたたんだり、開いたりもして遊んでいる。
時々、電話を本当にかけているように持ったりもして、見ていて本当に飽きない。
なんて、笑顔で見つめていたら、なんと携帯を口に持っていきやがった!!
「うわぁ〜!」
オレの悲鳴もむなしく、携帯はもはやよだれでびちょびちょ・・・。
「諦めろよ?新一。相手は子供なんだからさ!」
さっきオレが言ってやった言葉をそっくりそのまま返されて、オレはじろりと
快斗を睨んだが、確かにそのとおりなので諦めるしかなかった。
ああ、せめて壊さないでくれよ?それ、こないだ買ったばかりなんだからな!
と、本人に言ったところでどうせ通じないわけで。
オレは心の中で、ひたすらそう願うしかなかった。
+ + +
「なぁ、おむつとかってさ、代えなくていいのかな?」
快斗に言われて、ハタと気づく。
そう言われてみれば、まだ代えてないよな。
「普通さ、そういう場合って代えて欲しいって泣いたりするんじゃねーの?」
「どうかな。最近のおむつは良く出来てるから、もしかしたら不快感とか与えないで
親がマメにチェックとかしなきゃいけないのかも。」
なるほど。そういうこともあるかもしれない。
オレは、かなえちゃんを捕まえると、つなぎにみたいなその服の足の部分のボタンを
外しておむつの外見を見てみた。
「・・・どうなのかな?」
「あ、これ、たぶんしてるよ。ほらここ!きっとおしっこした時のサインだぜ?」
「ほんとだ。じゃあ、おむつ代えなくちゃ。」
・・・そうは言ったものの、2人でしばし固まる。
お互いもちろんそんな経験はあるわけない。
おむつのパッケージに書かれている使用方法や注意事項を2人で熟読する。
「・・・よし。とりあえずやり方は理解した。」
「じゃあ、そこの広いスペースで代えようぜ。オレ、汚してもいいように
タオルとか持ってくる。」
準備万端。
柔らかい大きなバスタオルの上に、新しいおむつを用意して、快斗はポジションに
つく。
そこへ、オレがかなえちゃんを抱っこして寝かせた。
が、しかし!!
かなえちゃんは、寝かされる体勢がお気に召さないのか、
ものすごい暴れようで、少しもじっとしていない。
おかげで、快斗も服を脱がせるどころじゃない。
「仕方ない!新一!!かなちゃんの両腕押さえてて!!」
「わ、わかった。」
とは、言うもののこんな細くて柔らかい腕を、どれくらい力を入れて押さえてよいのやら。
痛くないようにしなきゃいけないけど、ある程度は押さえつけないと、
じっとしててもらえない。
オレが両腕を押さえて、快斗が自分の膝でやんわり彼女の両足を踏んで動きを封じると
またもや大音響で泣き始める!
手足が自由が効かないとわかると、身体を捻って起き上がろうと必死だ。
その抵抗振りはものすごい。
まるで、殺されそうになっているくらい壮絶なカンジで・・・。
「こら!!かなえちゃん、大人しくしろってば!!
おむつ代えるだけだから!!気持ちよくなれるんだよ!!」
「いい子だからじっとしてろってば!!」
それでもかなえちゃんは、涙を流して必死の抵抗。
まるで、こっちがひどい事をしている気分だ。
そのうち、なんとか快斗が古いおむつを外して、新しいおむつをセットしようとした時、
オレはふと思い出した。
バックの中に『赤ちゃんのおしりふき』なるものが入っていた事を。
あれってきっとおむつを代える時に使うに違いない。
「快斗!ちょっと待て!!『おしりふき』でおしりを拭いてからだ!!
オレ、取ってくるから、こっち押さえてろ!!」
「え〜!!早くしてくれよ、新一。」
そして、取ってきたおしりふきでおしりをキレイに拭くと、これまた激しくかなえちゃんが
泣き声を上げる。
「なんでそんなに泣くかな〜?全く。」
おしりを拭き終わる頃には、多少の抵抗にもなれ、手早くおむつをつけることができた。
はっきりいって重労働である。
拘束されていた両手足を開放されると、かなえちゃんはさっきまでの
泣き虫はどこへやら、またご機嫌で携帯電話で遊びだした。
その様子にオレ達は顔を見合わせ、大きく溜息をついた。
「まさか、おむつ一つ代えるのにこんなに手間がかかるとは思わなかったな。」
「・・・子育てってたいへんだね。世のお母さん方を尊敬するよ。」
「同感・・・。」
「新一、コーヒー、入れよっか。一休みしようぜ、オレらも。」
「そうだな。」
+ + +
ブレイクタイムで、コーヒーを飲んでしばし心を落ち着ける。
かなえちゃんは、相変わらず携帯電話に夢中だ。
時々、オレや快斗の傍まで来て、携帯電話のボタンを押してみろと言わんばかりに
オレ達の前に差し出すので、押してやる。
すると、何が、うれしいのかものすごく満足そうな笑みを浮かべてまた去っていくのだ。
「面白いよなぁ。何するか、全く検討もつかねーもん。」
快斗が頬杖をつきながら、そう言った。
「オレ達をこんなにてこずらせたことも、どうせ憶えちゃいないんだろうな。」
オレがそう言うと、快斗がプッと吹き出した。
「良く考えたらすごくねぇ?かなえちゃんってば、日本警察の救世主とまで言われる
新一や、この怪盗キッド様であるオレをもここまでてこずらせてくれたんだからさ!」
「確かにな!」
オレもつられて笑い返した。
コーヒーを飲み終わり、カップをキッチンへオレが置きに行こうとすると
快斗が声をかけてきた。
「おい、新一!見てみろよ!かなえちゃん、面白い顔してるぜ?」
え?
そう思って振り返ると、テーブルにつかまり立ちしているかなえちゃんが、
どうしたのか、「う〜ん」と少し力んでいるような顔をしている。
は!力んでいる?!
オレは一瞬嫌な想像をしてしまったが、あっという間に消し去った。
・・・そうでないことを祈ろう。
すると・・・。
しばらくして。
「なんか臭わないか?」
「そうだな、臭うな・・・。」
「なぁ、もしかしてこれって、う○ちじゃねーの?」
もしかしなくても、間違いなくそうだろう。
こんなに小さいのに、人並に臭いんだなぁ、なんてそんな感想はどうでもいいが。
要するに、またおむつ代えの時間がやってきたというわけで。
さっきの重労働を思い出して、オレはげんなりした。
「気がつかなかったことにしよう・・・?っていうのは、アリかなぁ?」
「・・・アリかも。だって、本人は別に代えたがってもらってないもんな。」
・・・・。おむつを代えたくないのは、どうやら快斗も同じなようだ。
が、しかし。
実際はそんなわけには、いかないだろう?
オレは大きく溜息を一つついた。
「・・・んなこと言っても仕方ねーな。新しいおむつ取ってくる。
今度はオレが代えるの担当するよ。」
そして、先程と同じようにセッティング完了。
「『おしりふき』は?」
「大丈夫、今度は抜かりない。」
「じゃあ、オレがかなえちゃんをなんとかここへ誘導する。新一は、彼女が
このタオル地帯へ入ったら、うまい具合に寝かせる体勢へ導くんだ。」
「・・・どうやって導くんだよ、そんなの・・・?」
「かなえちゃん、マネっこするのも好きみたいだから、新一が先に寝転がれば
だいじょ〜ぶ!」
・・・ほんとか?ウソくさいな。ま、いいけど。
「・・・わかった。で、うまく寝かせたら、快斗、その後は、お前がかなえちゃんの
気を引いて、おむつのことから気をそらせるように頼むぜ?」
「え?どうやって?!」
「携帯かリモコンで注意を引けよ?それか手品でも披露すれば?」
「手品のタネなんて仕込んでねーよ。」
「ほら、ごちゃごちゃ言ってねーで、始めるぞ!!」
「了解!」
+ + +
そうして、何とか2度目のおむつ代えも無事に終わり、
散々オレ達の手を焼かせたかなえちゃんは、遊び疲れたのか、眠ってしまった。
もう間もなく日も落ちる。
きっともうすぐ蘭が迎えにくるだろう。
なんとか無事子守りが出来た事にほっとして、
その邪気の無い寝顔に思わず頬が緩む。
「ほんとに子供の寝顔って天使みたいだな・・・。」
起こさないように気をつけながら、オレが小声でそう呟くと、快斗も、そうだね、と
優しく頷いた。
そして、オレの背後から手を回し、耳元に唇を寄せる。
「・・・でも、オレにとっての天使は新一だけだよ?」
快斗の吐息が耳にかかって、オレは思わず肩を竦めた。
唇が耳から、首筋に降りていき、そのうち快斗のすべらかな手がオレのTシャツの中へ
までも侵入してきた。
「・・・お、おい、快・・・!」
静止させようと振り向いたとたんに唇を塞がれた。
最初はただ触れるだけだったそれが、徐々に深みを増していく。
「・・・う・・ぅん・・ん。」
口内に入ってきた快斗の舌が逃げるオレを執拗に絡め、オレは思考にぼんやり
靄がかかったような状態になってきた。
そのままゆっくり床に押し倒される。
降って来るキスの嵐にオレは応えながらも、ふと目を開けた。
とたん、視界に飛び込んできたもの。
それは!!
横ですたすや寝ていたはずのかなえちゃんが
ぱっちり目を開けてオレを見ている姿だった!!
げ!
慌ててオレは快斗を押しのけ、起き上がろうとした。
「よせ!!快斗!!子供が見ている!!」
すると、快斗はクスリと笑った。
「新一、何、人妻みたいなこと言ってんの?余計にそそるなぁ?」
「うわぁ〜!!ヤメロ!バカ!!」
その後、すっかり寝入ってしまったかなえちゃんを迎えにきた蘭を出迎えたのは
オレではなく、快斗だった。
「あれ?黒羽くんまで一緒に面倒見てくれたの?ありがとう。本当にごめんね?」
「いやいや、楽しかったよ。それより、おじさんは大丈夫だったの?」
「うん。平気。ほんと大げさなだけなの。ただの盲腸だから。
ね、それより新一は?」
「あー・・・新一は、今はちょっと。
慣れない子守りでたいへんだったみたいで、寝ちゃってるんだ。」
「そうなの。じゃあ、新一にもお礼を言っておいてくれる?
本当にありがとうね?」
蘭を見送った後、快斗は再びリビングへ戻ってきた。
「かなえちゃん、帰ったよ。毛利のおじさんも心配ないってさ!」
その妙にイキイキした声の主をオレはぎろりと睨む。
ずきずきと痛む腰を押さえながら。
「・・・快斗、てめぇ〜・・・」
「心配しなくても大丈夫。かなえちゃんは口外したくてもできないからね。」
されてたまるか!!バーロー!!
夜空に星が煌き始める頃、工藤邸からオレの怒りの雄叫びが
響き渡ったのであった。
+++ END +
こ、これ・・・一応、りえさまのリクノベルのつもりで書き上げたのですが・・・
ずうずうしいにもほどがある。
りえさまからのリクエストは、ハーレクインロマンスみたいな甘々なお話だったはずなのに。
いやぁ、ハーレクインロマンス読んだ事ないんですよねぇ?
って、そんなの言い訳になりませんが。(苦笑)
自分でももっとすてきな大人っぽい甘々なのを書かねばとも思いつつ
いつまでたっても書けないので、とりあえずこれでご勘弁いただけませんでしょうか?
でもこれ、甘々っていうよりかは、ほのぼの・・・ですよね?
どう見てもリクエストから外れてる・・・。
本当にごめんなさい。
あの、でも、一応これからもしいい感じの甘々なお話が思いついたら
間違いなくりえさまに捧げますので、どうかお許しを!!(脱兎)
おまけ
作品中の子守り奮闘のシーンについては、事実です。
自分の姪っ子ネタなのでした!わはは。