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44.結託
 

 

 

それから、高木刑事に車で家まで送ってもらったオレは、阿笠邸の夕飯の時間にも充分間に合う時間で帰宅することが出来た。

いつものように隣家の食卓にお邪魔させてもらったオレは、調べ物があるからと早々に自宅へ引き上げさせてもらったのだが。

 

そうして、自室に篭る事、数時間。

PCの前で、オレは眉間にしわを寄せていた。

例のサプリメント会社について、ありとあらゆる方面から調べてみたのだが、特段、アヤシイところは見当たらない。

要するに、エンディミオンとの関連もさっぱりで、オレの欲しい情報は何一つ見つけることはできなかったのだ。

・・・やっぱり、外部からじゃ調べるにも限界があるんだよな。

オレは、溜息1つ零した。

本当なら、今すぐにでもあの屋敷に乗り込んで、社長室を調べ上げたいところだが。

・・・さすがにそうはいかないよな。

何しろ、事件は既に解決済み。

再訪問するにも、ましてや社長室を調べさせてもらうための充分な理由を作るには無理がある。

そもそも警戒心の強い社員を前に、下手なマネはできないだろう。

だとすると、残された方法は1つ、不法侵入しかないんだが────

オレは眉を顰めた。

あの異様なまでのセキュリティの高さを思い出す。

監視カメラの数は尋常じゃなかった。

今、考えると、このためのセキュリティだったのかと、妙に納得できてしまうあたり、悲しかったりもするのだが。

とにかくだ。

現実問題、あそこまでのセキュリティを破って侵入するには、多少ところか、相当、骨が折れるワケで。

どうする────

何とかして上手い具合に屋敷に潜り込めないかと、オレは考えを廻らす。

だが、何をどう考えても、面倒な手立てが必要なことは免れない。

オレは、軽く唇を噛んだ。

・・・ああ、くそ。

どっかのコソドロじゃあるまいし、何でオレがこんなことを考えなきゃらなねーんだ。

オレは探偵で、ドロボウなんて専門外なんだよ。

そこまで考えて、不意に妙案が浮かんだ。

 

────そう。

コソドロには1人心当たりがある。

しかも、そんじょそこらのコソドロではなく、大怪盗とも言われるほどの。

 

だけど

何か面白くない気がして、オレは盛大に息を吐いたのだった。

 

 

□□□     □□□     □□□

 

 

翌日、オレは通常よりも少し学校を早く引き上げさせてもらうと、そのまま家へは帰らず、隣町まで出向いた。

理由は1つ。

アイツに会うためだ。

わざわざ出向かなきゃならないのは、オレがキッドの連絡先を知らないから。

いや、正確に言うと、ヤツの素性は既に知っているので、そこから自宅住所や電話番号は割り出すことは可能だったんだが、さすがに自宅に電話するのはどうかと思ってやめた。

1人暮らしならまだしも、ヤツは母親と同居しているようだったし。

ヤツが父の代から怪盗キッドを受け継いでいるとはいえ、親公認とは限らないし、下手にオレなんかと係わり合いがあると知れるのも良くないかもしれないと、気を回したつもりなんだが。

よくよく考えると、キッドの野郎はオレにお構いなしでいつでも突然、現れるし、しかも家にまで入り浸っていたりもするワケで、ここまで気を使ってやるのも何だかバカバカしい気もしないでもない。

 

そこまで思って、オレは足を止めた。

目の前には、江古田高校正門が見える。

ヤツが通う高校だ。

キッドと個人的に連絡が取れない以上、直接会うしか方法がないワケで、オレは学校前に張り込んでみようと思うのだが。

さすがに校門前で待ち伏せするのも目立つので、どこか良い場所はないかと辺りを見渡すと、ちょうどいい具合にカフェを見つけた。

下校途中の学生を観察するには絶好の位置だ。

そんなわけでオレは迷わずその店に入ると、大きな窓側の席を陣取り、コーヒーを飲みながら張り込みを開始した。

 

────張り込んだのはいいが。

オレはカップに入ったコーヒーに口をつけながら、まだ誰も出てこない校門を見据えていた。

今日、あのヤロウが登校しているかどうかは、実は定かではない。

事件に呼ばれれば学校など放り出すオレ同様、怪盗という裏の顔を持つアイツの出席率が良くないことは充分承知。

何の確証もなしにいきなりこうして待ち伏せたところで、空振りに終わる可能性の確立は低くはない。

・・・ま、それも運ってことで。

会えないなら会えないで仕方がない。

その時は自力で何とかしてやるさと、そうオレが思った時だった。

下校時刻になったのか、門からちらほらと学生が出てきた。

ぞろぞろと出てくる生徒達の中から、アイツ1人を探し出すのは大変だなと目を細めたのだが。

実はそれはそんな難しいことでもなかった。

意外に、あっさりと見つけることができたのだ。

何ていうか、どこがどうとは言えないが、注意して目を凝らす必要もなく、視線が自然と向いた先には、目的の人物がいたというワケだ。

そして、見つけられた当人もオレの視線を感じたのか、こちらを見つめ返している。

発見されたな。目ざといヤツだ。

オレがわざわざ声をかけに行くまでもなく、ヤツの方から店の方へとやってくる。

程なくして開かれたドアからヤツは店内に入り込むと、笑顔でオレの向かいに腰を下ろした。

 

「こんなところで待ち伏せとは。オレに何か用かな?」

「・・・まぁな。用がなけりゃ、わざわざこんなところまで来るかよ。」

憎まれ口を叩いてやると、キッドはそれはそれはと鼻で笑いやがった。

それからついでにウエイトレスの女の子にチョコレートパフェなんか注文している。

またそんな甘そうなものを。

オレは少々うんざりする気持ちで、少し冷めたコーヒーを口に運んだ。

 

やがて、テーブルの上にはでかでかとしたパフェが乗っかる。

ここの店の名物で、江古田高校の女子生徒にも人気のメニューだそうだ。

ま、今からそれを食べようとしているのは、立派な男子生徒だけど。

───で?用件は?」

本題に入ってきたキッドの会話に、オレはああ、と口を噤む。

「・・・いや、ちょっと。」

「ちょっと?」

そう先を促され、オレは心の中で舌打ちする。

ここまで来て言うことではないが、コイツに物を頼まなきゃいけない・・・ってのが、オレ的にはかなり不本意なわけで。

「頼み事・・・・が、あって。」

イヤそうにオレがそう言うと、テーブルを挟んだ向こうでキッドが意外そうにへぇ?と眉を吊り上げた。

「お前に・・・。盗ってきて欲しいモノがあるんだよ。」

そこまで言うと、スプーンを銜えたままでキッドはオレを見返した。

真っ直ぐにオレを見つめる瞳は、オレの真意を探っているようだった。

僅かな沈黙の後、キッドは言った。

「オレは人の依頼は受けないんだけどね。」

 

・・・思ったとおりの反応だな。

っていうか、コイツ。

人には仕事の依頼を持ってきたりするくせに、勝手なヤツだ。

まぁでも、今回の件はキッドにとっても悪い話じゃないはず。

オレが何の勝算もなしにノコノコ来たと思うなよ?

 

何も返さないオレをどう受け取ったのか、キッドは少し唇を斜めに上げた。

「でも、せっかくの名探偵のお申出だ。話くらいは聞こうか?」

「引き受けてくれないのなら、何も話すことはない。」

すっぱりそう言い切ってやると、キッドはおやとその目を丸くした後、苦笑した。

「ずいぶん強気だね。オレが引き受けるのが前提みたいに聞こえるけど?」

当然だ。こっちはそのつもりで話を進めているのだから。

「お前は引き受けるさ。」

「どうしてそう言い切れる?」

目を細めて聞いてきたキッドに、オレはゆったり笑顔を浮かべると、腕組みして言ってやった。

「何せ、組織に関わる話だからな。」

その言葉の威力はすさまじく、一瞬、キッドの目が鋭く輝いた気がした。

だが、オレも追い討ちの手は緩めない。

「お前がこないだ寄越したエンディミオンの件なんだよ。」

「もしかして、どこかヒットしたとか?」

「まぁそんなところだな。」

これ以上、先の話は依頼を引き受けてくれた後に話してやると釘を刺すと、さすがの怪盗も押し黙った。

 

そうして。

「・・・わかった。引き受けるよ。他ならぬ名探偵が持ってきたネタだ。ガセじゃないことを祈ろう。」

観念したように片手を挙げて見せた怪盗に、オレは満足げに頷いたのだった。

 

 

□□□     □□□     □□□

 

 

キッドが依頼を受けてくれたところで、オレは場所を移動することを提案した。

話が話しなので、誰かに聞かれても困るし。

どこかこのあたりで人気のないところはないかとキッドに尋ねたところ、寂れた公園へと案内された。

大した遊具もないその公園には、夕方だというのに子供の姿は誰一人としてなく、場所的には最適だった。

怪盗キッドという仕事柄、高いところが好きなのか、ヤツは滑り台なんかに上ったりしていたが。

オレはその滑り台の柱に寄りかかって、これまでのいきさつを話して聞かせた。

キッドは終始オレの話を黙って聞いていたが、話が終わるとすっと滑り台を滑って降りてきた。

「・・・なるほど。つまり、名探偵はオレにその会社社長宅に忍び込み、エンディミオンとの関連を調べて来いと言いたいワケだ?」

「そういうこと。まぁ実際、本当にエンディミオンと関係があるかどうか、、それを確かめたいってところなんだが。」

腕組みして言うオレに、キッドもふむと頷く。

オレは続けた。

「とりあえず、あの会社役員の同行はかなり怪しかったし、社長室から持ち出した大量の資料も気になる。まぁでも、重要書類の大半は既に持ち出されて、もう社長室にはほとんどないかもしれないんだけどな。」

「PCくらいあれば。データをいじったところで、完全に消去するのは不可能だからね。本体さえあれば、復元することはできるし。」

何てこと無さそうな具合に言うキッドの鼻先に、オレはカバンの中から封筒を突き出しやる。

「これは?」

封書に入ったままのそれを見つめて、キッドが尋ねる。

「例の社長宅の見取り図と、セキュリティの詳細だ。殺人事件の捜査の時、目暮警部から借りたものをコピーさせてもらったんだよ。」

「それはそれは。どうもご丁寧に。」

封筒を明けて中身を確認しながら、キッドが小さく笑う。

ヤツは長い指で資料をぱらぱらとめくりながら、ふーんと呟いていた。

「・・・見たところ、確かにただの一会社社長宅にしては、この警備の力の入れ具合は異様だね。」

「どうだ?できれば、アシがつかない感じでやってもらえると、ありがたいんだが。」

無論、怪盗キッドが捕まるはずもないだろうが、それでもキッドが忍び込んだと言う事実は知られずに事を運びたい。

オレがそう思ってキッドを見つめていると、ヤツはにっこり笑顔であっさり快諾した。

「了解。何の問題もないよ。」

「よし。じゃあそういうことで頼む。」

───で?期限はいつまで?」

「早い方がいいな。社長が亡くなったことで会社自体に改変があるかもしれないし。」

「OK。じゃあ、早々に。」

キッドは資料を再び封筒の中に戻すと、ピンと指で弾いて見せた。

「あ、それから・・・。」

肝心なことを言わなければと、オレがそう付け加えると、キッドがうん?と首をこっちに向けた。

「・・・ちなみに。もし本当にエンディミオンを関係があると確証が取れた場合、お前がその情報を1人で持ち逃げしたら、タダじゃすまないからな?」

「へぇ?どうなるのかな?」

「お前を警察に売ってやる。」

にやりと笑ってそう言ってやると、キッドも「うわぁ」とわざとらしく肩を竦めて見せた。

「・・・言っとくが、一応、本気だからな?」

再度、そう念を押すとハイハイとヤツも苦笑した。

「肝に銘じておくよ。とりあえず依頼が完了したら、名探偵に連絡を入れるから。」

「よろしく頼むぜ・・・っていうか、オレにもお前の連絡先を寄越せよ。大体、今日、オレがのこのここんなところま出てくるハメになったのも、オレがお前の連絡先を知らないからなんだぞ。」

すると、キッドは「ああ、そうだっけ」と呟き、次にはカバンの中からメモを出してさらさらと携帯の番号とメルアドを書くと、何でもないことのようにそれをオレに差し出した。

「じゃあ、これ。」

・・・あ、いや。そんな簡単には教えないかとも思ったんだが。

意外にあっさりしてるな。

普通に友達になんかに公開してるものなんだろうか?

そう思って、差し出されたメモの切れ端を黙ったまま、思わずオレは見つめてしまったのだが。

まぁ、とりあえずこれでキッドの連絡が取れるなら、それでいいか。

オレはメモを受け取ると、制服のポケットに突っ込んだ。

「じゃあ、話はこれで終わりかな?」

にっこり言うキッドに、オレは「ああ、そうだ」ともう1つ言い忘れていた事を付け足した。

「この件で何かあった場合、連絡はすべて携帯にしてくれ。家には来るなよ?そう、間違っても博士のところとかにはな。」

オレの台詞に、キッドは何で?という顔をする。

なので、オレは溜息をついてから言ってやった。

「だから・・・。博士とか灰原に余計な心配をかけたくねーんだよ。2人に知れると事情も話さなきゃならないし。この件は、お前とオレだけで内密に進めたいんだ。」

組織が関わることなら、なおさら危険はつきもの。

特に灰原には余計な心労をかけないために。

っていうか、お前とつるんでると知られると、変に勘ぐられてすぐバレるからな。

無言で睨みを効かすオレをどう受け取ったのか、キッドはわかったと頷いた。

 

「じゃあ、依頼の件は了解した。で、報酬の話はどうなるのかな?」

「・・・ばっ・・・!報酬だと!?だから、エンディミオンと繋がりある企業だったら、その情報がお前にとっても充分、報酬だろうが!?」

「じゃあ、もしハズレだったら?」

 

・・・う。

確かに、その場合はキッドに無駄足を踏ませるわけで。

 

オレが口ごもっていると、キッドはにんまり笑って、一歩前へと踏み出す。

と、その人差し指をオレの顎にすっとかけた。

自分と似た顔が、急に至近距離に近づく。

一瞬のことでオレは動けなかった。

顎を捕らえられたまま、その手を振り払う事も忘れて、迂闊にもキッドの瞳を見つめ返してしまう。

やがて、息のかかりそうな位置でキッドのいつもよりは低温な声が響く。

「なら、何の情報も得られなかった場合、報酬はオレの方で考えておくよ。」

───な、何だと!?

微笑んだヤツの顔は、相変わらず憎たらしく。

オレは思い出した様に、キッドの手を振り払った。

するとヤツは声を出して笑いながら、軽やかにジャンプしてオレから遠ざかった。

 

「じゃあ、名探偵。またな。」

そのままそう言い残して、公園を駆け足で去っていく。

ただ1人公園に立ち尽くしたオレは、その逃げ足の速い怪盗の後姿をいまいましげに見つめるしかなかった。

 

 

2008.05.27


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