───マズい事になった。
帝丹小学校からの帰り道、雑踏の中でオレは1人立ち止まり、自分の小さな影を呆然と見つめる。オレ江戸川コナンこと工藤新一は、今、かつてない程の危機に直面していた。
東京を中心に発生した広域連続殺人事件。その影に潜む黒ずくめの組織を追っているつもりが、いつのまにか追われていたのはオレの方だったのだ。
小学校で作った粘土細工の一部が消失した件。残った粘土に付着していた皮手袋の跡からして、何者かによって意図的に持ち去られた事は疑いようもない事実。そして、高校の学園祭で着用した黒衣の騎士の衣装までも
、となると───。
・・・偶然・・・なワケないよな。
そこから導き出されるのは絶望的な答えしかない。
単純な推理だ。
誰かがオレの指紋を手に入れるために───いや、“誰か”ではない。心当たりならある。そんな事をする必要があるのは
、他にいないのだから。
要するにだ。組織の連中の誰かがオレの正体に気づき、それを確認するために2つの指紋を採取したと考えるのが妥当であって、それはつまり工藤新一は江戸川コナンとして生きているという 、動かぬ証拠を与えてしまった事
となるのだ。
───どうする?とにかく
何か手を打たないと・・・。
オレは唇を噛んだ。
奴らを追い詰めるためなら、どんな危険さえ厭わないと思っていた。だが、それとオレの正体がバレる事は話が別だ。オレの正体が奴らに知れたら、オレだけでなく、オレの周りの人々にまで危害が及ぶ。
それはいつも灰原に口煩く言われていた事。ジンやウォッカが毛利探偵事務所に押しかけて来て、蘭に銃を向けるあの嫌な夢が今、まさに現実のものになろうとしていると思うと、体中の血が冷えていくのを感じた。
そこへ───。
突然、頭上から声が降ってきた。
「冴えない顔だね。」
「・・・え?」
驚いて顔を上げたオレは、そのまま目を見開いて固まった。何と、目の前に“工藤新一”が立っていたのだ。その瞬間、オレは総毛立つ。
───こんなマネができるのは!
「・・・キッドっっ!?」
目を剥いたオレに、ヤツは「やぁ」と片手を挙げて見せた。のん気な笑顔も添えてだ。おかげで、ただでさえ良くなかったオレの気分は、ますます悪くなっていく。
ちなみに。キッドのヤロウがオレに化けるのは今に始まった事ではないが、オレが欲しくても手に入れられないその姿を、いとも容易く
コイツに扱われるのは腹立たしい事この上ない。
「ってか、趣味の悪い変装してんじゃねーよ。」
そう凄んでやると「ヒドイな、素顔なのに」と、オレに良く似た顔が苦笑する。
キッドはあくまでもオレに化けたつもりはないと言い張るようだ。
確かに凝視してみれば、微妙にオレとは髪型や私服の趣味に違いがある気がしないでもない。とはいえ、変装の名人である怪盗キッドの素顔など、オレの知るところではない。実際、万一その顔がホンモノだったとして、それはそれで迷惑だ。
「お前の話なんか、信用できるか。」
「ま、それはそうだ。」
キッドは肩を竦ませて笑う。ヤツがそのまま曖昧に濁したせいで、結局のところ、オレの前にさらしたその顔がヤツの素顔なのかどうか、うやむやに終わった。が、オレにしてみれば、今はそんな事はどうでも良かった。
「それよりお前、どうしてここに?」
「どうしてって───」
そう言って、キッドは小学生姿のオレを見下ろす。と、何を思ったのか、そこから先を告げる代わりに、突然、オレの手を掴んで道を歩き出しやがった。いきなりヤツに引きずられて、オレは慌てる。
「・・・ちょっ・・・!おい、何する気だっっ!?」
「いや、立ち話もなんだし。この先にカフェがあるから、お茶でも。」
「はぁ?!ちょっと待てっっ!!オレはのん気にお茶しているヒマなんか・・・っっ!」
オレは必死にそう訴え抵抗を試みたが、小学生のガキの体じゃ、高校生相手に所詮、無駄なあがきでしかない。
そうしてオレはキッドによって、強引にその場から連行されたのだった。
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キッドに連れ込まれたカフェは、平日でまだ昼を過ぎたばかりのせいか、客もまばらで静かなところだった。店に入った以上、仕方なく適当にドリンクのオーダーを済ませたところで、オレはテーブルを挟んで向かいに座る“工藤新一”そっくりの顔をしたタチの悪い怪盗を無言で睨みつける。
「そんなに睨まなくても。ここはご馳走するから。」
「・・・・・・んな事はどうでもいーんだよ。一体、何を企んでやがる?」
「別に何も?ただ、あんな往来で話す事じゃないと思ってね。」
そう言ったキッドの口元が意味ありげな笑みを象る。そんなヤツの顔を見て、オレは僅かに目を細めた。
「───じゃあ、さっきの続きだ。どうしてお前がここにいるのか、聞かせてもらおうじゃねーか。」
「“どうして” か。ま、結論から言うと、名探偵をマークしてたからなんだけどね。」
「オレを?何のために?」
訝しげにキッドを見返すと、ヤツのその瞳に不適な光が宿る。一瞬の間があったが、やがて歌うように滑らかな声色でキッドは言った。
“ 目的を果たすために ”と。
怪盗キッドの真の目的。
それが何であるか、知らないオレではなかった。
実は、キッドは世間で噂されているような愉快犯でもなければ、私利私欲で宝石を狙う単なるドロボウでもない。ヤツが本当に追っているのは、オレと同じ黒ずくめの組織だ。
つまりコイツも───。
オレは眉を顰めて、キッドを見据えた。
「てめェ、その様子じゃ今回の事件のことを・・・・・」
「まぁ、もともと警視庁には網を張っておいたんだけどね。例の連続殺人事件を名探偵が妙に嗅ぎ回ってるみたいだったから、マークさせてもらった。───で、BINGO☆。」
アイスコーヒーに刺さったストローに指をかけながら、キッドが哂う。そんなヤツをオレは問い質した。
「お前、どこまで知ってるんだ?」
「名探偵が把握してる程度の事は。」
・・・ヤロウ。オレの動きを全部、盗み見てやがったのか。
悪びれずに答えるキッドにオレは舌打ちを1つ、ソファの背に寄りかかって重く息を吐いた。そんなオレの様子を、キッドはストローを咥えながら
面白そうに見返す。
「───で、
そっちは?ずいぶん冴えない顔してるけど。もしかして、例の彼女にとうとう正体がバレちゃったとか?」
「・・・ああ、そうだな。どうせバレるなら、蘭の方がまだマシだった・・・。」
キッドの悪い冗談にオレはうな垂れるしかない。そしてそのまま小学校で起きた事、そして携帯に蘭から入ったメールの事を
ヤツに話して聞かせた。
キッドに話しながらも、オレはこの最悪の事態を再認識せずにはいられない。だが、万が一にも、コイツがオレの考えも及ばない発想で何か意見をしてくれたら、
オレの不吉な考えを吹き飛ばしてくれるのではと、ありもしない希望を持ってみたりもした。
だが、もちろんそれは無駄な事で、やはりと言うか当然と言うべきか、キッドはオレと同様の考えを示した。
「それはまぁ、何とも迂闊だったね。せめて、その学園祭の衣装の指紋は拭き取るくらいしないと、マズイでしょ。」
そう言われると返す言葉もない。
「・・・まぁな。でもそれ以前に“江戸川コナン”の正体に気づかれた時点で、どっちにしろアウトだ。オレの───“工藤新一”の指紋を取ろうとするなら、別に黒衣の騎士でなくても、いくらでも方法はある
からな。
」
「“江戸川コナン”の正体ね。どっちかと言うと、今まで奴らに気づかれなかった事の方がラッキーだったとオレは思うけど?名探偵が普通の小学生でないことくらい、ちょっと見てればすぐにわかる。」
意地の悪い顔で笑うキッドに、オレは口をへの字に結んだ。確かにヤツの言うとおり、オレに自重が足りなかった事は認める。考えてみれば、服部やキッドにオレの秘密がバレてしまった経緯も似たようなものだった。
「・・・だけど
。フツー、人の体が縮んだりするなんて、そう簡単に信じられるもんじゃねーだろ?」
オレ自身、信じられないような事だったのに。そんな思いを込めて言うオレを、キッドはグラスの中の氷をストローで突付きながら苦笑する。
「どうかな。つまらない常識にさえ囚われなければ、案外、簡単なものさ。“江戸川コナン”=“工藤新一”なんて図式はね。」
キッドの台詞に、オレはがっくり肩を落とした。
だが、今更、奴らにオレの正体がどうしてバレたかなどと論じている場合ではない。考えなければならないのは、今後、どう対応すべきかという事だ。
出されたアイスコーヒーに手もつけず、オレは腕組みしたまま考えに耽る。思考を廻らせたところで、今のオレにできることは差し当たって1つしかないのだが。
と、正面に座るキッドはテーブル頬杖をつき、その瞳に面白そうな色を浮かべて、オレを覗き込んだ。
「───それで?どうするつもり?」
ヤツのその問いには、オレは重苦しく息をついて答えた。
「・・・とりあえず、奴らよりも先に例のメモリーカードを手に入れるしかない。そのためには、一刻も早く連続殺人事件の真犯人を突きとめねーと・・・。」
───そう。オレの正体が知られた以上、奴らに対して優位に立つにはそれしかない。
運が良ければ、そのまま組織を壊滅に追い込めるかもしれないし、そうでなくてもカードを盾に、交渉くらいには持ち込める可能性はある。
ぎゅっと唇を噛むオレの前で、キッドは「なるほど」とその口元を斜めに吊り上げる。そして、そのまま残り少なくなったアイスコーヒーを全部、飲み干すと、改めてオレを見据えた。
「じゃあまぁ、早いトコ事件が解決できることを祈ってるよ。」
人事のように笑うキッドにいい気はしないが、所詮、コイツにとって人事であることには違いない。多少剥れた面でオレが何も言い返さないでいると、キッドはさらに笑顔を濃くして続けた。
「それから───1つ忠告しとくけど。」
「何だ?」
「メモリーカードを狙ってるのは、組織の連中だけでない事をお忘れなく。」
ウインク付で言われたヤツのその台詞に、オレは眉を吊り上げた。
・・・コイツっっ!!横取りする気かっ!?
目を剥いたオレを、キッドは鼻で笑って「じゃあ、そういうことで」と立ち上がると、2人分の代金をテーブルに残し、さっさとカフェを出て行ってしまう。言いたいことだけ言って立ち去るキッドを、オレは成す術もなく見送るしかなかった。
To be continued
映画「漆黒の追跡者」より、キッドが登場してきたら・・的な話でした。
個人的には、コナン=新一の正体がバレた!というシーンあたりが結構好きなので、そこからv
こんな風な展開があったら、よかったんだけどなぁ?的な私の妄想でしかないですけどね。