ともかくオレは広域連続殺人事件の全容解明に向けて、単独捜査を続けた。あちこち飛び回って多少は骨が折れたが、一連の被害者の共通点さえ見つけてしまえば、何の事はない。事件は簡単に紐解く事ができた。
事の発端は、2年前に京都で起きたホテルの火災事故。全ては、この事故で亡くなった“本上ななこさん”の復讐を果たすためのものだった。
現在、容疑者候補として指名手配されているのは、“本上ななこ”さんと駆け落ちし、同棲していたという“水谷浩介”さんだが。
犯人がわざわざ北斗七星に見立てて広域連続殺人を起こした意図、そして遺体発見現場に残されたアルファベットが刻まれた麻雀牌や、被害者の所持品を持ち去った目的を考えると──。
犯人は“水谷浩介”さんじゃない。彼は、犯人に仕立て上げられているだけだ。
真犯人はおそらく───。
そして、事件はまだ終わっていないはずだ。犯人があの人なら、最後に“水谷浩介”さんの殺害を計画しているに違いない。
今日、七夕の夜、この東都タワーで。
オレはスケボーから足を降ろすと、目の前にそびえ立つ赤いタワーを見上げた。
「・・・舞台は展望台ってとこか。もうすぐ役者が勢揃いだな。」
───そう。そして、いよいよ組織も動き出す頃合だ。今はまだ警視庁の捜査員と一緒に動いているコードネーム“アイリッシュ”という人物が、牙を剥くのも時間の問題だろう。
「・・・まぁ、多分、あの人なんだろうけど。」
“アイリッシュ”が捜査員の誰に化けているかという点については、早々にアタリはつけさせてもらった。おそらく彼で間違いないだろう。ただあのガタイの良さを考えると、まともにやりあって勝てる相手ではない。
・・・隙をつくしかねーよな。
博士の発明品に頼るしかないこの小さな体では、多少、心もとないが。
オレは小さく溜息をついた。
そして、忘れてはならない役者がもう1人。
怪盗キッド───。
ヤツもきっと現れるはず。
オレはぎゅっと唇を噛み締めると、ボードを抱えて走り出したのだった。
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ひと気のない東都タワー展望台の床に、血飛沫が飛ぶ。
鉄の味のする口元をぐっと拭いながら、オレは松本警視の顔をしたアイリッシュをぐっと睨みつけるしかなかった。
オレの足元から少し離れた所には、誤ってオレの麻酔銃に倒れた“水谷浩介”さんと、アイリッシュによって殴り倒された“本上和樹”さんが横たわっている。
オレの正体を見抜いたのはアイリッシュだった。だが、ヤツはまだその事を組織の人間に伝えてはいなかった。ジンを良く思っていないヤツは、“工藤新一”殺害に失敗しているという事実を直接、組織のボスに突きつけて、ジンの顔を潰したいらしい。
そんな組織内のいざこざなどオレの知った事ではないが、組織全体にオレの正体がバレたわけではないのは、とりあえず救いだった。
要するに、今、ここでアイリッシュさえ、どうにかすればいい話だ。
とはいえ、メモリーカードは既にヤツの手の中。反撃しようにも、アイリッシュの圧倒的な強さを前に、オレの小さな体はいいようにいたぶられていた。隙をつこうにも、プロの殺し屋相手に隙なんてそうそうあるわけもない。
成す術もなく殴り飛ばされ、オレは柱に背をしたたかに打ちつけて顔を歪めた。
と、そこへ。
「コナン君!」
・・・蘭っっ!?
よく動かない体を軋ませながら、オレは声のした方を向く。すると、蘭と東都タワーの係員らしき男性が駆けつけてくるところだった。
・・・ダメだっっ!こっちに来るな!逃げろっっ!!
そう叫びたいのに、喉が潰れて大きな声が出ない。そうこうとしている内に、蘭はオレの顔を心配そうに覗きこんだ。
「コナン君、大丈夫?!」
「・・・に・・・逃げろ・・・」
蘭の後ろに松本警視の顔をしたアイリッシュが迫る。ヤツは東都タワーの係員の男性を殴り倒した。倒れ伏した男性を前に、蘭がオレを庇うようにゆっくりとアイリッシュを振り返る。
「・・・貴方、松本管理官じゃないわね?」
そう言って、アイリッシュと向き合う蘭の拳に力が入るのを見て、オレは目を見開いた。蘭の腕っ節の強さならオレが1番知っている。だが、いくら蘭でも組織の人間を相手にするには無謀だ。
アイリッシュは悠然と拳銃を構えた。銃口は真っ直ぐに蘭に向けられている。だが、蘭はまるで臆する事もなく、松本警視の皮を被ったアイリッシュをじっと見据えていた。銃を突きつけられて、それでも平然としている蘭に、オレは僅かに違和感を感じる。
・・・いくらなんでも、肝が据わり過ぎてねーか?
しかもだ。売り言葉に買い言葉。アイリッシュの放つ弾丸を避けてやるとまで言い切った蘭は、本当に拳銃から発射された弾を見事にかわして見せる。そして、そのまま軽やかに舞い、アイリッシュの手から拳銃を蹴り飛ばすと、格闘戦へと持ち込んだのだった。
無謀かと思えた蘭の力技。だが、あろうことか結構、まともにアイリッシュと渡り合っている。信じられないその光景に、オレは思わず目を疑うが。
───あの動き・・・・蘭じゃない・・・・?
直感的にそう感じた。
やがて、アイリッシュと互角に戦っていたはずの蘭も、とうとうヤツに数発パンチをもらって、壁に叩き付けられた。長髪をアイリッシュに捕まれ、首を羽交い絞めにされてしまう。そうして最早、松本警視のマスクを脱ぎ捨てたアイリッシュは、人相の悪い顔をオレに向けた。
「これでおしまいだ。さぁ、この娘を助けたければ、大人しくオレについて来てもらおうか。」
「・・・・言われなくても、お前らのボスにはそのうち会いに行ってやるさ。組織をぶっ潰してやるその時にな。」
オレがそう憎まれ口を叩くと、アイリッシュは「何だと?」と眉を吊り上げた。
「この娘がどうなってもいいのか?」
言いながらアイリッシュは蘭の首を締めつけ、その頭に銃口を突きつけた。けれども、オレは動じる事はない。
「好きにしろよ。」
あっさりとそう言ってやると、さすがのアイリッシュも一瞬、驚いた顔を見せる。それはそうだろう。普通、この場合なら、蘭を見捨てるような真似をするわけがない。
───もちろん、本当に蘭だったならな。
オレのその態度にアイリッシュはギリッと唇を噛み締めると、引き金を引く指に力を込める。
すると。
さすがにこのままじゃ殺されると思ったのか、“蘭”の皮を被ったソイツがオレに抗議を開始した。
「ヒドイ、コナン君っっ!!せっかく助けに来てあげたのに!!」
蘭らしからぬその言動に、オレは疲れたように息をついた。どうやら、ようやく化けの皮を剥ぐ気になったらしい。切った口に血が滲んだが、オレは人の悪い笑顔を作った。
「・・・バーロー。お前はオレを助けに来たわけじゃない。メモリーカードを奪いに来たんだろう?なぁ、怪盗キッド?」
「・・・なっ!怪盗キッドだと?!うっ!!」
驚愕の表情に固まるアイリッシュを背に、蘭の姿をしたキッドは何かを床に叩きつけた。と、同時にあたりは閃光に覆われ、再び視界が回復した時には、キッドはお決まりの白いコスチュームでアイリッシュの手から逃れていた。
「さすがは名探偵。よくお気づきで───。」
シルクハットに手を翳し、キッドがそう微笑む。そんなヤツを前に、オレは軋む体に鞭を打って立ち上がらせると、フンと鼻息を吐いてやった。
「・・・ったりめーだ。いくら蘭でも、組織の人間相手にあそこまで戦えるワケねーだろ。ってか、本物の蘭はどうした?」
「下のフロアでお休み中。そっちの悪いヒトが殴り倒した警視庁の捜査員の面々とご一緒にね。あ、ついでに言っておくと、彼女が名探偵を心配してここに来ようとしてたのは本当だよ。」
「───なら、一応、礼は言っておく。理由はともかく、お前のおかげで蘭はこんな危険な場所に来ないで済んだワケだからな。」
「いやぁ、オレとしても彼女みたいなかわいい女の子相手だったら、少しは手加減してもらえるんじゃないかと思って。実際、容赦なかったけどね。」
飄々とそう言ってのけるキッドに対し、アイリッシュは改めてその銃口を向けた。
「・・・怪盗キッドか。イカレたヤツだとは思っていたとは、まさかここまでとは。だが、わざわざ自分から死にに来たことは褒めてやる。」
「それはどうも。」
慇懃無礼にもキッドはお辞儀をして見せる。そして、キッドのモノクルが光ると、オレを見た。
「───さて、名探偵。ずいぶん手酷くヤラレてるみたいだけど。何ならゆっくりそこで休んでてくれても構わないよ。メモリーカードの事はオレに任せてね?」
「・・・バーロー。お前の好き勝手になんか、させてたまるかよ。」
黒ずくめの組織を叩き潰す。
その目的はオレもキッドも同じはずだが、あいにく手に手を取って叩こうなどという気は、お互い毛頭ない。
そうして、東都タワーの展望台では、オレとキッド、そしてアイリッシュの3つの視線が交差する。緊迫した夜は、まだ明けそうもなかった。
To be continued
東都タワーでの蘭ねーちゃんが、強すぎる件(笑)。
いや、いくらなんでも組織の人間相手にすごすぎだよと思ってしまった結果なのでした〜v