Heart Rules The Mind

Novel Dairy Profile Link Mail Top

NOVEL

───注意事項───

 このお話は 映画「漆黒の追跡者」をモチーフにした作品です。
 すでに映画をご観賞された方向けのお話となっております。
 よって、映画をまだ観ていない方にはかなりなネタバレになりますので、充分ご注意ください。

 

夜空は雲に覆われ、星1つ見えない漆黒の闇。

とはいえ、東都タワー展望台からは、都心の夜景を独り占めにしたかのような美しい眺めが満喫できて、七夕の夜のデートスポットとしては悪くはないと思う。

だが、あいにくオレはここにデートにしに来たわけでも、夜景を楽しみに来たわけでもなかった。そもそも今のオレにそんな余裕はない。

響き渡るのは、残酷な銃声。

床や壁、至る所にアイリッシュの放つ弾丸がめり込む中、オレは必死に逃げ回るしかなかった。

 

 


RISKY GAME 〜The Raven Chaser〜  act.3


 

 

───どうする?

組織の奴らにオレの正体がバレた時もヤバイと思ったが、今はまた違った意味で相当ヤバイ状況だった。

このままでは、いつオレの体に風穴が開いても不思議じゃない。ありがたい事に命まで取るつもりはないらしいが、それでも 今、おめおめと捕まって奴らのボスの前に突き出されるのはご免だ。

とにかく、アイリッシュさえ何とかできれば。

オレの正体が知れたのはまずかったが、幸いヤツはその事実を他には漏らしていない。つまり、今、ここでヤツを確保できれば、オレの秘密は保持されることになる。 いや、それだけじゃない。組織の事も吐かせられるし、メモリカードだって手に入って一石二鳥なワケだ。

・・・ま、そう簡単な話じゃねーけど。

銃弾をかわし、アイリッシュの死角となるだろう柱の影に転がり込んだオレは、唇を噛み締めた。

最悪な事に、オレにとっては唯一の武器とも言える頼みの博士のメカも、ことごとく銃弾によって破壊されてしまっていた。要するに今のオレは丸腰で、本当に非力な子供でしかない。いくらなんでも組織の人間相手に分が悪過ぎる。

そんな防戦一方なオレとは対照的に、キッドは果敢にもアイリッシュに立ち向かっていた。

かと言って、キッドにアイリッシュを本気で撃退する気があるかどうかと言えば、それは疑問だ。そもそも殺傷能力がお世辞にも高いとは言えない、カードを繰り出す銃1つではそれは無理に等しい。

───と、すればだ。 キッドはメモリーカードだけを奪う算段なのだろう。銃を構える相手に対して、あそこまで執拗に懐に飛び込んでいく様は、その機会を窺っているとしか思えない。

・・・けど、ちょっと無謀過ぎね−か?

相手は殺しのプロだ。いくらキッドでもあんな至近距離まで接近して、いつまでも弾を避けられるはずがない。オレがそう思ったその瞬間、まさに銃弾がキッドを捕らえた。

ガァーンと一発響いた銃弾が、キッドの右肩を貫く。

すると、キッドは瞬時に身を翻してアイリッシュから後退し、オレが身を隠す柱の方へひらりと舞い降りた。すぐ傍で跪いたキッドの肩には鮮血が滲んでいる。

「・・・おい!キッドっ!」

「いやぁ、さすがに手強いね。」

「当たり前だろ。ってか、死ななかっただけマシだと思え。」

オレの呆れた口調に、キッドは口元だけで笑った。そんなヤツにオレは少し苛立つ。

「むやみやたらに突っ込んで行って、敵う相手じゃねーだろが。おまけに、そんな玩具みたいな武器1つで───

「お言葉だけどね。多少の無理をしてでも何とかしなきゃならないのは、むしろ名探偵の方だと思うけど?ま、ご自慢のメカがそのザマじゃ、難しい話かな。」

既に使い物にならない博士のメカを指差し、キッドが哂う。

「・・・うるせーな。余計なお世話なんだよ。お前こそメモリーカードだけ奪ったら、本気で逃げるつもりか?」

「まぁね。いただく物さえいただいちゃったら、こんな厄介な場はとっとと退散させてもらおうかと。」

思ったとおりのキッドの返答に、オレは敢えて挑戦的に笑ってやった。

「ずいぶんあっさり引き下がるじゃねーか。アイリッシュから、組織の情報を手に入れようとは思わねーのか?」

オレのその挑発にキッドは僅かに目を見開いたものの、すぐさまふっと瞳を細めて苦笑した。

「あいにく、勝てないケンカはしない主義でね。」

そこまで、無謀な事をするつもりはないと、キッドはそう言っている。ヤツが組織の情報を知りたくないわけがない。だが、今この状況を考えた上で、メモリーカードの奪取のみに目的を絞るのは、ある意味、堅実な方法だと、オレも納得はできる。

もちろん、キッドの立場であれば───だ。オレの場合、そうはいかない。

思わず小さく舌打ちをすると、キッドがニヤリとした。

「もしかして名探偵は、あの人相の悪いオジサンをオレがぶっ倒すのを期待してるとか?」

「してねーよ。」

オレは眉を寄せた。いくら今置かれてる自分の状況が最悪だろうが、そこまで他力本願するつもりはない。しかもコイツの力を借りるなんて、オレのプライドが許さない。唇を噛み締めるオレを前に、キッドが嫌な笑いを浮かべた。

───なら、いいけど。ま、何にしても迂闊だったね。組織とやり合うのがわかってて、特段、何の準備もしてないところを見ると。─── つくづく甘い。」

「・・・うるせー。」

オレはただむっとした。自覚があることを他人に言われると、腹が立つ。組織の人間と相対するのがわかっていて、いつもと同じ装備で来た事は確かに軽率だったとは思う。だが、思ってみたところで、今更どうしようもないのだ。

言ってるそばから、アイリッシュの銃弾が容赦なくオレ達が身を隠す柱を削っていく。身を屈めたオレの前に、 血に赤く染まったキッドのスーツが目に付いた。ただでさえ純白のスーツに目立つそれは、見ているそばからみるみる拡がっていく。まるでキッドの右上半身をも全て赤く濡らしそうな勢いだ。つまり、相当の出血ということになる。当の本人は、いたって平気な面構えだが。

「・・・・お前、痛くねーのか?」

「痛いよ。」

あっさり返ってきた答えは、当たり前と言えば当たり前だが。それでもあっさり過ぎて、まるで今日の天気を答えたみたいな気安さなところに、どうも実感は湧かない。

キッドのヤツが痛みに鈍いのか、それとも我慢強いのか。とにかく手当てをしないわけにはいかないだろう。オレは疲れたように息を付くと、柱の影から少しだけ顔を出し、アイリッシュの動きを目で追いながら言った。

───とりあえず、お前は止血でもしてろ。」

キッドはきょとんとした顔をする。なので、オレは口をへの字にして続けた。

「目の前で血をだらだら流されてたら、気分悪いんだよ。」

言うなり、オレは柱の影から飛び出した。その瞬間から、アイリッシュの銃弾がオレを追う様に、浴びせられる。背後でキッドが何か叫んだようだったが、オレは振り返らなかった。

とにかくオレが動けば、アイリッシュをこっちに引き付けることができる。そうすることで、キッドも簡単な手当てをする時間くらい稼げるだろうと、そう踏んだわけだが。

しかし、逃げ回るにしてもこの展望フロアだけでは、最早限界だった。かといって、蘭達がいる下のフロアに行くわけにはいかない。となれば、 残された逃げ道は1つしかないわけで。

・・・上かっ!

オレは展望フロアから飛び出し、一気に外の階段へ向けて走り出した。

 

□□□     □□□     □□□

 

東都タワーの外に出ると、夜風があちこちの傷に染みる。階段を駆け上がる度に痛めつけられた体もギシギシと軋んだが、そんなことを気にしていられない。

オレを追うアイリッシュの足音が響く。わざとオレの足元を掠めるように狙ってくる銃弾は、ヤツの余裕を窺わせる。全く持って腹正しい限りだが、今のオレは逃げる他に術はなかった。

「逃げろ、逃げろ!」

まるで狩りを楽しんでいるかのようなアイリッシュの口調。オレは背後に迫るアイリッシュの気配を感じながら、階段を駆け上がる。とっさに階段の構造を利用してヤツの死角となった時、上から飛び掛ってやることを思いついた。上手くすれば、銃を奪う事ができるかもしれないとそう考えたのだ。

思い立ったら、即実行。オレは、相手の不意をついて一気に飛び降りた。アイリッシュの上に。すると、アイリッシュは身構える間もなくバランスを崩し、階段を踏み外す。その隙を見計らって、オレは目論見どおり、ヤツの手から銃を奪う事には成功した。

「・・・形勢逆転だな!」

子供の小さな手にはやや重い銃をアイリッシュへ向けてしっかりと構えると、ヤツは最初言葉もなくオレを見据えたが、それからフッとその唇を歪めた。

・・・笑った?

オレが眉を寄せた時、東都タワーに異変が起きた。突然、タワーのライトアップが消え、辺りが闇に包まれたのだ。そして、次の瞬間、バラバラと轟音を撒き散らし、ヘリが現れた。

「・・・何・・・っ?!」

予想外の出来事に、オレは思わず視線をアイリッシュから離す。と、それを見逃さなかったアイリッシュは、あっという間にオレの手から銃を取り上げると、逆の手で首を締め上げた。

「形勢逆転だな。」

さっきオレの言葉をそのまま返される。そして、オレの額には冷たい銃口が押し付けられていた。

と、アイリッシュの目線がふと階段の下に向けられ、「お前も動くなよ」と告げた。どうやら、すぐ傍までキッドが来ていたようだ。

・・・くそっ!仲間を呼んでやがったのか・・・!

オレは横目でヘリを確認する。まさか、ここで他の奴らと合流する手筈になっていたとは。すると、不意にアイリッシュのポケットから携帯の着信音が響いた。ヤツはオレの首 にかけた手を離すと、銃口だけはこちらに向けたまま、ヘリを正面に電話に応答した。

会話からすると、SDカードの回収の件について話している様子だ。と、アイリッシュは舌打ちを1つ、面倒臭そうにポケットから何かを取り出す素振りをした。そのヤツの手にあったものに、オレは目を見開く。

・・・あれは、SDカード!

アイリッシュはそのカードを手に、ヘリへ向けて掲げた。おそらく本当にSDカードを回収できたのか、確認させるためなのだろう。だが───

・・・何でわざわざ、そこまでする必要がある?

訝しむオレをよそに、アイリッシュはもっと前で見せろと言われたのか、オレから離れ、更にヘリに一歩近づいて良く見えるようにとカードを掲げた。

 

その瞬間。

一発の銃弾がヘリの窓から放たれると、SDカード諸ともアイリッシュの胸を貫く。

息を呑むオレの目の前で、粉々にカードが砕け散る中、アイリッシュの大きな体が崩れるように倒れ伏した。

思わずオレは駆け寄ろうとするが、下から聞こえたキッドの制止の声で足を踏み止まる。そう。今、ここで奴らに見つかると更に厄介なことになるのだ。

しかし踏み出しかけたオレの足元は、奴らに目に届いてしまったのか、ヘリが向きを変えた。こちらの位置を捉えるつもりらしい。

・・・くそっ!このままじゃ!!

オレは倒れ伏したアイリッシュの腕を肩に乗せ、その大きな体を持ち上げようとする。

「・・・しっかりしろ!!急所は外れてる!」

アイリッシュは胸を撃たれていたが、幸い心臓を貫通したわけではなかった。だが、これ以上の傷は───

銃器を備えたヘリが、オレ達の正面に回る。まさに万事休すかと思った時、アイリッシュが突然オレを庇うように抱え込む。

「・・・・おいっ・・・!!」

よせ、と言いたかった言葉は、激しい銃撃の音にかき消された。

 

□□□     □□□     □□□

 

「名探偵、大丈夫かっ!?」

ヘリがいったんタワーから遠ざかった隙を見計らって、キッドが下から階段を駆け上がって来た。オレはハッとして、アイリッシュの腕の中から抜け出す。既に、アイリッシュの瞳は堅く閉ざされていた。

「・・・くそっっ!」

まさか、アイリッシュが自らの身を盾にオレを守ってくれるなんて。やりきれない思いで、オレは拳を地に叩きつけた。キッドは何も言わず、再びヘリの方へと目をやる。

「どうやら、奴ら、オレ達を生かして帰すつもりはないらしいね。」

やがて方向転換を終えたヘリがまたこちらへ向かってくる。ここにいては危ない。アイリッシュのもとから立ち上がったオレは、タワーの上を向いた。もう1F上にも展望台がある。

「上の展望台へっ!」

オレがそう叫ぶの同時に、ヘリからの容赦のない銃撃が再開された。息のないアイリッシュのその場に残し、オレはキッドとともに階段を駆け上がり、何とか展望台へ転がり込む。そして部屋中央の柱の影に身を隠し、とりあえず、銃弾を回避する為に頭を抱え姿勢を低くした。

展望台の周囲を囲む大きな窓ガラスが派手な音と共に割れていく。ガラスの破片が室内に飛び散り、手や頬を切りつけていった。チリチリと痛むくらいの小さな傷だ。だが、次の瞬間、それらとは比べ物にならない激しい痛みが左腕に走って、オレは思わず呻く。

「・・・うっ!!」

何事かと自分の左腕を見ると、大きなガラスの破片が深々と刺さっていてぎょっとした。傷口からだらだらと流れ出す生暖かい血。グサリと異物が突き刺さっている腕を凝視 し たまま固まった。

すると。

そのガラスの破片に白い手が伸びたかと思うと、力任せに抜き取った。

「・・・いってぇぇぇぇっっ!!!」

オレは悲鳴を上げた。 いつのまにか、オレの傍までやってきていたキッドが、あろうことかオレの腕からガラスの破片を乱暴に引き抜いたのだ。おかげでまた盛大に血が吹き出した。

「い、いきなり何しやがるっっっ!!」

涙目でそう食って掛かると、キッドは少しも悪びれた様子もなくにっこりした。

「いや、手当てしてあげようかと。」

「余計なお世話だっ!」

やるならもっと丁寧にやってくれ。だが、そんなオレにはお構いナシに、キッドはどこからともなく消毒液らしきものを取り出し、オレの傷口に吹きかけた。結構、染みて、オレは歯を食いしばる。

「痛むか?」

「・・・別に。我慢できない程じゃねーよ。」

「腕は動くか?」

「・・・あ?ああ、まぁ何とか。」

「なら、神経は大丈夫だな。」

言いながら、キッドは手際よく小さな布でオレの腕を縛っていく。そんなキッドの右肩もずいぶん血に濡れているのだが。

「・・・お前は大丈夫なのかよ?」

「問題ないよ。弾は抜けてるしね。」

それは要するに銃弾が肩を貫通したってことなのだが。大層なケガには違いないのだが、まぁここでヤツに大丈夫じゃないと言われても逆に困るわけで。オレは話題の方向を変えた。

「・・・SDカードは残念だったな。見事に木っ端微塵に粉砕されてたぜ。」

「まさか、カードごと彼を葬り去るとはね。」

やれやれといった感じで息をつくキッドの横目に、オレはやや俯く。

「ま、奴らにしてみれば、1番回避しなければならないのは、SDカードのデータの流出だったんだろうけどな。だが、カードが何者かに奪取されたのならともかく、回収するのに成功したのにどうして・・・。あのまま一緒にヘリで逃げることだって出来たはずなのに。」

そうならなくて済んだのは、結果的にオレには救いだった。SDカードは手に入れられなかったとしても、あそこで拉致されることもなく、そしてアイリッシュがもう組織の人間と関わることができなくなった以上、オレの正体がバレることもなくなったのだから。

だけど、アイリッシュが最期、オレを庇って命を落としてしまったことについては───

考え込んでしまったオレに対し、キッドは「さぁ」と小首を傾げた。

「もともと彼を殺すつもりだったのか、もしくは最初からただの捨て駒だったのか。奴らの考えている事はわからないからね。ま、それより。今はこの状況をどうにかしないと。このままじゃこっちがヤバイ。」

そのとおりだった。

灯りが落ちたタワー内の展望台は、見るも無残に窓ガラスが砕け散り、燦々たる状況。とりあえず、部屋中央に身を寄せる事で、何とかヘリから直接的攻撃を防ぐことはできているとはいえ。

「・・・いつまでもここにじっとしていられるとも思えないしな。」

「こういう場合、次に向こうが取る常套手段としては───

キッドがそう言いかけた時、破れた窓ガラスから何かが投げ込まれた。と、同時にそこから白煙が立ち上る。

「・・・催涙ガスっっ!?」

「そうそう。外に燻り出すには、これが1番!」

ぽんと手を叩き、笑って言うキッドに、オレは鼻と口を押えながらどなった。

「感心してる場合かっっ!とっとと出るぞっ!!」

「いいけど、外に出たら狙い撃ちされるよ?奴らの狙いはオレ達を上へ追い込むことだろうからね。」

そんなことはオレにだってわかっている。だけど、催涙ガスの立ち込める部屋にいつまでもいるわけにもいかない。だとしたら、取るべき道は1つしかないのだ。

「お前はグライダーでどこへでも飛んで逃げればいいだろ!!」

「そんな無茶な。今、ここでそんなことしたら、それこそ狙い撃ちされるって。」

「いっそのこと、そのまま奴らを連れてってくれるとありがたいんだけどな?」

オレの軽口には、さすがのキッドもそれは勘弁という顔 だ。ともかくオレ達は展望台を飛び出した。何か策があったわけじゃない。ただそれはもう決死の思いだった。

 

□□□     □□□     □□□

 

結果から言って、オレは組織を撃退することに成功した。自分でも驚いたが、何の役にも立たないと思っていた博士の発明品の新作が功を奏したのだ。

こうして、事件は一応、カタがついた。ただ例の連続殺人事件の裏で、組織の奴らが暗躍していたことについては、詳細は不明のままだが。要するに、松本警視が何者かに拉致されていた事、東都タワー が襲撃された事に関しても、犯人の手がかりとなるものは何一つなく、謎のままで終わっていた。

警視庁の捜査員達にはケガ人も多数出たが、組織絡みだったというのに死者が出なかったことは救いだ。そう思いながら、オレは肩から吊るされた自分の左腕に目をやった。たった今も病院に行ってきたところだ。蘭が付き添うと言って聞かなかったが、しばらく通院になりそうだし、毎回ついてきてもらうのも申し訳ないので、なんだかんだ理由をつけて断っている。

病院からの帰り道、はぁと溜息1つ、オレは穏やかに晴れた青い空を見上げた。

・・・とりあえず、良かったって言うべきなんだろうな。

それににしても、今回の件ではいろいろと思い知らされた気がする。組織の連中を相手にするということが、どういうことか。

視線を空から戻した時、ふと人影が見えた。誰かがこっちを向いて立っている。嫌な予感がしたが、もちろんオレの予感は的中だ。キッドのヤロウだ。

オレは敢えて何もいうこともなくその場を通り過ぎようとする。と、すれ違う瞬間に、キッドが口を開いた。

「ケガの具合は?」

オレは足を止めると、肩越しにヤツを振り返る。

───おかげさまで。っていうか、その言葉は 、そっくりそのままお前に返すけどな。撃たれただろ?」

「ご心配なく。あの程度のケガなら、慣れてるんでね。」

それもどうかと思うが。とりあえず、オレよりも危険な場数は踏んでいると言わんばかりのキッドの言葉に、オレは多少眉を寄せつつ、キッドを見据えた。

「・・・で?何の用だ?」

すると、キッドはにっこり人好きそうな笑顔を作った。

「いやなに。一応、お礼言っとこうと思ってね。あの東都タワーでの窮地を救ってくれたのは他でもない名探偵の好プレーだったわけだし?」

「礼なら、オレより博士に言ったらどうだ?アレはどっちかって言うと博士の発明品のおかげだからな。」

「もちろんそうだけど。でも、まさかあんな使い方ができるとはね。咄嗟の判断とはいえ、あの無茶っぷりは感嘆に値する。」

小馬鹿にしたような笑い。それが人に礼を言ってるヤツの顔かも思うが、オレは何も言い返すことなく、再びシカトして足を進めようとする。と、キッドが続けた。

「 でも名探偵にしてみたら、今回の件はいい経験だったんじゃないのかな?」

言われて、踏み出しかけた足を止めた。そのまま無言でヤツを振り返ると、キッドは人の悪そうな顔をして笑っていた。

「組織の奴らに正体がバレる事、奴らに本気で命を狙われる事を実体験して、今後の教訓になったろ?」

・・・気に入らないヤローだ。

例えヤツの言っている事が事実だとしても、何故かコイツに言われると腹が立つ。無言でキッドを睨み付けるだけのオレに、キッドは一層笑いを濃くした。

「何なら、組織の事はオレに任せて、名探偵は手を引いてくれても構わないんだけどね?」

「・・・バーロー!ふざけた事、言ってねーで、さっさと消えろ。」

そう言い捨てると、オレは今度こそキッドに背を向けて歩き出した。

 

組織はオレが絶対に潰してやる。

今は無理でも、いつか必ず。

新たな決意を前に足を踏み出す。ふと振り向いた先にはもう、キッドの姿はなかった。

 

 

 The End

 

Copyright(C)ririka All Rights Reserved.   Since 2001/05/04