もし、デスノートを拾ったのが桜蘭高校ホスト部員だったら・・・の巻き

★act1★

 

 

「鏡夜っ!!すごいノートを拾ったのだっっ!!」

 

それは、ホスト部が通常どおりの営業を控えていたある日のこと。

第三音楽室の扉を勢い良く開け放った声の主、この部の部長であり自称キングの彼は、冒頭のように叫んだ。

「うるさいぞ、環。もう少し静かに入ってきたらどうだ?」

PCに向かったままの鏡夜がいつものようにクールに言う。

その奥のソファでは光と馨が並んで雑誌を読んでおり、さらにその奥のテーブルではケーキを頬張る幼児がごときハニーとそれを親のように見守るモリがいた。

そんな二人のテーブルに、ハルヒはおかわりの紅茶を注いでいたところである。

 

騒々しい部長の登場に、部員達の視線が注目した。

すると、環は手にしていた黒いノートをばばーんと掲げてみせる。

 

「見よっ!!これだ!」

「何それ?ただのノートじゃん。」

「しかも、真っ黒で趣味悪いし。」

光と馨の興味薄そうな返事にむぅとなった環だが、それも負けじと言い放つ。

「聞いて驚け!このノートはただのノートではない。よく見ろ!ここにDEATH NOTEと書いてあるだろう?!」

「・・・“DEATH NOTE”?直訳すると、“死のノート”だな。」

鏡夜は眼鏡の淵に手を添える。

すると、環は得意げにノートを開いて見せた。

そこには英語で何やら長々と綴られている。

「いいか?ここにこのノートの使い方が示されている。それによると、何とこのノートに名前を書かれた人間には、死が訪れるというのだっ!」

 

一瞬の沈黙。

 

「・・・はぁ?何それ?不幸の手紙系?」

と光が言うと、馨も追い討ちをかける。

「今更、そんなの流行んないでしょ。オカルトネタでも、もうちょっとマシなの持ってきてよ。」

「ノートに名前を書かれただけで死んじゃったら、怖いよねぇ?崇?」

「・・・・ああ。」

マジメに取り合ってもらえない環は、しくしくと部屋の隅でいじけ始めた。

そんな様子にやれやれと溜息をついた鏡夜は、環からそのノートを奪う。

一見、何の変哲もなさそうなそのノートをじっくり検分した後、ふむと頷いた。

「確かに、ここまで詳しく使い方が書いてあるのも不思議だな。悪戯にしては良くできている。」

「でも悪戯でもタチが悪いですよね。っていうか、環先輩はこんなの、どこで手に入れてきたんですか?」

呆れ顔で言うハルヒに、環はえっと・・と窓の外を指差した。

「庭に落ちてた。」

「落ちてたって・・・。それじゃ、これ、落し物じゃないですか。まだ新品のノートだし、きっと落とし主の人、困ってますよ?届けてあげないと。」

落し物係はないんですか?とばかりに言うハルヒに、双子が肩をつつく。

「うちの学院でノートが一冊くらいなくなったって、困る生徒なんていないよ。」

「そりゃあそうかもしれないけど・・・。鏡夜先輩、そのノートに持ち主の名前はないんですか?」

しかし、鏡夜はすぐには答えない。

「鏡夜先輩?」

再び声をかけられて、鏡夜はノートから顔を上げた。

「・・・ああ、すまない。読み始めてみると意外にルールが興味深くてね。持ち主の名前はないな。だが、このノート・・・。ここまで親切に使用方法が書かれているところを見ると、まるで誰かに使われるのを待っているようにも思えなくもない な。」

「きょ・・・鏡夜先輩、まさか使ってみる気じゃ・・・。」

ハルヒは嫌そうな顔をする。

「「何々〜?ハルヒは怖がってんの?!」」

楽しそうにハモる双子に、ハルヒは「そうじゃないけど」と反論した。

「よし、環。お前の名前を書いてみよう。ルールによれば、名前を書く人物の顔をと思い描けなければ効力はないらしいからな。」

「こらこらこらっっ!そんなことしたら、オレが死んでしまうではないかっっ!!鏡夜はオレを殺す気か?!!!」

「何言ってんの、殿。こんなんで死ぬわけないじゃん。」

「じゃあ、光!お前が書かれろっ!」

「ヤだよ。気分悪いし。」

「じゃあ、馨っっ!!」

「ご遠慮します!」

双子にビシっと言いやられた環は、半泣きで鏡夜を見る。

「お願い・・・。オレの名前は書かないで・・・。」

どうやら、本当に殺されると思っているらしい。

そんな環でひとしきり遊んだ鏡夜は、部員達にノートを翳した。

「まぁこのノートを信じるわけではないが、効力を確かめてみるもの面白い。せっかくの機会だし、これを機に誰かに恨みを果たしたい者がいれば、ぜひ、ここに名前を書いてみてくれ。」

物騒な副部長の提案に、部員達は口々に答える。

「「べっつにー。僕達、恨むほど他人に興味ないし。」」

「あのねぇ、僕はケーキ食べるのに忙しいからね。」

「・・・。」

「っていうか、そんな効力確かめてどうするんですか。大体、万が一にも、もしそれで人が死ぬようなことがあったら、殺人ですよ?」

マジメに意見するハルヒに、鏡夜はにっこり笑って答えた。

「ま、大丈夫だろう。実際、そんなことがあったとしても直接、手を下したことにはならないし、殺人ノートなんてものの存在が他に知れなければ、捕まることはない。」

「・・・・・・いえ、自分は道徳的な意味で言ってるんですが。」

すると、鏡夜はキラリと眼鏡を光らせた。

「なら、ハルヒ。お前なら、どうする?」

「どうするって、別にどうもしませんよ。悪戯にしたって、実験台にしていい人なんているわけないでしょ。・・・あ!」

何かをハタと思いついたような彼女に、環が顔を覗きこむ。

「どうした?まさか、いるのか?!実験台にしていいなどと思う人物が。お父さんは、ハルヒをそんな子に育てた覚えは〜っっ・・・!!」

「「誰、誰?!ハルヒ」」

「ハルちゃ〜ん!そんなに恨んでる人いたの?!」

うるさい連中をよそに、ハルヒはぼそりと呟いた。

「・・・それ、人間じゃないとダメなんですかね?」

ん?と首を傾げた鏡夜に、ハルヒはえへと笑った。

 

「だから・・・。例えば、マグロ・・・とか?そうしたら大漁になって、大トロが値下がりしないかなって。」

ちょっとはにかんだそのハルヒの笑顔は、とても愛らしいのだが。

そして、庶民らしいその発想には、涙を誘わなくもないのだが。

 

「っていうかさー。そんな死因が不明なマグロなんて食べたくないだろ、普通。」

光がそうつっこんだ後、鏡夜がノートを手に言った。

「ノートには、特に魚は対象外と書かれているわけではないが。それでも明らかに対象を「人」としている。それに万一、人以外を殺すことができたとしても、『マグロ』というのは魚の種類の名であって、1匹を限定したものではないから不可能だろうな。」

鏡夜は言いながら、ノートのルールが書かれているページを指差した。

「同姓同名の場合、一遍に効果が得られないというルールがまさにそれだろう。例えば、お前が1匹のマグロに名前をつけて飼っていて、そのマグロの顔を他とはしっかり識別し、名前を書くというのなら話は別かもしれないが。」

雄弁に語る鏡夜に、部員達はそうかと頷く。

鏡夜からノートを渡されたハルヒも、じっくりとそのルールを読む。

「・・・とりあえず、このルールの内容からして、魚はまず無理みたいですね。」

そして、ハルヒから今度はノートは常陸院ブラザーズに渡った。

「っていうか、このノート、ルールがありすぎて面倒くさいよ。」

「大体、40秒で死ぬって何?何でそんな半端な時間なわけ?」

馨と光はアホらしいとばかりに口々に文句を言い、そのノートへ手を差し伸べてるハニーのテーブルに置いた。

ハニーとモリもそのルールを一読する。

「ふーん?名前を書いただけなら心臓麻痺で、それ以外に死因を特定することもできるんだ?!じゃあ例えば、僕が死ぬのは世界中のケーキを食べつくした後って書いたら、本当に世界中のケーキを食べる事ができるのかな?」

「・・・できたとしても、光那、お前が死ぬぞ。」

わくわくと目を輝かせていったハニーを、いつものとおりモリがいさめた。

 

部員の間を一周して、再びノートは環の手に戻った。

「・・・何だ。せっかく面白いノートを拾ったと思ったのに。」

唇をとんがらせる環を鼻で笑った鏡夜は、ぱんぱんと手を叩く。

「さぁ、そろそろお客様が見える時間だ。」

接客の準備をしろとばかりに、鏡夜が仕切る。

はーいとお行儀よく返事をした部員達は、おのおの配置に着いた。

と、環はノートを部屋の隅のローテーブルに置きっぱなしにしてしまう。

それに気づいたハルヒが声をかけた。

「環先輩、このノート、どうするんですか?」

「ああ、すまないが、とりあえずどこかに仕舞っておいてくれ。」

「・・・はぁ。」

どこかにってどこにしようとでも言いたげな表情で、ハルヒはノートを持って部屋を出て行く。

 

それから、まもなくしてホスト部はいつもどおり営業を開始したのだった。