もし、デスノートを拾ったのが桜蘭高校ホスト部員だったら・・・の巻き

★act2★

 

 

環がDEATH NOTEを拾ってから、5日が経過した。

ハルヒによってどこかへ保管されたらしいそのノートの行方については、その間、誰も気に留めることもなく。

というか、元来、熱しやすくて冷めやすいホスト部員達は、そんなノートの存在など、とっくのとうに忘れていたというのが、正直なところだった。

 

夕方。

秋も深まったせいか、陽も落ちるのも早く、窓の外はすっかり闇と化していた。

ホスト部の営業は本日も無事終了し、客である女子生徒の姿は消え、第三音楽室に居るのはお馴染みのホスト部のメンバーだけだった。

部屋の中央に置かれたソファに優雅に腰掛けているのは、環の他、光と馨、そしてハニーとモリ。

鏡夜は例によって、1人離れたテーブルにつき、PCに向かっていた。

至っていつもどおりの光景である。

 

「これでおしまいっと。」

お客に出したカップの最後の一つを仕舞い終えたハルヒは、他の部員が揃っている場へ顔を出す。

「お待たせしま・・・・あれ?」

言いかけた言葉を途中でやめ、首を傾げたハルヒに、ソファで文庫本を読んでいた環が顔を上げた。

「どうした、ハルヒ?」

不思議そうな環の声に、他の部員達の視線も、ハルヒに集中した。

すると、ハルヒはいたって真顔で環達の後方を指差す。

「いえ、あの・・・。先輩達の後ろ・・・、誰かいますよ?」

「後ろ?」

言われて、環達は揃って背後を振り返った。

 

そのまま彼らが固まること数秒。

そして、次の瞬間、ソファから全員、飛び退いた。

 

「何あれっっ?!あの人っっ!!!コスプレ?!!」

「っていうかヘビメタっ!? 見てよ、口、裂けちゃってるよ!やり過ぎでしょ、ヤバイよ!あのメイク!!」

思いっきり不審な眼差しを向ける光と馨に次いで、ハニーもそのかわいらしい瞳を見開く。

「ねぇ、崇。あの人、すごい猫背だよ?姿勢、悪いよねぇ?!」

「・・・ああ・・・。」

モリが頷くと、1人離れて座っていた鏡夜も口を挟んだ。

「・・・うちの学院では見ない顔だな。それにしても、そのナリで警備員に止められずにここまで来れたとは、大したものだ。」

「でも、おかしいですね。ドアが開いた音なんてしなかったのに。」

納得が行かないようにハルヒが言う。

 

と、それまで口を開かなかった環が「いや、待てっっ!!」と叫んで、みんなの前に立ちはだかった。

「いいか!?たとえ、顔形や風貌が少々変わっていようが、お客様であることには違いない!よし、光、馨っ!!彼をお席へお通ししろっっ!!」

「「え〜、ヤだよ!!」」

双子が不満そうなユニゾンを奏でる。

「だって、もう営業時間外だしぃ。」

光が言うと、馨も続いた。

「いや、それ以前にうちの学院のヒトじゃないんなら、接客する必要なんかないんじゃない?しかもどう見ても、男でしょ。」

「何を言うっっ!我がホスト部は、いかなる時でもお客様を分け隔てなく、接客せねばいかんのだ!!」

「「じゃあ、殿がやってよ。」」

 

むぅと膨れっ面を作った環は、それからくるりと180度回転すると、そのどう見ても不審人物?に向き直った。

そして、彼特有の極上の笑顔を浮かべる。

「お待たせしてすまなかったね。ようこそ、我がホスト部へっ!!」

バラの花でも舞い散っていそうなその姿は、女子生徒を迎える時と何ら変わりはない。

そうして、環は部屋の奥へと彼をエスコートしていく。

「・・・ある意味、才能ですね。どう見ても、普通のお客さんじゃないと思うけど。」

ハルヒの呟きに、鏡夜も頷きながらニヤリとする。

「ま、とりあえず様子をみよう。。何やら面白いことになるかもしれない。」

またそんな無責任な・・・という言葉は、ハルヒは飲み込んだ。

 

ソファに腰掛けた、何と言うか明らかに人間離れした形相のその人物?は、ギョロリとその大きな目を光らせている。

環はテーブルを挟んで彼の真向かいに座り、その環の座るソファの背もたれに肘をついて双子が身を乗り出していた。

その背後からハルヒと鏡夜、そしてハニーとモリが見守る。

「ハルヒ、お茶の用意を。」

「・・・ああ、はい。」

環の指示で、ハルヒはさっき片付けたばかりのティセットを取りに行った。

 

そうして、テーブルに出された紅茶をその不審な人物?は不思議そうに覗き込む。

───やっと、オレが喋れる。っていうか、コイツらうるさ過ぎ。

裂けた唇が開くと、ギザギザの歯を見せた。

「オレは、死神のリュークだ。」

その第一声は、台詞の内容に違わず不気味極まりないものだった。

が、正面に座った環は特に驚いた風でもなく、少々小首を傾げる。

「“しにがみの”?変わった名字だな。」

「・・・いや、名字ではなくて。オレは死神だ。死神には名字などない。」

 

またまたホスト部員達は、少々固まった。

そして、みんなで「死神?」と復唱する。

 

「・・・イタイよ。やっぱりこのヒト、相当イタイってば、殿っ!!」

「まさか、この姿で死神を名乗るなんて、予想外な展開だね。」

光と馨は小声でつっこむが、環は純粋に感動していた。

「おおっ!リュークは死神なのかっっ!!」

すると、ハニーもうれしそうな声を上げる。

「死神だって。すごいね、崇!僕、初めて見たぁ!」

当然、モリも「ああ」と微笑んだ。

「死神ですか・・・。まぁ何ていうか、ずいぶん思い描いていたイメージとは違いますけどね。」

ハルヒが感想を言うと、鏡夜もふむと唸る。

「しかし、不気味さ加減から言ったら、死神と名乗られても、納得できなくはないがな。」

 

ひと通り全員が感想を述べた後、何やら考え込んでいた環が言う。

「いや、待て待て!オレが知っている死神とはちょっと違うぞ?何ていうか、顔はこうドクロで、黒いローブのようなものを纏い、鎌のようなものを持っていたような気がするが。」

それは、世間一般に知れ渡ったありがちな“死神”のイメージである。

すると、今度はリュークが首を傾げた。

「何だ、それ?人間の作った勝手な想像か?死神界にはそんな格好のヤツ、1人もいないぞ?」

「おおおっ!死神界というのがあるのか!?それはどこにあるのだ?!オレはぜひ行ってみたいぞっっ!!」

ある意味、違うところに妙に食いつき、爛々と目を輝かせる環に、リュークは少々停止する。

・・・・・・コイツ、何かウザイな。

 

リュークの思いをよそに、またホスト部面々が勝手に話を進めた。

「「・・・っていかさぁ。殿は死神とか信じてるわけ?」」

バッカじゃないのと言いたげな双子のハモリを、環に変わって鏡夜がいさめる。

「コラコラお前達、お客様の前で失礼だぞ?申し訳ありません。彼らはすぐ思ったことを口に出してしまうもので。」

にっこりと営業スマイルを作る鏡夜に、“それ、フォローになってないから”というツッコミが他のメンバー全員からなされていたことは言うまでもないが。

ともかく、鏡夜は続けた。

「まぁでも、実際、僕らは死神というものを今まで見たことがない。つまり、いきなり貴方が死神だと名乗られても、それを信じるのは難しいんですよ。」

「そうそう。何か死神だっていう証拠とかあんの?」

光が訝しげに言うと、リュークは「ん?」と唸った。

「・・・・証拠・・・・・。この場でオレが誰か殺せばいいか?」

確かに1番それが証拠にはなりそうだが、実際されても困るので部員達は制止を図る。

と、ハルヒがハタと思いついたように言った。

「えっと・・・。死神ってことは、一応、神様なんですよね?とりあえず、人間じゃないことは間違いないと思うので、私達には絶対できないことが、何かできるとかはないんですか?」

「ああ、なるほど。その手があったか。」

ハルヒの提案に、鏡夜も頷く。

「「僕達にできないことって言ったら・・・。」」

双子が顔を見合わせると、ハニーそこへ割りこんだ。

「たとえば、お空を飛んじゃうとか♪」

 

と、リュークはのっそりとソファから立ち上がり、背中から真っ黒な羽を出す。

そして、第三音楽室の高い天井まで、みるみるうちに舞い上がって行ったのだ。

その様子を凝視した部員達は、目を見開いた。

「・・・っていうか、何っ!羽っっ??!」

「あんなの、どこに仕舞ってたの?何?!どういう仕掛け?!」

光と馨が叫ぶ横で、環とハニーは「おお〜!」と感嘆の声を上げていた。

天井から釣り下がる豪華なシャンデリアにぶら下がったその大きな黒い鳥を、部員達は目を丸くして見つめた。

「すごいぞっ、リュークっっ!!他に何ができるんだ?!」

わくわくしながら言う環に、リュークは今度はシャンデリアから飛び立ち、そのまま音楽室の壁をすり抜けて見せる。

「「マジシャンだっっ!マジシャンだっ!」」

騒ぐ双子の声に、リュークは再び音楽室も現れ、今度は光と馨の体をもすり抜けていった。

もはや、タネも仕掛けもないこの状態に、音楽室は興奮と拍手の嵐となった。

 

と、突然、部屋の扉が開いた。

戸口には1人の女生徒が立っている。

彼女は環達の方を覗き込んでいた。

宙を舞っているリュークの姿に彼女がどんな反応を示すのか、いや、普通に考えると卒倒しかねないその状況に、環はすっと彼女の前に行った。

「どうしかしたのかい、姫?今日の営業はもうおしまいだよ?」

「あの・・・。ごめんなさい、わたくし、先程、こちらを訪れた時、ハンカチを忘れてしまいましたの。それで・・・・」

真っ赤になりながら言う女子生徒に、環は甘い笑顔で 応対する。

「ああ、そのハンカチなら、ほら。」

言いながら、環は胸の内ポケットから綺麗なレースのハンカチを出した。

「残念だな。今度君が来る時まで、君だと思って大事にとっておこうと思ったんだが。」

これ以上ないほど接近して甘い言葉をささやく環に、彼女は頬をバラ色に染めた。

そんな彼女の周辺へ、リュークは翼を広げて近づく。

が、しかし女子生徒は悲鳴をあげるどころか、まるでリュークの存在に気づいていない様子だった。

「・・・あの、ところで。さっきから飛び回っているものが姫には見えないのかな?」

環がそう訊ねると、女生徒は不思議そうな顔をした。

「飛び回っているもの?何かここにおりまして?」

「あ、いや、ならいいんだ。じゃあ気をつけてお帰り。」

それだけ言って、環は彼女を見送る。

再び、音楽室の扉が閉まった。

 

「・・・どういうことだ?」

眼鏡に手をあてて、鏡夜が言う。

「彼女には見えてないみたいですね。」

ハルヒも言った。

「すごいねぇ?!死神っぽいねぇ。」

ハニーが言うと、モリも「そうだな。」と同意した。

すると、リュークは笑う。

「オレの姿はお前達にしか見えない。もちろん、声もお前達にしか聞こえない。」

「ええっ!?何で?」

「っていうか、逆に、何で僕達だけ?!」

光と馨が相次いで言う。

「それは、お前達がオレのノートに触れたからだ。あれはお前達人間と、死神を繋ぐ絆だからな。」

リュークのその答えに、部員達は「ノート?」と首を傾げた。

 

・・・・コイツら、ノートのこと覚えてないのか。バカだな。

そう思いながら、リュークは告げた。

「DEATH NOTEだ。5日前にお前が拾ったあのノートは、オレのノートだからな。」

大きな黒い手が環を指す。

言われて、ようやくにして部員達はその存在を思い出したのか、ぽんと手を叩いた。

「・・・ああ、そういえば、そんなこともあったね。興味ないから、すっかり忘れてた。」

「あれでしょ?あのしょぼいノート。」

光と馨の後に、環も声を上げた。

「おおっ!あのノートはリュークのノートだったのか!」

「良かったですね、先輩。落とし主が見つかって。」

環の言葉にハルヒも相槌を打つ。

だが、鏡夜が1人神妙な顔をした。

「いや、これは、そういう簡単な話ではないのでは?」

「ん?どういうことだ、鏡夜?」

首を傾げた環に、鏡夜は続けた。

「つまりだ。リュークが死神に間違いないと言うなら、あのノートは、本当にその名のとおり、死のノートということになるからな。」

鏡夜の言葉に、一瞬、音楽室が凍りつく。

 

ようやくにして、事態を悟ったらしい部員達を前に、リュークはふぅと息を吐いた。

・・・・・・何か、ここまでくるのにずいぶん時間がかかったな。

どうやら面倒くさいのにノートを拾われたようだと、そう思わずにはいられないリュークだったのである。