もし、デスノートを拾ったのが桜蘭高校ホスト部員だったら・・・の巻き

★act5★

 

 

───と、言うわけで、本日は死神スタイルでホスト部営業中。

「・・・大体、死神の格好なんかして、ウケるんですかね?」

死神コスチュームを纏ったハルヒは、ティセットを運びながらそう零す。

部屋のあちこちでは、ハルヒと同じ様に死神に扮した部員達が、いつものように思い思いに接客に勤しんでいた。

 

「まぁ、環様・・・。死神だなんて、わたくし、ちょっと怖い・・・。」

「怖がらないで、姫。姫のあまりの美しさに、死神界から舞い降りてきてしまったのです。どうかこの哀れな死神のために姫の魂を・・・・。」

「魂どころか、身も心も全て差し上げますっっっvvvv」

女子生徒を押し倒さんばかりの環の小芝居も絶好調である。

 

「ウケているだろう?」

鏡夜が言うと、ハルヒはやれやれと溜息をついた。

「何でこんなのがウケるのか、さっぱりですよ。」

「“死神”をモチーフになど今までしたこともなかったしな。新鮮でもあるんだろう。そもそも女子というのは、怖いものを好む傾向にあるようだし、ある意味、的を得た演出とも言えなくは無い。」

「・・・はぁ。」

どうも納得がいかないと言った感じなまま、ハルヒはお茶を運びにテーブルの方へ歩いていく。

 

鏡夜は、他の部員達の接客振りを確認した後、1人PCの置いてあるテーブルについた。

特段、指名客がいない限りは、PCに向かう鏡夜である。

同じくその鏡夜のテーブルについたリュークは、ホスト部の様子をそこから窺っていた。

女子生徒達のいるところから少し距離をとった場所にあるそこは、たとえリュークと会話をしても、不自然に思われることも無い。

リュークの大きな眼球が部員達を映しながら、言った。

「・・・何ていうか、この“ホスト部”とやらについては、昨夜、さんざん環に聞かされたがな。どうもわからないな。あんなことして楽しいのか?大体、普通の高校の部活じゃありえないだろ。」

リュークのその疑問には、PCに向かったまま鏡夜が答えた。

「死神界ではないが、まぁこれもオレ達なりの暇つぶしというやつだ。“財ある者は暇を成す”。我が校独自の華麗な遊戯とでも言っておこうか。」

「“財ある者”?!そういや環の家も、ずいぶんと豪勢な家だったな。」

「ちなみにあの環の家は第二邸で、本邸は別にある。言うまでも無いが、本邸の方がもっと豪勢だぞ?」

「・・・すげー金持ちなんだな。」

「環だけじゃない。うちの学院の校風だな。みんなそれなりの財力、権力を持つ家柄の出身だ。」

「けっ。要するに超金持ちのエリート学校ってとこか。」

ふと、キーボードの上を走る鏡夜の指が止まった。

「・・・まぁでも、ハルヒは別だが。」

「ん?」

「極めて成績の優秀な者には、入学金、授業料等を免除する奨学特待生というシステムがあってね。彼女はそれを利用している。いわゆる、一般庶民の出だな。」

「へぇ〜。」

そう頷くリュークの頭の中には、ハルヒは貧乏なのかとインプットされたことには間違いなかった。

話が一段楽したところで、鏡夜が立ち上がる。

自分の常連客が来たらしく、彼は入り口まで出迎えに行った。

 

1人残されたリュークのテーブルに、ハルヒが通りかかる。

「リュークさんもお茶、どうぞ。」

「どうも。」

リュークはテーブルに置かれたティカップを見やったあと、改めてハルヒへ向いた。

「お前、女なのに、何で男の格好でホストなんてやってるんだ?」

すると、ハルヒは何で知ってるんだろう?と驚いた顔をする。

「いや、昨夜、環から聞いたんだが。ついでに言うと、このことは絶対に秘密だとも。」

リュークがそう付け足すと、ハルヒは、ああ、何だと納得した表情になった。

「男に化けてまでやりたいものなのか?ホストって。」

理解に苦しむ顔をするリュークに、ハルヒは「ああ、いえ」と軽く首を振った。

「そうじゃなくてですね。自分がここにいるには、ちょっとしたワケがあるんです。」

ワケ?と首を傾げるリュークに、ハルヒは続ける。

「実はうっかり彼らに借金をしてしまって。要するに、その返済のためなんです。」

「借金?」

「はぁ、まぁ。割りに高額なんで。卒業までここで働いていても、返せるのか微妙なんですけど。」

「そうか。お前、貧乏なんだったな。」

不憫そうに言うリュークに、ハルヒは引きつった。

「貧乏って・・・・・。それも環先輩から聞いたんですか?」

すると、リュークは「いや、アイツ」と、別のテーブルで女子生徒を接客している鏡夜を指差した。

「・・・・・・・鏡夜先輩。また余計なことを・・・・・・・。」

ふぅ〜と重苦しく溜息一つ、ハルヒは言う。

「そりゃあ、ここにいる人達に比べたら、家庭の経済状況は大きく違うとは思いますけどね。別に生活に困ってるわけでもないし、リュークさんにまで同情される言われはありませんから。」

確かに、この死神が人間界の経済事情にどれほど精通しているのか不明だが、何もそこまで哀れんでもらう必要などない。

と、そこでリュークがハルヒに提案を持ちかけた。

「だったら、いっそのことデスノートを使って、アイツらをまとめて殺せばいいんじゃないか?そうしたら、お前の借金はチャラになるぞ?」

それはまさに、悪魔の囁きがごとく。

借金が絡む殺人など、この世の中には溢れている。

いたって、ありきたりの殺人の動機となりえるわけで、それを知った上でのュークの提案だが、ハルヒはあっさりと言い返した。

「いえ、別にそこまでするほど、追い詰められた状況じゃないですし。むしろ、あの人達に何かしたら、その後の方が怖くて。」

 

・・・え?そうなのか?

リュークはハルヒの言葉の真意がわからずに、首を傾げる。

すると。

「ハルヒく〜んv」

背後の女子生徒から、ハルヒにお呼びの声がかかった。

「あ、じゃあ、お客さんの相手をしないとならないんで。失礼します。」

そう言って、ハルヒは足早に去って行く。

リュークはそんなハルヒの細い背中を黙ったまま、見送った。

・・・・・・欲のないヤツだな。どうやら、アイツはデスノートを使うことはなさそうだ。

そう思いながら。

 

 

ハルヒと入れ替わるようにして、今度は接客を終えて一段落した常陸院ブラザーズがリュークのテーブルを訪れた。

お客向けの小芝居をし倒して、息抜きにでも来たらしい。

空いている椅子を引き、「お疲れ」とばかりに二人揃って腰掛ける。

そんな双子へリュークは目を向けた。

とりあえず、ここ数日、ホスト部メンバーと顔を付き合わせているおかげで、リュークなりに部員の大体の性格は把握しつつある。

ことリュークに対する暴言の数々から、双子に関するリュークの印象は“生意気”以外の何ものでもなかった。

だが性格から言えば、1番ノートに手を出しても不思議でなさそうだと、リュークはそう思っている。

だからこそ、敢えてリュークは聞いてみることにした。

「お前達、性格悪いのに、あのノートを使いたくならないのか?」

「何それ!?死神だからって、あんまり失礼なこと言わないでよ。」

・・・・・いや、どっちかって言うと、お前らの方がよっぽど失礼だと思うけど。

“性格が悪い”と言われ 憤慨した光の台詞に対し、リュークは心の中だけそうツッコミ、さらに問いかける。

「気に入らないヤツとか、簡単に殺せるんだぞ?試してみたいとか思わないのか?」

「べっつに─。何か、かえって面倒くさそうだし。」

光が言うと、馨もそうそうと頷いて、「殿に聞いたけどさ」と続けた。

「あのノートを使ったりしたら、天国にも地獄にも行けなくなるんでしょ?」

「だったら、パスに決まってるじゃん。」

テーブルに頬杖をついた光がそう付け加えると、双子は顔を見合わせて綺麗にハモる。

「「だって、僕達、天国に行きたいも─ん。」」

 

・・・お前ら、天国に行けると思ってるのか???

思わず、リュークはそう思わずにはいられないが。

自分を省みる事を知らないヤツらってすごいなと、そうリュークはしみじみ感じてみたりする。

とりあえず、この双子がノートに興味がないことだけは、よくわかったリュークなのだった。

 

 

すると、そんなリュークと双子のテーブルに、今度はケーキ皿を持ったハニーとそれに付き従うモリが通りかかった。

リュークは、自然とそちらへ顔を向ける。

・・・・・・コイツらはあまりノートに関心はなさそうだが・・・・・。

このチビは、口を開けば「ケーキ」とか言う食べ物のことしか言わないし、こっちのデッカイのは、喋らなさ過ぎで何を考えているのか、わからないんだよな。

それは、リュークの率直な感想だった。

無駄かもしれないが、それでも一応、訊ねてみる事にする。

「お前達は、あのノートを使って何かしようとは思わないのか?」

そんなリュークの問いかけに、ハニーは大きな瞳を更に大きくして、モリと顔を見合わせた。

「・・・うう─ん、あのねぇ。別にあのノートを使わなくても、僕が直接『めっ!』ってやればいいからねぇ。」

少々考えた風なハニーがそう言うと、モリも同意するように頷いてみせる。

 

・・・『めっ』???

その言葉の意味するところがわからないリュークは、多いに首を傾げるが。

そんなリュークを察したように、馨が解説した。

「ハニー先輩もモリ先輩も、武道の達人なんだよね。二人とも全国レベル。」

「要するに、あんなノートで暗殺するよりも、直接、拳固で始末したいって、そういうことでしょ。いい話だなぁ〜vvv」

「・・・いい話なんですか?それ。」

光の台詞に、お茶のおかわりを取りに通りがかったハルヒがそうツッコんだ。

そんな彼らのやりとりを見て。

やはり、ハニーとモリもノートを使う気など、さらさらないらしいとリュークは理解した。

 

 

やがて、話が一段落し、気分転換も済んだらしい双子は再びその席を立ち、女性生徒の待つテーブルへと移動する。

同じ様にハニーとモリも別のテーブルに行き、お茶のおかわりを持ったハルヒも、お客のテーブルへと帰って行った。

そうして、リュークは1人取り残される形となった。

賑やかにそして、華やかに行なわれている部の様子を、そこから1人観察する。

目線の先には、大勢の女子生徒にずっと囲まれっぱなしの環がいた。

自称ホスト部キングの彼は、それでも指名率No,1を誇るだけあって、その人気はさすがである。

環の何がいいのか、リュークにはさっぱり理解不能だったが。

しかし、そうは言っても、ノートを拾ったのは環だ。

とりあえずは、現時点でノートの所有者であり、最もノートを使うべき人物であると言える。

だが。

・・・・・・・アイツはちょっとな・・・・・・・。

昨夜、一緒に過ごした結果、既に環のノートを使うよう薦める気すら失せているリュークである。

何というか、環の関心はノートというよりも、むしろ死神に対して向けられていて、それはリュークの想像を絶するところだった。

・・・とにかく、ウザい。できれば、関わりたくないんだよな。

リュークがノートの話を切り出したところで、どうせ話は違う方向へ進むに決まっている。

成立しない会話に苦労するのがわかっているのに、わざわざする気にもなれない。

 

リュークがそう思っていると、接客を終えたのか、鏡夜が再びテーブルに帰ってきた。

いつも変わらぬ涼しい顔をしている鏡夜を、リュークの大きな瞳が見つめる。

この部の中で、最も冷静沈着で自分と話のできるはこの鏡夜であると、リュークは思っている。

なので、リュークは今度は、鏡夜に話を振ってみることにした。

 

「今まで、人間にデスノートが拾われた話は何度か聞いたことがあるがな。ここまでノートを使わなかったのは、たぶんこれが初めてだと思うぞ?」

すると、ノートパソコンを開いた鏡夜が、目だけリュークに向ける。

「あのノートには、使用期限でも?」

「いや、そんなものはないが。オレが言いたいのは、お前達がデスノートを使おうとしないのが不思議だっていうことだ。」

リュークの言葉には、鏡夜はキーボードを叩きながら返した。

「ノートの所有者は環なんだろう?ノートを使って欲しいのなら、環に頼んでみたらどうだ?」

「いや、アイツは無理だろう。死神のオレが言うのもなんだが、アイツ、バカみたいに幸せそうだし。ああいうタイプには、ノートの価値はわからない。」

「確かに、環がノートを使うことなどありえないだろうな。」

鏡夜はクスリと笑った。

すると、リュークはその長い爪で、接客をしている他の部員達を指差す。

「アイツだけじゃない。あっちに居るヤツラ全員に一応、ノートを使ってみる気はないかと声をかけてみたが、みんなノートの存在など、まるで眼中にナシだ。お前もそうか?」

その問いに鏡夜はキーボードを走る指を止めると、ふむと顎に手を添えた。

「オレか?オレも・・・そうだな。取り立てて必要性は感じないが。」

「そうなのか。それならいっそのこと、所有権を放棄してくれるとありがたいんだがな。」

「所有権を放棄?」

「そうだ。要するに、ノートを他のヤツに回すということだ。」

「・・・そうすると、オレ達はどうなるんだ?」

鏡夜の眼鏡の奥の瞳が細められる。

と、リュークはその避けた唇をニヤリとさせた。

「デスノートに関する記憶だけ消させてもらう。」

「つまり、ノートや死神のこと全てなかったことになってしまうと、そういうことか。ま、生活に支障が出るわけではないし、大したデメリットにはならないだろうが・・・。」

言いながら、鏡夜は少々、考えに耽るように視線をリュークから外す。

そんな鏡夜にリュークは言った。

「だったら、お前からアイツにノートを捨てるように言ってくれると助かるんだが。」

自分で言うのが億劫なので、リュークはそう鏡夜に頼む。

だが、そんなリュークの願いを鏡夜はあっさりきっぱり却下した。

「それはできないな。」

「どうしてだ?お前達にはノートは必要ないんだろう?」

「確かに必要はない。だが、死神や死のノートがこの世に存在すると知った以上、その記憶を失うわけにはいかない。殺人ノートなんて、この人間界では、何より恐ろしい殺人兵器になりかねないからな。そんなものをみすみす他人に渡してやるのもシャクだ。」

「・・・・・お前、性格悪いな。」

自分は使わないが、それでも他人にやるのは嫌だと言いたげな鏡夜に、リュークは率直な感想を述べたが、それでも鏡夜は穏やかに笑っているだけだ。

「せっかく最強の武器を手に入れたのに、わざわざ他人にくれてやる必要はないと言っているだけだが?」

「それでも使わないなら、宝の持ち腐れとか言うヤツなんじゃないのか?」

「誰かに使われるよりマシだ。」

 

そう断言する鏡夜の言い分は、リュークにはわからなくはない。

しかし、だとすると、ノートを使わずにずっと隠し持っているつもりか?

・・・・・・これも、また今までにないパターンになりそうだな・・・・・。

人間界にノートを落とすということが、こんな厄介な事になろうとは。

自分が想像していた方向とは違う展開に、リュークは首を捻る。

「・・・っていうか、こんなにノートのことを知った人間がいるのに、何で使おうとするヤツが1人もいないんだ?それがオレには本当に不思議でならない・・・。どんな人間だろうと、必ず殺したいヤツが1人くらいいてもいいかと思ったんだがな。」

すると、鏡夜はにっこりと笑った。

「ま、殺したいヤツがいるかどうかは別として。別にあのノートを使わずとも、オレ達はオレ達なりのやり方で、充分対処することができるからな。」

「どういうことだ?」

意味がわからないといった顔をするリュークに、鏡夜は再びPCの画面を見つめながら言った。

「何も、命を奪うだけが報復じゃないだろう?殺しなどしなくても、社会的に抹殺するという方法なら、いくらでもある。こと人間社会では、死ぬ事よりも生きている事の方が辛いこともあるからな。」

「生き地獄とかいうヤツか?」

「まぁそんなところだ。とにかく、ここにいる人間は皆、そういった制裁の手段を心得ている。」

言い終えて、鏡夜は「まぁでも、ハルヒはこの条件には当てはまらないが」と付け足す。

それを聞いて、リュークは鏡夜が言わんとしていることを理解した。

・・・・・・要するに金や権力を使って、他人なんてどうにでもできるってことか。金持ちってタチが悪いな。

 

「だから、オレ達にはノートは必要ない。わかってもらえたかな?リューク。」

「・・・だけど、他人にはもったいなくて回さないんだな?」

「そのとおりだ。 切り札は、いざと言う時のために大事にとっておくものだろう?」

にっこり微笑む鏡夜の方こそ、よっぽど死神のようだとリュークは思うが。

 

人間って、コワっっ!!

そう思わずにはいられないリュークだったのである。