もし、デスノートを拾ったのが桜蘭高校ホスト部員だったら・・・の巻き

★act6★

 

 

 

 

「っていうかさぁ。そろそろ、この死神スタイルも飽きてきたんだけど?」

「だよねぇ?いっくら毎回衣装を変えてるとはいえ、死神をイメージした服にも限界があるしね。」

 

第三音楽室。

本日も、ホスト部部長の熱い希望により死神スタイルでの営業を続行中。

通常であれば、連日同じテーマで営業することなどありえないのだが、死神リュークとの記念すべき出会いに感銘を受けた環による提案で、死神強化月間なるものが設置されたのである。

 

双子が座るソファの傍のテーブルでは、ハニーがモンブランをつついていた。

「昨日が正統派な死神さんで、今日がリューちゃんのマネしたヘビメタ風な死神さんだもんね。明日はどんな死神さんになるのかな?崇。」

「・・・オレに聞くな。」

「っていうか、うちのデザイナーのネタもつきるって。」

光が言うと、馨も頷いて付け足す。

「そうそう。毎回死神を演じるこっちだって、ネタに困るし。」

それは、ホスト部の衣装全般を担当している常陸院ブラザーズとしては、最もな意見であり、そしてその衣装に扮して、女子生徒を相手に小芝居を演じなければならないホスト部員としても切実な意見であった。

ねぇ、鏡夜先輩?と唇を尖らせた双子に対し、言われた本人は素知らぬ顔でPCのキーボードの上で忙しく指を走らせていた。

「まぁ、そう言うな。この死神スタイルになってから、売り上げは2割増しだ。需要があるなら、供給しない手はないからな。大体、本物の死神を前にして、死神に飽きただなんて失礼だろう?お前達。」

にっこりと微笑む鏡夜のすぐ脇で、りんごをシャキシャキ言わせながら食べているリュークは、「え?オレ、別に気にしてないけど?」とそう口を挟んだ。

リュークの前のテーブルには、赤々としたりんごが山積みとなっている。

彼の好物がりんごだと知って、環が用意させたものだった。

りんごに夢中になっているリュークを見やった鏡夜は、そのまま背後に目をやる。

そこでは、昨日とはまた違う死神のコスチュームを身に纏った環が、満足そうにそのマントを翻していた。

「あのとおり、部長も乗り気だしな。」

しばらく死神スタイルを貫かないわけにはいかないだろうと言いたげな鏡夜に、一同は声もなく頷くしかなかった。

「にしても、ここまでこの死神のスタイルが支持される理由がわからないですけどね。」

疲れたように溜息を零したハルヒは、相変わらずケーキを頬張るハニーとモリのテーブルを通り過ぎ、部屋の奥へと消えていく。

ハルヒがドアを開けたその瞬間、ドアの外から1人の女子生徒が飛び込んできた。

 

「みなさま、ごきげんようっっ!!」

「れ、れんげちゃん?!どうしたの?まだ営業時間前だけど?」

「あら、ハルヒくん!ご心配には及びませんわ。私はマネージャーとして、ここしばらく流行っているという死神のコスプレを確認しに来ただけですの。」

言うなり、ホスト部自称マネージャーの宝積寺れんげ嬢は、部員達のコスチュームを嘗め回すように見回した。

そうして考え込むように片手を顎に添えると、微妙に首をかしげる。

「っていうか、それのどこが死神ですの?どちらかと言うと、ありがちなビジュアル系バンドのメンバーにしか・・・。私のイメージとは程遠いですわ。」

がっかりしたように言うれんげにハルヒは苦笑した。

「やっぱりれんげちゃんのイメージも、黒装束で鎌を担いだドクロ顔?」

「いいえっ!ハルヒ君!私が今、イチオシの死神のコスプレはこちら!W○連載中の某コミックより、黒の袴スタイルですわ!ほら、鎌ではなく刀を武器として常備しておりますの。」

どこから出したのか、少年雑誌を広げて見せるれんげに、部員達とリュークも覗き込む。

「っていうか、これもあんまり死神っぽくないような・・・」

ぼそっと零すハルヒに続いて、双子もツッコミを入れる。

「「フツーに時代劇モノっぽいし。」」

「お侍さんみたいだねぇ。崇。」

「・・・そうだな。」

ハニーとモリの後に、「死神界にこんな格好のヤツはいないけどな」とリュークが呟いたのは、もちろんれんげの耳には届いては いない。

納得いかない表情を浮かべるれんげの前に、すっと環が一歩踏み出して人差し指を翳した。

「れんげ君、これはね。実在する死神をモデルに考案された衣装なのだよ。」

「無理だよ、殿。そんなこと言ったって、信じるわけないじゃん。」

「そうだよ。僕らですら、実物見てやっと納得したんだし?」

光と馨が口々に言う。

すると環もいかにもと頷いて、リュークへと視線を投げた。

相変わらずヘビメタルックな死神は、好物のりんごには満足したのか、新たな登場人物に眼を見張りながら、空中でふわふわと胡坐をかいていた。

そんな死神を見、環は意を決したように力強い声を上げた。

「やはり、わかってもらうには真実を知ってもらうのが一番だ。よし、ハルヒ!デスノートをこれへっっ!!」

「え?!いーんですか?」

デスノートを取って来いと言う環の台詞に、ハルヒは鏡夜の顔色を窺う。

「・・・ま、いいだろう。正直なところ、リュークの存在がこれ以上、露呈されるのは避けたいが、彼女1人くらいなら許容範囲内だ。」

誰にも口外しないという約束付で鏡夜の許可が下りたところで、ハルヒはお菓子の棚にしまってあったデスノートを取りに行く。

程なくして戻ったハルヒの手に黒いノートがあるのを見つめ、れんげは不思議そうな顔をした。

「何ですの?」

「とりあえず、このノートに触ってみてください。話はそれからで。」

目の前に差し出された真っ黒なノートを言われるがままに彼女が受け取ったところで、双子が言った。

「「はーい、じゃあそこに見えるものはなーんだ?!」」

「え・・・?」

双子に促され、彼女が見つめたその視線の先には、もちろん死神リュークがいた。

その強烈な姿にれんげの瞳が大きく見開かれ、固まること数秒。

彼女は、ようやく口を開いた。

「・・・新入部員にしては、ずいぶんとグロテスクなお顔立ちのようですけど、一体、どなたですの?!」

「だからね、あれが死神さんなんだよ。あのね、死神界から遊びに来たんだって。」

にっこり無邪気に紹介するハニーに続いて、環がリュークに向かっておいでおいでと手招きをした。

「ほら、リューク。れんげ君にご挨拶をせねば。」

環の声に、リュークは面倒臭そうに腰を上げると、そのままふわふわとこちらへ飛んできた。

「れんげ君。驚かないで聞いて欲しい。ハニー先輩のおっしゃったとおり、こちらは死神のリューク。リューク、こちらは宝積寺れんげ君。ハルヒのクラスメートだ。」

「どうも、ハジメマシテ。」

長身のリュークがややその背をかがめて挨拶する。

普通に見れば、不気味この上ないその姿が近づいてきたこの状況で、いつ悲鳴を上げて卒倒してもおかしくはなかったのだが、彼女は放心したように呆然と立ち尽くしていた。

「・・・死神・・・ですって?!」

「そう。正真正銘の死神だよ。」

環はそう告げると、デスノートを拾ったことから始まったリュークとの出会いから全てを話して聞かせたのだった。

 

環が語る事しばらく。

「れんげちゃん、お茶のおかわりは?」

暖かい紅茶の入ったポットを持ったハルヒがそう訊ねると、ソファに腰をかけたれんげは小さく首を振っただけだった。

彼女は、環から聞かされる死神についての話題に何一つ異論を唱えることなく、黙って聞いていた。

「環さん、お話はわかりましたわ。つまりこのノートは直訳どおり死のノートで、あの方が死神界から舞い降りた死神・・・・。すべて真実ですのね?」

「そのとおり。常識では受け入れにくい部分もあるかもしれないが、最早、我々が踏み込んでいるのは常識では推し量れない神の領域なのだ。」

「大丈夫ですわ。わたくし、今まで散々死神をモチーフにした作品は目にしてきましたもの。理解はできるつもりですの。」

淡々と語るれんげを、光と馨は頬杖をついて見つめた。

「っていうか、あっさり受け入れちゃってるし。」

「死神を散々見てきたって、それ全部コミックやアニメの世界のことでしょ?相変わらず、現実と二次元の世界が入り混じってるよね。」

「さすがは、れんげちゃんだねぇ。」

「そうだな・・・。」

「ま、彼女はもともと非現実的な世界に入り浸るのが趣味だからな。死神が実在していようが、大したことではないのでは?」

ハニーとモリに続き、鏡夜がそう締めくくった。

 

「さて、れんげ君。リュークに質問あれば、ぜひこの機会に何でも聞いてみてくれたまえ。」

リュークの隣でにっこり笑って環は言う。

と、彼女は「質問というか、1つ、お願いがあるのですけど」と切り出した。

「その・・・悪趣味なメイクを取っていただけませんこと?」

へ?と、固まるリュークのよそに、双子が「「あーあ」」と口を揃えた。

「メイクじゃないんだよね。」

「素顔だから、それ。アイラインもリップも何一つ未使用だから。」

馨と光の言葉に、れんげは「素顔?!」と大きく仰け反った。

 

すると、突然、れんげが「よよよ」と泣き崩れる。

「どうしたの?れんげちゃんっっ!?」

ハルヒが慌てて気遣うと、れんげはハンカチを握り締めながら言った。

「だって、わたくしのイメージとあまりにもその風貌がかけ離れていて・・・っっ!!それが悲しくて仕方がありませんのっっ!せっかくここまでオイシイ設定ですのにっっ!!」

オイシイってどこが?と訊ねる部員達に、れんげは「だって!」と立ち上がった。

「死神界から恐ろしい死のノートを持って、舞い降りた死神。彼は、人間を死に追いやるためにこの人間界に降臨した 。それだけで、わたくし妄想フラグは立ちまくりですわっっ!!」

一体、どんな妄想だ?と部員達が首を傾げるのも構わず、彼女は熱弁を続ける。

「例えば、こんなのはいかがかしら?その死神が1人の少年と出会うことによって運命の歯車が狂い始めてしまう。死神と人間の禁じられた恋!このようなロミジュリ的な展開は、どんなに使い古されても乙女の心をくすぐりますのよっっ!!」

 

1人熱く語る少女の周りで、さぁ〜っと何かが引いていく音がしていた。

「「出たな?オタク・・・。」」

「・・・ロミジュリって、一体、どこをどうしたらそんな発想ができるんだろう?」

双子に続いてハルヒがそうぼやくと、ハニーも続く。

「リューちゃんは、死神界が退屈で暇つぶしに来ただけの死神さんなのにね。」

れんげの暴走ぶりにさすがのリュークも驚いたのか、口を挟んだ。

「おい、コイツ、頭、大丈夫なのか?」

「ああ、リュークは知らないだろうケド。こういう人種を人間界ではオタクっていうんだよね。」

やれやれと光が解説する。

オタク?と首を捻るリュークの前に、れんげが大粒の涙をためて近づいてきた。

「女子が萌えるいくつかの要素には、そのキャラが背景に抱える暗い過去、避けようもない悲しい運命、敵対しあう物同士が惹かれあうなど様々。でも、それもこれもまずキャラが美形であることが 必須っっ!そしてその顔に勝るとも劣らない美声でなくては、萌えるものも萌えられませんわっっ!!ああ、何てことですのっっ!!」

「落ち着いて、れんげちゃん。リュークさんの顔がれんげちゃんの趣味じゃないのは残念だったけど、こればっかりはどうしようもないし。ね?」

泣き喚くれんげの肩にハルヒが優しく手を添える。

「・・・でも、こんなお顔では・・・。一体、ホスト部で何をなさっていますの?」

「え。何って・・・。」

れんげの質問に、ハルヒはえーっとと小首を捻った。

 

「何もしてないよねぇ?崇。」

「そうだな。」

「「殿にくっついて、ここに来てるだけだよね。」」

ハニー&モリ、そして馨と光が口々に返すと、当人であるリュークも言う。

「オレは、ノートの所有者であるコイツの傍を離れるわけにはいかないからな。とりあえず、傍にいて、コイツらの誰かがノートを使ってくれるのを待ってるんだが。」

そのリュークの答えに、れんげは細い眉をきゅっと寄せた。

「では、貴方はただこちらに入り浸ってるだけで何もなさってはいないんですの?」

「・・・まぁ、そういうことになるな。あ、しいて言えば、りんごを食わせてもらってるが。」

すると、れんげはその顔をずいっと環の方へ向けた。

「環さんっっ!!それでよろしいんですの?!まるで使えないキャラをこのホスト部においておくなんて、わたくし、納得できませんわっっ!!」

使えないキャラ?とリュークが首をかしげる。

「いや、しかしれんげ君・・・。リュークは死神だし。」

環がそう言うと、双子も続いた。

「まさか、ホストになれるキャラじゃないでしょ。」

「そーそー。大体、フツーの人には見えないんだからさ。」

 

「甘いですわっっ!!いくら美形には程遠いキャラとはいえ、せっかくここまで個性的なキャラを使わない手はありませんことよっっ!!」

ばんっとテーブルに手を突いたれんげに、ホスト部の影のボスである鏡夜が興味深そうな笑みを浮かべた。

「では、君には何か名案が?」

「例えば、部のマスコット的な存在として使用するというのはいかがかしら?つまり、ホスト部オリジナルキャラクターですの。通常、そういったマスコット的なキャラはかわいらしいのが通説ですけど、近年、女子の間では“キモカワイイ”というキャラが流行る傾向にありますわ!ですから、わたくし宝積寺れんげは、この死神リュークをホスト部のキモカワなキャラクターとして、全面的に売り出すことを提案いたしますわっ!」

そのれんげの提案には、一同は顔を見合わせる。

「・・・なるほど。部員達の写真集などと一緒にキャラクター商品を作れば、それはそれで新たな利益になるかもしれないな。」

顎に手を添えて頷く鏡夜は、意外にまんざらでもなさそうだ。

そして、何より部長も大乗り気だった。

「よし!では、リュークが我がホスト部のキャラクターとして決定だ!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!!それって、リュークさんをみんなに披露するってことですか?」

慌ててハルヒが声を上げると、光も続いた。

「死神やノートの秘密を全部、カミングアウトしちゃうわけ?」

「それってちょっと問題ない?鏡夜先輩だって、さっき秘密は保持したいって言ってたじゃん。」

馨がそう言うと、鏡夜はにっこり笑った。

「もちろん、リュークが本物の死神であることもデスノートの存在も明らかにするつもりはない。リュークについては、そうだな。我々が作り出した死神の偶像ということでいいだろう。彼はあのとおり人間離れした見た目だし、良く出来た着ぐるみとでも言って、生徒の前に出せば問題はない。」

鏡夜はあくまで、リュークを死神のキャラで売り出すつもりのようである。

「でも、鏡ちゃん。リューちゃんをみんなに見てもらうためには、ノートに触ってもらわなきゃだよね?どうするの?」

ハニーの疑問には、鏡夜はあっさりと回答を出した。

「聞いたところ、ノート本体ではなくノートの切れ端でもその効果は変わらないということです。来店したお客様にそれとなく、その切れ端を触らせるようにすれば、大丈夫ですよ。」

「おお、鏡夜っっ!!いっそのことメニューをデスノートで作って、各テーブルに置いたらどうだ?!」

「・・・ま、それも1つの手だな。」

「鏡夜様っ!キャラクターグッズのデザインについては、わたくしにお任せくださいっ!」

「ああ、よろしく頼むよ。れんげ君。」

 

すっかりやる気の環と鏡夜に、1年生トリオは肩を竦めて見ていた。

「いいのかなぁ?グッズ販売はともかく、リュークさんを着ぐるみと偽って、お客さんの前に出すなんて・・・・。」

心配そうなハルヒの両脇を固める光と馨も呟く。

「さすがは鏡夜先輩。立ってるものは何でも使えってね。」

「でもまさか、死神まで使うとは・・・。」

 

「・・・リュークさん、これから大変だと思いますが、がんばってくださいね。」

ハルヒが気の毒そうに言うのを、リュークは理解できずにいた。

「え?オレ、もしかして働かされるのか?」

「もしかしないでもそうですよ。今までの話、聞いてなかったんですか?!」

「?!」

もちろん死神業以外やったことがないリュークが慌てるのも無理もない。

というか、死神を働かせる人間がまさかいるとは、今の今まで考えたこともなかった。

呆然とするリュークに、ハルヒがそっと耳打ちする。

「それから。言っておきますけど、鏡夜先輩に間違っても借金とか作らない方が身のためですよ?完済するまで逃がしてはもらえませんから。」

心優しいハルヒのアドバイスも、時既に遅しといったかのように鏡夜がリュークを振り返った。

「そうそう。ここしばらく取り寄せているりんごだが。あれは江刺りんご「サンふじ」という品種でね。ちなみに10kg1箱55万円で、市場での末端価格が最も高価なものだ。つまり、りんご1個あたり約2万円ということになる。」

「ごっ・・・ごじゅぅ・・・。りんご1つが2万???!!」

鏡夜の台詞に口をぱくぱくさせるハルヒ。

そんなハルヒをよそに、鏡夜はにっこりとリュークに笑顔を向けた。

「ああ、心配しなくても、これからもりんごはきちんと用意させてもらう から、好きなだけ食べてくれて構わないよ。ただ、食べた分だけきっちり働いてくれさえすればね?」

気にしないでくれたまえと言いたげな鏡夜の笑顔に、死神リュークは目をむいた。

・・・マジでっ?!!

 

「・・・・・オレ、何しに人間界に来たんだっけ?!」

 

こうして。

単なる暇つぶしでデスノートを人間界に落とした死神は、ホスト部部長、須王環がノートを拾ったことに端を発し、ホスト部のメインマスコットキャラクターとして働かされるという、まさに想定外の方向へ話は進んでいくのである。