・・・って、言ってもなぁ。何ていうか、挑戦にしてはどうにも低レベルな気が。
小さなあくび一つ、オレ工藤新一は今、クラスメイトと共に芦ノ湖の遊覧船乗り場に居た。
本当なら修学旅行はパスして、目暮警部と一緒に事件三昧のつもりだったのだが。
結局のところ、この何の根拠もない挑戦状を前にして、とりあえずは修学旅行に参加するのは止むを得ない状況となったわけだ。
「大体、オレが『高校生探偵』の名を返上したところで、犯人に何のメリットがあるんだか。復讐するつもりなら、もう少し建設的なことを要求した方がいいような気がするけど。」
ぼそりと呟いた独り言に、隣に並んでいた蘭が「何?」とこっちを向く。
「あ、いや、何でもないよ。」
「ねぇ、新一、見て。遊覧船が来たよ。私達が乗る船はあれだよね?」
桟橋近くにやって来たのは、いかにもらしい遊覧船だ。
箱根には子供の頃来たことがあるが、遊覧船に乗るのもそれ以来か。
などと思っていたその時、後ろにざわざわとした気配が近づいてきて、オレと蘭は振り返った。
そこにはブレザー姿の制服のオレ達とは違って、学ランとセーラー服の団体。
「あれ?よその学校みたい。私達みたいに修学旅行かな?一緒の船に乗るんじゃない?」
蘭の言葉に、オレは僅かに眉を寄せた。
確かに遊覧船はオレ達だけで貸切にするには少々大きいが。
まさか他校まで乗り込むことになるとは。
万が一、何かあると他校にまで迷惑がかかることになる。
いや、それ以前に。
もしかして、犯人が他校の生徒になりすまして乗船してくるなんてことは・・・。
「ほら、新一、行くよ?」
蘭に声をかけられ、オレも船に乗り込もうと一歩踏み出したとたん、背後から女生徒のキャーという黄色い悲鳴が上がった。
ギョッとして振り向くと、オレはあっという間に他校の女子にもみくちゃにされてしまう。
「工藤君だよね?あの高校生探偵の!」
「サインください!!」
「一緒に写真撮ってもらっていいですか!?」
女子生徒に囲まれてオレはたじたじになっているところを救ったのは、他校の教師だった。
ようやくにして解放された時には、着衣が少々乱れるくらいだったが。
そうして、やや不機嫌そうな顔の蘭と一緒に、オレは問題の遊覧船に乗り込んだのである。
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穏やかな水面を遊覧船が進んでいく。
船首の甲板でオレは船内を見渡していた。
クラスメイトの他、他校の生徒達が楽しそうに談笑したり、写真を撮っている姿が目に映る。
何も知らない生徒達が思い思いに楽しい旅行を満喫しているようだった。
他校の女子も教師に注意されたせいか、もうオレに近づいてこようとはしない。
その後、オレに近寄ってきたのは、船員の南田さんがサインを求めに来たくらいだった。
オレはほっと息をつく。
遊覧船の周遊時間は1時間。
つまり、これから1時間は水の上の密室となるわけだが。
時速20キロで走行するこの遊覧船に、外部から気づかれずに接触するのはほぼ不可能。
オレがKIDNAPPERなら、もうこの船の中に───。
例えば、現段階で容疑者を考えるなら。
船長:東邦夫
船員:南田恭介
臨時教師:北島慎吾
添乗員:西田麻衣
そして、その他にこの船に偶然乗り合わせることになった他校の教師と生徒達か。
これじゃ、不特定多数で意味はないか。
大体、この中の誰かがKIDNAPPERだとしても、この場所から生徒を連れ去ることは不可能なはずだ。
───どうやってしかけてくる?
不意に、昨夜届いた挑戦状にもう一度目を通したくなって、ブレザーの内ポケットに手を突っ込んだ。
が、その瞬間にオレは青くなる。
・・・やべっ!挑戦状がない!どっかに落としたか??!
乗船する前までは確かにあった。
・・・もしかして、あの他校の女子生徒にもみくちゃにされた時か?!
やべーぞ!船の中に落ちてて、誰かに読まれでもしたらっ・・・!!
そう思った時だった。
突然、何の気配もなく声がして、オレは驚かずにはいられなかった。
「よぉ。アンタが高校生探偵の工藤新一?」
声の主をオレは眉をつり上げて見つめた。
ソイツはいつのまにやらオレの隣に居て、なのにオレは全然気づかなかった。
考え事をしていたのもあるが、そうでなくとも突然湧いたように現れすぎだ。
しかもオレと良く似た背格好で、ついでに顔も似ている気がする。
学ラン姿のその人物は人懐っこい笑顔を向けていた。
オレは不審げに眉を寄せる。
「・・・・何か用か?」
「いや、さっきうちの女子が騒いでいたから。オレも名探偵ってのを間近で拝見しとこうかと。」
・・・何だ?コイツ。冷やかしか?
「悪いけど、今はそれどころじゃないんだ。大した用がないなら・・・・」
と、言いかけたオレの目の前にソイツは手を差し出す。
そこには白い封筒が!
もしかしなくても、それは間違いなく例の挑戦状だった。
一瞬の沈黙。
にこにこしているソイツの手から、オレは封筒を無言で受け取る。
そうして、やや上目遣いでソイツを見返した。
「・・・・・・サンキュ。」
「どういたしまして。」
「───中身、見たか?」
オレの問いに、ソイツは笑顔で頷く。
・・・ああ、やっぱり。見ないわけないよな、普通・・・。
しかし内容を知って、何でそんなに楽しそうな顔をしているのか、オレには皆目見当もつかないが。
ともかく、コイツを口止めしておかないとまずい。
「あの・・・」
「心配しなくても、まだ誰にも口外してないよ。」
「え。」
「ヘタに騒いだなら、船内がパニックになりそうだしね?」
にっこり笑うソイツに、オレは少々目を丸くするが。
ああ、何だ!コイツ、意外と物分りがいーじゃねーか!
そう思って、ようやくオレも頬が緩んだ。
だが、それは甘かった。
ソイツは思わぬ要求をしてきたのだ。
「みんなには黙っててあげるからさ。そのかわり、口止め料として、オレも見物させてもらっていいかな?」
───はぁ?!
思いも寄らぬソイツの言葉に、オレは目を剥かずにはいられなかった。
「・・・・お前、何言って・・・?!見物だと?!」
「いや、だって“探偵”なんて物珍しくて。初めてお目にかかるからさ。噂の名探偵がしっかり推理して事件を解決するとことか、ナマで見てみたいし。」
「あのな・・・。こっちは遊びでやってるんじゃねーんだ。フザけたこと言うな。」
「別にフザけてないけど。でも、この挑戦状を見た限りじゃ、あんまり大した犯人じゃなさそうだし。文面に暗号が使われてるわけでもなく至って直接的で、しかも“KIDNAPPER=誘拐犯”なんて名乗るところもどうかと思うな。」
「お前な・・・。」
こんなところで犯人にダメだししてどうする。
うなだれてるオレをよそに、ソイツは無邪気に笑っていた。
それはまるで楽しいレクリエーションを前にしている子供のように。
「名探偵と犯人の一対一の勝負を邪魔したりはしないからさ。オレのことなど気にせず、まぁ頑張れ。」
オレは挑戦状を落としたことを心底呪ってみたが、そんなことをしてももう遅い。
よりにもよって、こんなヤツに拾われるとは。
「あ、オレ、黒羽快斗。よろしくね、名探偵。」
───よろしくじゃねーよ。
なんだか面倒くさいことになりそうだ。
厄介なヤツと関わることになってしまって、オレは一気に憂鬱になっていった。
To be continued
10月2日放映のドラマ「工藤新一への挑戦状」を受けてのお話です。
感想については日記であらかたぶちまけましたが、ここでは実際、快新・・というか、
まぁあの話に快斗が出ていたら・・・の設定になっています。ちなみに舞台背景は
全て一緒ということにしておきますので、実際新一はまだKIDも知らない段階なのでした〜
こうだったら、面白かったのにぃという私の欲望で行くお話になります。えへ