「・・・ったく。子供が食うかもしれないケーキに、よりによってパイカルなんか入れやがって。」
まさかこんなところでもとの体に戻るとはと新一は、冷や汗を拭いながらボヤいた。
すると、ロッカーを分け隔てた向こうから、哀の声がする。
「あら、仕方がないんじゃない?パーティの出席者で子供なんてほとんどいないし。ケーキにお酒が入っているのは珍しい事じゃないもの。でも、今回はちょっと多かったかしら。パイカルだけではなくて、何かのリキュールも入っていたように思うけど。」
「お前、服は?」
「おかげさまで、ロッカーに入っていたものを適当に拝借させてもらったわ。それにしても咄嗟に女子更衣室に逃げ込むなんて、さすがね。」
もう着替えは済んだとばかりに返す哀に新一は頷き、自分の持ち物から携帯を取り出すと、迷わず阿笠博士の番号をプッシュした。
自分の服を頼むのと、その姿をさらすわけには行かない彼女を引き取りに来てもらうためである。
程なくして現れた博士と本当の姿では久しぶりの対面を果たしたところで、新一は言った。
「それより、この姿に戻った灰原を大勢の人の目にさらすワケにはいかない。すぐに博士んちに連れて帰ってくれ。」
「・・・あ、ああ。じゃが・・・。」
本当の姿をさらしたらマズいのは哀だけではなく、新一も同じである。
博士は新一の身も案じたが、それには新一は首を振った。
「オレは帰るワケにはいかない。」
「貴方、まさかその姿で例の脅迫状の件を何とかしようだなんて思ってるんじゃ・・・・。」
「ああ、パーティが無事に終わるまでオレはここに残る。」
すると、哀は眉を寄せた。
「あのケーキのリキュールの効果は未知数。いつ子供の姿に戻るかわからないのよ?」
「わかってるさ。」
それでも目の前の事件の前からは、逃げる事が出来ない。
たとえ、それがどんなに危険だとしても。
それが探偵の性なのだと新一は笑って見せる。
「じゃ、博士。灰原を頼むな。」
変装用にとダテ眼鏡をかけて、一応素顔を隠したつもりなのか、新一は更衣室をあとにした。
その背中はすっかり探偵で、本当の姿に戻ったのをこれ幸いとばかりに、意気揚々と事件へ飛び込んでいくようだった。
そんな新一を哀は冷たく一瞥する。
「・・・あんな眼鏡、気休めにもならないわ。」
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パーティ会場のステージでは、滞りなくミス・ジャパネスクのスピーチが進行していた。
新一はこっそりその様子を見届けた後、ホテル内を見回り始めることにする。
人目を避けるようにしながらホテルを歩き回る新一の唇は、心なしか上へ持ち上がっていた。
やっぱり本当の姿はいいのだ。
一歩踏み出すその歩幅も、目線の高さも小さな体とはまるで比べ物にならない。
いつもはちょこちょこ走り回ったり、よじ登ったりと何かと苦労も多いのだが、今はそんな必要もない。
それにしても今夜、この場所でもとの姿に偶然にも戻れたことは本当にラッキーだった。
これで心置きなく、事件を捜査がすることができる。
ただ『工藤新一ここに在り』と、誰にも知られないように気をつけなければならないが。
まず、新一はホテル内の構造でアヤシイところがないか、それから関係者の控え室、ステージへ入場の際のセキュリティなどを順に確認していった。
部屋位置からして、ミス・ジャパネスクである寿 かれんと、審査院長である三浦 大吾の関係は容易に見当がつく。
新一が「わかりやすいな」と苦笑しながらエレベーターホールへ向かうと、ちょうどかれん達が控え室へ戻るところに遭遇した。
すばやく身を隠してしばらく様子を窺っていると、どうにもその雰囲気は穏やかではなかった。
ミス・ジャパネスクに輝いた派手な妹ととは違って、地味な面持ちの姉、寿 美々はマネージャーとしてかれんは言い争いは絶えず、とても仲の良い姉妹には見えない。
そして、審査院長のあからさまなあの態度。
かれんの舞台監督への接し方。
ミス・ジャパネスクの相当な女王様っぷりは、準ミスの安倍 澄香、川田 鏡美からも反感を買っていることもわかった。
・・・これは、誰が脅迫状を書いてもおかしくねーな。
ミス・ジャパネスクの成功を妬んで・・・というよりは、敵を作るのが得意そうな彼女自身の性格に問題がありそうだと、新一はそう結論付けた。
控え室に戻ったであろうかれんと審査員長を追うため、再びエレベーターに乗り込もうとした新一の耳に聞きなれた声が届いた。
それは毛利 蘭のコナンを探す声だった。
いつまでたってもパーティ会場にもどらない子供達と博士を心配し、探しに来たのだ。
新一は瞬間的に蘭に背を向ける。
逃げ場はどこにもなかった。
ここで今、逃げ出せば逆に彼女の注意を引き、新一がここに居ることがバレてしまう。
ダテ眼鏡なんていうベタな変装も、幼馴染の彼女に通用するとはさすがに新一も思ってはいなかった。
残された道は、彼女が気づかぬようにエレベーターに乗り込むしかない。
新一は、一刻も早くエレベーターに乗り込むべく、必死でボタンを押し続けた。
だが、二台あるエレベーターはどちらもすぐには来そうもない。
新一はあせった。
・・・頼む。気づかないでくれ・・・ッ!
新一が抱えている問題は、まだ解決していない。
すべてが片付くまでは、工藤新一として彼女の前に現れるのは良くない。
だから、まだ会ってはいけないのだ。
イライラしながら新一は、エレベータの到着を示すランプを睨みつけた。
と、
蘭が新一に気づくか気づかないかのギリギリのタイミングで、エレベーターの到着を告げるチャイムが鳴る。
やってきたエレベーター内に滑り込むように飛び込んだ新一は、そのまますぐボタンを押して扉を閉めようとした。
蘭が異変に気づいて、こちらへ向かってくる気配がする。
扉はまだ開いたまま。
万事休すと、新一は瞳を堅く閉じた。
が、間一髪、扉は閉まった。
扉が閉まる瞬間、蘭がすぐそこまで来ていたように思えたが、彼女には誰が乗り込んだのかまでは恐らく確認できてないないはず。
僅かな罪悪感を感じながらも、新一は胸を撫で下ろしたのだった。
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チンと音を立てて新一を乗せたエレベーターが動き出す。
ほっと息をついたのもつかの間、突然、新一の背後から声がした。
「ヒドイなぁ、このフロアで降りたかったのに。」
まるで人の気配すらなかったところからいきなりした声に、新一は肩を震わせて振り返る。
と、そこには見覚えのある顔があった。
「・・・お、お前っっ!!」
「やぁ、名探偵。オレのこと、覚えててくれたんだ?」
そう笑って見せる少年のことを、新一はもちろん鮮明に記憶していた。
彼の名は、黒羽 快斗。
以前、修学旅行で起きた誘拐事件の際、同じ船に乗り合わせたことから、事件解決まで絡んできた妙な少年だった。
まさか、こんなところで再会するとは。
新一は目を見開いた。
「お前、ここで何を・・・っ!何でお前がここにいるんだっっ!!」
「何でって、パーティに招待されたからなんだけど?」
「招待?」
「前にも言ったろ?オレ、マジシャンの卵だって。今日のオープニング・セレモニーでマジックショーをやってほしいって頼まれてね。」
快斗の話に、新一は眉をつり上げる。
そういえば、確かに以前会った時に聞いた覚えはあった。
マジシャンであることが関係しているのか、犯人のトリックなどわりに簡単に暴いて見せるし、最後の爆弾処理の時など、そのサポートは実に見事だったのだ。
とてもただの高校生とは思えないほど。
いや、そんなことよりもだ。
・・・コイツ、こんなパーティでマジックを披露するほどの腕前のヤツだったのか?!
もしかして、相当有名なマジシャンだったのかと眼を見張る新一に、快斗はいやいやと首を振った。
「ここの鈴木会長がオレの親父のファンだったらしくてね。そのツテでオレに話が振ってきただけ。」
「親父って・・・。」
「黒羽盗一。名前くらいは聞いたことあるかな?」
快斗に言われて、新一はブンブンと首を縦に下ろした。
黒羽盗一といえば、世界的に有名なマジシャンだ。
日本では珍しく世界に通用するマジシャンだったが、確か8年前、ショーの最中の事故で他界したことも大きく報じられていた。
・・・黒羽・・・。そうか、コイツ、黒羽盗一の息子だったんだ。
新一は、しげしげと快斗を見つめた。
あの黒羽盗一の血を引く息子ならば、確かに将来有望なマジシャンだと言われても不思議じゃない。
快斗がここにいる事情を、新一はなるほどと納得した。
すると、今度は快斗が新一に訊ねる。
「それよりそっちは?そういえば高校生探偵 工藤新一に会うのは、ずいぶんお久しぶりな感じだね。近頃、探偵と言えば、めっきり『眠りの小五郎』が有名になっちゃってるけど?」
人の悪い笑顔を浮かべてそう言う快斗に、新一はただ無言で睨み返していた。
『眠りの小五郎』の名を売っているのは、実は今は江戸川コナンという小さな体になってしまった新一なのである。
今も昔も活躍している探偵は、新一であることに変わりはないのだが。
「・・・別に。ただちょっと厄介な事件に巻き込まれてて、あまり表に顔が出せねーだけなんだよ。」
「へぇ?」
江戸川コナン=工藤新一という真実を明かせない以上、他に新一に言い返せる言葉はない。
面白く無さそうにそっぽを向く新一に対し、快斗は面白そうにその瞳を細めていた。
実のところ、新一が明かすことの出来ないその真実を、快斗はとっくに知っていたのである。
何故なら、それは黒羽快斗=怪盗キッドだから。
キッドとして江戸川コナンと何度か対峙したことのある快斗は、あっけなくその隠された真実に辿り着いていたのだ。
そして、新一はキッドには真実を知られたことを承知している。
そんなわけで、新一の抱える秘密を知っている数少ない人の中に、怪盗キッドも加わっている。
だが。
・・・名探偵は、オレが怪盗キッドだって知らないんだよね。
快斗はニヤリとした。
久しぶりにもとの体に戻った思ったら、こんなところで一体何を?とそう聞いてやりたいが、自らその正体をバラすようなマネをするわけにもいかない。
「
それで?名探偵は、まさかまた面白おかしい挑戦状でも受け取ったとか?」
おちゃらけてそう快斗が笑うと、新一はあの修学旅行での一件を思い出したように苦笑いした。
「・・・バーロー。あんなふざけた挑戦状がそんなちょくちょく来てたまるか。今回は脅迫状だ。」
「脅迫状?」
「ああ。ミス・ジャパネスクの寿かれんさんにな。」
仕方がないので、新一は事情を話してやることした。
幸いエレベーターは二人だけだ。
事件の内容を話し終えると、快斗は人事のように「大変だね」と言った。
事実、快斗には完全に人事ではあったが。
そんな快斗を見て、新一はふと思い出したように言った。
「そういや、お前のマジックショーはいつなんだ?」
「ああ、えっと。ミス・ジャパネスクのピアノ演奏が終わって、会長の挨拶の前だったかな。」
すると新一は腕時計で時間を確認してから、何か思案する素振りを見せる。
「まだ出番まで時間はあるな。」
「まぁね。」
だからどうしたと言わんばかりの快斗に、新一はニヤリとして告げた。
「どうせヒマなんだろう?このままちょっとつきあえよ。」
To be continued
12月17日放映のドラマ「工藤新一の復活」を受けてのお話です。
前回のドラマパロのお話を書いたのは、ドラマがあまりにもイメージを壊してくれたんで自分で捏造したんですけど。
意外に、皆様からもご好評を得まして、うれしかったです。
今回のドラマもダメダメだったら、また書くぞ〜と思っていたら、今回のは全然大丈夫でしたね。
っていうか、むしろアニメでやってほしいくらい面白かったです。
ま、そんなわけでドラマ第二段には全く不満はないのですが、もしあそこに快斗が出てきたらということで
また書いてみようと思います。少々お付合いくださいなv