・・・様子がおかしい。
新一がそう眉を潜めた間にも、ぐったりとしたかれんの体はワイヤーがステージ高くへとつり上げて行く。
やがて、何かの弾みでワイヤーが切れると、彼女は壊れたマリオネットのように舞台に叩き付けられた。
パーティ会場に悲鳴が上がる。
あたりは騒然となった。
「・・・おい、あれっ!」
ステージに横たわるかれんを快斗が指差す。
その胸には、深々とナイフが刺さっていたのだ。
生中継していたTVカメラのモニターにも、しっかりとその様子が映し出される。
空を見つめるかれんの瞳は、既に死を物語っていた。
動揺したTVスタッフが慌ててカメラを切り替えた時、新一は目を見開く。
モニターに映ったのは、逃げ惑うパーティ客と逆流して会場内に入ってきた灰原哀の姿。
人目にさらしてはいけないその姿を、よりにもよって生中継のカメラに捉えられてしまったのだ。
ちょうどその時扉が開いて、阿笠博士が入ってくる。
それに気づいた新一はすぐさま博士に駆け寄った。
「・・・博士っ!」
「す、すまん!新一っっ。目を離した隙に哀君が・・・・!」
「いいか!ここから誰も出すな!殺人事件が起きたんだっっ!!」
とりあえず、新一は博士に会場の出口を封鎖させると、人ごみをかき分け哀のもとへと走った。
哀は食事の置かれているテーブルの傍に佇んでいた。
その細い腕を掴んで、新一は乱暴に振り向かせる。
「何で戻ったっっ!?」
「このケーキを取りに来たのよ。成分を調べれば、もしかしたら・・・」
言いかけている哀の頭に、新一は着ていたジャケットを脱ぎ捨て被せる。
「何するのよ。」
「生放送のテレビに映った。この番組の視聴率予測はおよそ20パーセント。5分の1の確立で、お前は黒尽くめの奴らに居場所を知られる事になる。とにかく、一刻も早くこの場を離れろ!」
けれども、哀は新一に従おうとはせず、そのままジャケットをつき返した。
「嫌よ。このチャンスを逃すわけにはいかないわ。」
「奴らがもう、こっちに向かっているかもしれないんだぞっ!」
「・・・貴方、いつまで子供のままでいるつもり?工藤新一に戻りたくはないの?」
切迫した様子の新一達を、快斗は離れた場所からじっと見つめていた。
快斗には直接二人の会話は届かなかったが、その口元だけで実は話の内容を完全に把握していたのだ。
快斗の目が興味深そうな色を浮かべる。
・・・彼女、何者だ?
話し振りからして、彼女が新一の秘密を知る人間だということがわかる。
しかも、どうやら彼女も人目に姿をさらしてはいけない事情があるらしい。
・・・そういえば、あの顔。見覚えがあるな。
江戸川コナンとなってしまった新一の周囲に、少年探偵団と称する子供達がいたことは快斗も知っている。
その中の1人に、彼女と良く似た面影の少女がいたことを思い出した。
・・・ああ、なるほどね?要するに、彼女も名探偵と同じクチなんだ?
快斗はニヤリとした。
勘でしかなかったが、快斗は新一と一緒にいる彼女が“灰原哀”の元の姿なのだろうと確信したのだ。
不意に背後に感じた視線に、哀は振り返る。
と、そこには1人の少年が微笑みを浮かべてこちらを見ていた。
哀の向いた方向に新一も目を向けると、快斗はにっこり手を振って返した。
その様子に哀は眉を寄せる。
「・・・彼は?知り合いなの?」
「・・・ああ、前に関わった事件でちょっとな。さっき偶然バッタリ会っちまって、捜査を一緒に手伝ってもらってるんだ。」
「正気?いつ子供の姿に戻るかわからないのに、他人と一緒に行動するなんて。」
「わかってるよ。ただオレも人目につくとこじゃ、動き難いからな。協力者がいた方がやりやすいと思ったんだよ。」
「だったら、私が・・・」
協力者なら自分が1番適任ではないかと言おうとして、哀は言葉を飲み込んだ。
快斗が傍へ寄ってきたのである。
快斗は哀に一度目をやった後、笑顔を作って新一に言った。
「ホテルの人には、警察と救急車を呼ぶように言っておいたよ。」
「あ、ああ。サンキュ。」
「・・・で、初めまして?オレ、黒羽快斗。このパーティには、マジックを披露する為に呼ばれてね。今は、名探偵の助手をやらせてもらってるんだけど?」
軽い自己紹介と一緒に差し出された快斗の手を、哀は怪訝そうに見つめ返す。
そんな哀に代わって、新一が答えた。
「・・・ああ、えっと。コイツもいろいろ事情があって、素性は明かせないんだ。悪いな。」
「・・・へぇ?ま、別に構わないよ。」
───彼女が誰だか見当はついてるしね。
そんな心の内は隠して快斗は微笑むと、肩越しに振り返る。
「それより、そろそろ出入り口がヤバイみたいだけど?」
快斗に言われて新一も見ると、そこは会場を出ようとしているパーティ客でごった返していて、阿笠博士はもみくちゃにされていた。
このままでは会場から人が出てしまう。
新一は小さく舌打ちして、それから哀を見据えた。
「いいか。とにかくお前は博士と一緒に早くここから逃げろ!」
そう言い残すと、新一はパーティ客で押し合いへし合いになっている出口へ走っていく。
人ごみに消えていく新一を、哀は冷ややかな目で見据える。
そして新一が消えたのをいいことに、哀はそのまま会場奥へと駆けて行く。
1人その場に残された快斗は、腕組みしたまま黙って見送った。
「・・・ふーん?大人しく逃げるつもりはないわけだ?」
そう微笑を浮かべて。
To be continued