新一は、事件捜査のため再び目暮警部のもとへ戻った。
快斗と哀を連れて、である。
組織の連中に居場所がバレた以上、哀の身の安全のためにも警察の傍にいるのが1番だと思った新一は、ミス・ジャパネスク殺害事件の捜査に彼女も同行させることにした。
快斗については。
助手を頼んでおいて勝手だが、事情が変わったのでお役御免を言い渡し、とっととホテルから退場してもらおうとしたのだが。
哀のボディガードは多いに越した事はないと、
結局、事件解決まで付き合うと強く言い張る快斗に押し切られてしまった。
そんなわけで、目暮警部には二人を助手のようなものだと紹介し、
関係者の事情聴取に立ち会うことにしたのだ。
事情聴取は、ホテル内の一室で行なわれた。
呼ばれたのは、被害者 寿かれんの実の姉であり、マネージャーの美々、審査員長の三浦、準ミスの2人と、舞台監督の天野の計5人である。
まずは、アリバイの確認。
かれんが殺害されたと思われる時間帯の行動を、それぞれに問いただすと。
美々はかれんを1人探し回っていた最中で当然、それを証明できる者はいない。
準ミスの2人は一緒に控え室で過ごしていたと証言し、天野も舞台準備に終われ、特に誰かと一緒に居たわけではないと言う。
唯一、自室で過ごしていた三浦だけが、仕事で電話をしていたので履歴があると主張した。
新一は腕組みしたまま、じっと関係者達を見据えていた。
そんな新一の横で、快斗が呟く。
「どうやら、誰もはっきりしたアリバイがないみたいだね。」
そのとおりだった。
審査員長の三浦が言う電話の履歴だって、共犯者がいれば細工はできる。
完全なアリバイには程遠い。
つまり、この中で誰一人完璧なアリバイのある人間はいないのだ。
新一は小さく息をつく。
「おまけに、ここにいる全員、かれんさんとの関係も良かったとは言えないからな。」
実の姉、美々は勝気な妹によくなじられていたのは周知のことであるし、審査員長三浦はかれんとはただならぬ関係であった。
準ミスの二人は傲慢なかれんを心底嫌っていたし、ミス・ジャパネスクがいなくなって得するのは彼女達であることには間違いない。
そして舞台監督の天野はかれんの昔の恋人で、彼女の成功を妬んでいた可能性は否めない。
快斗は苦笑した。
「やれやれ。つまり、誰もが彼女を殺す動機があるってことか。だけど例の脅迫状の一件からすれば、審査員長あたりが怪しそうな気もするけど?」
「脅迫状だけならな。だが、犯人がわざとあの脅迫状に見立てて、かれんさんを殺害したという仮説も成り立つだろ。」
新一の台詞に、快斗も「なるほど」と納得する。
と、今まで黙っていた哀も口を開いた。
「だとしたら、審査員長は今頃、生きた心地がしないでしょうね?自分の書いた脅迫状が殺人犯に利用されたんですもの。」
「脅迫状に合わせた見立て殺人なら、それを書いた人物が真っ先に疑われるだろうしね。」
快斗がそう付け足すと、新一も三浦を見つめる。
確かに彼の顔色は悪く、どことなく落ち着きがなかった。
間違いなく、例の脅迫状が彼が送ったものなのだろう。
だが、この見立て殺人の犯人かどうかまでは。
新一はその細い眉を潜めると、もう一度関係者全員へと視線を廻らせる。
いずれにしても、この事情聴取だけでは事件の解決の糸口は見つからなかった。
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事情聴取を終えると、新一達は目暮警部とともに再び、ステージ下の奈落へ訪れた。
辺りを見渡した新一は、ふと何か違和感を感じる。
「どうかした?」
眉間にしわを寄せる新一の顔を、快斗が覗きこむ。
「あ、いや。ここにはさっき、美々さんとかれんさんを探しに来たんだが、何かその時と違ってるような・・・。」
「違ってるって、何が?」
「・・・それが何だかわからねーんだよ。」
幾分、むっとして言い返す新一に、快斗はふーん?と頷く。
と、1人奈落を歩き回っていた哀が何か見つけたと、新一達を呼び寄せた。
「見て。この血の跡。入り口からせりまで続いているわ。」
哀が指差すその床には、べっとりと血がついている。
新一は目暮警部にこの血痕が被害者のものか、至急確認してもらうよう依頼した。
鑑識を呼びに行く警部を見送った新一達は、血で汚れた床を囲むように佇む。
「・・・ま、調べるまでもないと思うけどね。」
快斗が肩を竦めて言うと、新一も口を開いた。
「この血痕が彼女のものなら、別の場所で殺して、ここに運んだということになる。」
「どうして、そんな面倒な事を?」
哀が尋ねると、新一は2つの仮説が考えられると話しだした。
「第一の仮説。見立て殺人を実行するには、いつスタッフが来るかわからないこの場で殺すのはリスクがあり過ぎた。だから、どこか別の場所で殺害し、操り人形の細工だけを短時間で行なった。」
新一の仮説に、快斗はニヤリとすると口を挟む。
「なるほど?じゃあ第二の仮説は、本当の殺害現場を隠すためとか?」
「・・・ま、そんなところだ。」
だけど────。
新一は、その目を細める。
先程から感じる違和感は消えない。
確かに何か引っかかっているのに、それが何なのか、新一にはわからなかった。
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奈落を後にした新一達は、今度はステージへと向かった。
途中、新一は快斗にかれんがステージ登場した時の映像を、警察から借りてくるよう頼むと、快斗は了解とばかりに足早に去って行った。
新一はステージの上に立つと、1人考えに耽る。
そんな新一の様子を、哀は少し離れたところからそっと見つめていた。
・・・危険を冒してまで、犯人は遺体を吊るした。一体、何故?
新一の細い指が顎に添えられる。
が、瞬間、心臓を握りつぶされるかのような激痛に、一切の思考が遮断された。
「・・・つっ・・・!」
「工藤君っっ!!」
胸を押さえ、体を折り曲げる新一に、哀は駆け寄る。
覚えのある痛みに、この姿を保っていられる時間の限界が訪れたことを新一は知った。
だが。
新一は歯を食いしばる。
まだ事件は解決していない。
まだ子供の姿に戻るわけにはいかない。
必死に痛みをこらえ、それをやり過ごそうとする新一。
間の悪い事に、ちょうどそこへ快斗がノートパソコンを持って現れた。
「頼まれたもの、借りてきたけど?・・・どうかしたの?」
新一は慌てて平静を装った。
「・・・あ・・ああ、いや、何でもない。サンキュ。早速、見せてくれるか?」
必死に息を整えながら言う新一に、快斗は敢えて何も言う事はなかった。
尋常ではないのは、一目瞭然。
冷や汗がつたう頬はすっかり青ざめて、見るからに体調不良を訴えていた。
・・・・もしかして、魔法が解ける前兆とか?
最近は、すっかり小学生の姿がお馴染みの名探偵である。
今夜、もとの姿に戻れたのが例のデザートのケーキによる一時的なものだとすると、そろそろその効力が切れるのかもしれないと、快斗には見当がついた。
酷くつらそうな新一を横目に、快斗は警察から拝借してきたノートパソコンを起動させる。
そこに映し出されたのは、ステージ上でワイヤーに吊るされたかれんの姿。
ぐったりとまさに操り人形のような彼女を見ていた新一の瞳が、僅かに見開いた。
「ストップ!今の、彼女の頭部をアップに!」
新一に言われたとおり、快斗は画面に大きくかれんの頭部を映し出す。
長く、黒い髪を滴らせるかれんの左頭部に、僅かに違和感がある。
一部分だけ髪が固まってしまって、下に垂れていないのだ。
「・・・これは。」
快斗が目を細めると、新一も頷いた。
「ああ。恐らくここに傷があるんだ。この部分だけ髪が下に垂れないのは、この傷による出血が乾いて固まり、くっついたから・・・うっ・・・!!」
再び訪れた激しい胸の痛みに、新一の体はよろめき、そのままステージに倒れ付す格好になる。
実際、倒れこまなくて済んだのは、すばやく伸びた快斗の手が新一の体を支えたからだった。
だが、その弾みで新一の来ていたジャケットの内ポケットから変装用にと拝借した眼鏡が落ちて、そのレンズにひびが入った。
苦痛に顔を歪めながらも、それを見た新一の目が輝く。
「大丈夫か?」
「・・・悪りィ。ただの立ちくらみだから。」
新一は支えてくれた快斗の手をそっと推し戻すと、ステージに落ちた眼鏡を拾う。
片方のレンズには無残にヒビが入っているそれを、新一はニヤリとして見、哀と快斗に翳した。
「モノが落下してひびが入れば、今、落下したせいだと思うのが普通だ。だが、もしこれに最初からひびが入っていたとしたら?」
新一の言葉に、快斗も頷く。
「なるほど?それと同じ原理で犯人は彼女をわざわざ吊るしたってことか。」
「そう。犯人はわざとかれんさんの胸にナイフを突き立て、あたかも刺殺した遺体をワイヤーに吊るしたように見せかけた。ワイヤーを切り、彼女の体を落下させたのは、最初からあった傷を落下によるものだと錯覚させるためだったんだ。つまり、犯人の目的は遺体を吊るす事ではなく、落とすこと
だった。撲殺という本当の殺害方法を隠すために。」
肩で息をしながらも、確固たる自信を持って新一は言う。
すると、哀が目を細めた。
「まさか、本当に隠し通せるとでも?傷口の生活反応を調べれば、生きているうちの受傷か、死後のものか明らかだわ。撲殺した後にナイフを刺したことなんて、すぐにバレてしまうと思うけど。」
それには、新一も苦笑する。
「だろうな。だが、残念ながら、犯人にはそんな知識はなかったんだろう。」
「それはお気の毒に。遺体をワイヤーで吊るして操り人形に見立てるなんて、手の混んだことをしたのにね。」
パソコンの画面を見ていた快斗もそう付け加えた。
すると、新一がその画面に映し出されたかれんの傷を指差す。
「傷の位置は左後頭部。背後から突発的に撲殺したのなら、犯人はおそらく左利きだ。」
「・・・・関係者の中で、誰か左利きの人が?」
青白い顔をしたままの新一に、哀がそう尋ねる。
と、新一はニヤリと笑みを浮かべながら言った。
「ああ。1人だけ心当たりがな。」
To be continued