新一は哀と快斗を連れ、再びステージ下の奈落へと向かった。
途中、関係者の中で左利きだと思い当たる人物について、新一は話して聞かせる。
「なるほどね。じゃあ舞台監督の彼が?」
哀が色素の薄い髪の毛を揺らすと、新一は頷いた。
「おそらくな。エレベーターのボタンを押すのが必ずしも利き手とは限らないが、可能性は高い。まぁこれについては、後で実際、試してみればいいことだ。」
「他に何か決定的なことでも?」
そう快斗が尋ねると、新一は意味ありげな笑みを浮かべて見せる。
「わかったんだ。さっき、奈落に行った時に感じた違和感の正体がな。」
そう言い終えたところで、ちょうど3人は奈落へと到着する。
雑然と舞台装置が置かれているそこは、少々埃の匂いがした。
新一はぐるりと辺りを見渡してから、思ったとおりだと1人頷く素振りをしている。
「何なの?」
眉を潜めた哀に、新一はニヤリとして壁の隅に山積みになっているペンキの缶を指差した。
「違和感の正体はあのペンキの缶の個数。最初、オレがかれんさんを探してここに来た時は3列並んでいたのに、今は2列しかないんだ。」
「どういうこと?」
わけがわからないと言った風な哀の横で、快斗はただ黙って新一の話を聞いていた。
「犯人が舞台監督の天野さんなら、犯行現場は時間的にここしかありえない。だとすると、オレがかれんさんを探しに来た時、既に彼女の死体はここにあったはずなんだ。見えなかっただけで。」
「つまり、死体を隠していたのね?ペンキの缶の数量が違うのは、その缶が入っていたダンボールを使うため。だけど、いくら女性とはいえ、その箱に人一人隠すには小さ過ぎるんじゃないかしら?」
哀の言葉に、新一はそのとおりと頷く。
「確かに1箱じゃな。だけど、ダンボールは3つある。あの時、ダンボールは真ん中の1つだけ奥に引っ込めた形でジグザグに置かれていたんだ。」
すると、快斗も納得したように付け加えた。
「要するに、犯人はダンボールからペンキを取り出し、中を空洞にしたその3つの箱をくの字の形に寝かせた遺体に上手に被せて、一時的に隠してたってワケだ。」
「そういうこと。その証拠に・・・」
新一は前に屈むと、今はダンボール詰めにされたペンキの缶をまたいくつか取り出して積み上げていく。
そして、空間ができた箱の中を覗きこんだ。
「───ほらな。ダンボールの内側に血痕が付着している。」
それは、かれんの遺体をそこに隠していた事の決定的な証拠と成り得る。
だが。
先程から引っ切り無しに新一の頬を冷や汗が伝う。
胸を締め付ける痛みは、限界が近づいていることを示していた。
もう時間がない。
新一は、焦って周囲を見渡した。
犯人は特定した。
殺害現場もその方法も、死体の隠し場所まではわかった。
だけど、1つだけまだわからないことが。
瞬間、また新一を激痛が襲った。
「・・・うっ・・・つ!」
「工藤君っっ!!」
前屈みに膝を折った新一を、哀が心配そうに駆け寄る。
「・・・くそっ・・・!もう少しなのに・・・っ!犯人を追い詰めるにはまだ・・・・っ!」
「凶器か。」
冷静な声で快斗が言った。
胸を押えたまま苦しそうに俯いている新一は、薄っすらをその瞳を開くと、快斗の方を向いた。
「・・・そうだ。かれんさんを・・・殺害した凶器がまだ・・・。だけど、捨てる暇はなかったはず・・・。だから、きっと何処かに隠しているはず・・・・。」
しかし、それをのんびり探している時間が新一にはないことは、快斗の目にも明らかだ。
確かに、凶器を見つけて犯人に突きつけてやれれば、それはますます動かぬ証拠となる。
だが、それ以前に犯人を特定する裏づけはもう充分なはずで、この場合、凶器の有無はさして問題ではないように思えた。
快斗に言わせれば、さっさと犯人逮捕に踏み切ってもらいたいところなのだが。
───探偵として、全ての謎を解明しないと気がすまないっていうのもわかるけどね。
快斗は苦痛に顔を歪めたままの新一を見、苦笑した。
やがて、新一はぎりっと奥歯を噛み締めると、意を決したように言った。
「・・・黒羽・・・・。目暮警部を・・・・呼んで来てくれ。」
その台詞に、快斗は「おや?」と眉をつり上げた。
「凶器は諦めるんだ?」
意外な顔で問いただす快斗に、新一は青ざめた顔のまま少し人の悪そうな笑いを浮かべた。
「・・・凶器の隠し場所を見つける・・・・手っ取り早い方法は・・・何だと思う?」
「そりゃ、隠した本人に聞くのが1番だと思うけど。」
「・・・それも道理だな。でもわざわざ聞かなくても・・・犯人自身をその場所へ行かせる方法がある。大抵の場合・・・殺害の決定的な証拠ともいえる凶器なんて、犯人なら一刻も早く処分したいはずだからな。」
新一の言わんとしていることがわかって、快斗はちょっと目をむいた。
「つまり、犯人に凶器を処分させに行かせようって?」
これには、哀も眉をつり上げた。
「そんなこと・・・。いくらそれほど知能的な犯人ではないとはいえ、今、この状況で凶器の隠し場所にノコノコ行くなんて考えられないわ。」
「・・・だから、犯人が安心して凶器を処分しに行ける状況を作るんだよ。」
クスリと笑う新一に、哀は「それって・・・」と口を窄める。
と、快斗が腕組みし、唇を斜め上に持ち上げながら言った。
「なるほど?そもそも犯人が例の脅迫状の見立て殺人を行なった動機の1つは、殺人の疑惑の目を脅迫状の送り主に向けさせる為だったし?つまりこれを利用して、まんまと警察が犯人の思惑通り引っかかったと見せかけるワケだ。で、実際は真犯人をハメると。」
「───そういうことだ。三浦さんには悪いが・・・目暮警部にだけ事情を話して・・・協力してもらう・・・。」
もちろん、これがかなり強硬手段であることは承知の上。
不本意だが、事件解決に費やしている時間がない以上、多少強引でもやらざるをえない。
新一は少し息切れしながらも、不敵に笑って見せた。
そんな新一の強攻策に脇で哀は心配げな声をかけるが、新一は大丈夫の一点張りで聞こうとはしない。
もっとも哀が心配しているのは、新一の体のことなのだろうが。
快斗は、青白い顔をした新一を笑顔をたたえて静かに見ていた。
それから笑顔は口元に貼り付けたまま、すっとその目を細くする。
「じゃあ、これから審査員長の逮捕劇か。事件解決ムードを漂わせる為に、もちろんあの大勢の警察の方々にはお引取り願うんだろう?」
「・・・そのつもりだ。警部だけ残ってもらって・・・あとは裏口にパトカー一台でもあれば・・・充分だろう。」
「そうだね。」
思ったとおりの新一からの答えを受けて、快斗が満足そうに頷く。
その快斗の瞳の奥が鋭く輝いたのを、新一も哀も気づく事はなかった。
To be continued