そうして、オレは何故かついて来る黒羽と一緒に、遊覧船が停船している桟橋へと向かった。
ひっそりと静まり返っているそこには、まるでひと気はなく。
警察の捜査員と出くわすことも無しに、簡単に船に乗り込むことができたのはラッキーだった。
懐中電灯で暗い船内を照らしながら歩いていく。
───とりあえず、もう一度、事件を検証してみるか。
オレは、昼間の出来事を思い出してみることにする。
そもそも、園子が誘拐されたと気づくきっかけになったのは、あの水音。
「水音がした時、全員が船の前方のデッキに揃っていた。船長の東さんは舵を握っていた。」
オレの言葉に黒羽も頷く。
「船の上にいた誰にも彼女を誘拐するなんて無理だと、思わせたかったんだろうね。」
「・・・ま、実際、トリックでアリバイを作るのはいくらでも可能だしな。」
後方のデッキまで進みながら、あたりも隈なく懐中電灯で照らす。
と、手すりに明らかに不審な跡があった。
不思議に思ったオレはそれに直接手を触れ、匂いを嗅いでみる。
オレは、ニヤリとした。
「───思ったとおりだ。」
「何か見つけた?」
そう聞いてくる黒羽を、オレは振り返る。
「例えば、ここに重りになるものを結んだロープをあらかじめ結わいておく。そして、小型の発火装置を仕掛け、ロープを焼き切れれば、重りが湖に落ち、誰かが飛び込んだと錯覚させられる。」
「・・・・そんなベタな。」
オレの推理に、黒羽は嫌そうに眉を潜めた。
「ベタだろうが何だろうが、ここに火薬の後がはっきり残ってるんだから、仕方ねーだろ。」
「いや、別に名探偵の推理をどうこう言ってるんじゃなくてさ。」
苦笑しながら、黒羽は言う。
「大したトリックじゃない上に、こんなところに堂々と仕掛けるところがすごいなと思って。誰かに見つからないとも限らないのにね。イチかバチかの賭けにしちゃ、危険過ぎる。」
“オレなら絶対にしないけどな”とそう付け足したヤツは、違った意味で犯人を尊敬しているようだった。
いや、明らかにバカにしているのだろうが。
確かに、仕掛けとしてはオレもどうかとは思うけど、とりあえず、今はそんなことは問題ではない。
「・・・とにかくだ。つまり、犯人が園子を誘拐したのは、水音がしたもっと前ってことで間違いはないな。」
「だろうね。」
それから、オレは園子が誘拐された形跡がまだ何か残っていないか、もう一度確かめる事にした。
とりあえず、最初から1番アヤシイと踏んでいる倉庫へ向かう。
そこは園子が休んでいた休憩室のすぐ向かいの部屋だ。
懐中電灯で照らされたその中には、船で使う用具などがところ狭しと置かれている。
その中でもオレの目を引いたのは、横倒しにされているクローゼットだった。
中を明けてみるが、もちろん中には何も入ってはいない。
が、懐中電灯の光に何かがキラリと反射した。
・・・何だ?
オレは、そのキラキラ光る破片のようなものを手に取ってみる。
「・・・硝子?いや、鏡か。」
すると、黒羽もオレの手を覗き込んだ。
「へぇ?鏡ね。」
ニヤリとするヤツの目がオレと合う。
嫌な予感がした。
「そういえば、手品で良く使われる手法であるね。中に鏡を置き、その反射を利用する事によって、中には何もないと思わせる初歩的なトリックが。」
黒羽に言われるまでもなく、マジックに詳しくないオレでも、その仕掛けは容易に想像できた。
何とも簡単な鏡を使ったトリックである。
オレは、疲れたように溜息をついた。
「・・・・・・要するに、園子はこのクローゼットの中にいたわけだ。犯人は、警察が遊覧船から引き上げた後、証拠となる鏡をはずし、
園子を本当に誘拐したってことだな。」
オレは言いながら、その鏡の破片の採取する。
このトリックを証明するための証拠として。
すると、それを見ていた黒羽が苦笑する。
「まさか、そんなお粗末なトリックにしてやられるとは。情けないね、名探偵?」
「・・・悪かったな。けど、言わせてもらえば、このクローゼットの中はオレは調べてねーんだよ。園子の捜索は、みんなで手分けして行なったからな。」
───そう。
確かに、園子の捜索時、この倉庫にはオレも入ったが、問題のクローゼットを開けたのはオレではなく、蘭だ。
無論、蘭のせいにするつもりはない。
蘭の言葉を全面的に信用し、よく見ようとしなかったオレの落ち度と言えば落ち度なわけで。
オレがちゃんと調べていたら、誘拐事件なんてものは起こらずに済んだかもしれない。
───くそっ!
オレは腹立たしくて、今は本当に空になっているクローゼットを蹴飛ばした。
「まぁ、名探偵がこのクローゼットを調べなかったのは、犯人にとっては結果的にラッキーだったってことで。にしても、ツイてるねぇ?この犯人は。」
その黒羽の台詞には、オレは舌打ちだけで返した。
とにかく、これで犯人が園子を誘拐した際のトリックはわかった。
あとは、そのトリックを仕掛けたのが誰かということなのだが。
これ以上、遊覧船を調べても何も出てこなそうだったので、とりあえず、オレは黒羽とともに引き上げる事にした。
そして、犯人から第二の犯行予告があったことを県警に伝えなければならない。
「あの県警の捜査員達も相当ヌケてるみたいだし、名探偵のクラスメイトをちゃんと警護できるかどうか疑問だけどね?」
そう言った黒羽には、オレは笑って返した。
「けど、まぁ実際問題、犯人を推理するよりも、明日の犯行を待った方が、犯人逮捕に直接結びつくような気がしないでもないんだよな。」
「確かに、今までの犯行を見る限り、相当ずさんな計画だしね。今度もまたボロを出す可能性は充分にあるか。」
「そうだと、わざわざ犯人を導き出す手間も省けて助かるんだけどな。」
これは、頭を悩ませるような難事件とは明らかに違う。
犯人には悪いが、オレはそう感じていた。
まぁそれでも、まさか、この後、あそこまであっさりと犯人がボロを出すとは、さすがのオレは思ってはいなかったのだが。
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翌日、県警の多摩川刑事によって、オレ達は宿泊先のホテルの地下にある大広間に集められた。
犯人からの第二の犯行予告を受けて、県警と学校側が協議した結果、ホテルに留まっていた方がより完璧な警護をすることができると判断したらしい。
警備の内容を多摩川刑事から聞かされた後、オレ達は犯行予定時刻の30分前には、再びこの大広間に集合することとして、いったん解散となった。
ホテルのロビーでは、オレを待ち構えていた黒羽に出くわす。
県警がどんな警備をするのか、黒羽は興味があるらしい。
「へぇ?大広間に名探偵のクラスメイトを集めて、“密室”にねぇ?」
「生徒を一箇所にまとめた方が、警備のしやすさから言っても、間違いはないからな。」
「で、本当に完全な密室なわけ?」
「まぁな。広間の5つの出入り口には全て内側から鍵をかけ、もちろん、ドアの外には警官を配置。さらにホテルの出入り口もきっちりガードして、多摩川刑事いわく、3重の砦でオレ達を守ってくれるんだと。」
「そりゃまた、ご立派なネーミングだ。」
・・・・・・コイツ、絶対、県警をバカにしてやがるな。
オレはジトリと一瞥をくれてやった後、続けた。
「とりあえず、オレが確認したところ、大広間で出入り口以外に外部と繋がっているのは、通気口くらいだが、小さ過ぎて人が通るのは不可能だ。」
「なるほど。じゃあまぁ外部からの容易な侵入は難しいとして、内部はどうなわけ?」
「クラスメイト以外には、一応、容疑者候補でもある臨時教師の北島先生も一緒ということにはなるが、彼が犯人なら、あの場でオレが現行犯逮捕してやるよ。」
「なるほど。」
黒羽はにっこり笑った。
腕時計で、時刻を確認する。
そろそろ犯行予告の30分前になろうとしていた。
「じゃあ、そろそろ集合時間だからオレは行くけど。お前はついて来るなよ?」
さすがに今回ばかりは部外者は立ち入り禁止だ。
オレがそう黒羽に釘を刺すと、ヤツもそれには笑って返した。
「了解。まぁ、健闘を祈ってるよ、名探偵?」
ヒラヒラと手を振りながら言う黒羽に、オレは舌打ち一つ、そのままロビーを後にしたのだった。
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新一が去っていく姿を笑顔で見送った快斗は、改めて物々しい警備のホテルを見渡す。
・・・3重の砦ねぇ?こんな警備、オレにかかればどうってことないけど?
そう鼻で笑い、快斗はその場を立ち去ろうとして、ふと足を止めた。
気になる人物を見つけたのである。
神妙な面持ちで警備の様子を窺っているその人物は、快斗から見ても充分、容疑者候補の1人だ。
快斗はニヤリと笑うと、そのまま人物に接触してみる事にした。
「こんにちは。確か、帝丹の添乗員のお姉さんですよね?」
快斗がにっこり話しかけると、彼女は怪訝そうな顔をした。
「・・・あなたは?」
「あ、オレは例の事件の時、一緒の遊覧船に乗り合わせた他校の生徒です。オレ達も修学旅行でこのホテルに泊まってるんだけど、お姉さんはここで何を?」
「私は・・・・。あんな事件が起きてしまって、なんだか心配で・・・。」
肩を落とした風で言う彼女を、へぇ?と快斗は思った。
そこへ、また新たな容疑者候補の登場である。
遊覧船の船長の東邦夫と、船員の南田恭介だった。
わざわざ、よりにもよってこの場に顔を出すとは。
意外そうな顔で、快斗は彼らを出迎えた。
「いてもたってもいられなくてね。」
「もし、また何かあったらと思うと・・・。」
彼らはそう口々に言うが、むしろこのタイミングでこの場に現れた事の方が、逆に不自然な気が。
探偵でなくとも、快斗はそう思った。
さて、犯行予告時間まであと45秒。
行きがかり上、快斗は容疑者候補の3人と一緒にいることになったのだが、これはもしかして、彼らのアリバイ作りに利用されたかと、そう快斗が思った時だった。
予想外な動きがあったのである。
何と、船長の東が、急に顔色を変えてトイレに行くと言い出した。
さらには、船員の南田までもが、急ぎの電話をしなければならないと、その場を退出したのだ。
・・・いや、何もこんな時に行かなくても。
いかにも、アリバイが無い状態に自ら進んでなりにいく容疑者候補の二人を見つめ、快斗はそうツッコまずにはいられないが。
まるで、疑ってくれと言わんばかりのその行動。
だが、それもここまであからさまだと、逆に1人残ってアリバイを確定した状態の彼女の方こそ、1番アヤシイ可能性を秘めている。
・・・まぁ、さすがにそれはないと思うけど、この犯人はある意味、予測不可能だからな・・・。
バカ過ぎる人間の思考は読めないとばかりに、快斗はそう心の中で呟く。
時刻はまもなく、犯行予告の正午になろうとしていた。
To be continued
最後のパートは、快斗視点での話になっているので、「黒羽」とは表記してません。
普段は、新一の一人称で新一視点でやっておりますので、そことの違いをお楽しみください。
ある意味、快斗の本音が出ています(笑)。