ホテル地下の大広間。
あと数秒で犯行予告の正午を控え、オレのクラスメイト達は少々落ち着きをなくし、ざわついていた。
───さて、どこから来る?KIDNAPPER?
不意に、横に立つ蘭がそっとオレの手に触れた。
・・・え?
しかし、触れたのは彼女の体温だけではなく、もっと別の。
───何だ?
不安と言うよりは、明らかに何か言いたげな表情を浮かべた蘭の方に、オレが向いたその瞬間だった。
時計の針が正午ちょうどを指す。
そして、それと同時に広間の明かりが落ちたのだ。
完全に閉め切られた地下の空間は、あっという間に暗闇になった。
突然の事に、当然、生徒達はパニックになる。
───やられたっっ!
「大丈夫だっっ!みんな、落ち着けっっ!!」
そんなオレの叫びも、クラスメイト達の悲鳴にかき消されてしまう。
・・・マズいっっ!このままでは!!
オレが舌打ちをした時だった。
再び広間に明かりが灯る。
停電したのは、ほんの数分といったところか。
明るくなった室内には、生徒達の安堵の声が響き渡ったが、逆に今度はオレが固まることになった。
オレの隣にいたはずの蘭が、消えてしまっていたのだ。
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瞬時にオレは広間を見渡したが、蘭の姿はどこにもない。
次に、容疑者候補の1人でもある臨時教師の北島先生に目を向けたが、相変わらずの挙動不審ぶりはともかく、彼は部屋の壁際にただ立っていただけだった。
おまけにその両腕は、しっかり女子生徒にしがみつかれた状態である。
あの状況で彼が蘭を連れ出したとは、まず考えられない。
───くそっっ!!
オレは走り出し、広間の5つの出入り口全てを確認する。
鍵はどれもかかったまま。
どこかをこじ開けた後も、不自然な箇所は何も見当たらなかった。
大したトリックではないと絶対的な確信があるだけに、二度までも誘拐を実行された自分のマヌケっぷりに嫌気がさす。
どうにも、この犯人とは相性が良くないらしい。
とにかく、オレはドアの鍵を開け、大広間を飛び出した。
外を警備していた捜査員達は、飛び出して来たオレに驚いているくらいなので、特に不審者を見た者などいなさそうだ。
オレはそのままホテルのロビーを突っ切る。
すると、ホテルの入り口付近で捜査員に紛れて、黒羽が添乗員の西田さんと、遊覧船の船員の南田さんと一緒にいるのを見つけた。
黒羽と西田さんはともかく、何で南田さんまでここに?
その不思議なトリオにオレは首を傾げるが、とりあえず、今はそんな場合ではない。
やがて、大広間を警備していた捜査員からの連絡で、誘拐が実行されたことが外の捜査員にも伝達され始め、あたりは騒然となった。
息を切らしているオレに、黒羽が片手を挙げて合図する。
「誘拐、されちゃったらしいね?」
ヤツの小バカにしたような口調が腹立たしいが、それも仕方が無い。
オレは唇を噛むだけに留まった。
そんなオレに、船員の南田さんが言う。
「消えたって言ってるけど、部屋は密室だったんだろう?!警察は何をやっていたんだ?!」
そして、更に添乗員の西田さんも不安げな顔をした。
「じゃあ、どうやって“彼女”は連れ出されたの?」
───え?
思わず、オレの思考が停止する。
そして、それは黒羽も同じだったようで、ヤツも呆然としていた。
・・・聞き間違いじゃないよな・・・?
確かに、西田さんは今、“彼女”って。
警察ですら、まだ混乱して詳しい情報は行き渡っていないはず。
オレもまだ誘拐されたのが蘭だなんて、一言も言ってないのに、何故、女子生徒だと?!
───いや、答えはもう決まっていた。
すると、オレの背後から、すごい勢いで多摩川刑事が喚き知らしながら近づいて来る。
「おいっっ!状況を説明しろっっ!」
オレは、そのまま現場の大広間まで連れて行かれることになるのだが。
途中、一緒について来た黒羽が、オレの肩を突付いた。
「ねぇ、名探偵。犯人、わかっちゃったんだけど?」
「・・・うるさい、黙れ!」
オレはぶすッとした顔で黄金の右足を振上げると、ヤツの膝に軽くケリを入れた。
まさか、こんな形で犯人を特定することになろうとは。
何とも予想外でお粗末な展開に、オレは頭痛さえ覚えた。
コイツに言われるまでも無い。
犯人は、もうあの人で間違いないのだ。
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大広間では、警察の検証が始まっていた。
オレは臨時教師の北島先生と一緒に、当時の状況を多摩川刑事に話して聞かせる。
「くそぅっっ!!あの警備の中、人を簡単に消すとはっっ!!犯人は超能力者か?!」
唸る多摩川刑事をよそに、黒羽がオレに「ただのバスの添乗員だよね?」と耳打ちした。
鑑識も到着し、さらに念入りな捜査が始まるのを、オレはただ黙って見つめる。
と、そんなオレを黒羽が覗き込んだ。
「もうこんな捜査、必要ない気がするけど?」
「いや、まだこの第二の誘拐のトリックを暴いていないからな。」
「そんなの、彼女に直接、聞けばいいのに。」
「まだ彼女が犯人だという、決定的な証拠がない。」
「さっきのアレじゃ、不十分?犯人しか知り得ない情報を持ってただけで、充分クロだと思うけど。」
「確かにな。だが、探偵として、全ての謎を解いておく必要があるんだよ。どんな言い逃れもできないように、確実に犯人を追い込むためにはな。」
「・・・ふーん?探偵って面倒臭いね。」
───余計なお世話だ。
ジロリとオレは黒羽を睨むが、ヤツはおかまいなしににっこり続ける。
「じゃあ、第二の誘拐のトリックを解明するにあたって、参考情報として一つお知らせしておくけど。犯行当時の彼女のアリバイはオレが証明するよ?」
「何?」
すると、黒羽は例の犯行予告時間前に添乗員の西田さんと接触し、そのまま犯行時刻を過ぎるまで、ずっと一緒だったと言った。
つまり、彼女は大広間には近づいていないということになる。
・・・どういうことだ?では、彼女は一体どうやって蘭を?
考え込むオレをよそに、黒羽が「補足情報」と更に付け加えた。
「逆に、わざとらしいほどアリバイがない人物もいたりする。」
「え?」
「予告時間の前に、何故か現れた遊覧船の船長の東さんと船員の南田さんなんだけど、肝心の犯行時刻直前に二人とも姿を消している。ま、南田さんはその後、戻ってきて、ああ、名探偵も彼の姿は見ただろう?・・・・・・あれ?そういや、東さんはあれっきり見てないな。」
東さんの存在をすっかり忘れていたかのように、黒羽が言う。
その発言に、オレは眉をつり上げた。
と、同時に背後から、多摩川刑事の声が耳に届く。
「ドアノブに赤いインクがついていただと?何だ、そのインクというのは!?」
振り向くと、ドアの取っ手を指差しながら、鑑識の捜査員が多摩川刑事に何やら報告していた。
確かにそのドアの取っ手部分に赤いインクの跡があるのが、オレの目にも確認できた。
オレは眉を潜める。
───妙だな。
それは、オレが蘭を探しに飛び出したドアだった。
あの時、そんなインクはついていなかったはずだが。
だとすれば、インクがついたのはオレが広間を出た後か、それとも・・・・・。
不意に、オレはドアノブに触れたはずの自分の掌を見る。
その瞬間、理解した。
あの時、蘭がオレの手に触れた理由。
そして、オレの掌に押し付けられた、あの冷たい感触が意味するもの。
「───解けたぜ?第二の誘拐のトリック。」
言いながら、オレはその掌を黒羽に翳す。
「うわ、真っ赤。何、その手?!」
「
蘭や園子達については、恐らく犯人から何か言ってくるだろう。とりあえず、今は東さんだ。彼のことが気になる!」
「なら、彼の自宅へでも行ってみる?ここから車で飛ばせば、彼のマンションまでそう遠くなさそうだよ?」
そう言って、黒羽がにっこりと制服のポケットからメモらしきものを取り出す。
そこには、今回の事件の関係者として、警察が事情聴取の際、聞いたらしい彼らの住所や連絡先などがすべて明記されていた。
「・・・・お前、これ、どうしたんだ?」
「いや、もしかして、名探偵の捜査に必要かと思ってね。ちょっと警察関係者から拝借しておいた。」
悪びれもせず、ヤツはそうウインク付きで言うが。
・・・・・警察の関係資料を勝手に持ち出すとは、良い度胸してるじゃねーかよ。
だが、今は細かい事を気にしている暇はない。
オレは黒羽の手からそのメモを奪い取
ると、急いでホテルの外のタクシー乗り場に向かった。
嫌な予感がする。
だが、タクシーに乗り込む直前で、オレの携帯が鳴った。
非通知の着信音であるそれは、タイミングから言ってKIDNAPPERに間違いは無い。
思ったとおり、第二の誘拐を成功させた犯人は、相変わらずオレをバカにした口調で言いたいことだけ言って、一方的に会話は打ち切られた。
「KIDNAPPERから?」
黒羽の問いに、オレは首を縦に下ろした。
すると、ヤツは人の悪そうな笑みをする。
「いっそのこと、正体バレてること言ってやればよかったのに。」
「・・・いや、ヘタに犯人を刺激しない方が良さそうだ。」
「どうかした?」
首を傾げた黒羽に、オレは犯人からのメッセージを伝えた。
「二人を監禁した場所に爆弾を仕掛けたらしい。爆破時刻は今夜0時だそうだ。」
爆弾という単語に、黒羽も眉を潜める。
「それはまた穏やかじゃないね。どうする?」
遊覧船、船長の東さんの安否。
そして、蘭達に仕掛けられた爆弾。
確かに、ここへ来て、事件は過激な急展開を見せ始めたようだ。
オレは黙ったまま、腕時計を見つめる。
時刻は、午後2時。
───犯人は、もう既にわかっている。
こんな挑戦を挑んできたということは、オレに何か恨みがある可能性が高い。
おそらく過去、オレが関わった事件の関係者か。
だとすれば、そこから辿って行けば、蘭達の監禁場所を特定する事も、そう難しいことではないかもしれない。
「・・・爆破予告までは、まだ10時間ある。とにかく、先に東さんのところへ行こう。」
「了解。───ところで、第二の誘拐のトリック、まだ聞いてないけど?」
「いいから、早く車に乗れ。中でたっぷり教えてやるよ。ま、トリックと言うほどのものでもないけどな。」
オレはそう言うと、黒羽をタクシーに押し込めた。
そうして、オレ達は東さんのマンションへと向かったのだった。
To be continued