それからオレが黒羽と別れた後、すぐ日は暮れて、あたりはすっかり暗くなった。
増田氏の貸し倉庫の数はそう多くなかったが、それぞれが車でも移動し難い場所にあったため、結構時間を使ってしまったのが痛い。
オレは左腕の時計で時刻を確認してから、軽く舌打ちをする。
爆破予告の深夜0時まで、あと2時間あまり。
とりあえず、自分用にリストアップした貸し倉庫の場所は今、訪れているここがラストだ。
もし、ここに蘭と園子が居なければ、黒羽に任せた方ということになるが。
闇の中、オレはひと気のない倉庫の敷地内をひた走った。
と、その時だった。
不意に背後に人の気配を感じて、オレは立ち止まる。
───まさか、犯人の方から出てきてくれるとは。おかげで、蘭達を探す手間が省けたな。
ニヤリとした後、オレはゆっくりと振り返った。
予想に違わず、そこに居たのは添乗員の西田麻衣さんだ。
いや、もうKIDNAPPERと言うべきか。
「偶然ね。何してるの?こんなところで。」
・・・“偶然”・・・であるワケがない。
あまりにもワザとらしいそのフレーズに、オレは苦笑せざるを得なかった。
こんな場所で、しかもこんな時間にわざわざ出てくるなんて、まさに自ら犯人だと言っているようなものなのだが。
「貴方こそ、どうしたんですか?もしかして、爆弾がちゃんと動いているか、確認でも?」
多少、意地の悪いオレの物言いに、彼女は眉を寄せた。
「爆弾?一体、何の話?」
どうやら、あくまで彼女はシラを切るつもりらしい。
「貴方がKIDNAPPERである事は、既にわかっています。蘭と園子の居場所を教えてもらえませんか?」
「・・・・すいぶんと失礼なことを言うのね。人を勝手に犯人だなんて決め付けて。」
「決め付けるも何も・・・。この場所に僕が来たということは、貴方の身元から犯行動機に至るまで、全てわかっているとご理解いただきたいんですが。」
ここが増田氏が経営していた倉庫である以上、オレが過去の増田氏の事件、そして2人の関係を知っていることくらい、明白だ。
「貴方が犯人である証拠はいくつかありますが、聞きたいのならお話しますよ。」
そう言ってやると、彼女は更にその眉をつり上げる。
「まず、第二の誘拐の直後、貴方は『どうやって“彼女”は連れ出されたのか?』と僕に言いました。警察ですら正確な情報が行き渡っていなかったのに
、明らかに“女子生徒”だと限定した言動をしたのは、消えたのが蘭だと知っている犯人しかありえないんですよ。」
「
・・・そっ、そんなの、たまたま“彼女”って言っただけで・・・!最初に誘拐されたのが園子さんだったし・・・・!」
彼女はそう言い返してみせるが、言い訳にしてはかなり苦しい。
本来であれば、往生際の悪い彼女に第一の誘拐、第二の誘拐のトリック全てを解き明かし、順に追い詰めていくというのが、探偵であるオレの醍醐味なのだが。
今回はちょっとな・・・・。
事件が事件なだけに、いつものようなスリルや高揚感もない。
時間も無いし、説明するのが面倒くさいというのが正直なところだ。
なので、オレは彼女が犯人だという決定的な証拠である、東さんの遺書をさっさと取り出した。
こういうやり方は邪道だが、時間短縮をする為だ。
すると、彼女はその目を見開き、提示されたその『I AM A KIDNAPER』という紙を凝視する。
「そ、そういえば、ニュースで見たけど、自殺したんですってね?東さん。遺書もあるようだし、彼が犯人で間違いないと思うけど?」
やや引きつった笑いを浮かべる彼女に、オレは少々頭痛がしてきた。
言っておくが、オレはまだこれが何かという事は一切、触れてない。
要するに、この遺書の存在を知っていることもまた、東さんを殺した真犯人でしかありえないワケで、確かに、オレもそういう方向で彼女に鎌をかけるつもりでいたワケだが。
これからその話に誘導するはずが、もうその必要さえなくなってしまった。
・・・・本当に、この人、次から次へとボロを出し捲くってるな・・・・。
「貴方、今、また犯人しか知り得ないことを言いましたね。」
「え?」
「どうして、東さんが遺書を書いたことを知っているんです?しかも、これがその遺書だと?」
「だ、だから、ニュースで・・・。」
「そんなはずはありません。何故なら、警察が来る前に、僕が現場から持ち出していますからね。つまり、遺書があったことを知っているのは、東さんの遺体の第一発見者以外に、彼を殺して罪を擦り付けようとした、この事件の真犯人しかありえないんですが。」
「・・・た、ただの思い込みよっっ!自殺って聞いたから、当然、遺書もあると思って・・・。」
明らかにまた苦しい言い訳を始めた彼女の眼は、完全に泳いでいる。
この状況で、まだ犯人であると言わないのは、ある意味、立派だ。
「確かに、これは東さんの遺書です。ですが、彼は犯人ではない。この英単語の綴りが僕へ送りつけられた挑戦状とも異なる事から考えると、この一貫性の無さからすれば、真犯人は別にいるというのが普通です。」
「・・・そ、それが何っ?!たまたま犯人が書き損じただけかもしれないじゃない!!」
「まぁ、そういうこともあるかもしれませんが。それを差し引いても、これが貴方が犯人だと言う証拠になるのは変わりないんですよ。」
「どういうこと?!」
ヒステリックに叫ぶ彼女に、オレは例の遺書を裏返して月明かりに翳す。
そこにはっきりと記されている、彼女の名前。
彼女の目が大きく見開いた。
「東さんのダイイングメッセージです。貴方は彼を犯人に仕立て上げるつもりだったんでしょうが、逆に、自分が犯人だと言う決定的な証拠を残してしまったんですよ。」
オレの言葉に、彼女は呆然と立ち尽くした。
さすがに、これについては言葉もないようだが、それでも彼女は本当に往生際が悪かった。
「・・・・か、仮に私が犯人だったとして・・・!!だったら、説明しなさいよ!私が、どうやって2人を誘拐したのか!!」
言われてオレは、腕時計を確認する。
「今更、それを話したところでどうなるとも思えませんが。この状況で、ここまで証拠があって、貴方が犯人でないと考える方が無理がありますからね。」
「何よ、それ!もしかして、誘拐についてはわかってないのに、私を犯人に仕立て上げるつもり!?」
「まさか。あんな初歩的なトリック、僕でなくても、たいていの人ならわかりますよ。」
叫ぶ彼女に、オレは唇の端を持ち上げて苦笑した。
───っていうか、その説明を省きたいから、最初に証拠を提示したんだけどな。やっぱり、省略するのは許されないか。
・・・やれやれだな。
「仕方ない。では、時間が無いので、手短にお話ししますが・・・・・。」
それから、オレはトリックを暴くと言うよりは、トリックのその不十分さについて、一気にまくし立てた。
黒羽ではないが、トリックについてのダメだしというワケだ。
ついでに言うと、トリックを完璧にするためにはどうすべきだったかというアドバイスのおまけ付。
この方が、実際、トリックについて解明するより、時間短縮に繋がるからだ。
ひと通り話し終えると、オレは彼女を見つめた。
さすがの彼女も何も言う事はないらしい。
ただ、ワナワナと震えているだけだった。
「ご満足いただけましたか?では、本当に時間がないので、そろそろ蘭達のところへ案内してほしいんですが。」
すると。
彼女は黙ったまま、すっとオレに黒い塊を向ける。
拳銃だ。
銃口を向けられて、オレは僅かにその目を開く。
驚いたのは、彼女が拳銃まで持っていたということだ。
爆弾といい、拳銃といい、何でここへ来てこんな過激な展開になるんだと、そう思わずにはいられないが。
とりあえず、発砲されても困るので、オレは彼女を見据えるしかない。
「・・・そんなことをしても、逃げられませんよ。」
「逃げるつもりなんて、最初からないわ。」
───まさか、一緒に心中でもする気か?!
できれば、もう少し将来性のある計画を立てて欲しいんだが。
オレは、彼女に銃を突きつけられたまま、倉庫の一つへと入っていくよう指示される。
どうやら、そこに蘭達がいるようなので、まぁ結果的にはヨシとするべきか。
オレは、彼女に気づかれないように小さく息を吐いたのだった。
□□□ □□□ □□□
同じ頃、快斗はというと───。
実は、もう新一が囚われた倉庫付近へと向かっていた。
新一から任された倉庫の探索が全部ハズレだった為、こちらへも出向いてみようというわけだ。
途中、快斗は、路上で倒れている園子を拾った。
「1人で逃げ出したところを犯人に見つかりでもしたのかな?にしても、こんな夜更けに外に置きっぱなしにされるなんて、かわいそうにね。」
そう言って、快斗は園子を道路脇のベンチまで運び、着ていた学ランをかけてやる。
「さて、名探偵はどうしてるかな?」
夜空に浮かぶ月を仰ぎ、快斗はそう呟いた。
今回の事件が、大したものでないことは、とっくに承知。
だが、お粗末なトリックが続いて墓穴を掘った犯人は、ここへきて爆弾など持ち出している。
「・・・予想外な展開に苦労してなきゃいいけど。」
クスリと笑う快斗の顔を、月光に照らしていた。
To be continued