「………しゃーねぇ。明日にでも返しに行くとすっか」
つい怪盗の仮面を剥がしてしまい、素に戻る。
結局今回も目的のモノではなく。
何度角度を変えてみたって、赤い光は見ることができなかった。
諦めて踵を返そうとしたところで、一つの気配がビルの螺旋階段を昇ってくるのを感じ取った。
一瞬警察かと思って身構えたが、すぐにそれを否定する。
………この気配は……
「よぉ」
階段を昇りきると同時に、不敵な笑みをそのキレイな顔に浮かべた彼。
……………あれ?
なんだろう?
微かな違和感。
だが、とりあえずいつものようにキッドとして挨拶を返す。
「……これはこれは。
今宵は来られないかと思っていましたよ。
―――――名探偵殿」
完璧な怪盗の顔で口元に笑みを刷く。
だがおそらくは、彼からは俺の表情は逆光で見えていないはず。
勿論、全て計算のうえ。
「今日は残念ながら、警備には参加してねーよ。
たまたま通りかかったから来てみただけだ」
………たまたま、ねぇ?
まぁ3日前から殺人事件に掛かりきりだったしな。
おそらく俺の予告状が出されていたことでさえも知らなかったのだろう。
そのわりにこの中継ポイントに現れるとは、全く恐れいったぜ。
「そうでしょうね。
今日の警備にあなたが加わっていたとなると、私はあなたを過大評価していたことになる」
中森警部がこの場にいたら憤死しそうなセリフをさらりと言いのける。
いや、マジで今日の警備はひどかったんだって。
それに特に反論するでもなく、彼は肩を竦めるにとどめた。
………ある意味、お前の方が失礼だぞ?
「今日は間に合わなかったけどさ。
……次は見てろよ?」
月の光を反射した蒼い瞳が、挑戦的な意思を帯びる。
………いいねぇ、その眼。
ぞくぞくするね。
全く。
俺以外の奴にそんな顔すんなよ?
世の中、犯罪者だらけにしたくねーだろ?
吸い込まれるように彼との距離を一歩ずつ詰めていく。
負けず嫌いな彼が後退しないのを承知の上で。
「……次の満月の夜には、ぜひお手合わせいただきましょう」
逆光の角度のままで近づくが、流石にこの距離ではそんなものは意味をなさないだろう。
そっと彼の頬に手を掛けて、心持ち上をむかす。
そのまま顔を近づけていくと俺の右手に彼の左手が重なり―――――
微かに笑うと、そのキレイな瞳を閉じた………
軽く触れ合った唇が離れても、俺の右手はまだ彼に掴まったままで。
どうやら、最近彼は俺の手がお気に入りらしい。
別に捕まえる気があるわけではないらしいので、彼の好きにさせておく。
まぁ仮に捕まえる気があったとしても、こっちに捕まる気が皆無なので全く心配はないが。
指の形をなぞってみたり、ときには自分の手と大きさを比べてみたり。
暫く俺の右手は名探偵のおもちゃにされていたが、やがて満足したのか軽い口付けを受けて解放された。
………こんなことなら手袋とっとけばよかったぜ。
などと、かなり真剣に後悔したが後の祭だ。
「お前ってさ。
手、キレイだよな?」
俺の手を解放してから、なにやら自分の手を見つめていた名探偵が徐に口を開いた。
………そりゃ商売柄、手には気をつけてるからね。
「手袋を取ってみたら判んねーよ?」
とりあえずキッドとしての口調から本来のものに戻す。
それはいつしか暗黙の了解となっていた。
彼に触れたあとは紳士然とした怪盗ではなく、素の一個人として接すること。
一度それを破ったら、いたく彼の機嫌を損ねてしまい、流石の俺も辟易した記憶がある。
ホントに手が付けられないのだ。
暴れる、とかいうのではなく、完全無視。
そのあまりにも子供っぱい対応に、さらにどうしたらいいのか判らなくなるという堂堂巡り。
普段警察関係者と会話してるこいつからは想像もできねーワガママっぷり。
まさに天上天下唯我独尊。
………振り回されてるよなぁ、俺。
しかも、それをイヤだと思わないところがかなりの重症ってね。
言葉と共に口角を上げた俺に、彼は小さく「ばーろ」、と呟いた。
「探偵の観察眼をバカにすんなよ?
手袋越しでだって、あんだけ触りゃ判るっての」
そういうもんかね?
「おまけにでかいし」
「まーね。
マジシャンにとって、手は大きければ大きいほどいいからな。
大体、トランプが手のひらに隠れなきゃマジックにならねーだろ?」
そういう意味でいけば、名探偵の繊細すぎる手はマジシャンには不向きだな。
さっき名探偵が俺の手と大きさを比べてたけど、ほぼ一関節近くの差があった。
まぁ、俺より一回り小柄な体格上仕方ないことなんだろうけど。
「オレ、お前の手、スキかも」
「………それは光栄だね」
……って、手だけかよ?
嬉しいような、淋しいような………
「なんかさ、手がでかいと何でも掴まえられそうな気がしねぇ?」
そう言って、自分の右手を月に翳す。
白くて、繊細な手を。
そして、翳していた手を180度回転させてそのまま下に降ろした。
まるで、何かを掬うかのように…………
いや、正確には何かを受けとめるかのように…………
「名探偵?」
その動作の意味が判らなくて、疑問を投げかける。
すると彼は視線を月から俺に向け、一瞬別の表情をしたかと思えば、ここに来たときと変わらない不敵な笑みを浮かべた。
「なんでもねーよ」
………なんでもない、ねぇ?
あんなカオ見せといてよく言うぜ。
蘇る、さっき感じた違和感。
「さーて、と。
オレはそろそろ帰るぜ」
遠くからサイレンの音が近づいてくる。
どうやら漸く中森警部がここをつき止めたらしい。
「……そうだな。
俺も退散しなきゃならなさそうだしな」
だが生憎ゆっくり考える間もなくパトカーがビルの前に止まり、下から中森警部の怒声が響いてくる。
「今回は宝石自分で返せよ?
オレは今日の警備にはノータッチなんだからな?」
するり、と俺の横を名探偵がすり抜けていった。
彼の右腕を掴もうとした俺の手は………呆気なく空を掴む………
彼が螺旋階段を降りる音が不必要に響いて………やがて聞こえなくなった。
………手がでかいから何でも掴まえられるなんて、都合のいい夢だよ?
だってそうだろ?
俺はお前の腕さえも掴まえることができなかったんだぜ?
俺にあんなカオを見せてまで、お前は一体何を掴みたかった?
何を……受けとめようとしていた?
「………新一……………」
* * *
(Side : S)
オレは時々考える。
犯罪者はどうして、やがて必ず裁かれる罪を繰り返し犯してしまうのか。
3日前から起こっていた連続殺人事件。
被害者はすでに3人、遺産問題でも怨恨の筋でも無い、動機不明の殺人だった。
でも、犯人の動機なんてオレには関係のないことだ。
人が人を殺す理由なんて理解できないし、理解したいとも思わない。
探偵として、オレにできること。
それは、散りばめられた証拠の欠片を集めて、一つの真実へと導くこと。
ただそれだけだ。
でも。
犯人の残す署名のような証拠が、オレにはこう聞こえた。
『私は ここよ。 早く 罰して。』
人を殺す動機には様々なものがあって。
金、怨恨、地位や名誉を守るもの。
でも、動機の無い殺人といえば。
それはーーーー。 『快楽殺人』。
犯人は被害者を共通の嗜好で選ぶ。
そして。
犯人として浮かび上がったのは、一人の女性だった。
「探偵さん、あなたは悪い人がなぜ悪い事をするか、考えた事がある?」
投げかけられた彼女の問いに、オレは答える事が出来なかった。
すると彼女は綺麗に笑って。
「死にたいの。私は悪い人間に生まれついたから、悪い事をするのを止められない。
私を見つけてくれる人をずっと待っていたわ。私が罪を重ねるのを止めてくれる人を・・・。」
「ありがとう、探偵さん。あなたに会えて良かった。」
彼女はそういい残して、オレの目の前でその身を投げた。
差し伸べたオレの手は、あと一歩のところで届かず。
彼女はこの世を去った。
そして、オレは自分のその手を見つめる。
見ろ。
こんなにもオレの手は小さい。
こんなにもオレは無力で。
真実は手に入れられても、たった一つの命さえも救えないんだ。
* * *
(Side : K)
翌日の新聞で、俺は名探偵の関わった事件について知る事となる。
・・・・・・なるほどね。犯人の自殺でジ・エンドか。
あの時、名探偵がいつもと違って見えたのは、そのせいだったのだと俺はようやく納得いった。
何も自分を責める事はないのに。
死にたい奴を止める必要なんて、俺には無いと思うけどね。
これって薄情かなぁ。
いや、違うだろう。
・・・・・・ああ、でも。
もし、名探偵が間違って自殺でもしようとしたら、その時は止めるだろうなぁ。
俺より先に死んで欲しくないし。
アイツがいない世の中で生きてくなんて、まっぴらごめんだ。
・・・・・・ってこれって、かなりわがままだけど。
ま、仕方ない。そうしたいんだからさ。
・・・にしても。
名探偵を悲しませるような事をする奴は許せねーな。
俺はもうとっくにこの世にはいないその犯人に向けて、僅かな怒りを覚えた。
その夜、白い大きな鳥は見慣れた洋館の屋根へと、音も無く優雅に舞い降りる。
愛しい人がいるその部屋の窓は、まるでここへくるのがわかっていたかのように開け放たれていた。
「・・・・・・こんばんわ、名探偵。今宵も月が綺麗ですよ?
よろしければ私と一緒にご覧になりませんか?」
仰々しく礼を一つ、手を差し伸べると、名探偵は何も言わずに儚く微笑んでその華奢な手を重ねてた。
名探偵の手を引いて、そのまま屋根の上まで連れ出す。
冬の空気は肌を刺すように冷たいが、それがかえって気持ちがいい。
普段は寒がりなこの名探偵も特に不平不満をタレることなく、大人しく空を見上げていた。
空に浮かぶ大きな月。
それは、まるで手を伸ばせば掴めてしまいそうなくらいな。
と、名探偵も同じ事を思っていたのか、ふと自分の手を空へと差し出して月を掴むような真似をする。
「・・・・・なんかさ、オメーならあの月だって掴めそうな気がする。」
うーん・・・。そりゃ、名探偵が取って来いっていうなら、そうしてあげたい気持ちもヤマヤマなんだけどね。
さすがに、月はちょっと厳しいかなぁ・・・。
俺はそう思いつつも、月を見つめたままの横顔へと苦笑を送った。
名探偵の蒼い瞳は満月を映して、不思議な色に輝く。
けれども、その色は少し悲しい色を灯しているように見えた。
・・・・・・まだ、事件のことを気にしてんのか?
「・・・なぁ、名探偵。人間が一生涯のうち、この手に掴めるものなんて、きっと僅かなもんだと俺は思うぜ?
こんなちっぽけな手で、誰もが無力なんだ。」
名探偵は、その視線をゆっくりと俺へと向ける。
「俺のこの手も何もかもが掴めるわけじゃない。・・・・・・掴むものは一つで構わないんだ。
俺の手はそれを掴むためだけにあるんだよ?」
言いながら、その手をゆっくりと名探偵の頬へと伸ばす。
名探偵はその瞳に俺を映したまま、まっすぐに伸びてくる手を見ていた。
「・・・・・・俺の手は、名探偵だけを掴むためにあるんだから。」
そう言って、その頬に触れやや引き寄せると、蒼い瞳がゆっくりと閉じられる。
俺は、それを合図にその唇を奪った。
軽いキスの後、見つめ返してくる名探偵の瞳はやや潤んではいるものの、いつもの強気な光を放っていた。
「・・・オメー、よくもそんな気障な台詞が言えるな。聞いてるこっちが恥ずかしい。」
えっ!?
せっかくキメたと思ったのに!!お気に召しませんでした?!
俺が少し困ったように笑うと、名探偵もにっこりと笑って。
いつものように、俺の手を取った。
「・・・でも、オレ、やっぱ、オメーの手、好き。」
「・・・手、だけ?」
そう言って、不敵に微笑むと。
名探偵は自分から唇を重ねてきた。
重ねる瞬間に、オレの耳元に届いた消え入りそうな小さい声。
「・・・バーロー、んなことくらいわかれよ。」
もちろん、わかってるよ。
俺は暖かい口づけを受けながら、愛しい恋人の背にきつくその手を回した。
夜空には満天の星。
恋人達を見るものは、空にかかった大きな月のみであった。
* The End *
はい!みちさまからのリクノベルでした。
というか、これは実に初めての試み、リクを頂いたみちさまと私の合作であります。
リクを頂くにあたり、ど〜したものかと相談していたところ、
みちさまが書きかけのお話があるとかで、その続きを書くのはどうかということに
なったんですが。
いえ。最初は、なんてラッキー!
ってことは、自分で話を考える手間が省けて楽チンポンなのではと、思っていたんですが