それは、学年末を控えたある土曜日のこと。
高校生を対象にした全国統一模擬試験が行われていた。
平成のアルセーヌ・ルパンとも言われる大怪盗も。
また同じく平成のホームズとも言われる名探偵も。
どんなに頭の構造が普通より良くできていようが、大学受験を控えた一般の高校生に過ぎないワケで。
試験会場として貸しきられた、都内のとある大学のキャンパスへわざわざ出向いて、
本日は至ってごく普通の学生らしく、模試を受けていたりする。
試験会場は学区別に別れていたのだが、両者の学校はそう地理的に離れていないため、
同じ学区であったことは、この際言うまでもないだろう。
「ねぇねぇ、快斗!英語の長文読解のとこ、問3の答えは何にした?」
「・・・あーん?もう覚えてねーな・・・。」
「え〜?!何でさっきやった試験の答えを覚えてないのよ?ほら、コレよ。覚えてないなら、今やってよ。
どうせ、すぐ解けるんでしょ?」
「ヤだよ。面倒くさい。」
模試を終えて最寄の駅へと向かう大勢の学生の波の中に、黒羽 快斗とその幼馴染、中森 青子の姿が
あった。
青子は終えたばかりの試験問題を開いて、どうやら答えあわせをしたいらしいのだが、
頼りになるはずの頭脳の持ち主、快斗の方は、てんで興味がないらしい。
「・・・いーじゃねーかよ、もう。終わっちまった事なんだし。」
「何言ってるのよっっ!!ここの配点がどれだけ高いと思ってるの!!この模試の偏差値は
来年の進路を決めるのに重要なんだって先生も言ってたじゃない!!」
「・・・だからさ。もう解答用紙提出しちまった後なんだから、今更間違いに気づいても手遅れだろ?」
「・・・ま、間違いって何よっ!!まだ間違えたと決まったわけじゃないじゃないっ!!
ちょっと自信がなかっただけよ!だから答えあわせがしたかっただけなのに!!何よ、快斗のバカっ!」
「へぇ?そんなバカの答えなんか頼りにしてんだ?ふーん?」
そう言いながら、快斗がにこにこ青子の顔を覗き込むと、青子はむぅ〜っと膨れてみせる。
そして持っていた試験問題を筒状に丸めると、それでポカポカと快斗を叩き、暴力で訴えた。
からかうように快斗が笑いながらかわすと、青子はますますムキなって試験問題を振り上げた。
と、それが青子の手から勢い余ってすっぽぬけ、二人のはるか後方へと飛んでいった。
そして、どこかから「イテ!」という声も届く。
「あ、ヤダ!!大変っ!どうしようっ?!」
「ほら、お前がむやみにそんなもん振り回すからだろ?」
「も、もとはと言えば快斗がいけないんだからっ!!一緒に謝ってよ!」
「ハイハイ・・・。」
というわけで、不幸にも青子の試験問題が当たってしまった人物を探しに、二人はみんなとは
逆流するハメになったのだ。
そして、人の波をかき分ける事、数分後。
意外にもその人物はすぐに見つかった。
というかこの場合、快斗が目ざとく見つけたのが、青子の丸めた試験問題か、その人物の顔だったのか。
とりあえず、それが工藤 新一だということになれば、まぁ後者の方が可能性としては大である。
ま、幸か不幸か、青子の試験問題を拾ったのは新一だったというワケで。
その両サイドには、もちろん蘭と園子のコンビも健在だった。
「あ〜〜〜〜っっ!!黒羽君と中森さんじゃなーいっ?!」
一際甲高い声が群集の中から聞こえた。園子だ。
「あ、鈴木さん!工藤君に毛利さんも!!ヤダ、もしかして工藤君に当たっちゃったの?」
青子は一目散に3人の所へ駆けて行く。
快斗はそんな青子に一歩出遅れながらも、目線だけは新一へと向けていた。
新一もそんな快斗の視線に気づき、にっこりと挨拶の笑顔を向ける。
対して、快斗も笑顔を返してみたのだが。鉄壁のポーカーフェイスを誇る怪盗キッドにしては、
いささか硬い笑いだった・・・かもしれない。
なぜか?
それは、二人の関係が実に微妙なものだったりしたからなのである。
□ □ □
実は、この普段は冷静沈着な名探偵・工藤 新一は、酒を飲むと恐ろしいほど変貌する。
はっきり言って、酒乱だ。《*注1》
そして、偶然にもその場に居合わせることが多い、黒羽 快斗こと怪盗キッドは、
気の毒な事に過去3度も煮え湯を飲まされていたという・・・。 《*注2》
そうして前回、やっと4度目にしてめでたく本懐を遂げる事ができたのであったが。《*注3》
(*注1・2・3については、酒乱シリーズ参照vvv)
なんとその時は、快斗(キッド)の方も酔っ払ってしまっていたらしく、情けないことに
事の詳細を憶えていないという大失態。
とりあえず、快斗の中では新一とヤッたという事実だけは確かにあるのだが、最中の記憶が曖昧なのは
実に悲しいことである。
で。
肝心の新一の方はどうなのかというと。
通常のパターンから行くと、酔っ払ってる間の記憶は完璧に飛んでいる彼が、例のコトを憶えているとは
とても考えにくいのではあるが、こればっかりは本人に聞いてみないとなんとも言えないことであって。
もしかすると、記憶は無くても、身体は憶えている・・・ということもあるかもしれない。
そこらへんが、快斗としては非常に気になるところなのだが。
まさか、正面堂々とその話題を切り出して、聞き出すなんてことができるはずもない。
そんなことをしたら、自分が怪盗キッドであることをバラしたも同然である。
快斗としては、新一になら正体をさらしてもいいと思ってはいるものの、何と言っても相手は探偵。
もう少し時期を見て、二人の関係が進展してからにすべきである。
事は慎重に運ばなくては。
・・・そんなわけで、快斗は心にかなりモヤモヤを抱えつつも、例の一件以来、今日、数週間ぶりに
新一との対面を果たしたのであった。
「久しぶり〜っ!!黒羽君に中森さんっ!!元気してた?去年の文化祭の打ち上げ以来ね?
あの時は新一君が酔っ払っちゃって、黒羽君に送ってもらっちゃったんだっけ?迷惑かけたわね〜」
「・・・おい、コラ。余計なこと思い出すな。」
「何よ、新一。そういえば、ちゃんと黒羽君にお礼は言ったんでしょうね?!」
帝丹高校側が口々にしゃべりだす。
快斗と青子はそれを聞いて一通り笑って済ませると、再会の挨拶を交わした。
「・・・よぉ、久しぶり。みんな元気そうで。」
言いながら、快斗はちらりと新一へと視線を投げる。すると新一は
「文化祭の後に、オレんちで飲んだ以来だよな。」
と、笑顔で言った。
・・・・・・確かに。新一が、『快斗』であるオレと最後に会ったのは、そうなんだけどね。
『キッド』である自分が、つい最近、新一と一夜を過ごしたばかりであるなんてことは、
今、この場では口が裂けても言えない。
「え〜っ?!何よ?新一君ちで二人で飲んでたわけ?」
新一の台詞に自分も呼んで欲しかったと言わんばかりに、園子が食ってかかる。
「いや、あの時は・・・。快斗の提案で、オレの酒の許容範囲を確かめようっていうんで、
二人で飲んだんだよな、なぁ、快斗?」
助けを求めるように新一に話題を振られ、快斗もそれにうんうんと頷く。
今となっては浅はかだったが、実は酒乱新一を手に入れようとした自分の企みだったことは
もちろん内緒だ。
「それで、新一はどの程度飲めるか、ちゃんとわかったの?」
蘭がそう新一を覗き込むが、新一はちょっと首を傾げて見せた。
「・・・うーん、それがよくわからなくてさ。気がついたら朝になってて、快斗はいねーし。」
「・・・何やってんだか。じゃあ結局、全然ダメじゃないのよ。」
呆れた顔で園子が溜息をつく。
「え?でも快斗もいなかったって・・・。あ、わかった。快斗も酔っ払っちゃったんでしょ?
気分が悪くなって、帰っちゃったとか。」
見当違いな方へ、青子が話を持っていくが。
まさか、本当は新一を襲うつもりが襲われかけて逃げ出しただなんて、言えるわけもない。
とりあえず、快斗は曖昧に笑ってごまかすことにした。
「・・・それより、オレの頭に今、試験問題が降ってきたんだけど?」
新一が手にした丸まった試験問題を見せると、青子が、あ〜〜〜っ!と声を上げた。
新一に謝りながらも、試験問題がここまで吹っ飛んだ経緯を青子が話して聞かせると
みんな一様に笑った。
「ま、何はともあれ、せっかく会ったんだし。ねぇ、この後どっか行かない?
私、小腹が空いちゃって・・・。確か隣の駅に最近話題の美味しいケーキ屋さんがオープンしたのよ。」
園子がそう提案すると、青子がそれに飛びついた。
「あ〜っ!!知ってる!!それって雑誌に載ってたとこじゃない?行きたーい!!」
行く気満々の青子に笑顔を向けた後、蘭が新一の顔を覗く。
「じゃあ、みんなで行こうよ?・・・あ、でも新一は・・・。」
「オレはパス。オメーらだけで行ってこいよ。」
予想通りの答えに、蘭がやっぱりと頷く。それを見て、青子が不思議そうに尋ねた。
「え?何で、工藤君、ケーキ嫌いなの?」
「新一は、甘い物が苦手なのよ。」
「・・・そうなんだ。快斗なんて大好きなのにね。じゃあ、快斗はどうする?」
青子に聞かれ、みんなの視線が快斗の注目するが。
快斗は、にっこり笑ってこう言った。
「えーっと、オレも今日はケーキはパスかな?」
いつもなら甘い物には目が無いくせに、意外な答えに青子は大きく首を傾げた。
「あらそう?なら仕方ないわね。じゃあ、今日は女の子達だけで食べに行こっか!
男どもとは、また今度ということで・・・。」
すっかりケーキ屋に行くことに心を決めた園子は、いともあっさりと新一達を切り捨てると
蘭と青子を連れて駅へと向かった。
小うるさい女子どもを見送った、新一と快斗は駅の切符売り場の前でしばし佇む。
「・・・けど、確かに小腹は空いたよな。」
新一のその呟きに、快斗はにっこりと笑顔を送った。
「じゃあさ、オレのオススメの美味しいラーメン屋さんがあるんだけど、そこはどう?」
「OK♪」
そんなわけで。
快斗の提案に新一は快諾して、二人はそのまま一緒にラーメンを食べに行く事にしたのだ。
□ □ □
さて、二人っきりになったところで、快斗しては新一に聞きたい事がそれはもう山のようにあったのだが。
まさか、聞くわけにもいかず。
あたり障りの無い日常会話をしつつも、そこから何か読み取る事はできないだろうかと、細心の注意力を
払ったりもしたりして・・・。
「・・・なぁ、新一。最近、身体の具合はどう?」
なんて、トンマなことを聞き出す始末。
一方、聞かれた新一は。
「・・・?別にどこも悪くないけど?もともと風邪とか割と引きやすい体質ではあるんだけどさ。
ここんとこ、調子はいいかな。」
と、極々当たり前な答えを返してくれたりする。
そんな新一に、それはよかった〜vvvなどと笑顔を返しつつも、快斗は自分のバカさ加減に
大いに呆れ果てていた。
・・・あああああ〜〜っっ!! 何をマヌケなことをほざいてんだ、オレは?!
まさか、新一が『・・・実は、こないだちょっと腰に鈍痛があってさ。』なんて答えるわけないだろうっ?!
バカバカバカバカバカバカバカ・・・・・・ X ∞
大体、新一は例のコトを憶えてるのかっっ?!
正確に憶えてなかったとしても、ヤッちゃった自覚ぐらいは持ってたりするのかっ?!
それとも、もし憶えていてくれたとしたら、オレとヤッてみてどうだったんだっ?!
・・・そもそも、新一はオレのこと、どう思ってるんだっ?!
と、本当は新一を問いただしたいところなのだが、それが出来ないこのツラさ・・・。
快斗は重々しく溜息をついた。
で、快斗オススメのラーメンを二人してすすっていたのではあるが。
ラーメンは、どちらかというと会話を楽しみながらのんびりと食べるものではないので、
二人は無言でただひたすらに食べる事に集中して。
「ごちそうさまでした!」と、どんぶりを下げて、ラーメン屋の暖簾をくぐったところで
ようやく二人は顔を見合わせた。
さて、これからどうしよう?と快斗は首を捻る。
せっかく新一と会ったんだし、このまま別れてしまうのには惜しい。
と、先に口を開いたのは、なんと新一だった。
「・・・なぁ、快斗。この後、お前、時間あるか?」
「えっ?!」
「・・・・・・ちょっと、話があるんだけど・・・。」
と、言う新一の表情は、何とも思わせぶりな風に見える。
何だろう???と、思いつつも、まさか新一から誘ってもらえると思わなかった快斗は
うれしさいっぱいに大きく頷いたのだった。
「・・・で、どこ行く?このへんにウマいカフェとかあったけな?」
コーヒー党の新一のことだから、そういう店がいいだろうと快斗が辺りを見回すが。
「・・・いや。外じゃ、ちょっとな・・・。良かったら、オレんちへ行かねーか?」
と、新一。
??? ・・・何だ? 外じゃ言い難いような話・・・なのか?
というわけで。
よくはわからないが、とりあえず快斗は新一と一緒に、つい先日夜を明かさせてもらった工藤邸へと
行く事になったのだった。
道々、快斗は何の話か尋ねてはみたものの、新一は家に着いてからでないと言えないの一点張りだ。
・・・・うーん。何だろう?
わざわざオレを自分ちに呼んで、しかも外では絶対に言えないような内容・・・ってことは。
快斗は突然、はっとした。
もしかして。
・・・・・正体がバレた・・・・とか?!
よくよく考えてみれば、前回新一の家で、コトにおよんだ時、自分はほとんど素顔をさらしていたような
ものである。
最中の新一の記憶が、果たしてあるのかないのか定かではないが、もし断片的にでもあったとしたら!
面が割れていると考えてもおかしくはない。
・・・ということは。
もしかして、新一は自分を家に呼んで、その正体を追求するつもりなのかもしれない!!
・・・・・・その可能性は否定できない。
快斗は、背中に冷や汗を感じながら、新一の方を向いた。
新一が快斗に向けるその笑顔も、そう考えると、何か意味ありげなように思えて。
快斗はドキドキしながら、乾いた笑いを返していた。
□ □ □
二人が工藤邸に到着した頃には、もうすっかり日も暮れてしまっていた。
「なんか、さっきのラーメンですっかり満腹になっちまったな。アレ、晩御飯の代わりにしちゃおうかな。」
などと、言いながら、新一は快斗をリビング通すと、自分は着替えるためにいったん2Fの自室へと
姿を消してしまった。
さて、リビングに一人残された快斗は、先日新一を組み伏したソファに気もそぞろに腰掛けた。
一体、新一の話とは何なのか。
もし、自分が思っているように、『怪盗キッド』としての正体に関することだとしたら、
どうやって、切り出してくるつもりなのか・・・。
・・・とりあえず、新一の出方を見て、それを肯定するか否かは、その時、決めるしかねーな・・・。
と、快斗はそんな覚悟までしていたりして。
すっかりラフな部屋着に着替えた新一が再びリビングに現れた時、
思わず、挑むような目を向けて、立ち上がってしまっていた。
「?何だ?座ってろよ。あ、何か飲むよな。何がいい?」
「・・・あ!・・・ああ。何でもいいよ?」
「そっか?じゃあさ、また酒でも飲むか?」
「・・え?!」
いきなり、酒っ?!何なんだ?一体っっ???
快斗は大きく目を見開いて新一を見返すと、新一は何でもないことのようにさらりと告げた。
「・・・いや、前にお前が持ってきた酒もまだ余ってるしさ。なんとなく飲みたい気分なんだ。」
・・・飲みたい気分・・・って。
新一の話したい内容がますますわからなくなってきて、快斗は頭を捻る。
・・・・・うーん。・・・とりあえずは『キッド』の正体うんぬんではない・・・ということでいいのか?
ちょっと胸を撫で下ろしながらも、いまだ疑いを拭いきれない。
・・・飲まなきゃ言えないような話・・・なんだろうか?
ま、ここはともかく新一に従う事にしよう。 まずは話を聞いてみない事にはね。
「・・・いいぜ?けど、話が終わるまで酔っ払うなよ?」
快斗はそう不敵に笑ってやる。すると、新一も今日はそんなに飲むつもりはない、と返してきた。
と、いうわけで、リビングのテーブルにはまた酒のボトルとグラスが並ぶ事になった。
快斗=キッドにしてみれば、もう何度目かのこの光景。
前回は不覚にも酔っ払ってしまったが、あの晩は体力的にも限界だったし、現場で新一と会えなかった
不機嫌さも重なって、ヤケ飲みしてしまったというところもある。
あの失敗は今後の快斗の酒の飲み方に大いに教訓となった。
今日の快斗の体調は、まぁ相変わらずの寝不足という点は否めないが、この程度ならさしたる影響は
ないはず。
バッチリでしょう!!
快斗の方も、今夜はそう飲むつもりはないが、とりあえずは自分の今の体調にはOKサインを出してみた。
そんなわけで「模試、お疲れ!」みたいな乾杯を済ませると、二人は酒を進めていったのだった。
お酒も入って、少し陽気になった新一の口から出てくるのは、相変わらずの事件ネタ。
・・・・・・一体、いつ本題に入るつもりなんだ?・・・っていうか、新一、もう酔ってるんじゃねーか?
やや赤みがかった頬に、潤んだ瞳。
それは、徐々に新一が酒に侵されつつあることを示していた。
とはいえ。無邪気にトリックを聞かせてくれる新一も、それはそれでかわいいので、快斗は
そのまま放っておく。
と、突然、新一が何の前触れもなく、言った。
「・・・なぁ、快斗。お前、好きなヤツっているか?」
ゴックーーーーンっ!!ゴホゴホゴホゴホっっ!!!
そのいきなりな新一の直球を、もろに顔面に受けてしまった快斗はチビチビ味わっていた
苦いウイスキーを、一気に飲み干してしまって、思わず激しくむせ返る。
何とか呼吸を整えて、快斗は涙目で新一を見返す。と、新一はむせ返った快斗を不思議そうに見ていた。
・・・・な、な、何なんだっ!!!いきなり!!
予想外の新一の質問に、快斗は激しく動揺したが。
「・・・な、何でっっっ???」
と、なんとか切り返すことはできた。
すると、新一は酒の酔いで、やや上気した顔を妖艶に微笑ませた。
「・・・オレ・・・さ。ちょっと、気になるヤツがいて・・・。なんかよくわかんねーんだけど、
ソイツのことばっか、考えちまうんだよな。」
・・・へ?!
快斗はかなりマヌケなくらい目を見開いて、新一を見返す。
けれども、新一の方はそんな快斗にかまわず、とくとくと話をし始めた。
「・・・すっげーむかつくヤツなんだけどさ。いっつも人をばかにしたふざけた野郎で。
何を考えてるのか、さっぱりわかんねーんだけど、なんかかえって、そこが面白いっていうか、
退屈しないっていうか・・・。」
言いながら、新一の白い指が透明のグラスを弄ぶ。
もうほとんど入っていない、琥珀色の液体に浮かんだ氷がカランと音を立てた。
その妙に色っぽい動作に、しばし快斗の目は釘付けだったが。
・・・いやいや、待て待て。
こっ、これはもしかして、世に言う 『恋のお悩み相談』 ってやつじゃないのか????
快斗が口を開く前に、再び新一がほんの色づいたピンクの唇を動かした。
「・・・オレ、ソイツといると、なんか時々自分でも信じられない行動を起こすみたいで・・・。
今まで、あんまり実感なかったんだけど、そういうのって、やっぱり・・・。
ソイツのこと、好き・・・ってことなのかな・・・?」
言いながら、酒で潤んだ蒼い瞳をそっと快斗に流す。
そんな新一の流し目攻撃を食らって、もはや、快斗の心臓も停止寸前だ。
だがしかし、今、ここで死ぬわけにはいかない。
快斗はなけなしの理性を総動員して、なんとか冷静に新一の言葉を受け止めようと努力した。
つまり。
どうやら、新一には好きな人がいる・・・らしい。
・・・で、自分としては、その人物に思いっきり心当たりがあるのだが・・・。
・・・・・・いや、自惚れとかじゃなく、たぶんそうだと思うけど。
・・・っていうか、そう思いたいっっ!!いや、ぜひともそうであってほしいっっっ!!
若干ではあるが心のどこかに不安を覚えつつ、快斗は真剣に新一の顔を見つめた。
「・・・新一・・・。・・・その、『ソイツ』って誰?」
お互いの視線が交差した後、一瞬の沈黙。
すると、新一の蒼い瞳が悪戯っぽく笑う。
そして、そのままその唇を快斗の耳元にそっと持っていくと、吐息のような声で囁いた。
「・・・・・・誰にも内緒だぞ? キッドなんだ・・・。」
快斗の耳を艶かしい新一の息がくすぐった。
それだけでも快斗には充分過ぎるほど刺激的だった。
加えて、衝撃の新一からの告白である。これが興奮しないでいられようか!!
快斗は一気に新一の両肩に手をかけて、そのまま押し倒そうとした。が、それは途中で中断される。
新一の次の言葉によって。
「・・・ダーメ。オレ、キッドとしかしない。」
そう笑った新一は限りなく妖艶で、どう見ても誘っているとしか思えないのだが。
・・・ん?
何か、今の台詞、ちょっと・・・。も、もしかして、新一のヤツ、例のコト、憶えてるのか???
「・・・あ、あの。新一・・・。キッドとは・・・その、こーゆーコト・・・。」
快斗の言葉に対して、新一はただ思わせぶりな笑みを見せるだけだったが。
快斗は確信した。
おそらくこの酒乱新一は、憶えているのだ。 あの夜のことを。
そう思いながら、快斗はどこかしら余裕さえ窺える新一の顔をマジマジと見返した。
ともかくだっっ!!
つまりは、これで晴れて両想いということで。
例のコトだって、合意の上でということでOKなんだよなっっ!!!
でわっっっ!!
と、今度こそきちんと新一を抱こうと、快斗は体重を乗せてソファに新一を押し倒す。
が、それを新一の細い腕が突っぱねた。
・・・・・・・。
えー・・・・っと。
快斗は、自分が功を焦りすぎていたことに気づいた。
新一の中では、キッド=快斗の図式はまだ成り立っていないのだ。
・・・ということは、つまり。
ここでおのれの正体を明かさないかぎり、今ここで新一と両思いになることは出来ないわけで。
よっし!!こーなったら仕方がないっっ!!
新一を手に入れるためならば!!と、快斗は覚悟を決めた。
「・・・新一、実はさ。・・・・・・オレ、隠してたことがあるんだ。実は、オレは・・・本当は・・・。
もうずっと前から新一のこと・・・、知ってるんだ。」
新一の顔から視線を外して、快斗は俯いたままそうゆっくりと言葉を告げていく。
「・・・オレ・・・、本当は・・・。オレが、キッ・・・っっっ!!」
と。
快斗は目の前の光景を見て、大いに脱力した。
何と、愛しの新一は自分の下で、かわいらしく寝息を立てていたのだ。
「・・・・・・・おいおい、そりゃねーだろ・・・?」
・・・人がせっかく一大決心をして、告白しようってのに・・・。
あーーーー、もう・・・・。
ガックリと頭を垂れた快斗は、それでも新一のあどけない寝顔を見て苦笑した。
・・・ま、いいか。
とりあえず、新一の気持ちはわかったし。
快斗は新一の前髪をさらりとかきあげると、その額に優しい口付けを落とす。
そして、にっこり笑って、今度はその唇にもそっと触れたのだった。
そのまま快斗は新一を抱き上げると、寝室へと運んで行く。
眠りについた新一もまたひどく魅力的ではあったのだが、彼の気持ちがわかった以上、焦る事はない。
快斗は今日のところは、この幸せな気分のまま、大人しく退場する事に決めたのだった。
「・・・怪盗キッドはオレなんだぜ?」
と、いう捨て台詞を残して。
□ □ □
さて、翌朝、目を覚ました新一は。
もう何度目かになる二日酔いの症状にひどく頭を悩まされる事になり。
例によって例のごとく、また激しい記憶障害を起こしていたりする。
「・・・えーっと、確か、昨日は快斗と一緒にうちに帰ってきて、それで飲み始めたような・・・・。
っていうか、何でうちで飲んでるんだっけ?」
などと、言っているようでは。
そもそも、自分が話があると快斗を呼びこんだことすら、記憶の片隅にもないようだ。
と、いうことは、もちろん、快斗に恋愛相談などしたことなど、微塵も憶えているわけもなく。
つまりは、自分ががキッドを好きだと自覚したという、その気持ちすらも、忘却の彼方で。
またしても、キッド(快斗)にとってはなんとも気の毒な結末を迎えただけのような・・・。
結局、今回もまた酒乱な新一によって、幸せと不幸の行き来が激しい快斗(キッド)なのであった。
ま、最後に一つ言えることがあるとするならば。
人間、酔っ払った時に本性を出すとよく言われるように、酒乱新一が垣間見せたソレが
本当に彼の深層心理であることを願うばかりなのである。
いや、それはそれでコワイこともあるような気がするのだが。(笑)
□ The End □