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NOVEL

君の心に届くまで

 

3  そして、誕生日  〜 Side : K 〜

 

毎朝の天気予報のチェックは決して外さない。
むこう数週間の予報についても何気に頭に入れている。
これは、仕事をするようになってすっかり馴染んだオレの習慣。
だって天候は、仕事に多大な影響を及ぼすから。

アジトの一つである都内のマンションの一室で、徹夜で調べ物をしていたオレは大きく伸びをして、TVをつけた。
お決まりの朝の情報番組である。

スイッチを入れると、ちょうどお天気お姉さんの登場だった。
傘を片手に野外で中継しているお姉さんの声をBGMに、ちらばった資料を片しているとふいに届いたその台詞に思わず、画面を振り返る。

「近頃は関東地方でも酸性雨の被害が多いようです。
実際、先日の大雨はお酢のようにすっぱい雨だったと気象庁が発表しました。皆さんも、できるだけ雨に濡れないようご注意ください。」

げげ!!
それって、こないだ新一の家に行く途中で降られた大雨のことじゃねーの?
酸性雨って・・・・。
いや、知ってたけどさ。最近の日本の雨がそうだっていうことは。
お酢みたいって・・・そりゃ、すごいね、まったく。

ハゲたりしたら、どうしよう?

欠伸を噛み殺して、手にした資料に目をやる。

実は最近、オレってばここにこもりっきり。
というのも、以前から注目していたビック・ジュエルが、近々展示されるという情報を掴んだからなんだけどね。

展示予定の美術館の見取り図は既に手に入れたし、
警備員の制服は寺井ちゃんに手配済み。後はIDを偽造してと・・・。

でも、まぁ、ツイてると言えばツイてるのかな、やっぱ。
この宝石は、パンドラの可能性が高いと前々からチェックしてたんだけど、なんせ、普段はパリの美術館にあって、日本に来るのは来年だったんだよね。
それが前触れもなく、いきなりだもんな。

さすがオレ!!

と、思ったところで美術館での展示の日程表に目をとめた。

げ!マジ?

日程は6月21日・22日のたった2日間。23日には再びパリへ返すらしい。
おいおい、ずいぶん急じゃねーか・・・。
予定じゃ7月だったろ?

・・・。
オレはしばらく日程を見てかたまった。
・・・やっぱ、21日がベストだろうな・・・。
下準備とパンドラであるかの確認、及び返品などすべて計算すると、22日ではキツイ。

仕方ないか。これも仕事だ。

けど、これじゃ、せっかくの誕生日を新一に祝ってもらうオレの計画が台無しじゃん。
あ〜あ・・・。

そういや、最近工藤邸に顔を出してないけど、新一、ちゃんとご飯食べてるかな?
新聞を見る限り、新一の方もどうやら事件に引っ張りだこで忙しそうだけど。

ふと、いやな予感がした。

もしかして、21日、新一が何か事件に呼び出されたりして・・・。
ありえなくはない話。
そうしたら・・・新一も間違い無く事件に行っちゃうんだろうな・・・。

ちょっとさびしい・・・かも。
自分はキッドとしての仕事をするクセに、そんなこと思うのはずうずうしいか。

なんにせよ、今のトコ、21日に特別約束なんてしてないしな・・・。

待てよ・・・。
もしかすると、そもそもオレの読みが最初から外れてたりしないよな?
実は新一の頭にはオレの誕生日のことなんてこれっぽっちもなかったら?

・・・・。
ヤメた。ロクなこと思いつかねー・・・。

寝不足でまいってるのかな。
オレはそのままソファ・ベットへ倒れこんだ。

 

*     *     *     *     *     

 

まさか、犯行日が6月21日になるとはね。

そう思いながら、美術館の屋上でちょっと一休みをする。

犯行日前夜。
たった今、明日のための展示室への仕掛けと、内部の最終確認を終えてきたところ。

いや〜・・・。お疲れ。

思わず、自分自身に労いの言葉なんてかけたりして。

だって、実際よくがんばったもんな。

日程が急に決まったものだから、何から何まで急ピッチで進めてきたのだ。
おかげで、学校にも工藤邸にもずっと顔を出せずじまい。

新一はもう予告状を見たかな。
確か、17日の新聞に載ってたっけ。

正体がバレてから、新一はオレとの現場へは顔を出さなくなった。
オレとしては新一とやりあうのが好きだったから、それはちょっと残念なんだけど。
でもそれが新一なりのケジメなら、オレは何も言う事はない。

でも警察はそんな事情なんて知らないから、オレが難しい暗号出すと
すぐ新一を頼っちゃうんだよね。
だから、今回は予告状は極めて難易度の低いものにさせてもらった。
嫌がる新一を現場に引きずり出すのは、オレとしてもツライし、
何より、明日はオレの誕生日だけど、キッドとしてではなく、ちゃんと快斗として新一に会いたいから。

とはいうものの・・・。

ここ最近、全然連絡してないな。

ちょっと下準備に終われてて、電話はおろか、メールすらしてなかった。

もともと仕事に入っちゃうと、今までも連絡は終わるまで一切してなかったんだけど。
でも、今回はオレの誕生日がからんでるし、もし新一が何か計画してくれてるとしたら電話くらいすべきだったかなぁ。

逆に新一が連絡くれてもいいとも思うんだけど。
ま、しないか。性格からして。

まぁ、実際、オレは何度か電話しようとしたんだけどね。
でも、新一も忙しそうだったし、あんまり深夜遅くにするのも悪いかと思ってさ。
結局、連絡しないでとうとう前日になっちゃったわけで。

あ、もう、0時過ぎたから、21日だ。
もう、今日の話だよなぁ。

もう午前2時を回ったか・・・。
今から新一の家に行ったら、3時は過ぎるよな。
そんな遅くに押しかけてもなんだし。

いいか。どうせ、今日仕事が終わったら、ちゃんと会いに行くし!

あ、でも新一、もしかして怒ってるかなぁ〜・・・。

 

そう思いながら、オレは美術館を後にした。

 

 

*      *      *      *      

 

 

あれから、十数時間後、オレは再び同じ美術館の屋上にいた。

手に入れたばかりの、眩い宝石を月にかざす。

「・・・何だよぉ。ハズレか。」

キレイに月光を反射するだけの宝石に、オレはガックリと肩を落とした。
せっかく、今日という日をふったのに、相変わらず空振りに終わるとは。

ちぇ!
今日はオレの誕生日だから、もしかして、もしかすると、なんて思ったのにな。

ま、とにかくハズレなんだから早いトコ返品して、さっさと新一のとこへ行こう!!

オレはマントを翻した。

 

 

時間を少しでも短縮したいから、グライダーでそのまま新一の家へ向かう。

そして、午後10時過ぎ、工藤邸玄関前到着。
本当なら、着替えた方がいいんだけど、ま、いいか。早く新一に会いたいし。
今日という日を、これ以上一秒でも無駄にしたくない。

オレは相変わらず、厳重にチェーン・ロックされているドアを開けにかかった。

ドアを開けても、家の中は静まり返っていた。
新一、また本でも読みながらうたたねしちゃってんのかな?
そのまままっすぐ、明かりのついたリビングへ向かう。

扉を開けると、新一はソファでお決まりの読書スタイル。
なんだ、起きてるじゃん。

「ただいま〜!!」

いつもどおりに声をかけると、あらら?無反応。
そんなに読書に集中してんのかと思っていると、チラリとオレの扮装を見るや否や新一は本を捨てて怒鳴りだした。

「お、お前!!この家に出入りする時はその格好やめろって言ったろ!!
誰かに見られたらどーすんだ?!」

「急いでたんだってば。大丈夫だよ、誰かに見られるなんてドジ踏まないから。」

オレはシルクハットを取って、肩を竦めた。
うーん。やっぱご機嫌斜めかな?
とりあえずは、着替えてこよう。オレはにっこり笑って再びリビングの戸を閉めた。

2Fへ行って、いつもの部屋着に袖を通す。
新一、怒ってるなぁ〜・・・。やっぱ、アレかな。連絡しなかったのがまずかったか。
そう思いながら、階段を降り、なんとか機嫌をとる方法を考える。

ま、とりあえずは誕生日ネタには触れずに普通にしとくか。

そして新一の待つリビングへ入ると、にっこり笑いかけた。

「新一、夕飯はちゃんと食べた?」

「・・・食べた。」

オレのその問いに、新一はふいと顔を逸らして答える。
やれやれ、これは相当オカンムリかな。

オレはそのままキッチンへ向かい、とりあえず飲み物の用意でもしようとした。
と、急に空腹感に襲われる。
そういや、今日、昼ご飯以来食べてなかったっけ。

「オレ、お腹空いちゃったんだけど、なんかあるかなぁ?」

と、キッチンから声をかけてみたものの、答えは無し。
ちぇ〜!無視すんなよぉ〜。
新一が怒ってるのをわざと気がつかない振りをして、再び声をかける。

「冷蔵庫になんかあったっけ?」

今度はどうせ返事はないものだと解っているから、その前に自分で
冷蔵庫の戸を開いた。

とたんに目に飛び込んできた大きな箱。

「あっ!!」

オレは思わず声を上げた。

もしかしなくても、それはケーキに間違いなかった。
オレは冷蔵庫から、その箱を取り、マジマジと見つめる。
そのケーキ屋の名前には見覚えがあった。
たしか、青子が一度は食べたいと騒いでいたここ最近評判の店だ。
買うのに確かすっごい並ぶとか聞いてたけど・・・。

すると、オレの声に新一がキッチンへ慌てた様子で現れた。
何か言いたげな表情をしながら。

「・・・これ、オレの?ありがとう。新一。」

新一が何か言う前に、先にオレの口が動いた。
だって、ものすごくうれしかったんだ。
この大人気のケーキを買うのはきっと大変だったに違いないのに。
オレのために、普段は並んだり、待ったりするのが大嫌いな新一が無理を
してくれたかと思うと、たまらなくうれしくて。

オレのそんな言葉に、新一は少し照れた様子でぼそっと呟いた。

「・・・今日、お前の誕生日だったろ?」

「うん。ありがとう。じゃあさ、新一も一緒に食べようよ。美味しいコーヒー入れるから。」

そう言って笑いかけると、新一は小さく頷いた。
よかった。どうやら、少し機嫌は直ったらしい。

オレは新一の背中を押してリビングで待つように告げると、コーヒーの準備をする。
ケーキ皿はいつもよりちょっと贅沢して、お客様用のを使ったりして。

そしてそれらをトレイにのせてリビングへ運んでいった。
甘いものはわりと苦手な新一でも、ここのケーキは上品な甘さだから
きっと大丈夫だと思うけど。
そう思いながら、大人しく席についている新一の前にケーキを差し出す。

二人で同時に口に運んで、新一が満足そうに微笑むのがわかった。
それから、しばらくケーキ屋の話で盛り上がる。
新一いわく、整理券なんてもらってまで買い物したのは初めてだそうだ・・・。

そりゃ、ごくろうさまでした。でもほんとにありがとう!!

そう思っていると、まだケーキを食べ終わっていないのに、新一がガタンと立ち上がる。

「新一?」

と、そのまま新一はスタスタとリビングを出て行ってしまった。

何だ?どうしたんだ?

様子からして、2Fへ行ったようだけど。

しばらくして、再びリビングの戸が開き、新一が入ってきた。
手にはキレイにラッピングされた包みを持って。

え?!
もしかして、それってプレゼント?

驚いて新一を見上げると、新一は何も言わずにその包みをズイとオレの鼻先へ
突き出した。

オレは一瞬どうしていいかわからず、思わずかたまっちまったけど、
ゆっくりとそれを受け取った。
丁寧にラッピングを解いて、いざ現われた中身は・・・・。

・・・洋服?
!!あ!

「新一、これって・・・」

「そう。お前が今着てるのと同じ店のだよ。気に入ってるみたいだったからさ。
今度からそんなボロ着ないで、そっちを着ろ。」

新一が不貞腐れたように、ソッポを向きながらそう答えた。

これってこれって・・・。
部屋着ってことなんだよね?新一の家にいるとき専用の!!

そう思うと自分がここにいることを新一が認めてくれたようでものすごくうれしかった。
オレはもういてもたってもいられなくなって、今着てるシャツを脱ぎだした。
早速、着てみなくっちゃね!!
オニューのそのTシャツに袖を通し、その着心地の良さに感動する。

「似合う?な、似合う?」

そんなオレに新一は笑顔で頷いてくれた。
ご満悦なオレを残して、新一は散らばったリボンやらを片し始める。

オレはもう一枚のTシャツと短パンを手にとって、体に当てたりしてみた。
さすが、新一!趣味がいいね。
オレの好きなブルー系で選んでくれているところもまたうれしい。

「新一、ほんとにどうもありがとう。今度からこれを着るね。」

オレは心から感謝を込めて言った。すると、新一もにっこり笑って頷いてくれた。
ちらばったラッピングの後片付けをオレも手伝おうとした時、新一がこちらへ向かって銀色に光るものを投げた。

「へ?」

オレは反射的にそれを受け取って、その手に掴んだものを確認する。

・・・鍵?

これ・・・、この家の鍵・・・!!

オレはそのまま新一に抱きついた。
とたん、新一はバランスを崩して、せっかく手にしていた包装紙もリボンも放り出して尻餅をついてしまったけど、そんなこと気にしない。

「な、なんだよ!!」

「新一ィ!、サイコー!オレ、ほんとにうれしい!!」

新一の胸に顔をうずめたまま言った言葉は、オレのほんとに今の素直な気持ちだった。

だって、まさか合鍵をくれるなんて思ってもみなかったから。
いや、本当は鍵なんて無くたってオレはもうこの家に勝手に入ってるけど。

オレの喜びようがまったく理解ができないと言った顔をしてる新一の目を見て真剣に言った。

「もう一生の宝物にする!!誰にも触らせないところに大事に保管しとくから!!」

オレのその台詞に新一は呆れた視線を返してきた。

「バカ言うな。鍵なのに、持ち歩かなきゃ意味ねーだろが。」

だって!!勿体無くて使えないってば!!

そんなオレにやれやれ、と新一は苦笑する。

「ま、お前に合鍵なんて渡す必要ないと思ったけどさ。」

言いながら新一はキレイに笑った。

違うよ、新一。新一がオレに合鍵をくれるっていうことに意味があるんだ。
だって、それってこの家にいつでも入っていいよっていう証拠だろ?
もちろん、今までだって勝手に出入りしてたけど、
こんな風にきちんと新一の許可があるのとないのでは、全然違うんだ。

・・・新一にはやっぱ、かなわないなぁ・・・。
全然解っていないようで、その実、しっかりオレの事、解ってくれちゃってる。
しかもそれが無意識なんだからさ・・・。

そう思いながら、オレも新一に笑顔を返す。

そして、そのまま新一の形のいい唇を奪った。
羽のように軽い触れるだけのキス。
新一も目を閉じて、応えてくれる。

そうなんだ。
こんな風に、新一は自分からはまだ積極的にオレを求めてはくれないけど少しずつ応えてくれるのがうれしい。

合鍵をくれたり、部屋着をくれたりすることで、それはだんだん形にも表れてきた。

ふと、目を閉じている新一の顔を盗み見た。
ほんのり赤く上気した顔が愛しい。
このまま押し倒そうと思って、新一の後ろにぶちまけられたラッピングの残骸に目がいった。

ああ、これいいかも♪

手を伸ばして、赤いリボンを取った。

すると、オレの行動を不審に思ったのか、新一が目を開けた。
リボンを手にしたオレを見て、新一の目がみるみるでかくなる。

あ、やっぱ、何やろうとしてるかバレたか。
けど、まぁいいや。

「後は新一をいただくだけだね〜!」

オレがそう言って、ニヤリとすると、新一は顔を引きつらせた。

「わぁ〜!ヤメロ!!」

ジタバタしてオレの腕から逃れようとするけど、そうはいかないって。
オレは上手い事、新一を押さえ込んで、可愛くリボンを結んでやった。
これでプレゼント新ちゃんの出来上がり!!

そしてそのまま軽々新一を抱え上げ、軽やかに寝室へと階段を上っていくのであった。
もちろんその間の新一の抵抗はすごかったけど。

心配しなくても、しっかりサービスするからさ!
だってこんなにすてきなプレゼントもらっちゃったんだし!!

これ以上ないくらい、オレはご機嫌で寝室の扉を閉めたのであった。

ありがとう、新一。
最高の誕生日だよ!!

 

 

END

 


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