Heart Rules The Mind

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NOVEL

君の心に届くまで

 

3.  そして、誕生日 〜 Side : S 〜

 

ここしばらく、太陽の光りを見ていない気がする。
天気が不安定で、朝、雨が降っていなくても、折りたたみ傘を持たずには出かけられないという日が続いていた。
ぼんやりしていたら、うっかり梅雨入りがいつだったのか聞きそびれたが、後になって調べてみると、東京は6月5日で、例年より何日か早まったらしい。

どんよりと空に重く広がる雲は、まさに今のオレの気持ちのようだった。
なぜってそれは、オレには解決しなければいけない難題が
重くのしかかったままだったからだ。

そう。
今だ、オレは快斗の誕生日プレゼントについて、何一つ思いつかずにいた。

ゴールデン・ウィーク明けから考え込んでいるクセに一体何をやっているのやら?
オレはあまりの自分の情けなさに、ガックリと肩を落とした。

たっぷりと考える時間はあると思ってタカをくくっていたのがいけなかったのか。

さすがに何も思いつかないまま、6月に入ってしまってからは
俄かにあせりを感じたりもしていたのだが、土壇場にきていろいろと忙しくなり実際のところ、ゆっくり考える時間が無くなってしまっていた。

事実、オレはここしばらく、連日事件続きで警視庁からお呼びがかかっており帰宅するのは午前様だった。

この一週間、そういや快斗を見かけないな。
オレの留守中に家に出入りしてる形跡はなかったようだから、
アイツもいろいろ忙しいのかもしれない。

そんなことを考えながら、オレはリビングのソファに沈んだ。

アイツの誕生日は、もう次の木曜だ・・・。

読む時間が無くて放り出された今朝の朝刊をバサリと広げる。
瞬間、『 キッド、予告!!』の文字が目に飛び込んできた。

何だ、しばらく連絡が無いと思ったら、そういうことか。

そう思って記事を読み進んで行くと、思わず犯行予告日のところで目が止まった。

6月21日?!

アイツの誕生日じゃねーか!!

正直、オレはどこか落胆していた。

現場へは行けない。
怪盗キッドの正体が快斗であることを知った時から、もうそれは決めた事だ。
ただよっぽどの警察からの強い要請が無い限り。
でも今回は、警察もどうやら暗号も解けたようだし、オレの出る幕はないわけだ。

・・・いいけどね、別に。

確かに、約束なんてしてなかったけどさ。
イベント好きのアイツのことだから、きっとオレに祝ってもらおうと
その日をきちんと空けておくと思ったのに。

ま、仕事なら仕方ないけど。

案外これでよかったかもな。
アイツの誕生日をわざわざ計画する必要もなくなったわけだし。

・・・・でも。

なんだか、ちょっぴり裏切られたような気がして、オレはそのままふて寝してしまった。

 

 

*      *      *      *      

 

 

目覚まし用にセットしたMDコンポが、定時を知らせるためにオートで
電源がオンになる。
その、カチ、という音を聞いて、オレはバサリとベットから起き上がり
MDが鳴り出す前にリモコンで再び電源をオフにした。

ちくしょー!
一睡もできなかったじゃねーか!

まさか6月21日の朝をこんなイライラした気分で迎えるとは思わなかった。

オレは乱暴に自室のカーテンを開けた。
空からは細い線のような雨が降っている。

残念だったな、快斗。せっかくの仕事の日が雨で。

けど、本当は心のどこかで、ザマーミロ、とか思ってる自分がいた。

オレが21日がキッドの予告日だと知ったのは、17日の日曜日だがその後も快斗はオレのところへは来なかった。
電話もメールもない。
仕事の準備でいろいろと忙しいんだろうけど、昨日くらいは顔を出すと思っていた。

もしかして、零時過ぎに現れるかもしれないと思ったら
気になって寝付けなかった。
さすがに夜中3時まで待っても来ないので、あきらめて寝ようとしたら
今度はなんだか腹が立って、逆に眠れなくなってしまった。

チっ!

オレは舌打ち一つして、制服へ腕を通す。
リビングへ降りても、TVは付けなかった。どうせニュースなんか今日のキッドの話題しか取り上げてないに違いない。

冷蔵庫から牛乳を取り出して、勢い良くコップに注ぎ、一気に飲み干した。
そしてテーブルの上の昨日買ったパンをかじりながら、学校へと向かったのだった。

 

*     *     *     *     *     

 

放課後、オレは駅前の百貨店の前でたたずんでいた。

いろいろ腹立たしい事には変わりないのだけど、やっぱり今日はアイツの誕生日だし。
ケーキの一つくらい用意してやらないと・・・。

確かここには、美味しいと女の子に大人気のケーキ屋が入っていると
蘭に聞いたことがあった。

オレはケーキ屋がある地下の食品売り場へ行こうと、下りエスカレーターへ向かう。
地下街は多くの人で賑わっていた。
たくさんのケーキ屋がひしめき合う中で、ある一軒に長蛇の列で人が並んでいる。

・・・まさか、あそこじゃねーだろーな・・・。

近くへ様子を見に行ってみると、蘭の言ってた店だった。
ここまで人気があるとはね・・・・。
並んでいる人たちを見やってうんざりしていると、店員の女の子がオレに声をかけてきた。

「整理券をお渡ししてますので、あと30分後にお越しください。」

彼女は有無を言わさずオレに小さな紙を握らせると、にっこり笑った。

・・・30分後・・・。
・・・いや、別に他のケーキ屋でもいいんだけど。

そう思いながらも、オレは仕方なく上の階でも行って時間をつぶすことにした。
たしか、6Fに書店が入ってたよな。
エレベーター乗り場へ行くと、これまた混んでいたので、
オレはあきらめて1フロアずつエスカレーターで上っていくことにした。

途中、3Fのメンズ売り場ではたと足が止まった。
ディスプレイされている服のメーカーに目が行く。

あれって・・・。
オレが持ってるTシャツ・・(今は快斗の部屋着になっちまってるけど)のとこの。

少し考えてから、オレは店の中へ入っていった。

 

*     *     *     *     *     

 

買い物を終えてオレが帰宅したのは、午後7時過ぎ。
その頃には、朝から降り続いていた雨は上がって、なんとめずらしく月まで出ていた。
まるでアイツの狙ったとおりのように。

デパ地下で買ってきた松花堂弁当で簡単に食事を済ませると、
オレはリビングのソファにドサリと倒れこんだ。

予告時間はそろそろだっけか・・・。
TVを付ければ、きっと生中継してるんだろうけど、やはり見る気にはなれない。

そのままゆっくり目を閉じた。
昨夜の寝不足も手伝ってか、あっというまにオレは眠りの世界へ引き込まれていった。

 

ふと、外気を感じて目が覚めた。
どうやら、2時間くらい寝てしまったらしい。時刻は、10時ちょっと過ぎだった。

すると、ドアが開いた音がした。

快斗だ!!

オレは慌ててソファに座りなおし、とっさに小説を手に取った。
玄関に出迎えになんて行ってやるもんか!!

程なくして、リビングのドアが開けられる。

「ただいま〜!」

いつもと変わらぬその能天気な声にちょっと腹立たしさを覚えながらも
オレはチラリとそっちを見やった。

と、そこには白い怪盗の姿のままの快斗がいた。

「お、お前!!この家に出入りする時はその格好はやめろって言ったろ!!
誰かに見られたらどーすんだ?!」

オレが小説を放り出して叫ぶと、快斗はシルクハットを取って肩を竦める。

「急いでたんだってば。大丈夫だよ、誰かに見られるなんてドジ踏まないから。」

言いながら、着替えてくるね、とにっこり笑って、いったん快斗はリビングを後にした。
そして、ほんの数秒の内にいつもの部屋着で現れる。

「新一、夕飯はちゃんと食べた?」

「・・・食べた。」

快斗にそう笑いかけられても、オレはふいと顔をそらしてそっけなく答えた。
そんなオレの様子にも、快斗はまるで気にするようでもなく
相変わらずにこにこしている。

そのままキッチンへ向かい、飲み物でも用意している普段どおりの快斗からはこれっぽちも自分の誕生日の話題を振り出そうとしているようには見えなかった。

もしかして・・・。
コイツ、最初っからオレに祝ってもらえるなんて思ってないんじゃ・・・。
何しろ、自分の誕生日すら関心のないオレだし。

そんな考えが頭を過った。

・・・・まずい。
オレとしては、きっと快斗は誕生日だと騒ぎまくると思っていたのだ。
催促されて初めて、祝ってやるつもりでいた。だって、今でも少しは怒っているから。
なのに、コイツが言い出さないんじゃ、ケーキを出すタイミングが・・・。

「オレ、お腹空いちゃったんだけど、なんかあるかなぁ〜?」

オレが頭を抱えてるところに、快斗の声がキッチンから届く。
知るか!勝手になんでも食べてろ!!

「冷蔵庫になんか入ってたっけ?」

・・・!!あ、冷蔵庫には・・!!

「あ!!」

とたん、快斗の声が上がる。
オレはソファから立ち上がり、キッチンを覗いた。
そこには、バースデー・ケーキの箱を持った快斗がいた。

「・・・これ、オレの?ありがとう。新一。」

そう言ってうれしそうに笑った快斗の顔に、思わずオレは見とれてしまった。

・・・!見とれて?!
いや、そんなことはないぞ!絶対に!!

けど、その笑顔を見たら、先程までの不機嫌な自分が解けていなくなっていくような
気がした。

「今日、お前の誕生日だったろ・・・?」

「うん。ありがとう。じゃあさ、新一も一緒に食べようよ。美味しいコーヒー入れるから。」

うれしそうに快斗が用意するのを見ながら、
本当はコイツの誕生日だからオレがやってやるべきなのにとか、思いつつも促されて大人しくリビングで待つ。

そして、コーヒーと共に運ばれてきたケーキを二人で口に運ぶ。
さすがにこのケーキ屋を快斗は知っているようだったので、買うのがたいへんだったとか話しながら。

終始うれしそうにしている快斗を見て、オレはふと席を立ち上がった。

「新一?」

不思議そうに見上げる快斗を残して、オレは2Fの自分の部屋に向かう。
真っ暗な部屋の隅に置いてあるペーパー・バックから包みを取り出して、それを手に下へ降りた。

リビングのドアを開けると、すでにケーキを平らげた快斗がこっちを見た。
オレは快斗が何かを言い出す前に、ずいとプレゼント用にキレイにラッピングされた箱を差し出した。

快斗は一瞬、キョトンとしたけれど、そのまま黙ってそれを受け取った。
快斗のキレイな指が丁寧に包装紙を剥がしていく。
すべてを取り去って、箱を開けた快斗の顔が驚きの表情になる。

「新一、これって・・・。」

「そう。お前が今、着てるのと同じ店のだよ。気に入ってるみたいだったからさ。いつまでもそんなボロ着ないで、今度からそっちを着ろ。」

そう言ってやると、快斗は目を輝かせた。
箱から取り出して、早速着てみるつもりか、Tシャツを脱ぎだした。

「似合う?な、似合う?!」

なんてうれしそうにしてくれると、こっちもプレゼントした甲斐があったってもんだ。
オレが、プレゼントしたのはTシャツ2枚と、短パンだった。
きわめてラフな感じのもので、部屋着にはちょうどいいようなものを。

結局、こんな実用的なモノしかあげられなかったけど。
当初の快斗を驚かせる計画は果たせずじまいで。
悪いな、何も凝った事できなくてさ。

それでも満足そうに微笑んで快斗はオレに言った。

「新一、ほんとにどうもありがとう。これからこれを着るね。」

オレはそれに笑顔を返すと、散らばった包装紙やリボンを片付け始めた。
そのとき、自分の上着のポケットにチャリっと金属音がして、ふと手を突っ込む。

あ・・・!そうだ。

実は今日、ケーキを買うまでの待ち時間、通りがかった靴の修理屋で合鍵を5分で作るという看板を見て思わず立ち寄ったんだった。

そう。
快斗に合鍵を渡しといてやれば、今後家の戸締りをする時、気兼ねなくできるし。
チェーン・ロックはまぁ・・・しちゃうけど。

オレはポケットから裸のままのキーを取り出し、快斗へ向かって投げた。

「へ?」

反射的に受け取った快斗が掌にあるモノをマジマジとのぞき込む。

・・・なんだよ。あ、必要ないとか言うんじゃねーだろーな?
オレはやや不審そうに快斗の様子を窺がうと、瞬間、快斗が抱きついてきた!!
オレはとっさの事にバランスを崩し、せっかく手にしていた包装紙もリボンも放り投げて尻餅をついた。

「!!な、なんだよ!!」

「新一ィ!!サイコー!!オレ、ほんとにうれしい!!」

抱きついたまま、くぐもった声で快斗が言う。

何だ?何がそんなにうれしいんだ?ただの家の鍵だぞ?それ・・・。
オレが理解に苦しんでいると、快斗は今度は顔を上げてまっすぐにオレを見た。

「もう一生の宝物にする!!誰にも触らせないところに大事に保管しとくから!!」

はぁ?!何言ってんだ、コイツ。

「バカ言うな。鍵なのに、持ち歩かなきゃ意味ねーだろが。」

あきれてオレがそう言うと、快斗いわく、もったいなくて使えない、だそうだ。
・・・それじゃ、やった意味がねーだろ、まったく。

「ま、お前に合鍵なんて渡す必要ないだろうと思ったけどさ。」

オレがお前に渡すってことに意味があるから、それでいいんだ。
そう思いながらにっこり笑うと、快斗も同じように笑った。

そして、快斗の暖かい唇がふわりと羽のようにオレの唇に触れた。
目を閉じて、心地良い久々の快斗の口付けに甘んじていると、
何やら、オレの後ろで快斗の手がごそごそ動いている。

なんだ?

目を開けて様子を窺がうと、床に散らばったラッピング用の赤いリボンを快斗が手にしていた。

「あとは、新一をいただくだけだね〜。」

オレの視線に気づいて、快斗がニヤリと笑う。

げ!!何言ってんだ、てめー!!
快斗のやろうとしていることがわかって、その腕から逃れようとしたが
それは叶わなかった。

「わぁ〜!!ヤメロー!!」

嫌がるオレをモノともせず、快斗はそのリボンをオレの体に巻きつけ、
これまた器用なことにかわいく結ぶと、そのままオレを抱えて寝室へ
向かって軽やかに階段を上っていく。

これじゃ、灰原が言ったのと同じじゃねーか!!

オレの抗議の声もむなしく、寝室のドアはぱたりと閉じられたのであった♪

 

+++END+++

 

 


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