Heart Rules The Mind

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NOVEL

 


Kissin' Loveache


 

 季節の巡りは早い。

ここ最近、朝晩はめっきり冷えるようになって、間近に迫る冬の訪れを感じさせる。

そう。 冬はもうそこまで来ているのだ。

 

日もすっかり短くなって、下校時刻にはとっくに真っ暗。

その日も暮れた夜道の中を、制服姿にマフラーだけ巻いた男女が仲良くコンビニから出てきた。

手にはアツアツの肉まんを持って。

 

「いやぁ、もう肉まんのウマイ季節だなぁ。」

ホクホクと肉まんをかじりながら、そう言ったのは快斗。

「ほんと。あったかくておいしいv 」

快斗の隣でにっこり笑って頷いた少女は、彼の幼馴染の青子だった。

 

空腹だったのか、あっという間に肉まんを平らげた快斗は、まだゆっくり食べている青子の方をチラリと見やった。

「・・・・食べるの、手伝ってやろうか?」

「な、何言ってるのよ!!!快斗はもう食べたんでしょ?」

「いや、お前のダイエットに協力してやろうかと思ってさ!」

「何よ、それっっ!! 青子にダイエットが必要だって言いたいのっ?!」

 

怒りを露にする青子を、快斗はわざとマジメな顔を作ってマジマジを見つめる。

 

「うーん・・・。最近、ちょっと顔の輪郭が丸くなったような気がしないでもないんだよな。」

「え!ウソっ???!ほんとに??!!」

慌ててカバンから鏡を取り出し、青子は心配そうに自分の顔をいろんな角度から眺めた。

「・・・ふ、太ったのかな・・・。」

鏡の中の自分に向かって、そう呟く青子のへこみ様はかなりのものだ。

これ以上、彼女をからかうわけにはいかない。

快斗はペロっと舌を出して、人の悪い笑いをした。

 

「ばーか!冗談だって。」

「何よっ!冗談でも言って良いことと悪いことがあるわよ! 本気で心配しちゃったじゃないの!」

「だから本気で心配なら、食べてやるって。」

「誰がっ!快斗になんかあげるもんですか!」

 

このー!っと青子がげんこつを作って、快斗に振り上げたその時だった。

流行のポップスがオルゴール調で奏でられる。 それは青子の携帯のメール受信を知らせるものだった。

青子は快斗を殴ることを諦めると、カバンから携帯を取り出す。

 

「・・・園子ちゃんだ。」

「・・・なんだ、またかよ。」

 

ここ最近、青子は園子達とのメールのやり取りが頻繁だ。

 

園子達とは、何度か行事で顔を合わせただけだったのに、すっかりと意気投合してしまったらしく
その後も、女達だけでちょくちょく買い物に行ったり、遊びに行ったりしているらしい。

学校でも、休み時間にお互いの学校での出来事などを密にメールで報告しあったりしている。

おかげで、快斗は仕事の下調べで学校をサボってる日も新一に筒抜けになってしまうこととなりあまり喜ばしい状況とは言いがたいものの・・・。

だが、逆に。

帝丹高校からは、もれなく新一の学校生活が園子によって報告されたりもするので。

そういった点では、今まで快斗が知りえなかった新一を垣間見る事が出来たりして、
ある意味、オイシイと言えなくもないのだが・・・。

 

「 『鍋パーティ開催のお知らせ』 だって。」

「・・・へ?」

「・・・蘭ちゃんトコのおじさんが、商店街の福引で缶ビールを5ケースも当てたんだって。
そのビール消費のため、ご協力くださいって。」

「何だ、そりゃ?」

「おじさんが毎日飲んだくれてばかりいるから、蘭ちゃんがひどく怒ってるみたい。」

 

・・・・・・・それはそれは。

 

あの無類の酒好きである毛利探偵のこと。

缶ビールを片手に大層ご機嫌な彼の姿は、快斗でも容易に想像できた。

 

・・・しっかし、毎度の事ながら運がいいよなぁ・・・。毛利探偵って。

探偵としての才能はともかく、ソッチの才能はほんとにハンパじゃねーな。

 

快斗が苦笑していると、青子が携帯をスクロールさせながらメールを読み上げる。

「あのおじさんからビールを取り上げるには、私たちが飲んじゃうしかないでしょうv って、
園子ちゃんが言ってるけど・・・・。」

 

・・・・おいおい。それじゃ、あまりにも毛利のおじさんが気の毒なんじゃねーか?

 

快斗がそう思う横で、青子は、でもお鍋にはビールが良く合うよね〜vvvと、微笑んでいた。

・・・そう。

実は、青子も結構、酒はイケる口なのである。

さすが、あの中森警部の娘とも言えようか。

青子だけなく、あの鈴木財閥のお嬢様である園子もザルのように飲むし、蘭だって・・・・。

さすがは親子。血は争えないということなのか・・・。

 

「確かにもう寒くなったし、お鍋もいいかもしれないよね? で、快斗もぜひ参加するようにって・・・
あ、場所はまた工藤君のお家だそうよ。」

 

・・・何っ?!

ってことは、新一は間違いなく参加なんだな???

だったら、オレが行かないわけにはいかねーだろーがっっ!

そんなビールが大量に持ち込まれる鍋パーティなんか!!!

 

酒が入れば、必ず現れるだろう『酒乱新一』を、まさか放っておく事などできるはずがない。

そんなもったいないことなど・・・!

 

快斗はブンブンと首を縦に振って、パーティ参加の意を強く示した。

 

「じゃあ、快斗も参加ってことで園子ちゃんに返事するね。」

「おう!」

 

歩きながら青子が園子にメールを打っている隣で、快斗は久々に新一と会える喜びを噛み締めていた。

 

『怪盗キッド』として現場で会うことはタマにあるものの、『快斗』として新一に会うのは
実に久しぶりなことだったからだ。

だが、しかし。

こうやって、『快斗』として新一と対面する時、決まって酒が絡むのはなんだか呪われているような
気もしないでもないのだが。

 

・・・ま、それでも酔っ払った新一は、色っぽくていーんだよなぁvvv

 

また酒に頬を赤く染めるカワイイ新一に会えるのかと思うと、快斗は今からニヤニヤするのを
押さえきれない。

過去、いろいろイタイ目は見たものの、それに懲りてしまう程、快斗はヤワではなかった。

 

と、早くも新一との甘い世界にトリップしかけた快斗を、青子の声が現実に引き戻す。

 

「じゃあ、快斗。 今週の土曜日、19時からだから。ちゃーんと空けといてよ?」

 

・・・・・え?!マジっ??!

 

快斗は思わず足を止め、ぐるんと首を大きく振って青子の方へ向き直った。

 

「・・・・・・・こ、今週の土曜日・・・?」

「そうよ。今週の土曜日。何?快斗、何か予定でもあった?」

 

・・・よ、予定なんか、大アリだぁぁぁ〜〜〜〜〜っっ!!

 

そう。

今週の土曜日は。

何を隠そう、実は『怪盗キッド』の予告日だったりする。

まさか、この予定をブッチするわけにはいかない。

 

・・・予告状、もう出しちゃったんだよなぁ・・・。

今更、それを変更するわけにはいかねーし・・・・。

 

キッドが今週の土曜に現れることは、すでに新聞にも大々的に取り上げられていて周知の事実だ。

 

・・・いや、待てよ?

土曜がキッドの予告日なのに、何で新一は鍋パーティに参加できるんだ?

まさか、現場には来ないのか???

 

「・・・な、なぁ、そういえば土曜日って確かキッドの予告日じゃなかったか?
新一は警察のお手伝いなんじゃねーの?」

しらじらしいが、今、思い出したかのように快斗は青子に訊ねてみる。

青子も言われて気付いたように、ハタと顔を上げた。

「あ!そっか。そうだったよね。今、お父さんもソレにかかりきりだったの、忘れてた!
ってことは、アレ? 工藤君ってパーティに参加しないのかな?」

「聞いてみろよ?」

「うん。ちょっと待って。」

 

青子は素早く園子にメールを送信する。

と、間髪入れずに返信メール受信を告げるメロディが鳴る。

快斗も一緒になって青子の携帯を覗きこんだ。

 

〔件名〕
Re:鍋パーティ開催のお知らせ

〔本文〕
推理オタク(笑)は、既にKID様の予告状の暗号解読を済ませ、お役御免の状態なので
パーティ参加には問題なし。
KID様の素晴らしいショー・パフォーマンスは当日、TV中継されるだろうから
みんなでそれを鑑賞しながら、鍋パーティよvvv
イヤーン! 最高っ!!KID様〜〜vvvv

 

「・・・・だって。・・・もう、ほんとに園子ちゃんって、キッド狂いなんだから。
どこがいいのかな、あんな泥棒・・・。
あ、でもよかったね。快斗。 工藤君、お父さん達に頼まれてないみたいで。
ああ、でもみんなでお鍋なんて、楽しみ〜vvv」

「・・・・・・そうだな。」

快斗はそう言って、ただただ乾いた笑いを見せるしかなかった。

 

・・・・何だよ、新一。 冷てーな・・・。

中森警部からの要請が無くたって、現場に来てくれたっていいじゃねーかよ・・・。

まさか、オレより鍋の方が大事だなんて言うんじゃねーだろうな?

 

青子に悟られない程度に、ちょっと落ち込んだ快斗は空を仰ぐ。

そうして、鍋パーティ当日の自分の行動を頭の中でシュミレートしてみた。

 

だが、たとえ、どんなに首尾よく仕事を済ませたとしても、だ。

鍋パーティ開始時刻に、快斗が工藤邸にいることはまず不可能。

新一達とアツアツのお鍋を囲んで座っていることなど、どう考えても出来ない相談だった。

ということは、遅刻して途中参加するしかない。

 

・・・・だとすると、何て言いワケするかなぁ〜・・・・。

 

見上げた夜空には、冬を代表するオリオン座が素知らぬ顔で一際美しく輝いていたのだった。

 

 

+++       +++       +++

 

鍋パーティ当日。

 

工藤邸の前に、一台のリムジンが停まった。

中から颯爽と降り立ったのは、園子を先頭に蘭と青子である。

運転手が後ろに回ってトランクを開けると、長ネギが飛び出ている大きな紙袋が幾つかと、
缶ビールのケースが3つほど出てきた。

 

「それにしても、すごい荷物だよねぇ。」

車から降ろされる鍋の具材やビールを見て、青子が思わず声を上げると横にいた蘭も笑って頷いた。

「蘭の家の近くのスーパーで、特売なんかやってるんだもん。
これは買わなきゃ損でしょ? ま、ヘーキよ! 鍋だし。」

言いながら、園子がVサインをして見せる。

 

とりあえず、具材は魚嫌いの快斗のことを考慮して、『魚』自体は除けて用意されている。

ま、その代わりにホタテや海老、カニやらがどちゃりいるワケなのだが。

 

「でも、黒羽君が魚がダメだなんて知らなかったわ。青子ちゃんと一緒に買い物してよかった。
私と園子だけだったら、絶対、魚とか買っちゃってるところだったもの。」

そう言って、蘭が園子と顔を見合わせる。

「そうそう! だって、普通寄せ鍋って言ったら、魚と肉の両方を入れるじゃない?」

「そうだよね。ほんとに快斗のわがままのせいで・・・」

「大丈夫よ。他にも豪勢な具があるから。がんばって、美味しいお鍋にしようよ。」

蘭がそう微笑むと、青子もにっこり笑った。

「よっし!じゃあ、行くわよー!」

と、園子が握りこぶしを上げて工藤邸の門をくぐると、蘭も青子もそれに続いた。

 

 

玄関に運び込まれた具材、およびビールの量に、出迎えた新一は秀麗な眉をやや寄せた。

「・・・・こんなに食えるのか?
っていうか、オメーらずいぶん早いじゃねーかよ。まだ6時過ぎだぞ?
鍋の開始は7時からじゃなかったのか?」

溜息混じりに新一がそう言うと、園子がビシっと人差し指を新一に突きつけて言い返す。

「甘いわね!工藤新一! 7時開始だから、それまでに鍋の下ごしらえをしなきゃならないでしょ?
7時には、キッドさまの中継も始まるんだから、ちゃーんとTVの前で鍋を囲んでいないと
ダメなのよっっ!!」

「・・・あ、そう。」

 

「あ、じゃあ新一、早速キッチン借りるわよ。 新一も材料運ぶの手伝って。」

早くも腕まくりをする蘭に、新一は片手を上げて了承の合図をする。

重い紙袋を一人で持ち上げようとしている青子に、新一が手を貸してやると
青子はちょっと照れた顔をして見せた。

「・・ありがとう、工藤君・・・。今更だけど、お邪魔します。」

「ああ、久しぶり。快斗はどうしたんだ? 一緒じゃないのか?」

「あ、うん。先にお鍋の用意をするのは私達女の子でやるって決めたから・・・。
快斗はお鍋が出来た頃、7時にこっちに来ると思うよ。」

「そっか。」

快斗とよく似たその顔で優しく微笑まれて、思わず青子は顔を赤くしてしまったが。

その内、いてもたってもいられなくなったようで、慌てて青子は新一から紙袋を奪い取り、
そのまま一人で逃げるようにキッチンへ駆け込んでしまった。

 

・・・へ? どうしたんだ?

 

新一が首を傾げていると、キッチンから園子の声が響く。

「新一君! ビール、冷蔵庫で冷やしておきたいから、そっちを先に運んで〜!!」

「・・・ハイハイ。」

新一は、玄関に置き去りにされた荷物へ再び目を向ける。

 

・・・これか。 おっちゃんが当てたっていう、例のビールは。

・・・しっかし、蘭のヤツ、3ケースも持ってきちまって大丈夫なのか?

 

新一は今頃、探偵事務所で真っ青になっているであろう当人を思い浮かべると
気の毒な気がしてならなかった。

 

 

そうして。

鍋パーティ開始予定時刻の頃には、工藤邸は美味しい匂いに包まれた。

食卓の上では、めったにないくらい具沢山で豪勢な鍋がグツグツ言っている。

 

「黒羽君、遅いね。もうすぐ7時になるけど・・・。」

蘭がテーブルの上に箸を並べながら、ふと壁にかかった時計を見上げた。

と、キッチンからビールを抱えた園子が大慌てで出て来る。

「え?もう7時?! たいへん! 蘭っ! TVつけて!!」

「もう・・・、園子ったら・・・。」

 

TVをつけると、今夜、キッドが現れると言う美術館からの中継がもう既に行われていた。

本日のキッドのターゲットとされている宝石の紹介がちょうど終わったところのようである。

 

「よぉーっし! まだ、キッド様は現れてないわね?!めったに見れる機会じゃないんだから
見逃さないわよぉぉぉっっ!!」

TVを食い入るように見つめて園子が言う。

「・・・お前、そんなに見たけりゃ、ビデオ録画でもしてこいよ?」

呆れたようにそう言う新一に、園子はそんなこと当然だと言い放った。

「私のキッド様コレクションのビデオに加えるためだからね。ま、でもリアルタイムでも
やっぱ見たいじゃな〜い?それがファン心理ってもんよv」

「・・・・あっそ。 けど、キッドが出てくるのはまだ先だぜ?予告時間は8時だからな。」

「なんだー、そっか。じゃあどうする?先に食べ始めよっか?」

くるりと鍋の方へ向き直った園子に、蘭が待ったをかける。

「ダメだよ、園子! まだ黒羽君が来てないじゃない!みんな揃ってから食べようよ!」

「ああ、そうだった。黒羽君、何で来ないの?」

園子が言いながら青子の方を向くと、青子はちょうど携帯を手にしているところだった。

 

「さっきから、快斗の携帯を呼び出してるんだけど・・・。全然繋がらないの。 どうしよう?」

「繋がらない? アイツ、今日のこと忘れちまってるんじゃないのか?」

「ううん、それは無いと思うんだけど。快斗もものすごく楽しみにしてたし・・・。」

「じゃあ、何かあったのかしら・・・?」

蘭が心配そうな顔をして見せると、青子は苦笑いをして首を振った。

「快斗って、もともと時間に少しルーズなとこあるから・・・。ほら、学校でも遅刻常習犯だし。
もう少しだけ待って、それでも快斗が来ないようなら、先に始めちゃおう?
お鍋も煮立っちゃうでしょ?」

 

青子のその提案に、意義を立てるものは誰もいなかった。

 

そんなわけで、7時を少し過ぎた頃まで快斗を待っていたのだが。

彼が『怪盗キッド』である以上、来れるはずもないのが現実で・・・。

結局、どうにも快斗に連絡がつかないまま、仕方なく快斗抜きで鍋パーティは始めることとなった。

 

そうして、みんなで鍋を突付き始めて、しばらく。

不意に青子の携帯が鳴った。

 

「あ!青子ちゃん、携帯、鳴ってる!! 黒羽君じゃない?」

蘭が素早く立って青子に携帯を手渡すと、全員は箸を止めてその会話の様子を覗う。

 

「・・快斗っ?! 何してるのよ??!もうみんな、お鍋食べ始めちゃってるわよ?!
・・・え?何? だから、どこにいるの?! え・・・? 産婦人科???」

 

思わず上げた青子の声に、驚いて新一も蘭も園子も顔を見合わせる。

 

「・・・えぇ?何? ・・・具合の悪そうな妊婦さんを助けた?
で、その妊婦さんが心細そうにしているから、家族の人が来るまで付き添う・・・って・・・。」

聞いているそばから、青子の声がどんどん疑わしいものになってくる。

 

「・・・スッゴイ言いワケ・・・。信じがたいわねぇ。」

ホタテを口に放り込みながら、園子が電話の向こうの快斗へ向けて白い目を向ける。

「ちょっと、園子!」

快斗の言い訳を心の底から信じて疑わない蘭は、快斗はもとより、その妊婦さんの
具合まで心配して、園子をたしなめた。

すると、園子はペロっとしたを出したものの、次にはドリーマーへと変身する。

「でも、もしそんな劇的な場面に本当に遭遇したのなら、助けないわけにはいかないわよね?
妊婦さんにしてみれば、黒羽君ってば神様じゃない?
本当なら、だんながついていなければいけないところを、別の男が付き添うだなんて、
イヤ〜ン!! 何かアヤシイ感じィィィ!!」

それを聞いて、新一は疲れた顔で溜息をつくと、お茶を一口すすった。

 

「・・・・で? こっちには来れそうなの? うん・・・。うん、わかった。
じゃあ、遅れてでも絶対に来るのね? え? 晩御飯食べてないから、お鍋は取っといて欲しい・・?」

やや疑ってるっぽい声を出しながらも、青子は快斗と会話を続ける。

 

それを聞きながら、蘭も気の毒そうな声を出した。

「・・・かわいそう。黒羽君、ご飯も食べずに付き添ってるんじゃ、お腹も空いちゃうよね・・・。」

 

「・・・うん。わかったわよ。みんなには、ちゃんと言っておくから。
ああ、待って。みんなから、何かメッセージあるか、聞いてみるから。」

青子がそう言って携帯をみんなの方へ掲げると、ソレに向かって一言ずつ何か告げるよう
合図した。

最近の携帯なら、多少離れたところでも音声は拾える。

新一達はOKサインを出して、順番に叫びだした。 まずは蘭から。

 

「・・・がんばってね?!黒羽君!」

「ちょっと、何言ってんのよ、蘭。 がんばるのは妊婦さんでしょ?
それより、黒羽君、妊婦さんを誘惑とかするんじゃないわよ?」

「お前こそ、何言ってんだ・・・。
おい、快斗! どうせなら、無事に赤ちゃんが生まれてくるまで付き添っててやれよ!
そのかわり、鍋がちゃんと残っているか保証はできないけどな!」

 

みんな好き勝手に言いたい放題なのは、もう多少なりとも酒が入っているせいかもしれなかった。

ひととおりみんな言い終わると、青子は再び携帯を自分の耳元へ持っていく。

 

「快斗、聞こえた? ・・・ちょっと、快斗???快斗?!
やだ、 快斗ったら、切れてるぅぅぅ!! もーう、快斗のヤツぅぅ!!」

 

青子はぷぅっと膨れると、携帯をバックの中に投げ入れ、再び食卓について鍋を食べ始める。

 

そして、みんなでキッドの中継を見ながら、めったに聞かないような不思議な言い訳をした快斗をネタに
盛り上がったのだった。

 

 

 

その頃。

 

黒羽 快斗こと『怪盗キッド』は、今夜の獲物が眠る美術館のトイレの個室にいた。

警備員に扮して既に侵入を果たしていた彼は、ここでキッドのコスチュームに着替えつつ、
たった今、青子に苦しい言いワケをしていたところである。

ある意味、快斗にダメージを与えかねない新一のメッセージも、もちろんしっかりと
彼の耳に届いていた。

 

・・・ったく、新一のヤツ、もう少しカワイイ事くらい言えないもんかね?

と、言うより、もう既に酒が入ってる感じだったよなぁ・・・。

と、なると・・・。

 

「やっぱ、とっとと仕事を片付けるっきゃねーな!」

 

白い怪盗は不敵な笑みを浮かべると、窓から闇の中へその身を投げたのだった。

 

 

+++       +++       +++

 

 

そんなわけで、本日の仕事をキッドがちょっ早で済ませたことは言うまでもない。

当然のことながら、中継のTVカメラへの過剰なファンサービスも割愛し、盗るものだけ盗ると
さっさと退散してしまったというワケだ。

おかげで、TVカメラはキッドの姿を追いきれず、TVの前では園子が涙を流すこととなったのだが、
そんなことはキッド本人が知る由もない。

 

そうして。

少しでも時間を短縮するために、キッドはそのまま現場から新一宅までグライダーで直行したのだが
結局、到着したのは鍋パーティ開始から2時間を過ぎた頃だった。

 

カシャン、と。

軽い金属音を立てると、夜空に純白のマントが大きく広がった。

白い怪盗が洋館の屋根の上へと、ゆっくり降り立つ。

月光を浴びたその白い羽のような優雅な振る舞いは、いつもとさして変らないように見えるが
その実、キッドはかなり焦っていた。

 

・・・あーっ!クソっ!!もう9時過ぎかよ・・・。

鍋、残ってるかな・・・。いやいや、ソレよりも新一は・・・・。早いトコ行かねーと・・・。

 

早速、普段のスタイルに着替えようと思ったところで、本日の獲物がスーツのポケットに
入れっぱなしだったことに気付く。

 

・・・・そういや、獲物のチェックがまだだったっけ。

 

取り急ぎ、『パンドラ』かどうかだけでも確かめておくかと、キッドは先程いただいてきたばかりの
宝石を銀色の月の光に翳した。

・・・・だが。

求めている『赤い輝き』は、そこにはなかった。

 

キッドは小さく溜息を漏らす。

 

「・・・・結局、今日もムダ足だったか。」

「何がムダ足だったんだ?」

 

え!?

 

突然、背後から声がしてキッドが慌てて振り返ると、新一が自室のベランダの手すりに腰掛けて
こちらを見上げていた。

月光に照らされている新一の顔は、心なし少し赤く見える。

 

「こ、こんばんわ、名探偵。どうしたんです?そんなところで・・・。」

「・・・ここはオレの家だ。どこにいよーがオレの勝手だろうが。」

ちょっとむっとして新一が答える。

 

無論、新一の言うとおりなのだが、この場合、キッドが聞きたかったのは何故新一が鍋パーティの
席を外して、自室のベランダになんかいるのかということだったのだろう。

ま、もちろん、キッドである以上、そこまで厳密に聞くことなどできはしないが。

 

「・・・っていうか、オメーこそ人の家で何やってやがる?」

「いやいや、ちょっと羽休めなどを・・・。」

 

宝石を再びスーツのポケットにしまいこんで、自分を上目使いに睨みつける新一に
キッドはにっこり微笑んで見せた。

すると、何を思ったか、新一はベランダの手すりに足をかけ、キッドのいる屋根の方へと手を伸ばした。

 

・・・げ! 新一?! こっちへ来る気か??!

 

やはり少し酔いが回っているのか、新一の手足はおぼつかない。

フラフラした足取りで屋根に登ろうとしているその危なっかしさに、キッドは思わず手を貸した。

と、そのまま新一はキッドにしがみ付くような格好で、全体重をキッドに預けたのだ。

「・・・わっ! あ、危ないっっ・・・!!」

突然のことに、バランスを崩したキッドは、新一を抱え込むような体制でドスンと尻餅をついた。

 

・・・・ったくー。 ビビらせんなよ?新一ィィ。

 

新一を屋根から落とさずに済んだ事にほっと一息して、キッドは腕の中の愛しい人の顔を覗く。

そこには、ほんのりと色っぽく赤く染まった顔が。

酒のせいか、目元まで少し赤く、そしてやや潤んでいる。

そんな瞳で睨まれては、怪盗キッドの心臓ももはや早鐘のように鳴り響くのは言うまでもないのだが
それでも、なんとかなけなしの理性を総動員して、苦笑してみる。

 

「・・・酔ってますね?名探偵。 今宵はまた宴会でもあったんですか?」

「バーロー、酔ってなんかいねーよっ!」

 

・・・いや、酔ってるって。 間違いなく。

 

「そりゃ、今夜は鍋で少しビールも飲んだけど・・・。」

小さな子が言い訳するみたいに、新一が小声でそう呟くのを聞いて、キッドはにやりとする。

「それはそれは・・。未成年が飲酒とはあまり感心しませんね。」

「犯罪者のオメーに言われる筋合いはねーよ!」

 

・・・そりゃそうだ。

 

キッドがクスリと笑っていると、新一はソレが気に入らないのか、キッドのネクタイをギュっと掴み上げて
すごんで見せた。

「・・・ったく、どっかのバカが、ヘタな言い訳して鍋の約束をぶっち切りやがったからさ。
おかげでオレが3人の女どもを一人で相手することになって、すっげー大変だったんだ。」

 

・・・うっ。

どっかのバカって・・・。

しかも、あの言い訳、せっかく一生懸命考えたのに・・・。

やっぱ、新一には通用しなかったか??!

 

「そ、それは・・・。確かにお疲れのご様子。 ご苦労様でした。」

キッドがやや引きつった笑いを返すと、新一はすっとその目を細めて・・・いや、細めたのではなく
実は目が据わっていたのかもしれないのだが、そんな目でキッドを見て

「・・・お前が責任を取れ。」

と、そう言った。

 

・・・へ? せ、責任?!

ど、どうやって?!

 

キッドが目を丸くしていると、新一が先程から掴んでいたキッドのネクタイを
グイっと力任せに引き寄せ、そのままなんと自分の唇をキッドに寄せてきた。

キッドがえ?っと思った時には、新一の甘い唇がキッドのそれに強く押し当てられた状態で。

そのオイシイ状況を、まさか、この怪盗が逃すわけはない。

自ら唇を開いて新一の舌を招き入れると、自分の口内へ引っ張り込んだ。

 

「・・・んっ・・・!」

やや苦しげに眉を寄せる新一の背を強く抱きこんで、キッドは口付けを更に深いものへとしていく。

 

・・・やっぱ、出やがったな。 酒乱新一め!

でも、まぁコレはコレでいいかv (カワイイからv)

 

と、しばし、キッドは新一との甘い口付けに酔い痴れていたのではあるが。

長い長い口付けで、どちらのものともつかない唾液が新一の唇の端から零れた頃、
不意に新一がキッドの両肩に手をかけ、そのまま一気に押し倒したのだ。

 

・・イッテェェェッー!☆

 

キッドは、したたかに屋根に背と頭をぶつけて、その痛みに顔をしかめるが。

その衝撃で、シルクハットがキッドの頭からスコンと抜け落ち、屋根を伝って転がっていく。

 

・・・あ!ヤベっ・・・!

 

シルクハットの行方を目で追おうとしたキッドは、眼前に迫った新一の顔にそれを阻まれる。

息が触れ合うほどの距離にいるその新一の目は、確かに据わっていた。

いや、それはもう恐ろしいほどに。

 

・・・・・・まさか、新一・・・・・・。

このオレにカラダで責任を取れって言うんじゃあ・・・・・・っっ!!

 

酒乱新一相手では、ありえなくもないその状況。

キッドの背に冷たい汗が流れた。

 

と、キッドの頬に新一の手がそっと触れた。

大事なモノを触れるかのような、優しい仕草で。

新一の滑らかな指が自分の頬を伝うのを、キッドは目を見開いたままどうすることもできずに
ただ固まっていた。

間近に迫る新一は、この上なく妖艶な笑みをたたえている。

 

・・・・しっ、新一・・・?

 

キッドがそのまま動けずにいると、新一の唇から甘い吐息とともに、言葉が零れた。

 

「・・・・お前が責任を取れ、かいと・・・・」

 

 

・・・・!!

なっっっ!!!!

 

 

キッドの目が驚きに見開かれたその瞬間だった。

新一の指がキッドの右目のモノクルに触って、そのままそれを取り去る。

あっ!と、キッドが思った時には、新一の前に紛れもなく素顔をさらしていることとなった。

 

げ。

 

瞬間的に、キッドは新一の唇を奪う。

新一に息をつかせぬ程の激しいキスを送って、その視界までも奪い去った。

それでも、一瞬は素顔をさらしてしまったことには間違いはないのだが。

いや、そんなことより。

それ以前に、新一はキッドの事を『快斗』だと呼んでいなかったか?!

 

 

・・・・いやいや、待て待て。

落ち着け! 落ち着いて考えろっっ!!

さっき、確かに新一はオレに向かって、『快斗』って言ったような気もするけど・・・。

いや、でもアレだ!

もしかしたら、アレは『快斗』ではなくて、『怪盗キッド』と続くはずだったのが、途中で切れて
『かいと・・・』になったのかもしれないぞ!

そうだ!

話の流れからいって、そっち方が可能性がある。

大体、オレが過去、新一に正体をバラしたことなんて、思い当たるフシがないし!

あ、いや、昔、一度ヤッちゃった時・・・は、危なかったとは思うけど、別にバレてる感じはなかったし
大丈夫なはずだっっ!!

 

それにだ!

仮に新一が何を思ったか、オレの正体を見抜いていたとしても、今はこのとおり『酒乱』の状態だし。

どーせ、今夜のことも明日になれば、キレイさっぱり忘れているはず。

心配はないだろう。

 

・・・・・・・たぶん。

 

 

と、新一の唇を貪りながらも、キッドの脳は目まぐるしく回転していたのであるが。

ようやくにして、勝手に自己解決すると、新一の唇を開放してやった。

すっかり息の上がった新一は、ぐったりとキッドの胸の中に倒れこむ。

キッドは、その新一の手から素早くモノクルを奪い返して、自分の右目につけると
腕の中の新一を覗き込んだ。

新一は電池が切れたかのように目を閉じて、かわいらしい寝息を立てている。

先程、あんなにキッドを誘惑していた妖艶さがまるでウソの様。

 

・・・ったく、アセらせんなよ、新一。

 

新一の子供のような寝顔を見つめてキッドは苦笑すると、そのまま新一を抱き上げた。

 

・・・・ケド、このままお預けってのもヒドイ話だよなぁ。

そうだな。これだけ、ビビらされたお返しは新一のカラダで返してもらおっかな。

 

と、キッドが良からぬ企みに顔を緩ませる。

だが、さすがにこの寒空の下、このまま屋根の上で続行というのは。

 

「やっぱ、続きは新一の部屋でね。 風邪でも引かれたら困るし。」

 

そうにっこり微笑むと、白い怪盗は新一を抱えたまま、フワリと屋根から新一の部屋へと
忍び込む。

 

 

灯りの落ちた寝室のベットに新一を優しく横たえると、キッドは満足そうな笑みを浮かべて
新一の枕もとに手を添えて、ベットの上に圧し掛かかった。

 

ギシっと。

ベットがキッドの体重に軋んだ音を立てた、まさにその瞬間。

 

 

「コラァァァー!!工藤新一ィィィ!!!いつまで部屋に隠れてるつもりだぁぁ!!」

 

 

声と同時に、勢い良くドアがバンっっ!と、叩き開けられる。

ギクリとして、キッドが後ろを振り返ったその先には、ビールを片手に真っ赤な顔をした園子が
仁王立ちしている姿が!!

 

げげっっ!!

 

新一に覆い被さろうとしていた姿勢のまま振り返ったキッドと、それを呆然と見つめる園子の間に
落ちてはいけない奇妙な間が落ちた。

 

が。

しばらくその様子を半目で見つめていた園子の目が、やがて歓喜の色に輝き始める。

そして、次には。

 

「キャーーーーーっっっ!!! キッドさまぁぁぁぁ!! 私に会いに来て下さったのねぇーん!!」

と、大絶叫。

 

・・・・んなわけ、あるかーっっ!!

 

「蘭、らぁぁぁーん!! カメラ!!カメラ、持ってきてっっ!!早くぅぅ!!キッドさまがぁ!!」

 

でぇぇぇぇっっ!!

じょーだんじゃねぇっっ!!!

 

嫌なアセをダラダラと流しながら、キッドは早々に新一の寝室の窓から抜け出すと
そのまま逃げるように闇へ消えたのだった。

 

慌てて園子が窓の外にその姿を追った時には、もうキッドは影も形も無く・・・。

 

「何よ、園子。騒がしいわねぇ。」

「どうかしたの?園子ちゃん。」

 

ようやくにして、やってきた蘭と青子に向かって、園子は興奮気味に口を開いた。

 

「い、今っっ!キッドさまがここにっ、この部屋にいたのよっっ!!」

「え?キッドが?! 何でキッドが新一の部屋にいるのよ?」

何を言ってるんだとばかりに、蘭が園子の顔を見つめる。

「そ、それは・・・。けど、間違いなくあれは正真正銘、怪盗キッドさまだったんだってば!!」

「園子ちゃん、飲みすぎじゃない?大丈夫かな?」

青子が心配そうに蘭の方を向くと、蘭は苦笑して見せた。

「園子ったら・・・。きっと、さっきのTV中継でキッドが映らなかったことがよっぽど悔しくて
夢でも見たのよ。」

 

「違うわよっっ!ほんとにいたんだってばぁ!キッドさまはっっ!!!」

「ハイハイ、わかったわよ。ほら、園子。新一、もう寝ちゃってるみたいなんだから
大きな声で騒がないで。」

「そうそう。もう一度、下へ行って飲みなおそうよ?ね、園子ちゃん。」

 

園子の言う事をまるで信じようとしない蘭と青子は、それでもまだキッド、キッドだと騒ぐ園子を
無理矢理新一の部屋から引きずり出すと、一人ベットで休んでいる新一を残してドアを閉めた。

 

新一は酒のせいか、そんな騒ぎにもまるで目を覚ますことなく、ぐっすり夢の中。

 

 

そして、不憫な怪盗は寒空の下、グライダーで上空を旋回中。

 

・・・・くっそー! 良いところで、邪魔しやがって!!

 

キッドの涙は冷たい夜風が攫っていったのだった。

 

 

 

そうして。

まだ、夜が明けきらないほどの早朝。

 

阿笠邸2階の窓がカラリと音を立てて開いて、赤毛の少女がそこから顔を出す。

彼女は冷たい空気を吸い込んで、小さく深呼吸をした。

夜通し地下室で研究をしていた疲れを癒し、今からちょっと仮眠を取ろうと思ったところである。

 

と、ふと、彼女の視線が庭木のある一点に止まった。

 

・・・何かしら? アレ・・・。

 

部屋にあった長めの定規を持って、哀は窓から身を乗り出すと、庭木に乗っかっている白い物体を
上手い具合に定規の先に引っ掛けた。

 

手にしたそれを、しばらく無言で見つめた後、哀は、その視線を窓の外の隣家へ移す。

当然、隣はまだ寝静まったまま。

 

やがて、哀は小さく欠伸をすると、それを手にしたままピシャリと窓を閉めたのだった。

 

 

+++       +++       +++

 

 

それから。

新一が目を覚ましたのは、日もずいぶん高くなった昼近くのこと。

 

例のごとく二日酔いで、まだ重い体を引きずってリビングへ降りてみると
キッチンでは、蘭達が昨夜の片付けをしているところだった。

自分がいつ床についたのか、まったく記憶のない新一だったが、どうやら蘭達も昨夜はそのまま
寝こけて、泊まったらしい。

 

「あ、おはよう、新一。 今、ここ片付けちゃうから・・。
そしたら、すぐ朝食の支度するね・・・って、もうお昼だけど。」

「・・・おぅ。」

ビールの空き缶を抱えながら、蘭が笑う。

新一がリビングを見渡すと、蘭と一緒に片付けに動いているのは青子だけで、
園子はまだ死んだようにソファに横たわっていた。

 

「おはよう、工藤君。 ごめんね、昨夜は私達も少し飲みすぎちゃったみたいで。
結局、ここに泊まらせてもらっちゃった。」

少しバツが悪そうに青子が言うので、新一は苦笑した。

「いや、それは別に構わないけど。それより、コイツは大丈夫なのかよ?」

「ああ、園子ちゃん? 二日酔いが酷いみたいで・・・。もう少し休ませてあげておいて。
ハイ、園子ちゃん、冷たいおしぼりよ。」

言いながら青子がおしぼりを差し出すと、死人のような顔色の園子が弱々しくそれを受け取った。

「園子ったら、昨日はキッド、キッドって騒ぎすぎたのよ。まったく・・・。」

「・・・だって、しょうがないじゃない。本人が目の前にいたように見えたんだから〜・・・。
ああ、蘭。 ご飯はさっぱりしたお粥にしてね。 私、他に食べられそうもないから・・・。」

おしぼりを目の上に当てて、園子が情けない声を出す。

新一もそれを見ながら、やれやれと溜息をついた。

 

「・・・あ、ところで、快斗のヤツは結局、来なかったのか?」

昨夜、途中退場した形になっている新一は、遅刻してくると言った快斗が結局、この場に現れたのか
知らない。

すると、蘭がお皿を片付けながら振り返る。

「ああ、黒羽君なら、昨夜、ずいぶん遅くに来たみたいよ?
私達が、寝静まった後だったみたいだけど。 」

「そ。 残しておいてあげたお鍋もキレイになくなってるし。 快斗ったらこっそり一人で食べてたみたい。」

青子はキレイにカラになったお鍋をほらね?とばかりに、新一に見せた。

 

「・・・へぇ。 で、アイツは今、どこに行ったんだ?」

「快斗?快斗なら、今、外。」

言いながら、青子はリビングの窓の外に広がる庭の方を指差した。

「・・・・外?」

新一が首を傾げると、蘭が付け加える。

「探し物だって。 なんか、黒羽君も酔っ払っちゃって、昨日、新一の家の庭に大事なものを
落としちゃったらしいのよ。」

「・・・へ? アイツ、庭にまで行って騒いでたのか?・・・一人で???」

「さぁ?そうみたいね。よくわからないけど。
新一も手伝ってあげたら? ここは私達が片付けておくから。 ご飯ができたら呼んであげるよ。」

蘭がそう言うので、新一もそうだなと頷いて見せた。

 

もちろん、新一に手伝って一緒に探してもらう事など、快斗にとっては果てしなく困ることには
違いないのではあるが。

 

 

さて、その頃。

庭木が生い茂る工藤邸の庭の中を、快斗は必死になってあるモノを捜しまくっていた。

もちろん、それは昨夜、屋根の上から落としてしまった『怪盗キッド』のシルクハットだ。

 

・・・・おっかしいな。

何で、ねーんだよ???

 

ガサガサと草木をかき分けながら、快斗は首を捻る。

屋根の向きを考えても、落ちているのはこの辺りに間違いないはずなのに、何処をどう探しても
ソレは見当たらなかった。

 

・・・ううーん。 困ったな。

どこいったんだ??? 別にスペアはあるから無くなっても問題はないんだけど、
新一んちの庭のどこかにあるとしたら、確実な証拠を残したことになりかねないからな・・・。

それだけは避けたい・・・。

 

なんとしてでも探し出さねば、と快斗が庭をキョロキョロしていると、新一がそこへやってきた。

 

「おっす、快斗。 なんか、落し物したんだって?」

「・・・あ、ああ、新一。おはよう。」

「何を落としたんだよ? オレも探すの手伝ってやるから。」

 

げ。

 

明らかに善意の固まりのような笑顔で新一にそう言われて、快斗は脂汗がダラダラ滴る思いがしたが。

 

「い、いや、いいよっっ!! オレ、一人で探すから。新一は部屋に戻ってろよっ!!」

 

・・・ってーか、新一と探せるわけねーだろうがっっ!!

 

焦って、快斗が新一の背中を押すと、新一が人のせっかくの好意を〜っとブーたれる。

「き、気持ちだけ受け取っておくからさ!!とにかく、新一はいいってば。」

「何だよ、オレに見られちゃ困るものなのか?」

「いや、まぁ、その・・・。いろいろとね。ま、いいからいいから。」

快斗がずんずん背中を押して追いやろうとするので、新一は諦めたように溜息をつく。

「・・・何だよ?変なヤツだなぁ。」

 

幾分、納得いかなさげな表情を見せているものの、そこまで快斗が嫌がるなら
よっぽど人に見られたくないものだろうと思い、新一は一緒に探すのをどうやら諦めてくれたらしい。

 

「もうすぐメシだから、さっさと探せよ?」

それだけ言うと、新一は快斗に背を向けて歩き出した。

快斗はOK!とにっこり笑顔を向けると手を振って新一を見送る。

 

新一の素振りに、いつもと変わったところは見られない。

昨夜、正体がバレたと思ったのは、やはり気のせいだったのだ。

快斗は心底安心して、再び、当面の問題である探し物に集中し始める。

 

と、新一が思い出したように快斗を振り返って、こう言った。

 

「・・・ああ、ところで、快斗。 昨夜は結局、どっちだったんだ?」

 

その声に、快斗は凍りつく。

 

・・・・え???

ど、どっちだった・・・って、どっちだったって・・・・・

それって、もしかしなくても、昨夜の獲物が『パンドラ』だったか、って、そういう意味か??!

 

・・・・・・・ってことは。

やっぱり、新一、オレの正体を・・・・・。

 

かなりギクシャクした動きで、快斗は新一の方に向き直る。

けれども、快斗の内心の焦り具合も知りもしない様子で、新一は続けた。

 

「いや、ほら・・・。赤ちゃん。 お前、生まれるまで付き添ってたんだろ?
男か、女かどっちだったかなって。」

 

と、天使のような微笑を浮かべて。

 

「・・・・へ? あ、赤ちゃん???」

「何だよ?お前、ずいぶん遅くにうちに来たみたいだから、てっきり無事に赤ちゃんが生まれてくるのを
見届けてから来たもんだと思ったんだけど。 違うのか?」

「・・・い、い、いや。違わない!!立派な・・・、そう、女の子だったよ!!」

「そっかー。よかったなぁ。」

「そうだねぇ。アハハハハ・・・・」

 

思いっきり脱力した快斗の乾いた笑いが、工藤邸の庭にむなしく響いていた。

 

 

 

同じ頃。

阿笠邸でも、ちょうどブランチの準備がなされていたところだった。

 

リビングのテーブルの上には、香ばしいコーヒーの入ったポットが置いてある。

玄関から朝刊を持って戻ってきた博士は、自席の椅子をよっこらしょっと引いて腰を下ろした。

それを見計らって、哀が博士のカップにコーヒーを注ぐ。

 

「ああ、ありがとう。哀くん。 夕べも遅くまで起きとったみたいじゃな。」

「ええ、どうしても片付けておいてしまいたかった研究があって。」

言いながら、哀は自分のカップにも琥珀色の液体を注いだ。

それから、ポットをテーブルへと置く。

と、博士の目が新聞の紙面から、ふとそのポットに向いた。

 

「・・・・はて。そんな鍋しき、うちにあったかな?」

 

銀色のコーヒーポットの下には、やけに素材の良さそうな白いものが引いてある。

真っ平らではないそれはギャザーがサイドに細かく寄っている。

まぁ、別に鍋しきとして使っても特段支障はなさそうだが。

見慣れないその形と、やはり見覚えのないその鍋しきに博士は首を傾げる。

 

けれども。

彼の向かいに座る少女は、素知らぬ顔でコーヒーを口に運んでいたのだった。

 

今頃、それを無くした張本人がどれだけ焦って、それを探しているのかということを
知っているのか、いないのか。

口元には冷笑を浮かべて。

 

 

 

+++   END   +++

 

 


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