8年ぶりの『怪盗キッド復活』は、大いに話題を呼ぶことになる。
メディアはこぞって、その謎の白い怪盗のカムバックを取り上げ、一躍、彼を時の人に仕立てた。
その鮮やかな盗みのテクニックと、華麗なるパフォーマンスは、人々を惹きつけて止まない。
快斗は、完璧なまでに『怪盗キッド』を演じきっていた。
それは、すでに初代キッドを凌ぐほどに。
高層タワーの頂上で、純白のマントが秋風に舞う。
時刻は、午前1時を少しまわった頃。
キッドは眼下に拡がる美しい夜景に目を細める。
『怪盗キッド』を継ぐ事で、快斗は多大なリスクを背負うこととなったが、それと同時に普段の日常では決して味わう事のできないスリルも手に入れた。
元来、人生快楽主義者である彼にとって、その刺激は言いようの快感をもたらす。
事実、快斗は『キッド』として振舞う事が楽しくて仕方が無かった。
とにかく、全てが順調に運んでいた。
けれど。
・・・飽きっぽいのが、オレの短所なんだよね。
キッドはタワーの鉄塔に頬杖をつく。
最初は、警察を手玉に取る事に面白さを感じてみてはいたものの、あまりにも自分の計算どおりに事が運び過ぎると、かえって張り合いがなくなってしまうというものだ。
・・・ま、追いかけっこがしたいわけじゃないけどさ。
・・・なんて、愚痴をたれている場合ではないのだが。
本来の目的である父を殺した組織については、依然、何も掴めていない状態である。
『パンドラ』についても、手がかりは無しだ。
よって、星の数ほどあるビッグ・ジュエルを片っ端から確かめるなんていう、骨の折れることをしなくてはならないわけで。
「・・・やべ!そろそろ時間だ!!」
すっかりタワーの上でくつろいでしまっていたキッドは、手元の時計で予告時刻まで後僅かな事を知ると、素早く気持ちを切り替えてマントを翻した。
◆ ◆ ◆
サーチ・ライトが真昼のごとく夜空を照らす。
キッドが予告を出した都内の美術館では、物々しい警備体制が敷かれていた。
「・・・ちょろい♪」
そんな警備をかいくぐり、すでにキッドは美術館内部に侵入を果たしていた。
もちろんすっかり一警備員の姿に変装してのことだが。
表にいた末恐ろしいほどの警官達を、お決まりのパターンではあるが、ダミーで撹乱させ警備が手薄になったところをつくという、まさに計算通りの行動だった。
そうして。
今夜の獲物が眠る展示室まで、難なくたどりついたところで、変装を解く。
ケースに入った宝石に手をかけたところで、背後に人の気配を感じ、キッドは振り向かないまま背中に意識を集中させた。
すると、
「お待ちしていましたよ。怪盗キッド。」
明かりの落ちた展示室に、落ち着いた声が響き渡った。
その声に、キッドは僅かに目を見開いたが、特に平静を崩すことなく、薄笑いを浮かべて振り向く。
夜目の効くキッドだからこそ、その声の主の姿を正確に認識することができた。
スラリとした長身な男は、品の良いダーク・ブラウンのスーツに身を包んでいるが、
いくらなんでも刑事にしては若すぎる。
・・・何者だ、コイツ?
キッドは自分を真っ直ぐに見詰めるその人物を凝視した。
「まさか、怪盗キッドともあろう人物が、こんな初歩的なトリックを使うとは・・・。」
そう言って、その若者は冷笑した。
・・・なんだと?!コノヤロウ!!
言わせてもらうが、はっきり言って日本の警察なんざ、この程度で充分なんだよ!!
それを証拠に今、ここに誰もいねーだろうが!
もちろん、キッドはそうは口に出さずに飲み込んで、代わりに口元に微笑を広げる。
「・・・どちら様かな?」
「これは失礼。僕は白馬探と言います。君を捕まえるために、わざわざロンドンから帰国した探偵ですよ。」
言いながら、若者は一歩前へ踏み出す。
窓から零れる月光が、彼の顔を照らした。
キッドは僅かに目を細める。
探偵だと?
まだ、ガキじゃねぇか!
と、自分のことは棚に上げてそう思う。
白馬が落ち着いた雰囲気を纏っているがために、一瞬大人っぽさを感じてしまうが、実は自分とそう大して歳が変わらないであろうことに、キッドは気づいた。
「ところで君は、いくらなんでも警察を甘く見過ぎているのではないですか?
予告状に暗号化されているとはいえ、侵入経路から退路までご丁寧に書くなんて。
それとも、誰にも見破られない自信があったのだとしたら、僕がここにいることは
大きな誤算だったでしょうね。」
白馬は自信たっぷりに笑いながら、なおも続けた。
「屋上に用意されていたダミー用のバルーンは、僕が外してしまいましたよ?」
それを聞いても、キッドは顔色一つ変えなかったが、実は内心舌を巻いていた。
・・・こりゃ、まずい。
どうやら、このヤロウにはすっかり暗号を解読されちまったらしい。
・・・と、なると、逃走経路もバレバレか。
白馬は一層笑みを濃くする。
「退路は絶たれた。どうしますか?怪盗キッド。」
「さて、困りましたね。」
キッドは肩を竦める。おまけに、わざと宙を仰いで困ったような表情まで見せた。
が、案の定、その口元は笑っていた。
白馬がそれに気づき、慌ててキッドに近寄ろうとした時、目もくらむような眩しい光が部屋中を満たした。
「せ、閃光弾?!」
刺すような激しい光に、白馬は目を背ける。
そのすぐ耳元で、キッドは囁いた。
「今回は、暗号解読、お見事でした。ではまた、いずれ・・・!」
そうして、白馬の視界が回復した時には、キッドの姿も、そして宝石も忽然と消えていたのだった。
1人、展示室に残った白馬は、窓の外の月を見上げる。
「今はまだ逃げるがいい。だが、いつか、僕はきっと君を捕まえる。そう、きっとね。」
そう言った白馬の顔は、決して負け惜しみなどではなく、自信に満ちた笑顔であった。
「坊ちゃま、いきなりルート変更だなんて、何かありましたか?」
運転席の寺井は、後部座席に座った、既に『キッド』の扮装を解いている快斗を振り返った。
「・・・いや、ちょっとね。」
言いながら、快斗は盗ってきたばかりの宝石を窓から零れる月光に照らす。
「・・・どうです?」
「・・・ダメ。ハズレ!」
快斗は、ち!と、舌打ちした。
「まぁ、そう簡単にはいかねえよなぁ。やっぱ、地道にやるしかないんかね?」
大きな溜息をつきながら、後のソファにドサリと寄りかかる。
寺井はその様子に苦笑して見せた。
「ご機嫌ですね、坊ちゃま!」
口から出る言葉は、不機嫌そのものなのに、何故か楽しそうな快斗を寺井は不思議に思った。
「そう見える?」
快斗はにっこり笑顔を返すと、再び窓の外に視線を移した。
先ほど、味わったばかりの久々の高揚感を思い出しながら。
◆ ◆ ◆
一夜明けて。
学校では、朝のHR開始のベルが鳴っていた。
窓際の一番後ろの席の快斗は、机に突っ伏して、ただいま熟睡中である。
もともと授業中など、居眠り常習犯な快斗であったが、夜な夜な仕事をするようになってからさらにそれに拍車がかかった。
がらりと扉をあけ、教師が入ってくる様子にもビクともしない。
毎度毎度ことながら、青子はとなりの席で大きく溜息をついた。
「ほら、快斗!!いいかげん起きなさいよ!!先生、来たわよ?!」
「・・・・う〜ん・・・。後、ちょっと・・・。」
寝ぼけた声を出し、起き上がる気配の無い快斗の肩を青子は軽くつついてみる。
それでもやはり反応が無いので、もっと強く叩いてやろうと思った時、クラス中に歓声が上がった。
女子生徒たちの黄色い悲鳴だ。
「え?」
驚いて、青子も前を見る。
教師の横に立っている、スタイルの良い紳士風の男子に目を奪われた。
「か、快斗。転校生が来たよ?すっごい二枚目の!!ねぇ!快斗ってば!!」
「・・・んだよ、うるせぇなぁ・・・。」
青子も含め、騒ぎまくる女子生徒の声に、さすがに快斗も顔をあげた。
瞬間、教卓の横に立っている人物の姿を認めて、目を見開く。
げ!
「皆さん、初めまして。白馬探と言います。ロンドンから帰国したばかりで、いろいろとわからない事も多いとは思いますが、どうぞよろしくお願いします。」
穏やかな口調でそうさわやかに挨拶をすると、一層女生徒達の悲鳴が響き渡る。
快斗はその悲鳴をうるさそうに見やりながら、白馬の様子を伺う。
・・・若いだろうとは思ったけど、何だ、同い年だったのかよ。
昨夜、会った時は、スーツ姿も手伝ってかなり大人っぽく見えたものだが、今、見る学ラン姿だとそれなりに歳相応に見えた。
・・・ふーん。『ロンドン帰りの名探偵』ね・・・。
そう思いながら、快斗はもう白馬からは視線をそらし、そっぽを向いた。
「えっと、じゃあ白馬君の席は・・・。あ、後の開いている席でお願い。
黒羽君!しばらく白馬君にしばらく教科書なんか見せてあげてちょうだい!!」
担任の女性教師がそう言ったので、快斗は返事をしながら慌てて前を向く。
えぇ?!隣に来んのかよ?
白馬は女子生徒の視線を集めながら、後の快斗の席の方までやってくると、
にこやかに手を差し伸べた。
「よろしく、黒羽君。」
その笑顔は、昨夜、キッドに見せたものとは明らかに違う、人好きのするさわやか好青年のものだった。
差し伸べられた手をどうしたものかと考えて、やがて、快斗もにっこり握り返した。
「こちらこそ、よろしく♪」
・・・昨日とはずいぶん違うんじゃねーの?ネコ被りやがって。
そんな心の内はすっかりと隠して。
To Be Continued ◆