Heart Rules The Mind

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NOVEL


ピストルと天使 
 ■ 後編 ■

          

 

「へぇ。じゃあ、名探偵は、その青少年相手に拳銃を売る悪の組織を暴くために危険を承知で自らおとりになったわけだ。
地道に売人との人間関係まで築いちゃうなんて、ご苦労様だねぇ〜。」

ここは、新宿西口の高層ビル街。
この時間帯ではすっかり人気を無くしたオフィス・ビルの建ち並ぶ中、
キッドに案内されて、とある60階建てビルの屋上にオレは連れてこられた。

夜景をバックにフェンスに寄りかかりながら、これまでのいきさつを聞いていたキッドは相変わらずな人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

・・・だから、言いたくなかったんだよ!

自分でも無茶をしていることは重々承知しているつもりだった。
だから余計に腹が立つ。

ニヤニヤと笑いながらオレを見つめてくるキッドに、むぅっとふくれっ面で返した。

 

「・・・ところでさ、さっきもらったアレ、見せてよ?」

キッドの指す『アレ』とは、拳銃のことだ。
オレは、今更隠しても仕方が無いので、リュックから包装されたままのそれを奴に手渡した。

「わ〜お!!コルト・45・オートじゃん!!」

包みを開けて、キッドが新しい玩具を手にした子供のような声を上げた。

「・・・そ。正しくは、コルト M1911A1、45口径。
米軍なんかが使用してる、ま、割とポピュラーな銃だな。」

つまり、こないだの発砲事件で使われた護身用のコルト・ポケットとはわけが違う。
明らかに殺傷能力の高い銃ということだ。
・・・ま、コロシをさせようっていうんだから、これくらいの物でないと話にはならないが。

「どうせ、コルト社のモノならさ、コルト・パイソンが良かったのにな。カッコいいじゃん!357マグナム・リボルバー!!『シティ・ハンター』でお馴染の!!」

なんて言いながら、キッドは拳銃を構えて『シティ・ハンター』のモノマネなんかして見せる。

呆れたヤツ・・・。
オレは白い視線をキッドへ送った。

「・・・弾が入ってないね。」

弾倉を確認してキッドがそう言う。

「・・・ああ、明日、くれるんだろ?・・・ほら、もう返せよ。」

オレはキッドから拳銃を取り上げると、ヤツは、ケチ〜!と唇を尖らせた。
オレはそれを無視して、再び拳銃を包装紙にくるんで、リュックへしまった。

キッドはそのオレの様子を見ながら、僅かに冷笑のようなものを浮かべる。

「・・・で、どうすんの?名探偵。」

オレはいったん、キッドを真っ直ぐに見返すと、視線をキラキラと輝く夜景へと移した。

「・・・ほんとはさ、銃の密売組織がどこだか突き止めたら、警察に通報して、それで終わらせるつもりだったんだ・・・。
・・・でも。」

「・・・でも?」

キッドが目を細めて聞き返す。

「・・・もうちょっと、足を突っ込んでみようかと思ってね。」

そう言って、オレは意味深な笑いをして見せた。

黒の組織が関わってきちゃ、予定変更も仕方が無いだろ?

すると、キッドもニヤリと笑った。

「それ、オレも参加しちゃおっと!」

「え?!何で?!おめーには関係ねーだろ?!」

けれども、キッドはにっこり笑ってこう言った。

「だって面白そうだから!」

 

その意地の悪そうな笑いに、オレは深々と溜息をついて、今日のところはこれで帰ることにした。
明日、また例の男とは会わなければいけないし。
結構ヤバそうな感じだから、ちゃんとした対策を練っておかないと・・・。

先のことを考え始めたオレには、その後のキッドが呟いた言葉など
耳には入らなかったのだが。

 

「・・・生憎、例の組織とはオレも無関係ではないんでね?名探偵。」

 

 

■     ■     ■     ■     ■

 

翌日、午前1時過ぎ、再び、『Another Gate』。

さすがに2度目ともなると、さして緊張する事も無く、オレはすんなり店に馴染む事が
できた。
昨日と同じ席につき、同じようにカクテルを注文する。
カウンターに目をやると、白いキャップ姿のキッドがこちらを見てニヤニヤしていた。

ち!キッドのヤツ、もう来てやがる・・・。
アイツ、ほんとに関わってくる気かよ・・・。

オレが嫌そうにキッドを見つめていると、何を思ったか、ヤツがこっちへやってきた。

「な、何だよ?あっち行けよ!!もうすぐ例の男が来るだろ?!」

「わかってるって。ちょっとコレだけね。」

そう言ってキッドはオレに近づき、オレの上着のポケットにタバコを押し込んだ。

「何だよ?オレ、タバコなんて吸わねーぞ!」

「違う違う。これね、小型のカメラなの。あと盗聴器もね。録音機能付き。」

タバコをポケットから出してみると、確かに小さな穴が開いており、
そこにはレンズらしきものがあった。

・・・よく出来てるな、コレ。

妙に感心してキッドを見上げると、ヤツは得意げに、手作りなんだぜ!と言った。

まぁ、いいや。いざとなったら証拠品として使えるし。
オレは再びそれをポケットに入れると、キッドをチロリと見た。

「・・・わかったから、もう向こう行ってろ。そろそろ時間だ。」

「OK!じゃあ、うまくやれよ?名探偵。」

キッドはオレにウインク一つして、店の奥へと消えていった。

け!てめーに言われるまでもねーよ!

 

午前1時半。
今度は時間ぴったりに、昨日会った男が現れた。

「よぉ、兄ちゃん。覚悟は出来てるか?」

その言葉にオレは無言のまま頷くと、男はテーブルに裸のままの弾を置いた。

「・・・こんなに?」

9つずつ並んだ弾は2列分。つまり18発もあった。

「しくじった時のためにさ。それに後で兄ちゃんも使うんだろう?」

男は少しバカにしたような笑いを浮かべると、使い方はわかるのか、と聞いてきた。
オレはそれには答えず、リュックから拳銃を取り出すと、グリップの下についているマガジンボタンを押して、弾倉を出し、男の目の前で1発ずつ弾を込めて見せた。

オレのその手付きを見ながら、男はヒューと口笛を鳴らす。

「なるほど!心配はいらねぇってことか。大した兄ちゃんだ。
それなら話は早いがな・・・。」

言いながら小さなメモをオレに渡す。
そこには場所を示した簡単な地図が書いてあった。

「今日、午前3時からその場所で連中と取引する事になっている。
頃合を見計らって、奴らを狙撃してもらいたい。・・・できるか?」

男は目に鋭い光りを浮かべながら、オレの顔を覗き込んだ。

「・・・わかった。」

オレの返事を笑顔で頷くと、男は、じゃあ後でな!と言い残し慌しくその場を去った。

男が店から出て行ったのを確認すると、オレはほっと溜息をついた。
時計を確認すると、まだ午前2時にはなっていなかった。

取引場所までの移動時間を考えると、そうのんびりもしていられなさそうだ。
3時までには向こうに行ってないとな。
とりあえずは、足を確保しとかねーと・・・。

そう思いながら席を立つと、ぬっと黒いヘルメットが目の前に出された。
反射的にオレがそれを受け取ると、いつのまにか傍にいたキッドはにこやかに
笑ってこう言った。

「じゃあ、行こうか!名探偵?」

 

キッドと2人で店を出た後、ヤツは路地裏へオレを手招きした。
そこには大型のバイクが停まっていた。

「・・・XJR・・・。お前の?」

そうオレが聞くと、キッドはニヤリと笑うだけで今まで被っていた白いキャップを取り
代わりに手にしていたシルバーのヘルメットを被って、シートにまたがった。

キャップを脱いだ瞬間に垣間見た、ヤツの顔に思わずドキリとする。

!オレと似てる?!

「・・・おい、一つ、聞いていいか?」

キッドはエンジンをかけながら、目線だけオレに向けた。

「・・・お前、その顔、まさかオレに変装したとか言うんじゃないだろうな?」

いくらオレでも、裏の世界に好き好んで顔など売る気はない。
そう思いながらキッドを睨むと、ヤツはシールドだけ上げてにっこり笑った。

「ヤだな。これは自前!」

「!!ウソだろ?!」

キッドと顔が似てるなんて冗談じゃないぞ?!
オレは目を見開いた。

すると、キッドはまたもやケタケタと笑い、ごめん、ウソ!軽くと言って見せた。
その言い振りが妙に怪しい。

「・・・何だよ?てめー、どっちなんだ?」

「・・・さぁ?・・・それより、名探偵、あんまゆっくりもしてられないんじゃないの?」

そうだった!ちくしょー!後で面の皮、引っ張って確かめてやるな。
そう思いながらもオレは仕方なく、黒いメットを被り、キッドの後ろに腰掛けた。

オレがきちんと座ったのを確認すると、キッドはギアペダルを一気に踏み込んだ。
そうしてオレ達は、例の取引場所を目指して夜の街を走り始めたのだった。

 

■     ■     ■     ■     ■

 

午前2時30分過ぎ。
都心から少し離れた工場地帯に到着した。このだだっ広い敷地内に建ち並ぶ倉庫の中の一つが指定された取引場所である。

「・・・Cの26・・・。あった、あれだな。」

倉庫の番号を確認してオレはキッドの方を見ると、奴も頷いた。
とりあえずバイクを隠し、近辺の様子を探る。
どうやらまだ誰も来ていないようだ。

倉庫の影に隠れながら、オレはリュックの中から銃を取り出し、ウエストに突っ込んだ。

「それで?名探偵はどうすんの?まさか奴らに言われた通りお仕事しちゃうとか?」

ヘルメット姿から再び白いキャップ姿に戻ったキッドが、笑いながらオレを覗き込む。

「・・・バーロー!んなわけねーだろ?」

オレはキッドに呆れた視線を送りながら、リュックからもう一つ別の銃を取り出した。
実はこっちはモデル・ガン。
けど、弾は博士特製の発信機ってわけ。

キッドはそのモデル・ガンを見て、オレのしようとしてることがわかったのか、
ふ〜んと頷いて見せた。

「・・・ま、いいや。んじゃオレは他にやることがあるんで・・・。」

え?
オレがキッドを見上げると、奴は目を細めてニヤリと笑った。

「あんまり無茶はするなよ?名探偵。」

それだけ言うと、キッドはあっという間にオレの前から姿を消した。

 

・・・何するつもりだ?アイツ・・・。

オレはキッドの消えた方向を見ながら、首を傾げた。

直後、一台の車が現れ、Cの26の倉庫の前で停まった。

!来た!!

車の中から出てきたのは、いかにもガラの悪そうな男達4人。
その中には、先程、『Another Gate』で顔を合わせた男もいた。
取引で使うらしきスーツケースを幾つか抱えながら、慌しく倉庫内へ入っていく。

オレはモデル・ガンをズボンのウエストの今度は後側に突っ込むと、気づかれないように注意しながら倉庫の中へと侵入した。
そのまま、階段を使って上の階へ進む。
全体が見渡せる位置まで移動すると、死角になりそうな場所を選んだ。
ちょうどそこには小さな窓もあり、外の様子も伺える。
オレは息を殺して、その場で動きがあるのを待つ事にした。

 

時刻は間もなく午前3時を迎えようとしていた。

 

ふいに車のエンジン音が響いた。
オレは慌てて窓の外を覗き込むと、外に黒塗りの一台の小型車が停まっていた。
中から出てきた男の姿を見て、オレは目を見開いた。

あれは・・・!!

黒いコートに身を包み、腰の辺りまである栗色の長髪。
その男の姿をオレが忘れるはずはなかった。

ジン!!

取引相手が黒の組織がらみとは思っていたが、まさかアイツだったとは・・・。

車に寄りかかりながら、タバコに火をつけている奴の様子を伺いながら
オレは唇の端を持ち上げた。

・・・ヤロウ!
今日という今日は、何としてもアジトを突き止めてやる!!

ジンの他にもう1人助手席から男が降りるのが見えた。
アイツは確かウォッカだったか。
奴らは2人で来たようだった。

そうして。

2人は二言三言、言葉を交わした後、倉庫の中へと入ってきた。

 

「待たせたな。」

広い倉庫の中にウォッカの声が響き渡る。
その声に、先に到着していた4人の男達はいっせいに振り向いた。
中から、オレと面識のある男が一歩前へ踏み出した。

「いや、それほどでもない。じゃあ、いつもどおり、例のものを渡してもらおうか。」

「そう焦るなよ。金の確認が先だ。」

ウォッカの言葉に男は後方の別の男に合図をすると、札束の入ったスーツケースを
開けて見せた。

直後、拳銃の音が3発ほど続けざまに響いた。

突然のことに驚いて、オレは思わず身を乗り出す。

何だ?!もうやる気かよ?!

が、しかし、銃声の後、バタバタと倒れたのは、オレを雇った側の男達の方だった。
後方にいた3人が腕や足をジンに撃たれたのだ。

1人無傷なウォッカと直接取引きをしていた男は、青ざめて後を振り返った。

「・・・な、何のつもりだ・・・!!」

「しらばっくれても無駄だ。お前さん達の考えはお見通しなんだよ。」

銃を男に向けながら、今まで後方にいたジンがゆっくりと近づく。

「取引は今日で終了だ。金は頂いていく。お前さんは自分のトコのボスにあの世で報告でもしな。」

残忍な笑みを浮かべたまま、ジンが引き金に指をかけるのを見て
男は顔をこわばらせた。

やばいな、このままじゃ・・・。
・・・!!くそ!!

オレは素早くウエストからコルトを引き抜くと、ジンへ向けて1発威嚇射撃した。

あらぬ方向からの銃撃にジンは一瞬たじろぐが、すぐに体勢を立て直し、
こちらへ向けて発砲してきた。

「誰だ?!」

銃弾が雨のように浴びせられる。

ち!仕方ない!!

オレは意を決してその場を飛び出した。
低い姿勢を保ちながら階段まで走ると、2、3段降りた後、手すりに手をかけ一気に下まで飛び降りる。
ふわりと飛び降りている最中に、銃弾がオレのサングラスを掠め、弾き飛ばした。

そして、着地すると同時にオレはジンに向けて、コルトを構えた。

 

オレの顔を見たジンが僅かに眉をつり上げる。

「・・・なぜ、お前がここにいる?」

「・・・ちょっとワケありでね。
他の事件を追ってたら、偶然あんたらに行き当たったのさ。」

オレはニット帽を脱ぎ捨て、銃を構えたままゆっくり移動し、自分の背に男を隠す。
しかし、ウォッカが男の斜め後ろから銃を向けているので完全に
盾になったわけではないが。

ジンは銃を握った片手をゆっくりと動かし、オレの頭へと狙いをつけた。

そのままお互いに銃を構えたまま見合う。

距離は約3メートル。

 

「素人にしちゃ、いい構えをしているな。ま、銃の腕前まではわからねえが。どうだ、オレと勝負してみるか?」

ジンはつり上がったその眼にギラっと挑戦的な光を浮かべて、悠然と笑った。

「いいぜ。」

驚くほど、オレはあっさり言った。
まさか組織の人間を相手に、見くびったわけじゃない。
向こうの実力は充分承知しているつもりだ。だからこそ弱みは見せられなかった。

正直言って、殺し屋相手に自分の勝機など無いに等しい。
けれども、これ以上自分の目の前で人殺しなんてさせてたまるかという気持ちの方が
勝っていた。

やってやろうじゃねーか!

そういう気分にオレは、なっていた。

 

■     ■     ■     ■     ■

 

こめかみに汗が伝う。
手にもじっとりと汗をかき、引き金にかけた指が滑って今にも撃ってしまいそうな気がした。

世界のあらゆる動きが静止しているような気がし、
オレは緊張が極限に高まっていくのを感じた。

瞬間、シュンと空気を切り裂く音と共に、オレとジンの間を割って一枚のカードが地面に突き刺さった。

な!!

それがキッドのトランプ・カードだとオレが理解したとたん、今度はそのカードがポンとはじけて煙を噴出した。

煙幕か!

オレは奴らの注意が煙に奪われている間に、後の男達に振り返った。

「早く!!今のうちに反対側の方から倉庫の外へ!!」

撃たれた足を引きずりながら男達が急いで入口とは逆の出口の方へ駆けて行く。
1人無傷の男がオレに向かって口を開いた。

「・・・あんた、一体誰なんだ・・・?」

「・・・工藤新一、探偵さ!」

言いながら、オレはにっこり笑顔を送り、まだわけがわからないという顔をしたままの背中を押して、出口の方へと促した。

やがて煙が晴れるとそこには誰もいなかった。

ヤロウ!逃がすかよ!!

オレはコルトを握ったまま、入り口の方へ走った。

外へ出たとたん、銃弾が足元を掠める。

くそ!!

舌打ち一つして、再び倉庫の中へ入り込み、壁際から外の様子を伺った。
手にしていたコルトをウエストに突っ込む代わりに、モデル・ガンを取り出す。

こうなったら発信機だけでも付けてやる!!

タイミングを見計らって外へ飛び出すと、男達の車を盾に銃弾を防いだ。
次々に飛んでくる銃弾に、車の窓ガラスが粉々に砕け散る。

なんとか、アイツらの車にコレを取り付けられれば・・・!

オレは身動きできないその状態に、唇をギリっと噛むしかなかった。

すると、突然銃声がぴたりと止んだ。

何だ?!どうしたんだ?!

車の陰から奴らを確認すると、二人とも揃って倉庫の屋根の上を見上げている。
奴らの目線の先にあるものを認めて、オレは思わず声を上げた。

「キッド!!」

 

屋根の上にはキッドが白いマントをなびかせて、悠然と立っていた。
月をバックに不敵な笑みを浮かべたまま、飛んで来る無数の銃弾をふわりと軽やかにかわす。

オレは奴らの意識がキッドに集中している間に、発信機を取り付けようと
車の後を狙って1発撃ちこんだ。

がしかし!!

信じられない事に発信機は車まで届かなかった!!

げ!マジかよ?!博士、射程距離が短すぎ!!

モデルガン用の通常の弾でないのがいけないのか、もっと近づかなければ
届かない!!

しかたなく、もっと前方へ出るために、今まで盾代わりに使っていた車の影から飛び出したところ、突然、右手にしびれるような激しい衝撃を感じた。

ジンの撃った弾が、オレのモデルガンを弾き飛ばしたのだった。

くっそ・・・!!

オレはしびれた右手首を左手で押さえながら、ジンを見据えた。
もうコルトを取る余裕はない。

瞬間、オレは撃たれる覚悟をした。

が、そこへ再びキッドのトランプ銃が3発ほど発射され、色とりどりの煙がもくもくと立ち上った。

思わず、その煙を吸い込んでむせ返っているオレの耳に、車のエンジンがかかる音が聞こえた。

やばい!奴らに逃げられる!!

そう思って煙の中へ飛び込んで行こうとしたところを、後から腕を引っ張られた。

「やめときな!これ以上、無茶すると命の保障はできないぜ?」

「・・・キッド!」

振りほどけないくらい強い力で捕まれた左腕が少し痛い。
キッドのその鋭い光りを放つ目が、本気だということを言っていた。

「・・・わかったから、もう放せよ・・・。」

目を伏せながらオレがそう言うと、奴は満足そうににっこり笑って手を解いた。

 

やがて。

煙がすっかり消えた頃には、奴らは跡形もなく消えていた。

あ〜あ・・・。
奴らと接触できる機会なんて、そうそうないのにな・・・。

オレは深々と溜息をついた。

 

「・・・それにしても、ずいぶんと無茶をするもんだな、名探偵?
見てて冷や冷やしたぜ?」

隣で唇の端をつり上げて、キッドが苦笑する。

「・・・ほっとけ。」

「あんまり無鉄砲過ぎると、こないだみたいに痛い目見るぜ?
これ以上、傷物になりたくはないだろ?」

そう言って、奴はオレの袖をめくった。
こないだの針を抜く時にキッドが切り裂いた腕の傷が露になる。

 

「・・・跡が残っちまったな。」

「・・・別に、これくらい何でもねーよ。」

一瞬、キッドがひどく悲しそうな顔をしているように見えた気がして、オレは驚いた。
まさか、コイツ、オレに傷跡が残った事を気にしてんのか?

実際、ああしてくれなければ自分は助からなかったわけだし、傷跡のことなどこれっぽっちも気にしていなかったオレは、キッドに思わず、慰めの言葉をかけようとしてそのまま呑み込んだ。

既に奴がいつもどおりの笑いを浮かべて、オレの耳元に囁いたから。

 

(傷物にした責任は取ってやるよ、名探偵!)

 

「ばっ!!てっめ〜!!何の責任だ、コノヤロウ!!」

オレがそう怒鳴った直後、キッドの腕時計らしきものが、ピピっとアラーム音を立てた。

何だ?

奴の腕を覗き込むと、時計かと思われたその液晶画面に、一つのグリーンの点が点滅している。

・・・これって・・・。もしかして、発信機じゃねーの?

「おい、お前、まさか!!」

オレはキッドに掴みかかろうとしたが、空振りに終わった。
奴は素早くオレの手をすり抜け、一瞬のうちにキッドの格好から普通の青年の姿に早変りする。

「じゃあ、また会おうぜ、名探偵!」

「ちょっと待て!キッド!!お前・・・!!」

キッドはオレの静止の言葉をさらりと笑顔でかわすと、
バイクに跨りウインク一つして、風のようにその場を去っていった。

 

・・・何なんだよ、あのヤロウ・・・!!

1人残されたオレは、再び倉庫の中へ入り、男達を逃がした出口の方へ向かった。
おそらく彼らは車無しじゃ動けないだろう。

とりあえず、そろそろ警部達に連絡でもしとくか。

そう思いながら、携帯を取り出して出口を一歩ふみだしたところで、
目もくらむばかりのライトにオレは視界を奪われた。

げ!

出口にはおびただしいほどのパトカーが停まっていた。
4人の男達には、既に手錠がかけられている。

大勢の警察官の中には、目暮警部や高木刑事の姿もある。

「工藤君!!」

いち早くオレの姿を発見した高木刑事が、目暮警部と共に駆け寄ってきた。
目暮警部の顔は、どう見ても明らかに怒っている。

やっべー・・・。

「よかった!!工藤君!!ケガは無いみたいだね?!
もう無茶するから心配しちゃったよ!」

高木刑事の言葉にオレは引きつった笑みを返すしかなかった。

「・・・あ、あの皆さん、どうしてここに?」

まだオレ、通報してないんだけど。

「彼らのことは我々も前々から実はマークしていたんだよ。が、先程やっと、別件で正式な逮捕状が出たんで、一気に本拠地を叩いてきたところだ。そこで今夜の取引についても、わかったんだが・・・。」

目暮警部が帽子を目深に被りなおしながら、ジロリとオレの方を睨む。

「我々以外にも、積極的に連中に接触を計ろうとする若者がいるとの情報があってね。」

・・・ハハ・・・。バレバレ?

やれやれと溜息をつきながら、警部が呆れた視線をオレに送る。

「・・・君にはあれほど関わらないように言っておいたはずだが・・・。」

「まさか、ほんとに奴らから薬を買っちゃうなんてね、いやぁ、すごいな、工藤君!」

感嘆の声を上げた高木刑事が、ギロリと警部に睨まれて肩を竦めた。

「まったく!!一つ間違えばたいへんな事件に巻き込まれてしまうところだ!無茶も大概にしてくれないと、困るよ!」

・・・こりゃ、まずい。大人しく謝ったほうが良さそうだ。

「・・・本当に、すみませんでした。」

オレは素直に頭を下げた。
オレのその反省の様子を見て取って許してくれたのか、
警部は本当に無事でよかったと、優しく肩を叩いてくれた。

すると、奥のほうに停まっていた黒塗りの車から、1人恰幅のいい男性が下りてきた。

・・・やべ!小田切警視長までいんのかよ!!

悠然とした足取りで、真っ直ぐこちらを見据えながらやってくる様子に
オレは一歩後ずさりしながらも、上目使いに彼を見つめる事しかできなかった。

やがて、オレのすぐ傍まで来ると、その凛々しい眉の片方をややつり上げながらジロリとオレを見た。
眼光の鋭さは相変わらずだ。

「・・・ずいぶんと無茶をしたようだが、どこもケガは無いのかね?」

響きの良い渋めの声で、彼は穏やかにそう聞いてきた。
頭ごなしに怒鳴られるよりも、こう冷静に来られる方が正直言って怖い。

ま、事件解決のためとはいえ、今回は自分でもかなり無茶しているとは思っていたので、何を言われても仕方が無いとオレは覚悟を決めた。

「・・・勝手な事をして申し訳ありませんでした。」

再度、深々と頭を下げる。
小田切警視長は、オレのその様子に頷きながら続けた。

「・・・君は、どうも事件だと放ってはおけない性分らしいな。
頼もしい限りだが、もう少し自分の立場をわきまえて行動すべきことを
忘れてはいかん。何かあったからでは、取り返しはつかんのだ。」

言いながら、オレのウエストの方へと手を伸ばし、コルトを引き抜いた。
そしてソレを目を細めながら眺めると、セーフティをかけた後、別の警官に渡す。

「・・・さて。私の方からは以上だが、目暮警部が君に聞きたい事があるらしい。後は彼の指示に従ってくれたまえ。」

「・・・はい。」

意外にもあっさりと小田切警視長が引き下がるので、
オレはやや面を食らってしまった感じがしたが。

なるほど。カミナリを直接落とすのは、目暮警部ってことか・・・。

彼はそのまま護衛を連れて、もときた車へと向かい、オレの脇を通り過ぎていった。
が、2、3歩足を踏み出したところで、再度こちらを振り返る。

「・・・一つ、聞いてもいいかな?」

その声に、オレは目だけで応える。

「本来であれば、もう少し早い段階で我々に通報すべきだったと思うが、敢えて君がそれをしなかったのは、彼らの取引相手の海外組織とやらに何か関係があるのかね?」

射ぬくような視線を受けながらも、オレはそれには応えなかった。
黒の組織のことを容易に口にすべきではないと思ったからだ。

だから、ただ真っ直ぐに彼を見つめ返すしかなかった。

しばしの沈黙の後、小田切警視長はややその目を細めた。

「・・・なるほど。まぁ、いいだろう。
だが、これだけは憶えておきたまえ。

どんな事件も決して1人で解決しようなどと思ってはいかん。
そのために我々がいるのだ。そのことをどうか忘れないで欲しい。」

それだけ言うと、彼は再びオレに背を向けた。
その背中を見送りながら、思わずオレは声をかけていた。

「・・・小田切警視長!!」

オレの声に、彼はゆっくりと振り返る。
彼のその顔を見据えて、オレは口を開いた。

「・・・今は・・・。今は、まだお話できませんが、いつかきっときちんとお話します。」

すると、小田切警視長は目だけでフッと笑い、そのまま前を向いて車へと戻って行った。

 

「・・・さて。」

小田切警視庁が車に乗り込むのを、オレと一緒に見送っていた目暮警部が、一呼吸おいて、オレを見た。

「では、工藤君。一緒に署までご同行願おうか。
じっくり話を聞かせてもらおう。・・・ああ、できれば薬物の押収もさせてもらいたいのだがね。」

・・・ははは。
良かった。下手に灰原とかに渡す前で。

「・・・あ、じゃあすみませんが、僕の自宅によってもらえますか?」

と、にっこり笑って言ってみたが、警部は白い目を向けたままだった。
高木刑事に至っては、笑顔で車のドアを開けて待ってくれていたりする。

・・・あ〜・・・。仕方ねぇか・・・。

そう思いながら車へ向かいかけた時、ジーンズの後のポケットに突っ込んだままだった携帯がブーンとバイブした。

ん?誰だ?こんな時間に。

液晶には『 非通知 』の文字。
訝しげに思いながらも、とりあえず出てみる事にする。

「・・・もしもし?」

『よぉ!名探偵。こってりしぼられたか?』

「!!」

声の主に思わず携帯を落としそうになる。
怒鳴りだしたい気持ちを必死で押さえて、オレは小声で話した。

「お、お前!!何でオレの番号知ってんだよ?
あ、いや、そんなことより!!お前、今、どこにいる?!どうしてお前がアイツらを追うんだ?!」

キッドのいるところは電波が悪いのか、少し雑音が聞こえる。
しばしの沈黙。
あれ?もしかして、オレの声、聞こえてないのか?
そう思った時、再び、キッドが語りだした。

『残念ながら、奴らにはまかれちまったよ。いやぁ、そううまくはいかねーもんだな。』

「・・・そうか。で、お前、ケガは?」

瞬間、受話器の向こうでクスリと笑い声が漏れる。

『心配してくれるんだ、オレのこと?』

「ば、ばーろ!!オレは別に・・・!!」

『大丈夫だよ、オレは名探偵とは違って無茶はしないからね♪』

・・・てめぇ、イチイチうるせーんだよ。

「それより、教えろよ。お前、奴らとどういう関係なんだ?」

『・・・それは、またオイオイね。話せる時が来たら・・・。』

と、そこまで聞いたところで雑音が一層激しくなり、そのまま通話は切れてしまった。

「おいっ!!キッド!!」

思わず上げたその叫びに、警部達が驚いて振り返る。

・・・あ、やべ。

携帯を持ったまま、オレはしばし固まった。

「・・・何だって?!工藤君。その電話、怪盗キッドからなのか?」

「・・・あ、いや、その。イヤだな、警部。き、聞き間違いですよ。
 『キッド』ではなくて、『木戸(きど)』です。こんな時間に電話してくるなんて、信じられないですよねぇ〜、ハハハ。」

なんて、言い訳をしてみたが、かなり苦しい。
が、とりあえず、その場はごまかす事ができた。

ヤクザな連中からクスリまで買って、銃をぶっ放した上に、
キッドとつるんでいただなんて知れたらシャレにならないぞ。

オレは今度こそ冷や汗が出る思いで、そそくさと車に乗り込んだ。
そして、東の空が白くなってきた頃、ようやくその場を後にしたのだった。

 

その後、学校の始業時間ぎりぎりまで、オレが警部にこってりしぼられたことは
言うまでも無いだろう。

 

■ The End ■


様からのリクノベルの最終話です。
ちょっとお時間が開いてしまいまして、申し訳ありません。
・・・というわけで、やっと完結!!

・・・こんなんでいかがだったでしょう?
やばいわ・・・。

頂いていたリクは以下の通りのですが!

○事件モノで事件解決の為には手段を選ばない新一
○無茶をする新一をフォローするKID。というか無茶を見かねて(笑)
○そんな二人を垣間見るが、黙って見守る(見逃す?)某警察関係者

・・・何というか文字にすると凄いリクエスト(^^;)
特に最後のリクに自分の趣味が表れてます(苦笑)
某警察関係者は、個人的には映画「瞳の中の暗殺者」に登場の小田切警視長。
ラストシーンで惚れましたv原作にも登場してくれないかと密かに思っているのです

(&同じくリクノベルの中から、「銀のNeedle」の後日談!!)

いやぁ〜・・・、大した事件モノではなかったですね、ハハ・・。
一応、ラストにもお約束の小田切警視長に登場していただきましたが、
この人動かすの、難しいなぁと思ってしまいました。

そして、相変わらず妙にまとまりがない感じになってしまいまして
ほんとにごめんなさい。
後半、ほんとにバタバタしてるわ・・・。

 

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