「じゃじゃ〜ん!!見て、コレ!!」
「・・・あん?」
相変わらず、机に突っ伏して寝ていた快斗の目の前に青子が何やらチケットらしいものをかざして見せる。
大きな欠伸を一つ、まだ寝たりないようにこすりながらも、快斗はソレを青子の手から奪い取った。
「・・・んだよ?東京ディズニーシーのチケットじゃねーか。
どうしたんだよ、こんなもん?」
「えへへ〜!!親戚からもらっちゃったんだ。急な予定が入っていけなくなっちゃったんだって。
それより、見てよ。その日付!!」
「・・・12月24日〜?!おわ!プレミア・チケットじゃねーの?!」
「そう!クリスマス・イヴなの!!すごいでしょ!!」
言いながら、腰に手を当てて、青子はさも得意げに笑ってみせる。
確かに青子の言うととおり。
この時期のTDRのチケットが手に入るなんて、大したものだ。
この夢見るテーマパークのチケットは、クリスマスや大晦日のカウントダウンなどイベント時は
かなりの競争率であることくらい、快斗も充分に知っていた。
「しょうがねぇなぁ?!どうせ一緒に行くヤツ、いねーんだろ?オレ様が行ってやろうか?」
チケットをヒラヒラさせながら、快斗はクスリと笑った。
こういう場合、幼馴染の少女が手っ取り早く自分を誘うことなど、すっかり承知の上である。
すると、そんな快斗の態度にさすがにムカついたのか、青子がチケットを快斗の手から奪い返した。
「何よ!?そんな生意気な態度すると、連れて行ってあげないわよ?
他にも声はかけてあるんだから!!」
「へぇ。誰?」
「紅子ちゃん!!」
その名前を聞いて、快斗は僅かにその眉を寄せた。
小泉紅子。
その気品あふれる美貌の持ち主である彼女に、学校の大半の男子は心を奪われているらしいが。
自らを「紅魔術の正当なる後継者」と名乗り、もう一つの「魔女」の顔があることを
快斗以外はみんな知らない。
快斗が彼女を厄介だと思う理由の一つは、なんだかよくわからない魔術で
自分の正体を確信を持って暴いているという点である。
そこに何の根拠もないのだが、ある意味、白馬なんかよりタチが悪い気がしてならないと
常々快斗は思っていた。
幼馴染の青子とは、何もかも正反対のタイプなのに、かえってそれがよかったのか、なぜか二人は
気が合うらしく、仲良くしていることも快斗は知っていた。
「・・・なんだよ、じゃあ最初っからオレに声なんかかけるなよ?」
・・・だったら、紅子と行けばいい、快斗はそう思って溜息をついた。
「だって、チケット4枚あるんだもん。紅子ちゃんと相談して、快斗を誘おうかって話になったの。」
「4枚?じゃあ、あと一人は?」
「白馬君よ!」
げ!
今度こそ、快斗は明らかに嫌そうに顔をしかめた。
「白馬君、日本の遊園地行くの、初めてなんだって。すごく楽しみにしてるって言ってたよ?」
・・・おいおい、マジかよ。
だいたい、あんな堅物、遊園地なんか楽しめんのか?
「・・・オ、オレ、やっぱ今回は遠慮しようかな・・・。」
なんて、快斗は小声で言ってみるが、青子は天真爛漫な笑顔を浮かべて、まるで聞いていなかった。
「そういうわけだから、快斗!24日はしっかりあけといてよ?
私、これから紅子ちゃんといろいろ計画立てる約束してるから!!じゃあね!!」
一方的にそれだけ言うと、青子は紅子の元へ行き、二人で仲良く教室を出て行った。
教室から出る際、紅子が快斗の方へとちらりと振り返り、二人の視線が一瞬だけ重なる。
その瞬間、彼女は僅かに「魔女」の微笑みを浮かべた。
「!」
てっめぇ〜!!やっぱ、楽しんでやがるな?!
白馬を誘うようにけしかけたのも、どうせ彼女の差し金に違いないと、快斗は確信した。
ディズニーシーには行きたいけどさ、何で『魔女』や『探偵』と一緒に行かなきゃならねーんだよ?
気乗りのしないメンバーに、快斗は重々しく溜息をついた。
★ ★ ★
12月24日、当日。
クリスマス寒波到来とかで、ずいぶんと冷え込んではいるものの、天気には恵まれていた。
東京ディズニーシー ゲート前。
「おっそ〜〜いっ!!快斗!!何、遅刻してんのよ!!」
集合時間から少し送れて到着した快斗を、まずは青子の雷が出迎えた。
続いて、その青子の横に立つ白馬が手元の時計で時刻を確認する。
「・・・正確には17分48秒の遅刻です。」
そんな白馬にげんなりしている快斗を見て微笑む美女は、紅子である。
「・・・ワリーィな。ちょっと寝坊しちゃってさ!!」
・・・仕方ねーだろ?!昨夜は仕事の下調べに行ってて、ほとんど寝てねーんだよ!!
とは、言えずに快斗はペロっと舌を出す。
先週の金曜日から学校は冬休みに入ったが、快斗は年末に行われるビック・ジュエルの展示会に
向けて仕事の準備に追われていた。
なので、ここのところロクに睡眠も取っていない状態である。
「こら!快斗!来るなりまた、欠伸なんかして!!ほんとにもう失礼なんだから!!」
そんな事情なんて露知らずの幼馴染の少女は、ぽかりと快斗の頭を殴った。
とにもかくにも、これで全員無事そろったということで、いよいよ4人でゲートをくぐる。
園内は、すでに多くの人で賑わっていた。
快斗はふと、自分の横に立つ白馬の姿に目をやった。
・・・そういえば、コイツの私服姿なんてあんま見たことねーよな。
仕事の現場では正装のつもりか、刑事に見間違われそうなかっちりしたスーツ着ちゃってるし。
普段の制服かスーツ以外の白馬を見るのは、快斗は初めてなことに気づいた。
アンゴラを使ったベージュのダッフル・コートに、カーキ色のマフラー。
・・・ふーん、センスは悪くねーんじゃん?
けど、ほんとコイツ、高校生には見えねーな・・・。
180もある身長と、ロンドン育ちの気品溢れる紳士っぽさが醸し出す雰囲気から、
どうも自分より大人に見えてしまう白馬を、快斗は生意気なヤツ!と思って内心舌打ちをした。
「・・・にしてもさ。せっかくのイヴだぜ?よくもまぁ、こんな日に集まれたもんだよな。」
揃いも揃って、お前ら予定とかないワケ?
快斗がそう溜息を漏らしながら言うと、青子とガイドを覗き込んでいた紅子がふと顔を上げる。
「あら。その台詞はそっくりそのまま貴方に返すわよ?」
「本当に今日でよかったですよね?黒羽君。年末は君はいろいろと忙しいでしょうから・・・。」
年末のビッグ・ジュエルの展示会に、怪盗キッドが現れることを予想して白馬がそう付け加える。
快斗はそれには特に答えず、冷めた視線だけを返した。
「ねぇ!それより先に人気のアトラクションのファースト・パス取っちゃおうよ!」
「何ですか?そのファースト・パスって・・・。」
聞きなれない単語に白馬が首を傾げる。
「混んじゃうアトラクションとかの乗る時間をあらかじめ指定できて、長時間並ぶことをしなくてすむ
システムのことよ!このおかげでだいぶ時間が有効的に使えるの。」
青子がそう説明すると、白馬はそんなシステムがあるのかと感心したように頷いた。
「・・・でも今日はさすがにクリスマスだけあって、パスを取るのも一苦労のようね。
ほら、見て。すごい行列よ?」
紅子が指差したその先には、果てしない列が続いていた。
それを見て、青子が嫌そうな悲鳴をあげる。
「ねぇ、パスを取るのにも他のアトラクションに乗るのにもどっちにしてもかなり並ぶことになりそうだし。
どうせなら二手に別れた方が効率的じゃない?
チケットは、パスと取る側にしか必要はないでしょ?」
紅子の提案に青子が賛同した。
「そっか〜!!パスを取るのに並んでる間、他のアトラクションに誰かが並んでおいてくれれば
パスを取り終わったら合流して、すぐ乗ることが出来るもんね!!紅子ちゃん、頭いい〜!!」
確かに、紅子の言うとおりだが。
快斗はその二手に分かれた場合のペアについて、少々嫌な予感が走る。
「ちょっと待てよ。もしパスを取る側の方が遅かったら、どうすんだよ?
合流できねーじゃん。アトラクションの方は二人で乗るのかよ?」
「え〜?大丈夫だよ、快斗。普通、パスなんてちょっと機械に通すだけだし、
絶対アトラクションに並ぶ方より、早く終わると思うな。
それに、もし間に合わなかった場合は、とりあえずはせっかくだから、二人でアトラクションに
乗ってもらって、後で合流すればいいじゃない?ケータイもあるし、はぐれることなんてないよ。」
「・・・確かにそうした方が時間的には効率的ですね。
では、黒羽君、僕らでそのファースト・パスとやらを取りに行ってきましょうか!」
げ!何でいきなりお前とペアなんだよ?!
快斗は嫌そうに顔を引きつらせるが、白馬はいたって真面目な表情で。
「・・・そう?じゃあ、悪いわね。貴方達に行ってきてもらおうかしら?
私達はこのアトラクションに並んでおくから。」
と、紅子もクスリと笑う。
・・・てっめ〜・・・。
快斗はわなわなと紅子を睨みつつも、ビシっと人差し指を立ててこう言った。
「わかったよ!とりあえず行ってきてやるから!
その代わり、パスを取りに行くのは交代制にしようぜ?!ついでに、ペアもな!!」
「・・・ええ、構わないわよ?」
紅子は魔女らしい美しい微笑をその唇に乗せた。
「じゃあ、黒羽君、行きましょうか!ファースト・パスの列はあっちのようですよ?」
言いながら、白馬が快斗の腕を掴む。
「・・・わかってるよ、そんなこと!!」
なれなれしく触るんじゃねー!!
快斗は荒々しく白馬の腕を振り払い、そのまま列の方へと走っていった。
★ ★ ★
そうして、紅子の提案どおり、二手に分かれてそれぞれに順番を取ったおかげで実に効率的に
アトラクションを回ることが出来た。
心配されていたペアの行動も、厳密な二人きりな時間は実はほんの僅かであったので
当初、快斗が心配していたほどでもなかった。
そうは言っても。
気心しれた幼馴染、青子と並ぶのと、
妖しい魔女と並ぶのと、
お堅い名探偵と並ぶのと、
快斗の気構えもそれぞれに違うわけで、かなり神経を使うものには違いなかったであろうが。
ファースト・フードで軽い昼食も取り、午後も同じようなペースで回り始めて数時間が経過した。
そして。
順番的に、快斗と白馬がペアを組んで、ファースト・パスを取りに行こうとその列に並んでいた時
快斗の携帯が着信のメロディを奏でた。
『あ、快斗?今ね、もう紅子ちゃんとアトラクションの乗り場近くまで来ちゃってるの。
とりあえず、コレに乗っちゃうから、あとで合流しようね?!』
と、一方的にそれだけ言って電話は切られてしまう。
・・・おいおい・・・。
一瞬、快斗の頭に嫌な予感が走るが、そんな快斗の気持ちなど全く知らない白馬が
相変わらず人のよさそうな顔で覗き込んできた。
「・・・どうかしましたか?」
「青子達、アトラクションの順番が来たから、とりあえず先に二人で乗るってよ!」
「そうですか。仕方ありませんね。パスを取るまではもう少し時間がかかりそうですし・・・。
取り終えたら、彼女達が乗っているアトラクションの出口に行けば大丈夫でしょう。」
確かに白馬の言うとおりなのだが。
何故だが、快斗は直感的に感じた嫌な予感を頭から消し去ることができなかった。
「・・・それにしても、すごい列ですよね。何をするにも混んでいるし。
日本の遊園地ってどこもこうなんですか?」
一向に動かない列の中で、白馬が快斗に話し掛ける。
「・・・東京ディズニーリゾートは特別なんだと思うぜ?まぁ、あとは今日はクリスマス・イヴだしな。」
快斗がそう答えてやると、白馬はなるほど、と頷いた。
そんな『探偵』の横顔を盗み見しつつ、快斗は会話を続けた。
「それにしても、お前が今日、あいてるなんて意外だったよ。
なんか、豪勢にパーティとかしてそーじゃん。」
「ああ、父の知り合いからいくつかパーティは誘って頂いていたのですが、全部お断りしてまして。」
イヤミなくらいさわやかな笑顔を向けられて、快斗は嫌そうに眉を寄せる。
「・・・ハァ?!全部断った?」
すると、白馬はすっとその色素の薄い目を細めて射るように快斗を見つめた。
「ええ。気まぐれな怪盗がいつ現れるかわからないので、下手に予定は入れられないものですから!」
明らかに快斗を『怪盗キッド』として、見ているその瞳。
快斗はいささかげんなりして、またもやシラを切り通す。
「・・・へぇ?じゃあそんな素敵なパーティをキャンセルしてまで、
今、ここにいるのは一体どういうことなワケ?」
やや斜めに構えてそう言ってのけた快斗を、白馬は余裕の笑みで返す。
「君と一緒にいることができるなら、それが一番確実な方法ですからね。」
キッドが他に現れる心配はないでしょう?そう言いたげな。
快斗はナマ欠伸を一つ、そんな白馬の台詞を聞き流した。
やがて、パスを取り合えた快斗と白馬は青子達が乗っているはずのアトラクションの前まで
戻ってきた。が、出口付近に彼女達の姿はない。
時間的にはもうとっくに乗り終えているはずなのに。
快斗は不審に思って、青子の携帯に電話を入れることにする。
数回のコールの後、電話に出たのは紅子だった。
「お、おい!青子は?!お前ら今、どこにいるんだよ?」
『中森さんなら、今、化粧室に行ってるわ。
貴方達があんまり戻ってこないから、私達、別のアトラクションへ移動したのよ。』
「なっにィ〜!てめー、勝手な事すんなよ?それで今、どこなんだ?!」
『なんだか、電波が悪くてよく聞こえないわね。』
紅子のクスクスと笑い声が電話口から漏れる。その声はいたって鮮明だというのに。
「てっめ〜!!ウソこいてんじゃねーぞ!電波なんかちっとも悪くねーじゃねーか!!」
『あら、そう?!でも、もうすぐ悪くなるはずよ?
ねぇ、それより、黒羽君、今日はせっかくのクリスマス・イヴだし、私からプレゼントを
贈らせてもらおうと思って。』
「はぁ?!何、言ってんだ?!」
『貴方に素敵な時間をプレゼントするわ。名探偵さんと過ごす聖夜をね・・・。』
「なっっ・・・!!」
それだけ言うと、紅子の電話は一方的に切れてしまう。
慌ててリダイヤルした快斗の耳に届いたのは、残酷にも電波が届かない旨のアナウンス。
ウソだろ〜〜〜っっ!!
さっきまで、電波は大丈夫だったじゃねーかよ!!電源切りやがったのか?!
そう思って快斗は自分の携帯を見て、愕然とした。
なんと、『圏外』になっている。
そんなはずはない!アンテナは3本しっかりと立っていたはず・・・
そう思って周りを見ると、別にみんな平然と携帯を使っている。
・・・ヤラレタ!!
一瞬して、快斗は紅子の、いや、魔女による策略だと見抜いた。
快斗は使えなくなった携帯を見つめて、しばし呆然とするしかなかった。
その頃。
「ごめーん、紅子ちゃん!お待たせ!!トイレもすごく混んじゃってて・・・。
あ、快斗から連絡あった?」
マフラーを巻きなおしながら走って戻ってくる青子を、紅子は笑顔で迎える。
「・・・ええ、それが。話している最中で、電波が悪くなってしまって・・・。
どうにも連絡がつかないの。」
言いながら、紅子は『圏外』が表示されている青子の携帯を見せた。
「えぇ〜?!じゃあ、快斗たちとはぐれちゃったってこと?!
どうしよう?紅子ちゃん、園内のアナウンスで呼び出してもらう?」
「子供の迷子じゃあるまいし、そこまでする必要はないと思うけど。そのうちどこかですれ違うかもよ?
それより、中森さん。私、このミュージカルが観たいんだけど。もうすぐ開演時間なの。」
紅子がそう言って、綺麗に笑うと。
「あ!それ、私も観たかったんだ!!じゃあすぐ行こうよ!!快斗達を探すのは、後でもいいよね?」
そう言って、青子も無邪気に笑った。
穏やかに頷いた紅子の瞳が、妖しい輝きを放っていたのをもちろん彼女が気づくはずもないのだが。
★ ★ ★
「・・・で、これからどうします?黒羽君。」
大勢の人たちが行き交う通りの脇にあるベンチに、とりあえず座りこんだ快斗と白馬は、
今後の予定をどうしたものか、頭をひねった。
「先程、係りの人に伺ったんですが、園内の呼び出しアナウンスは小学生以下の子供を基本的に
対象としているらしくて、取り合ってもらえませんでした。
携帯電話が使えないなら、他に手立てがありませんね。」
白馬の台詞に快斗は深い溜息をつく。
あの魔女のことである。きっともう青子達とは会わないよううまく仕込んであるのだろう。
・・・さて、これからどうしたものか。
せっかく来たのに、もう帰るなんてもったいないし。
夜9時からやる、水上のショーは絶対観たいんだよなー・・・。
と、思いつつ、となりの白馬を見やる。
かと言って、ずっとコイツと二人きり・・・っつーのはツライ。
気の合わない人間といるくらいなら、一人の方がまだマシだ。
『じゃあ、今からお互い単独行動な!!』 なんて言って、別れられたらいいケド。
しかし、白馬はどこまでも快斗とは意見が合わないようで全く逆の提案をしてきた。
「せっかくですから、黒羽君。僕達二人だけで回りましょうか!」
その白馬の邪気のない笑顔に、快斗は冗談じゃないと大いに引きつって見せる。
男二人で、デートみたいに遊園地なんて回れるかよ?!しかも、お前となんて、絶対にごめんだね!
と、ぐらい言って抵抗したっていいのだが。
ここで下手に事を荒立てる気力もないので、不本意ながら白馬に同意することにした。
・・・ま、いいや。
適当に回って、そのうち、まいてやろう。
とりあえずは、そう思って。
「・・・OK!じゃあ、何から回る?午前中に一通り制覇したからな。オレはもう一度この
『センター・オブ・ジ・アース』ってのに乗りたいんだけど?」
「ああ、最初に乗ったジェット・コースターですね?
確か、地底世界を表わしているとかいう・・・。でも、僕はどうもイマイチあれが地底世界とは
思えないんですが。地底というより、異世界のような気がしますね。」
たかがアトラクションにそこまで真面目に意見を言う必要なないと思うが。
快斗は頭痛がしてきそうな気がしながら、さっき乗リ終えた時、白馬が青い顔をしていたのを
思い出した。
「お前さ、もしかしてこういうの、苦手?」
「そ、そんなことありません!!ただ僕はゆっくりと船に乗って、美しい景色を眺めるような
アトラクションの方が、夢があっていいと思うだけで・・・」
・・・へぇ?絶叫系はダメなんだ?!ふーん。
「怖いなら、無理につきあわなくたっていいんだぜ?」
ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべながら、白馬を覗いてやる。
すると、白馬は負けじとばかりに、睨み返す。
「とんでもない!君の行くところはどこへでもついて行きますよ!?」
・・・って、オマエ、なんて台詞をほざいてんだよ?
やれやれと、快斗は肩を落とした。
そうして、二人は快斗の希望どおり、『センター・オブ・ジ・アース』のアトラクションへ向かった。
そこは、相変わらずの人気で、かなりの人だった。
通路の脇に、つめて並ばされている列の最後尾にとりあえず二人で並ぶ。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
二人の間に生まれる重い沈黙。
だーかーらー・・・。イヤだったんだよ、コイツと二人きりで回るの・・・。
快斗は決して話下手なのではないのだが、というかその反対で、自分と多少話の合わない人間とでも
普段なら軽く会話することぐらいお手のものなはずで。
なのに、相手が白馬となると、どうも勝手が違うらしい。
話す言葉が何一つ見つからない。
「キッド」として、現場での腹の探り合いのような会話は結構楽しんでやっているのだが、
「快斗」として、しかもこうプライベートな時間に一緒にいるとなると、どうも苦手である。
・・・いや、普段のコイツの行ないをからかってやったっていいんだけどさ。
どうにも快斗は、ここ最近の寝不足も手伝ってか、そろそろ体力の限界を感じ始め、
余計な頭脳労働もしたくない状況へとなってきてしまっていた。
先程から、欠伸が止まらない。立っているだけで眠りの世界に引きずり込まれてしまいそうな。
「・・・大丈夫ですか?黒羽君。ずいぶんと眠そうですね。」
「・・・あ?あ、ああ。」
立っているのもツラそうな快斗を見やりながら、心配そうに白馬が声をかける。
「乗り物はまた後にして、少し休憩でもしますか?」
「・・・平気だよ!休憩したいなら、お前一人で行ってくれば?」
そう目不足で少し充血した目で睨まれて、白馬は苦笑した。
そうして、とりあえずそのアトラクションを乗り終えて、一時期の興奮に睡魔を一瞬振り払ったものの
快斗の疲労度は増すばかりで、一層眠気を煽った。
「黒羽君、そこのベンチで少し待っててもらえますか?」
白馬はそれだけ言うと、さっさと走って快斗の前から姿を消した。
快斗はといえば、今が白馬の前から消えるチャンスだと頭ではわかっていても、
どうにも治まらない睡魔に、すべての思考が面倒くさくなって、よろよろとベンチへと向かった。
・・・少し休んだら、白馬のヤローが戻ってこないうちに・・こっから消えよ・・
そう思いながら、腰掛けた快斗の瞼が無意識のうちにゆっくりと閉ざされていく。
一方、オープン・スタンドでホットの飲み物を調達してきた白馬は、ベンチに座ったまま
無防備に寝入ってしまってるクラスメートの姿を見つけた。
行き交う人々の中でも、そのベンチの周りだけなぜか違う光が灯されているような。
・・・黒羽君には、普通の人にはないオーラがある。
白馬は常々そう思っていた。
多くの人を惹きつけて止まない形容しがたい魅力。
それが、どうも『怪盗キッド』と重なってならない。
そこに根拠はないけれど。
だからこそ、彼がキッドではないのかと、疑わずにはいられない。
いや、間違いなく彼こそが、キッドなのであろうが。
白馬は、自分が近づいても一向に起きる気配の見せない快斗の顔を覗き込む。
キッドとして見せるあの凛とした冷涼な雰囲気も、まるで感じさせないような子供のような寝顔。
けれども、そこにはどことなくいいようのない色気が醸し出されていて。
思わずその頬に手を伸ばし触れようとした瞬間、快斗の大きな瞳がパチリと開いた。
「!」
驚いて、白馬はさっと手を引く。
快斗の方もいきなり、至近距離に現れた白馬に驚いた様子で、目をぱちくりさせている。
どうやら自分が寝入ってしまったことに気づいていなかったらしい。
「・・・あ、あの。飲み物を買ってきました。体が温まりますよ?」
言いながら、白馬は快斗に紙コップを差し出す。
まだ少し寝ぼけまなこな快斗はいい匂いのするコップをそのまま無言で受け取った。
・・・ココアだ。
見上げると快斗の目の前に立っている白馬のコップからは、リプトンのティパックが見えている。
・・・白馬は紅茶、飲んでんのか・・・。
もう一口ココアを運んだ後、快斗は口を開いた。
「・・・お前、よくオレがココア好きだって知ってたな。」
すると、白馬は何でもないことのようにクスリと笑った。
「だって、黒羽君、学校でも良く飲んでるじゃないですか。」
・・・ふーん、よく見てんね、ヒトのこと・・・。
そう思いながら上目使いに白馬を見やる。
そうして、「ごっち!」と言いながら飲み終えたコップを少し離れたごみ箱へ軽く投げ入れて
快斗は大きく伸びをした。
中途半端にほんの数分眠っただけでは、大して睡魔を撃退することにはならなかったが。
とりあえず、快斗はベンチから立ち上がった。
日はもうすっかりと暮れて、あたりは暗くなってきている。
と。
くしょん!と快斗が小さなくしゃみを漏らす。
「ああ、こんなところでうたた寝なんかしているからですよ。体が冷えてしまったんじゃないですか?」
「・・・べっつにこんなことくらいで、風邪なんか引かねーよ!」
むすっと快斗が言い返すと、白馬はそれには苦笑して。
「そろそろ食事にしませんか?黒羽君、夜に行われるショーが見たいんでしょう?」
確かにショーを見るためには、そろそろ食事をしておいた方がいいのだが。
快斗は、そういえばレストランの予約を入れておこうと思ってうっかり忘れていたことに気づいた。
ランチをしていた時、青子のリクエストを聞いてから店を取るつもりで
その後、予想外の展開になったものだから、すっかりと失念していた。
というか。
4人だったらまだしも、今となっては、白馬と二人のディナーの予約を取るなんて
バカバカしいにも程がある。
しかし、何と言っても今夜はクリスマス・イヴ。
今からじゃ、どこのレストランもすぐには入れないに違いないと踏んだ快斗は、
夕飯も軽くファースト・フード系で済ませるしかないかと、ガイドを広げた。
すると、白馬がさらりと告げた。
「黒羽君さえ良ければ、僕の方でお店を一軒紹介できるんですが。」
「え?」
「園内に『ミラコスタ』というホテルがありますよね。父がその経営者と知り合いでして。
今日、僕が行くことを話したら、いろいろと優遇してくれるようなお話を頂きました。」
その白馬の言い様に、快斗はほ〜っ!と感心して見せる。
「さっすが、ブルジョワ!!ミラコスタのレストランでディナーが出来るわけ?」
イヤミったらしくそう言ってやったのに、白馬が笑顔で頷いたので快斗の方が少々焦る。
・・・おいおい!マジかよ?!
クリスマスに何でそんなとこで、お前とディナーしなきゃならねーんだ?!
「じゃあ、行きましょうか!?黒羽君。
おそらくクリスマスの限定メニューかと思われますが、君の苦手な魚介類は外させるように
僕が頼んでおきますよ?」
白馬はそう言って、にっこりと微笑んだ。
★ ★ ★
そうして。
快斗は白馬に連れられて、ホテル ミラコスタのレストランに来ていた。
来るまでの道のり、結構快斗的にも心の葛藤はあったのだが。
結局は、目の前ぶら下げられた豪勢な食事に釣られたと言っていいのか。
不本意ではあるが、まぁウマいものが白馬のおごりで食えるならいいや!ということで
とりあえず納得をして、快斗は白馬についてきた。
いいかげん、この二人きりの雰囲気にも慣れてきたことだし。
極度の寝不足のせいで、はっきり言って気の使いようの欠片もない自分だが
かえって白馬にはその方が接しやすいことに気づいた快斗は、いつものペースを取り戻しつつあった。
レストランでは快斗達は窓際の席を案内された。
席につくと、レストランの支配人らしき人物がやって来る。
白馬は席を立って、いつものように礼儀正しくきっちりと挨拶を交わした。
そんな様子を見ながら、快斗は目を細めてふと思う。
・・・ったく、いっつもそんなんで疲れないんかね?
もう少し、肩の力抜いてみれば?名探偵?
すると、一通り挨拶を終えた、白馬が快斗の顔を覗いた。
「黒羽君、スパークリング・ワインをサービスでいただけることになったんですけど、飲めますか?」
「オレは構わないけど。お前の方がヤバイんじゃねーの?警視総監の息子が
未成年のくせに飲酒なんてさ!」
「ええ、僕もそう言ったんですけど。今日はクリスマスだから、特別に許可してくださるってことで。
まぁ、スパークリング・ワインなんてシャンパンみたいなものですからね。
父には内緒にしておいてもらうよう、頼んでおきました。」
苦笑しながら、そう言った。
へぇ?意外に話せるじゃん!単なる堅物ってわけでもないのかな?
快斗はにっこり頷いた。
そうして、運ばれてきたグラスに、綺麗な色のワインが注がれる。
「・・・では、黒羽君。クリスマスの素敵な夜に乾杯でもしましょうか?」
グラスを傾ける姿がイヤミなくらいサマになっている白馬に、思わず快斗はずっこけそうになる。
「・・・お前な。ヤメロよ、そういうこと!」
まるで恋人同士のディナーみたいじゃねーかよ!
そう思いながら、快斗はグイっと一気にワインを飲み干した。
冷たい炭酸の刺激が喉に心地いい。
「く、黒羽君。そんな一気に飲んだら、酔いが回りますよ?」
「うるせーな、喉渇いてたんだよ。それよりこのワイン、飲みやすいな!どんどんイケるぜ?」
言いながら、快斗はなみなみと二杯目を注ぐ。白馬はそんな快斗のようすを苦笑しながらも
優しく見守っていた。
次々と運ばれてくる豪勢なディナー。
食事に夢中になりながらも、たまに顔を上げると、白馬と目が合ってしまうので
快斗は極力顔を上げないよう勤めた。
「・・・こんな長い時間、二人でいるのは初めてですね。」
穏やかな声で白馬が語りかける。
快斗は特に何も言うこともなく、ちらりと視線だけ投げた。
次にこの探偵が何を言うつもりなのか、推し量りながらも。
「ずっと考えていたんですが、『怪盗キッド』に近づく、まず一番の方法は、黒羽君自身のことを
理解することだと気づきました。」
言われて、思わず快斗は口に含んでいた食べ物を噴出しそうになるが。
はぁ?!何言ってんだ?!コイツ!!
この場合、ポーカー・フェイスの必要はないと判断した快斗は、明らかに驚きの表情を見せる。
けれども、白馬はそんな快斗を真剣にまっすぐと見つめて。
「・・・もっと、君のことが知りたい。」
そう一言、ゆっくりと告げた。
ゴホゴホゴホっっっ!!
大きくその目を見開いていた快斗は、とたんにむせ始める。
「だ、大丈夫ですか?黒羽君!!お、お水・・!!」
・・・お前のせいだろーがっ!!お前の!!
慌てて水を用意する白馬を、快斗はギっと涙目で睨む。
「・・・お、お前、アブねーぞ!?絶対っっ!まるで口説き文句に聞こえるぜ?!」
「口説く?とんでもない!僕はいたって真剣です!!」
そういう白馬の表情は、確かに真面目そのもので。
呆れてものが言えないというのは、まさにこのことだと、身を持って快斗は体験したのであった。
「・・・あのな、そういう台詞は、オレがほんとにキッドだっていう証拠を掴んでからほざけよ?
メーワクなんだよっっ!」
「はい!がんばります!!」
・・・だから。別にオレはお前の応援なんかしてねーよ!
どこまでも会話がかみ合わないことに、いいかげん疲れを隠し切れない快斗だった。
「よっし!そろそろ・・・。」
デザートもしっかりと食べ終わって、時刻は夜8時を少し回った頃。
快斗は、ごちそうさまとばかりに席から立ち上がる。
9時から始まるショーを見るためには、そろそろ場所を確保しておかなければならない。
「黒羽君、どこへ?」
立ち去りかけた快斗を白馬が呼び止めた。
「どこって・・・。決まってんだろ?ショーを見るベスト・ポイントを取りに行くんだよ。」
何を今更と快斗がそう言うと、白馬はその必要はないとにっこり笑った。
「このホテルからも、ばっちりショーは見えるようですよ?」
言われて、あん?と快斗は首を傾げる。
「・・・お前、まさかショー全体を一望できる部屋を取ってあるだなんて言わねーだろーな?」
すると、白馬はそれには笑って否定し、
「・・・いえ。先程ちょっと、ショーを部屋から見る事はできないかと訊ねたら
幸運にも一部屋、空きがあったようでそちらを使っても構わないと言っていただけまして。」
などと、さらりと笑顔で言ってのける。
部屋に空きがあった?
クリスマス・イヴに?
このミラコスタで?
・・・そんなわけはないだろう。
「・・・お前、権力にものを言わせて、善良な市民を追い出したんじゃないのか?」
快斗は明らかに疑いの眼差しを白馬へと向ける。
けれども、白馬は意外にもあっさりとこう言った。
「まさか!僕はただ偶然空きの部屋があったとしか、聞いていません。
時期が時期ですし、土壇場でキャンセルでも出たんじゃないんですか?
深い理由までは知る必要はないでしょう。せっかくのご好意ですし、どうですか?黒羽君。」
・・・コイツ、結構したたかなヤローだな・・・。
天然ぶっていながらも、意外に計算高い白馬の一面を、そのとき快斗は垣間見たような気がした。
★ ★ ★
結局、悩んだ末に、快斗はショーをミラコスタのホテルから見ることに決めた。
と、いうのも。
先程から猛烈に襲ってくる眠気と、疲労、および倦怠感。
体力はまさに限界に近いと言っていい。
この上、寒空の下、場所取りした挙句に、吹きっさらしの野外でショーを見るなんていうのは
はっきり言ってかなりツライ。
よって、妥協せざるを得なかったワケで。
不本意ながらも、快斗は白馬と二人で用意された部屋へと向かったのである。
「・・・うっわー!ほんとにシー全体を一望できるじゃん!」
テーマ・パーク側にある大きなテラスを見て、快斗が感嘆の声を上げた。
「本当に。ここなら正面からしっかりとショーを見ることが出来ますね。いい部屋でよかった。」
うれしそうに窓から外を覗く快斗を見て、白馬も微笑む。
「そろそろ、時間ですよ・・?」
白馬がそう言ったと同時に、園内の照明が一気に落ちて、代わりに楽しげな音楽が響き渡る。
そして、水中と夜空を舞台にした花火と光の華麗なショーが始まった。
テラスにちょうどショーを見やすいように椅子を配置し、頬づえをついている快斗の傍らに
白馬は立ち、二人でその美しい光景をしばし無言で見つめる。
やがて、その琥珀色に近い瞳に花火の光を写しながら、白馬がうっとりと呟いた。
「・・・まるで、キッドの仕業のようですね。彼のショー・パフォーマンスを見ているようだ。」
・・・オレはここまでサービス・精神旺盛じゃねーけどな。
なんていう心の内は隠して、快斗は聞こえない振りをする。視線はショーへと注がれたまま。
そのうち。
前方で繰り広げられている眩い光たちが、徐々に二重にも三重にもぼやけていき。
まるで、フワフワと空中を漂っているような浮遊感。
ゆっくりと視界が閉ざされていくのを、もはや快斗は止める事はできなかった。
「・・・黒羽君?」
白馬の目の前で、頬杖をついたままの快斗の黒い頭がカクンと僅かに下へ落ちる。
どうしたのかと慌てて快斗を覗いた白馬の顔に、優しい笑みが零れた。
・・・まったく。寝不足なのに、あんなにワインなんか飲むからですよ・・・。
酒のせいでほんのり赤く染まった頬。
硬く閉ざされた瞳は、まさに気絶したかのように熟睡している様子を表わしていた。
白馬はクスリと苦笑いを浮かべ、そっと快斗の体を抱き上げると
テラスから部屋の中へとゆっくり戻っていった。
部屋の奥にあるベットに快斗の体をやさしく横たえると、白馬は快斗の顔を覗いた。
やや癖のある柔らかい髪が少し乱れて、右側をうっすら隠している。
白馬は、自分の手でそっとその髪を撫でた。
本当に『キッド』とは、まるで別人のようですね・・・。
白馬は、自分の手の中にあるその子供のような寝顔の少年を、いとおしそうに見つめた。
・・・本当に興味深い人ですよ、君は。
そう心の中で呟いて、白馬は快斗のその額にほんの一瞬だけ唇を落とした。
翌朝。
見慣れないゴージャスな天井に、快斗が目をやったまま固まる事、しばし10秒。
・・・どこだ?ここ・・・。
!!
とたんに覚醒し、一気にベットから飛び起きる。
と、ちょうど部屋に白馬がやってきたところだった。
「あ、おはようございます、黒羽君。よかった。ちょうど紅茶が入ったところだったんです。
ストレートにしますか?それともミルクか、レモンを?」
穏やかな笑顔を向けられて、快斗は思わず冷や汗が滝のように流れるのを感じる。
もしかして・・・いや、もしかしなくても!!
オレ、昨夜、あのまま寝ちまったのかっっ?!
ショーのフィナーレをどうにも見た記憶がないことで、快斗は自分の失態に気づいた。
・・・ってことは、アイツがベットまでオレを運んだワケで・・・。
あ!と、思って快斗は自分の着衣を確認する。
が、どうやら着の身着のまま寝かされていたようで、内心、安堵の溜息をついた。
万一、着替えでもさせられていたら、一貫の終わりである。
銃創という動かぬ証拠があるのだから。
「・・・心配しなくても、君の衣服には手を触れてはいませんよ?
そんなフェアじゃないことは、したくありませんからね。」
白馬はその目を細め、余裕な態度で笑ってみせる。
ヤロー、言ってくれる!
快斗は心の中で毒づいて、けれども表情はいたって平然としたまま。
「・・・何言ってるんだか?
オレは、ただ貞操の危機だったんじゃないかと、心配しただけなんだけどな!」
言っている意味がわからないと首を傾げる白馬に、快斗はニヤリと子悪魔的な表情をした。
「お前が昨夜、オレのことを知りたい、なんて言うからさ。
・・・てっきりオレの体の方までも、すべて、知りつくしたのかと思って・・・。」
吐息が漏れるような甘い声。
そして、口元には妖艶な微笑。
言いながら、明らかに思わせぶりな色っぽい視線を送って見せると、
とたんに白馬はボッと火がついたように赤くなり。
「・・・なっなっ、何言ってるんですか、黒羽君!!僕はそんなこと・・・っ!!
第一、人の寝込みを襲うなんて、そんな卑怯な真似、ぼ、僕は決して・・・!!」
動揺しまくる白馬を、快斗は面白そうに見やり、
今までのお返しとばかりに、意地悪くからかってやる。
「・・・へぇ?襲うって、どんな風に?」
「どっ、どんなって・・・!!く、黒羽君、あんまり人をからかわないでくださいっっ!!
ほら、紅茶が冷めますよ?!何を入れるんです?!ストレートでいいんですかっ?!」
思いっきり焦りまくる白馬の様子に、快斗は思わず吹き出してしまう。
「あはは!あ、じゃあオレ、ミルク!砂糖もティ・スプーンで3杯ね!」
たっぷり睡眠を取ったおかげで、いつもの悪戯好きのクラスメートの顔に戻った快斗を見て
白馬は苦笑する。
昨夜のその無邪気な子供のような寝顔を思い出しながら・・・。
「お茶を飲んだら、2階のレストランに朝食を取りに行きませんか?」
「OK!」
言いながら、快斗が顔を洗いにバスルームの方へ向かいかけたそのとき、
部屋に聞きなれたメロディが鳴り響く。
快斗の携帯の着信音だ。
「あ、携帯、通じるようになったんですか!」
「・・・みたいだな。」
昨日、魔女の仕業で仕えなくなってしまった携帯電話は、コートのポケットに突っ込んだままである。
快斗はそれを取り出すと、液晶画面を見て、嫌そうに眉を寄せた。
画面には、『非通知』の文字。
嫌な予感が走る。
それでも、とりあえず快斗は出てみる事にした。
相手は十中八九、あの魔女であろう。
「・・・もしもし?」
『メリー・クリスマス!黒羽君。昨夜は素敵な夜を過ごしていただけたかしら?』
「・・・・てっめ〜っっ!昨日はよくも・・・!!」
『彼にもよろしく伝えて頂戴ね?じゃあ今日も一日がんばって・・・』
「お、おいっ!!」
それだけ言って、電話は一方的に切れてしまう。
そして、快斗が脱力する間もなく、立て続けに電話が鳴った。
「・・・あ、はい?」
『もしもしっ、快斗?!今、どこにいるのよ?!昨夜は家にも帰らないし、すっごい心配したんだから!』
・・・げ!青子!!
『ねぇ、どこにいるの?快斗ったら!聞いてるの?!』
・・・どこって。
白馬とミラコスタに・・・なんて、言えるかよっっ!!
「・・・あ、いや。なんか、よく聞こえねーんだけど。電波悪いみたいだな・・・?あとでかけ直すよ!」
そう言って、快斗は慌てて電話を切り、そのまま電源も切ってしまう。
そうして、ポイとベットへ投げ捨てた。
白馬がそんな快斗の素振りを見て、首を傾げる。
「まだ携帯の調子が悪いんですか?」
「・・・ああ、魔女のおかげでね!」
快斗の言葉の意味するところが、白馬にはわからなかったが。
やれやれと溜息をつきながら、今度こそバスルームへ消えようとした快斗を、白馬が呼び止めた。
「ああ、黒羽君!」
「ん?」
振り返った快斗を見て、白馬はにっこりと微笑むと穏やかな口調でこう言った。
「メリー・クリスマス!」
言われて、快斗は思わず押し黙ってしまう。
・・・確かに今日はクリスマスだけど。
あ〜っっ!!それにしても、こんなクリスマスを過ごす事になるとは思いもしなかったけどな!
・・・ま、でも・・・。
自分を見つめたまま、どこか楽しそうに微笑んでる白馬を見つめ返すと、
やがて、同じように言い返してやった。
「・・・メリー・クリスマス、白馬!」
その唇に不敵な笑みを浮かべて。
★ END ★