ここは、汐留シオサイト。 劇場『宇宙』(そら)は、まもなく始まる『ジョセフィーヌ』の最終公演を前に、賑わいを見せていた。 女優:牧 樹里の演技が好評のその舞台。
だが、今夜はもう一つ、プログラムにはない演目がある。
それは───。 オレこと、怪盗キッドの華麗なるマジックショー。 ・・・・・・ま、正しくは、その“前夜祭”とでも言っておこうか。
怪盗キッドのモノローグ
劇場内。 出演者達の控え室から、そう遠くない男性トイレの鏡の前に、オレは立っていた。
鏡の中にいるのは、あの『高校生探偵 工藤新一』。
この姿を借りるのは、メモリーズ・エッグの時以来か。 あの時は、ハトを手当てしてくれたヤツへのほんのお礼ということで、気を利かせてやったつもりだった。 だが、今回は違う。 はっきり言って、嫌がらせ・・・と、からかう以外のなにものでもない。 ・・・けど、まぁそれも仕方がないよなぁ? オレは工藤新一の顔でニンマリと笑った。
オレが『名探偵 工藤新一』を意識したのは、例の時計台の一件から。 今だからこそ言えるが、あれは結構ヤバかった。
以来、オレは工藤新一を一応、マークしてきた。 その後、紙面を騒がせていた名探偵が忽然と姿を消し、変わりに浮上したのは“眠りの小五郎”なる迷探偵。 調べていくうち、オレはあまりに非現実的な結論にたどり着くことになった。 どんなマジックを使ったか知らないが、『工藤新一』は『」江戸川コナン』というチビになってしまったらしい。 普通なら、こんなバカバカしい話、到底信じられないとこだが。 あいにく、オレは普通じゃなかった。
・・・・・・まぁ、それはともかくとして。
小さくなっても、相手は名探偵。 甘く見てると、イタイ目をみるのはこっちだったりする。
少し前の話になるが、『漆黒の星』(ブラック・スター)の時。 黒真珠を諦めることになったのはヨシとして、だ。 どっちにしろ、目当ての石ではなかったし。 ただ、あの探偵君のおかげで、オレは海を泳いで逃げるハメになったわけで。 4月の海水は、当然、泳ぐにはまだ冷たく。 あのあと、オレはしっかり風邪を引いた。
そして。
記憶に新しいところでは、あの鈴木財閥のじーさんに売られたケンカ、『大海の奇跡』(ブルーワンダー)の件。 探偵君の名推理によって、空中歩行のトリックが見抜かれたのは、まぁヨシとしよう。 だが、そのあとがいけない。 厄介な探偵君が乗ったサイドカーを切り捨てて、とっととじーさんのバイクでトンズラするつもりが。 まさか、摩擦でエンジンオイルに引火させるとは。 ・・・・・・ヤッてくれる。 間一髪でバイクから飛び降り、探偵君の目を逸らすようニセのハングライダーを空に浮かべて、なんとか辛くもあの場は逃げ切ったとはいえ。 おかげでオレは煤だらけ。 ヘタすりゃ、あの世行きでもおかしくはなかった。
・・・・・・と、まぁ、これまであの探偵君にはヒドイ目に合わされているのだ。 なので、これはオレのささやかな仕返し。 今回の『運命の石』(スターサファイア)の件に、探偵君が絡んでくるとわかった時点での決定事項。 これくらいは当然だろ? オレは唇の端を上へ持ち上げた。
「────さてと。」 そろそろ、牧 樹里の控え室に行かなくては。 もう役者は揃っているだろう。
笑いが止まらない。 これから始まることを考えると、わくわくしていた。
さぁ、あの小さな名探偵が待つ部屋は、もう目の前。 中森警部の声を合図に、オレはわざとコツコツと足音をさせて登場する。
「どうも。 工藤新一です。」 にっこりとそう笑って。
+ + +
「・・・新一っっ?!」 「工藤君っ?!」 「工藤新一って・・・・!」 「あの有名な高校生探偵の?!」
久々の『高校生探偵 工藤新一』の出現に、控え室は大いにどよめく。 ま、そりゃそーだ。
でも、オレが見たいのはそんな周囲の驚いた顔じゃなく。 オレは目線を下げる。 ホンモノの工藤新一は、いきなりのニセモノ出現に、驚きのあまり口をパクパクさせている。 まさに予想通りのその表情。 よし。 まずは大成功♪
「かっ・・・かっ・・・かっ・・・。」 まぁ、落ち着けって。 すました顔でオレが見ていると、探偵君は我を取り戻したのか、ギッとオレを睨み返して声を上げた。
「怪盗キッドだっ!!!」 げ。 「この人、新一兄ちゃんじゃないっっ! キッドが化けてるんだっっ!!!」 コラコラ。 小さな指が真っ直ぐにオレを指さすと、みんなの視線がオレに集中した。
「キッドが?」 中森警部が疑わしそうに、オレの顔を覗きこむ。 と、間髪入れずに毛利探偵が、小さな探偵君を問い詰めた。 「何でそんなことがわかるんだ?」 うん。 なかなかいい質問だ。
対して、探偵君は。
「だって、オレが本当の・・・・・・・・っ!」 そう。 お前が本当の『工藤新一』だもんな? けど、そうはこの場では言えねーだろ?
「本当の・・・・。何なんだ?」 先を促す毛利探偵に、真実を言えない探偵君は「あ、いや、あはは・・・」と笑って誤魔化すしかない。 悔しそうに唇を噛む探偵君を、オレは実に楽しい気分で眺めていた。
そんなオレに中森警部が近づく。 「・・・なるほど。その可能性もないとは言えないな。」 ・・・え? ・・・・・・・・・イヤな予感。 と、いきなりほっぺたをギュ〜〜ッ。 「イテテテテテ☆ ちょっとヤメてくださいっ!中森警部っっ!!」 って、おいっっ!!! 引っ張り過ぎだっての! ようやくにして、オレの頬から手を引いた中森警部は、満足そうに唸った。 「よぉ〜し!間違いない!ホンモノだ!」 ・・・・いってぇぇぇぇ。 この顔は自前なんだって。 元に戻らなかったらどうしてくれるっっっ!
涙目で両頬を押さえるオレを、不審そうに探偵君と阿笠博士らが見ていた。 顔を引っ張られても、化けの皮が剥がれないオレを不思議に思っているといったところか。 ま、幸か不幸か、オレと探偵君の顔立ちは似てるんでね。 マスクを被る手間もなく、今回の変装は実に楽に済ませてもらっているわけだ。 もちろん、これを親切に教えてやる必要はない。 ここは一つ、探偵君に新たな謎を提供しておくとして。
オレがにやけている内に、中森警部がここにいる全員の顔も引っ張りたいとかなんとか、ほざいているが。 それを制止するように、迷探偵が口を開いた。 「いえ、その必要はありません。私のカンではキッドはこの中にはいません。」 だから、いるって。 心の内のツッコミは、きっと探偵君も同じに違いない。 そんなオレ達をよそに、真実を知らない毛利探偵は何やら、オレを捕まえる秘策があるのだと豪語した。 中森警部もその毛利探偵の秘策とやらに耳を傾ける気配だ。 さて、ここからは、部外者は退場となるわけだが。 オレもこの場からは退散させてもらうことにする。
「あ〜、すいません。 僕は、僕のやり方でやりますので。」 オレは軽く挙手して、そう告げた。 捜査協力すると言って来ておいて、いきなり好きにやらせろとはいいご身分なのだが。 まぁ、それはそれ。 「上等だ。 探偵ボウズには用はねぇ!」 毛利探偵のありがたいお言葉に甘えて、オレはにっこり笑顔を作った。
+ + +
部屋から追い出されたオレ達は、さらにここで出演者達ともお別れ。 残ったのは、探偵君にとっては日常お馴染みの面々だ。 もちろん、オレ以外ということにはなるが。
と、不意に袖を引っ張られる。 「ねぇ、ちょっと。 こっちに帰ってたんなら、連絡くらいしてよね?」 隣でそう小さく膨れて見せるのは、探偵君の大事な幼馴染、毛利 蘭だ。 オレの幼馴染ともどことなく面影が似ている彼女は、気の毒なことに、ずっと帰りを待っている名探偵が実は一番傍にいるということを知らない。 かわいそうだが、それはオレの関与するとこじゃないからな。 とりあえず、当たり障りのないことを言っておく。 幸い、このテのタイプの扱いは心得ている。
「あ、わりぃわりぃ。 お前の驚いたキュートな顔が見たくてな。」 「・・・キュっ・・・・!」 「おーおー。のっけから言うねぇ?」
探偵君の幼馴染のご機嫌はこれで取れたと思うんだが、オレを見上げる視線が痛い。 オレはそんなつもりではなかったんだが、どうやら大事な幼馴染にモーションをかけたと思っているのか、小さな探偵君はご立腹のようだ。 面白いので、さらにからかってみることにする。
「さて。 オレはちょっと屋上を見てくっかな。 蘭も一緒にどうだ?」 「え?」 「最上階は展望フロアみてーだぞ?」 「行っといでよ、蘭?」 恥ずかしいのか、なかなか素直に応じない探偵君の幼馴染を、彼女の親友 鈴木財閥のご令嬢がそう後押しする。 もちろん、これには探偵君も黙ってはいない。 「僕も行く!」 「アンタはいいの!」 即座に却下されたものの、それで大人しく引き下がるようなタマではなかった。
「行く行く! 僕も行く!! 行く行く行く行く〜っっ!!」
・・・・っておい。 ワザとらしい程のガキっぷりに、オレは開いた口が塞がらない。 いくらなんでも、女子高生のスカートの裾を掴んで地団太を踏むなんて、アリか???
ガキにここまでされて、ダメだと言えるわけがない。 案の定、お優しい探偵君の幼馴染はこう言った。 「わかったわ。 じゃあみんなで行きましょ?」 「やった〜v」 探偵君は、願いが聞き入れられてお子様スマイル全開だ。
中身がオレと同い年の、しかもあの『工藤新一』だと考えると、いささかコワイものがあるが。 ・・・・・・さすが。 ダテに女優の息子はやってないらしい。 その素晴しい演技に、オレは感嘆せずにはいられなかった。
さて、展望フロアに到着。
オレは探偵君の幼馴染と一緒に、キッドの進入経路として考えられそうな屋上へのドアをチェックして周った。 「お〜し。ちゃんと鍵はかかってるな。」 「うん。」
こんな行動は、無意味だ。 何より、キッドであるこのオレは、すでにこのビル内に進入を果たしているわけだし。 それに、万一鍵がかかっていたからと言って、怪盗であるオレには何の障害にもなりはしない。 それでもこんな事をして見せるのは、敢えて探偵らしさを現すためのポーズと言っていい。 一応、キッドを捕まえるために来たわけなので、これくらいのマネはした方がいいかと思ってね。
オレがドアの前から去るのと入れ違いに、小さな探偵君が走りこんでくる。 どうやらオレが手をかけたところを、さらに探偵君が確かめてるようだ。 心配しなくても、そんなとこには何の細工もしてないって。 オレは肩越しに小さく笑った。
楽しくてしかたがない。 オレの一挙手一投足を見逃さないように見つめる視線が、たまらなく快感だった。
+ + +
舞台 『ジョセフィーヌ』が開演した。 ライトが落ちた劇場内で、僅かに探偵君のメガネのレンズが光る。 舞台の脇に立つオレを、ここでもしっかり観察というわけだ。
それにしても、探偵君はせっかくの舞台も完全にそっちのけ。 ・・・いや、まぁ。 確かに少々退屈な舞台ではあるんだけどさ。 オレはふぁ〜とあくびをする。 素であったが、たぶん本物の工藤新一にしても興味の薄そうなストーリーなので、問題はないだろう。
そして。 いよいよクライマックスに向けて、舞台は最高潮に盛り上がる。 って、・・・あれ? 教皇の傍の人って、中森警部と毛利探偵じゃねーか? オレは苦笑した。 ・・・・・・なるほど。 これがどうやら彼らの秘策らしい。 予告状の暗号をすっかり誤読してしまっている毛利探偵だ。 幕が下りたら、真っ先にナポレオンを捕まえに行くんだろう。ご苦労様なことだ。 まぁ、がんばってくれ♪
さて、こっちもそろそろ、かな。
オレは観客席からずっとこっちを見つめる相手に、目線を合わせる。 何だ?と言いたげな探偵君に、ニッコリ手を振って見せた。 じゃーな。 ウインク一つ、オレはステージ前からわかりやすく消える。
そう。 探偵君に、しっかりついて来てもらうために。
オレを追うのに忙しい探偵君は、警備員にぶつかってでんぐり返しをしていた。 小さな体は受身を取って、素早く起き上がる。
「ボウズ、大丈夫か?危ないじゃないか。」 「うん、大丈夫。 それより・・・。」 「どうかしましたか?」 探偵君が言い終えるより先に、オレは姿を現した。 この時、オレの姿は既に『工藤新一』ではない。 今は、一警備員だ。 とってつけたように現れたオレを見、探偵君の眉が僅かに寄せられた。
「ああ、このボウズが角から飛び出してきて、オレにぶつかってすっ転んじまったんだよ。」 「へぇ〜?大丈夫かい?ボウヤ。」 そう言って顔を覗きこんでやると、探偵君はエセ小学生の笑顔を作った。 「うん、大丈夫だよ? でもお兄さんの警棒、カッコイイね。こっちのおじさんのよりも長いんじゃない?」 「ほんとだ。ずいぶん長いな。」 そうそう。 良く気づいてくれました。
ま、でもここは、とりあえず演技続行。
「まぁ、警棒にもいろいろあるから。」 ・・・あるわけはないのだが。 事実、探偵君の言及は止まらない。その顔に子供らしさは消えていた。 「 長さ60センチ以下、直径3センチ以下、重さ320グラム以下。 警棒って、各都道府県の公安委員会で規定されているんだよね? お兄さんの警棒、かなり長すぎるんじゃない? ねぇどうして?」 ・・・・・・ご立派。 よくもそこまでご存知で。 にしてもだ。 ───そこまで言っておいて、答えをオレに言わせようと仕向けるあたり、探偵君の性格が窺える。 オレは苦笑いするしかない。 まぁでも、これも予定通り。 「・・・フッ。 どうしてこんなに長いかっていうと、それは・・・・・警棒じゃないからだよ!」 言いながら、警棒の先端部分を押す。
あたりは閃光に包まれた。 それはほんの一瞬。 だが、オレが探偵君の前から逃げるのには、充分過ぎる時間だ。
「逃がすかっっ!!待てっ!」 追ってくる探偵君をあざ笑うかのように、エレベーターに滑り込む。 僅かにドアの向こうに見えた悔しそうな顔。 オレは、ご機嫌で手までひらひらと振って見せたのだった。
───追ってきて欲しい。ずっと。 我ながら、それはヤバイ思考だった。
「もうゲームは終わりにしようぜ、コソドロさん。」
背中で、探偵君の勝気な台詞が聞こえる。 楽し過ぎて、思わず顔が緩む。 まずいまずい。 いつ何時も『怪盗キッド』の気品を忘れてはいけない。 オレは小さく深呼吸。
そして。 ゆっくりと振り返った。
「そうだな。 君とかくれんぼするには、日が暮れすぎたよ、探偵君。」
言いながら、変装を解いて。 夜空に、白いマントが大きな翼のように舞う。
怪盗キッドとして、オレはようやく探偵君の前に立ったのだった。
+ + +
「軽口叩けるのも今のうちだ。 そろそろケリをつけようじゃねーか。」 「ああ。恋人が夕飯作って、待ってるからな。」
挑戦的な台詞を吐きつつ、戦闘態勢に入る探偵君に対して、オレも胸元からトランプ銃を取り出す。 だが、まずはやる気満々な探偵君をからかってやることにしよう。 オレへの一発目のタイミングを見計らってる探偵君を惑わすには、もってこいの作戦でだ。
トランプ銃の銃口で、自分の口元を隠した。 でないと、オレだとバレちゃうからな。
『コナン君!!』
屋上に響く、探偵君の大事な幼馴染の声。
案の定、探偵君は引っかかってくれた。 とっさに振り向いて、幼馴染の姿を探す。
・・・チョロ過ぎ。
『夕飯、出来たよ。』
第ニ声目は、もちろん見破られる。 悔しそうな探偵君が、オレを睨みつけているがもう遅い。 銃口はもう真っ直ぐ探偵君に向いている。 と、いうわけで、攻撃をしかけるのはこっちから!
『早く来ないと、食べちゃうよvvv』
オレはにっこり、トランプ銃を発射した。 戦闘開始である。
探偵君の反撃のサッカーボールも難なくかわし、オレはカードを撃ち続ける。 絶え間なく撃つのは、探偵君に攻撃する間を与えないため。 笑いながら、子供相手に容赦なく銃を向けるオレは、結構、悪人面だったかもしれない。 ・・・ま、楽しんでやってたのは事実なんだが。 と、いうわけでとうとう探偵君を追い詰めることにオレは成功した。 これで、終わりだ。
「どうやら、ケリがつきそうだな。探偵君?」 「ああ、そうだな。」
追い詰められているくせに、まったく動じないところなんて、自分に似てると思う。 どうやら似てるのは、顔だけじゃないらしい。 ・・・・けど、オレはここまでいい性格してないと、思いたい。
小さな名探偵に狙いを定める。 赤い舌が、チロリと動いているのが見えた。
トドメの一発とばかりに撃ち込んだカードは、狙い通り、探偵君の顔面目がけて吸い込まれていくが。
「うわぁ〜。」 マジかよ??? 探偵君は、それを避けようとして体を反転させ、その弾みでビルの屋上から身を投げることになった。 その足の運びが微妙に気にならなくもなかったが、今はそんな場合じゃない。
オレは迷うことなく白い翼を広げて、探偵君の後を追う。 と、視界に飛び込んできたのは、宙を舞いながらも麻酔銃を構えている探偵君の姿。
・・・・・・やべっ!
瞬時に、旋回。 なんとか間一髪、麻酔針避けることに成功し、オレは自分の反射神経の良さを、心底神様に感謝した。
っていうか、どーなんだ、おいっっっ! オレは仮にも、探偵君を助けに飛び降りてやったつもりなんだが。 ・・・そんな作戦、反則じゃねーのかっ! 腹黒過ぎだろう????!!!
と、探偵君が上空で器用にも態勢を変えて、何やらリュックの両手を引っ張る。
おいおい・・・・。 今度は何だと、見ていると。 ・・・・・・・なるほど。 ハングライダーにはパラグライダーってわけね。 オレは苦笑せざるを得ない。
なんだか、またしてもちょっとシテヤラレタ気分だが。
さて、それよりこれからどうしたものか。 まさか、あの探偵君に飛行手段があるなんて思ってなかったオレは、大した逃走経路を考えていなかった。 とはいえ、このままいつまでも空にいるわけにも行かないし。 のんきにそんなことを考えながら、高層ビルの合間を縫って飛行する。 もちろん後方には、ぴったりとパラグライダーがついてきている。
と、眼下をゆりかもめが通過していく。
オレはニヤリとした。 とっさに一ついい手が浮かんだのだ。
ゆりかもめ目がけて、高度を下げていく。 そして、ある程度のところで、オレはグライダーになっているマントの部分を外して、走行中のゆりかもめの車体の上に飛び降りた。 そして、もちろん探偵君をおびき寄せるためにニッコリ笑って手を振ってやることも忘れない。
思ったとおり、探偵君はゆりかもめへ降りてくる。 そして、着地するにはジャマであろうパラグライダーをその小さな体から切り離した。 探偵君の翼であったそれを。
よし。 それを見とめて、オレは勝利を確信する。
「さすがだな。さっきのパラグライダー、あれも阿笠博士の作品かい?」 そう聞いてやってるのに。 「もう逃げられないぜ。空を飛べなくなったら、怪盗キッドもただのコソドロだ。」 ・・・会話のキャッチボールくらい、してくれ。
それに、オレに言わせりゃ、空を飛べなくなったのは探偵君、君だけなんだぜ?
「じゃあ、そろそろもとの怪盗に戻らせてもらおうかな?」 言いながら、ポケットに忍ばせてあった仕掛けのスイッチを作動させる。 ジーっと、ワイヤーが撒く音が響いた。
その音に、探偵君が不審な顔をしている。 そして、小さな頭が空を見上げて、その音の正体を知った。
しまったと!声を上げて、探偵君がオレに駆け寄るが。
そう。 オレは、ハングライダーを捨てたわけじゃなかったんだよ。 読みが甘かったな、探偵君?
近づいてくる探偵君の姿を、オレは微笑をたたえて見守った。 退場するのは、ギリギリまで引き付けてから。
あと一歩というところまで、探偵君が近づく。
「じゃあな♪」 オレは、手元のスイッチを押した。 オレの体は、探偵君の手をすり抜けて夜空へ帰っていく。
上空から、見た探偵君の最後は。 くっそうっっ!と本気で悔しそうに拳を作っている姿だった。
そんな探偵君を見て、オレは大満足。 とりあえず、当初の『嫌がらせ』という目的は、まぁ果たせたには違いないので今回はヨシとしよう。 予想どおり、いや予想以上に楽しい夜だった。
ハタから見ると、今夜はまるで、オレが探偵君と遊んでもらうために来たみたいだと思うかもしれないが。 とんでもない。 これも『怪盗キッド』としての、仕事の一環なのだ。 そう。 警察の目を明日の本番から逸らすための。
予告状にも書いてやっただろう? ──── 26の文字が飛び交う中、“運命の宝石”をいただきに参上する ってな。
オレは眼下に広がる夜景を目に映しながら、そうほくそ笑んだのだった。
The End
いやぁ、楽しかったです。 私が銀翼で一番好きなシーンを、怪盗(快斗)視点で書きました。 あまりにもあの映画が快斗だったので。 ほとんどオリジナリティに欠ける作品ですが、皆さんに こんな感じ〜と 思ってもらえたら、うれしいで |
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