Heart Rules The Mind

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NOVEL

例えば、死んだら人の魂は何処へ行くのか。

天国、あるいはそれとも、地獄か?

そんなものオレは信じない。

死んだら、それまで。それ以降は何も無い。

そう。

「無」に還るだけだ。

 

無への回帰 

最近、何もかもがわずらわしい。
まわりのことすべてに無関心で、無感動な自分に気づいて嫌気がさす。
いつからこんな風になってしまったのだろう?


ふいにすべてを終わらせたいという衝動にかられる。

元来、一般の高校生である傍ら、探偵業などしているおかげで、実際のところ普通の人に比べればオレの日常はかなり刺激的なものなのだろう。

なのに。

以前はとても楽しいと思ったこともあったはずなのに。

この頃俺は、何事にも執着を持たなくなった。
要するに、どうだっていいのだ。すべてのことにおいて。

この惰性のように続く毎日を、日本人男性の平均寿命まで全うしなければならないと思うとうんざりする。
まぁ、生きていれば楽しいことも悲しいこともそれなりにあるのだろうけれど。

もちろん、今だって楽しいことが何一つ無いわけじゃない。

クラスメートとのくだらない話題に笑うこともあるし、
みんなが振り返るような美女を見かけてときめくこともある。
大好きな作家の推理小説を時間を忘れるほど、没頭して読む事もあるし、
実際に事件に遭遇し、探偵として推理しトリックを暴くのはスリル満点で大好きだ。

ただ、それらを本当に楽しいと思うのは、その瞬間のみのことであって、
次の瞬間には忘れてしまっているのだ。

例えば、夜、寝る前誰かに『今日、楽しかった事を3つあげてごらん』と、もし、問われたとしたら、
全くといっていいほど、何も思い浮かばないくらいに。

それほどにオレの人生は稀薄だった。

だからこそ、この無意味な人生を終わりを迎えるのがいつだって構わなかった。
たった今でもよかった。

かといって、オレはいつも首をくくる事を考えているような自殺志願者ではない。
そう。例えば、今まさに、沈没しそうな船上にいたとして、
救命ボートにたった一つの席しか空いていなかったとしたら、オレは喜んで他の誰かにその席を譲るだろう。
まぁ、その程度のものだ。

 

 

 

こと探偵業においては、基本的にはオレは殺人専門なのだが、実際のところ例外もあって怪盗キッドの予告状の暗号解読には、協力要請をされる場合が多い。

奴の暗号は、キザではあるが凝っていて、オレの探偵としての脳の活性化を促してくれるという点では賞賛に値するものであった。

そのうちオレは、暗号を解くだけでは飽き足らず、犯行後の奴の逃走経路まで予想して先回りするようになった。
けれどもそれは、決して奴を捕獲するためではなく、あくまで自分の推理が正しかったかどうかを確認するためだけのものだったが。

結果、オレは毎度、キッドと顔を合わせるようになり、どういうわけか、話しまでするようになった。

というか、キッドが一方的にオレに話を聞かせるといった方が正しいか・・・。

誰もいない高層ビルの屋上で、月をバックにキッドが話す言葉は
まるで歌のようで、テノールの声は妙に心地良い。
奴の話題は、その独特な雰囲気によって、不思議な童話のようでどこか現実離れしている。

キッド自身、その存在感は危うくて、まるで幻影のようでもあるが。

とにかく、キッドと過ごす時間を、オレは嫌ではなかった。
なんだか、オレを現実から引き離してくれるような気さえしたのだ。

 

 

 

「 『パンドラ』という宝石をご存知ですか?名探偵。」

「パンドラ?『パンドラの箱』のパンドラか?聞いた事ないな。」

「17世紀初頭、フランス王家に伝えられた幻の秘宝とうたわれたビック・ジュエルがあったそうです。
その美しさは見る者すべての心を狂わせるほどのもの。
人々はそれを手に入れるため、いくつもの罪を重ね、血を流した。
そうして、血塗られた宝石はいつしか、その内部に人々の欲望と血を秘め、元来の美しさにさらに磨きがかかった。禍々しいほどに・・・。
その宝石を砕いて、中身を飲み干した者には永遠が訪れるという・・・・・・。」

 

『永遠』と聞いて、オレはぞっとした。
最も、オレが望んでいないことだ。

キッドの話では、その『永遠』を与えてくれるパンドラとやらを手に入れるため、
時の権力者たちはこぞって探すのだそうだ。

まったく、いつの世も人は、富と権力を手にした後、最終的にたどり着くのは、不老不死。
オレには、そんなものを欲しがる奴の気はしれないが。

 

「 信じますか?名探偵。 『パンドラ』が存在すると・・・・。」

「・・・さぁな。けど、万一、そんな宝石があったとしても、お目にかかりたくもないね。」

 

直感的にオレは、キッドが実は狙っている宝石が『パンドラ』であると確信した。
奴も、『永遠』を手に入れたいと思っているうちの一人なのか、
それとも、他に目的があるのか、それは定かではなかったが。

どちらにせよ、オレには関係のないことだ。

「キッド、お前がその『パンドラ』とやらを手に入れても、オレのとこにだけは持ってくるなよ。」

オレのその言葉に、キッドは目を少しだけ細めて、いつもの不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

下校途中に、胸元の携帯電話がブーンと低い電子音を立てて僅かに振動する。
世の中的には、こぞって流行りの曲を着メロにするのがすっかり主流になっているようだが、オレはあのけたたましい音がどうも好きになれなくて、いつもバイブ設定にしてある。

もともと、いつどこにいても連絡が取れてしまうなんていうシロモノの携帯電話は、
実は自分にとっては、非常に迷惑なものでしかない。
だから、自分のナンバーは必要最小限のごく僅かな人間にしか教えていない。

すばやく取り出したディスプレイには、見慣れた警察関係者の名が表示されていた。

ということは、事件だ。

 

「はい、工藤です。」

「く、工藤君かね?申し訳ないが今から言う場所に、大至急来て欲しいんだが・・・」

「わかりました。すぐそちらに向かいます。」

 

警部から場所を聞き、足早にタクシーの拾える大通りまで出た。
ここから現場まではおそらく20分程度で着くだろう。

とりあえずは、放課後の退屈な時間を潰すことができて、正直オレはちょっとほっとしていた。

 

事件は、とあるオフィスビルの一室で起こった。
通常の業務時間を終え、社員がほぼ帰宅した後、ビルの清掃会社が掃除のため入ったところ、人事部長が死体となって発見されたのだ。

死体のそばには、遺書があり、それは一見自殺のように思えた。
事実、その人事部長は上長より経費削減のため、社員の大幅なリストラを任されており、精神的にかなりストレスを抱えていたと言う。

がしかし、自殺と断定するには遺体に不可思議な傷があり、それで警部はオレに依頼をしたのだった。

 

 

つまらない。

実にあっけない事件だった。

一見自殺に見せかけたそれは、ちょっと角度を変えてみれば明らかに他殺で、犯人も容易に特定できた。
お粗末なまでに初歩的なトリック。

犯人は以前、被害者にリストラされた社員の息子。
リストラを苦に自殺した父親の復習のため、今回の犯行に及んだものだった。
有名理系大学卒の息子は、その知識を応用してトリックを考えたようだったが、所詮は素人。
自分を犯人だと裏付ける決定的な証拠を消し去る事ができなかった。

高校生探偵の推理ショーなんて、大げさなものを披露するまでもなく、
あっというまに事件は解決した。

 

「いや〜。さすがだね、工藤君。こんなにスピード解決するとは。まったく、君は頼もしい限りだよ。」

警部が上機嫌でオレの肩を痛いほどにたたく。
とっさに笑顔で謙遜して見せたが、つまらなそうな顔と小さくついたため息を気づかれなかったかオレはかなりあせった。

その後ろを手錠を掛けられた犯人が連行されてきたが、ふと犯人が後ろを振り返り、呟いた。

その言葉は小さくて、周囲の雑音に消されてしまったが、
かろうじて、オレは犯人の口の動きで言葉を読み取った。

『 もうすぐ爆発の時間だ。 』

奴の唇は確かにそう動いた。

爆弾?
爆弾を仕掛けたのか?!

オレはすぐさま現場に引き返した。

「お、おい!工藤君?どうしたというんだ?」

「警部!犯人が爆弾を仕掛けた模様です。大至急このビルからみんなを避難させてください。
それから爆弾の規模が想定できないので、確かな事は言えませんが、あの犯人が作ったとしたらおそらくそう大掛かりではないはず。ですが、念のためここより半径500mの地域に避難勧告を
お願いします。」

「な、ば、爆弾だと?!おい、君はどうするんだ?」

「とりあえず、爆弾を探して解体してみます。」

「そんな無茶な!!すぐに爆弾処理班を呼ぶから君もここから退去したまえ!!」

「爆破時刻までどのくらいあるか、わからないんですよ?とりあえず、皆さんはビルの外へ!」

 

オレはそれだけ言うと、事件のあったオフィスへ向かった。
13階建てのオフィスビルの最上階へ。

そして現場に不信なものはないか、目を凝らす。
大方、あの犯人が爆弾を隠しそうなところにいくつか目星をつけ、重点的に探していくとこれまたあっけなく被害者のデスクの引出しの中にあった。

とりあえずタイマーセットの時刻を確認したところ、あと7分ということがわかった。
さすがに7分では爆弾処理班も来れまい。
やはり自分が解体する他ないようだ。

とりあえず、心配しているだろう警部に爆弾を発見した事と爆発までの時刻を無線で連絡を入れる。

「ごくろうだった。工藤君。もう君も早くそこから離脱してくれ!!」

「警部、今からでは爆弾処理班も間に合いませんよ。それにこの程度のものなら
僕にも解体できますから、どうぞ、ご心配なさらずに。」

そう言いながら、爆弾を解体しようとまず、ふたの部分を開けてみる。
自分の中で、一瞬のうちに緊張感が薄れていくのを感じた。
なぜってそれは、爆弾がこれ以上になくシンプルな作りだったからだ。

ちょっと知識をかじったくらいの素人お手製のものだから、仕方がないといえば仕方がないが、およそ途中で解体される事など考えて作られてはおらず、トラップのトの字もない。
つまり、こんな爆弾を止める事など、オレでなくても多分造作もない事で
きっとものの3分で終了だ。

「ちっ!」

軽くした打ちしながら、携帯していた折り畳みのナイフを使って、配線を順に切って行く。
その間、集中したいからという理由で、警部との無線のやりとりをしないよう電源を切らせてもらったが本当のところを言えば、あまりにもばかばかしくて話す気にもなれなかったからだ。

もともと大した数の配線があったわけではなく、もう残り僅かになった。
時間を確認してもあと、4分38秒もある。
余裕だ。

あと一本の配線を切れば、この爆弾はただのゴミに変わる。

オレは最後の配線に手をかけて、そして止めた。

 

この程度の爆弾ではせいぜいこのフロアが吹っ飛ぶくらいで、ビル全体にはおそらく被害は及ばない。
だが、この場にいるオレの体を粉々にするくらいはできるだろう。

ああ、なんだ。簡単なことじゃないか。

なんだか無償におかしくて、声をたてて笑ってしまった。
ずっと待っていたこの瞬間。
こんなカタチで訪れるなんて。

オレはナイフを折りたたんで、ゴミ箱へ投げた。

明日の朝刊には、不幸な高校生探偵の死が大げさに取り立たされたりするのだろうか?
ゴシップ誌なんかは、でしゃばりな子供がいたずらに事件に首をつっこんで、自業自得と書き立てるかもしれない。

まぁ、そんなことどうでもいい。
それは、もうオレがこの世にいなくなってしまった後のことだし。

親や、あの泣き虫な幼馴染は悲しむだろうか。
けど、事件に捲き込まれての事故死なら、もしかして探偵冥利に尽きるとか言って
妙に理解してくれたりするかもしれない。

そんな事を考えながら、ぼんやりと窓の向こうの月を見た。
月がきれいだなんて、今まで特に思った事もなかったけど、これが最後に見る月だと思うとなんだかとても新鮮で美しいものに見えた。

自分にそんな情緒があったのかと驚いたりもしたが。

 

ふいに沈黙が破られる。
地上から、メガホンで警部がオレに必死に脱出を呼びかけている。

悪いね、警部。
今日の事は、単なるアクシデントだと思ってくれていいよ。
ああ、でも彼の責任問題にならなきゃいいけど。

 

すると、今度は窓の向こうに白い影が見えた。

オレは一瞬目を疑ったが、そいつは悠然と窓を開けて中に侵入してきた。

 

「こんなところで、何をしておられるのです?」

 

この予期せぬ訪問者に、オレは驚きを通り越して、不愉快になっていた。
怪盗キッドが神出鬼没なことは知っているが、今回に限っては全くもって『招かれざる客』なのだから。

 

「・・・お前こそ、何してんだよ?」

「いえ、夜の散歩を楽しんでいたら、なんだかにぎやかな情景が目に入ったもので・・・。」

 

けっ!どうせ仕事の下見か、なんかだったろうに。
オレは自分の運のなさを呪った。

オレは手元の時計で時刻を確認する。
もう残り、1分を切っていた。

このままではキッドまで爆発に巻き込んでしまいかねない。
まぁ、こいつがそんなドジを踏むとは思えないが、
自分の最後をこんな奴に見られるのはシャクだ。 死ぬ時は一人がいい。

仕方がない。今回は諦めるしかないな。

オレは素早くさっき捨てたばかりのナイフを取り出して、再び配線を切るべく手を伸ばしたその時、キッドの手がオレの手を掴んだ。

「っ!」

それは、ものすごい力で一瞬しびれたような痛みが走った。

オレは驚いてキッドを見上げた。
すると、キッドは構わずオレの手をそのまま引き寄せた。
キッドの顔が近づく。

 

「そんなに死にたい?名探偵・・・。」

「!なっ!!」

 

モノクルの下のキッドの瞳は、恐いくらいに穏やかで、
確かに奴は笑っていた。

 

 

 

 

 

轟音とともに真っ赤な炎とどす黒い煙が、窓ガラスをぶち破り立ち上ったのは
それから、数秒後のことだった。

 

 

夜の空を赤く染めるその炎を、少し離れた廃屋の影から見る人影が二つ。

 

 

「ずいぶんと地味な爆発ですねぇ。」

「仕方ないだろ?素人が作ったんだからさ。」

まるで夏祭りの花火でも見ているかのようなキッドを横目に、
新一はため息をつく。

「・・・それで?これからどーすんだよ?」

「さてね。名探偵工藤新一は死んでしまったんですから。
あなたはどうしたいですか?」

「どうもこうもねぇよ。」

「なら、私と一緒に行きますか?およそまっとうな道とは外れていますが。」

「そうだな。他に行くトコもねぇし。」

オレはキッドに向かって、挑戦的な笑みを浮かべた。

「お前となら、退屈しなさそうだ。」

 

キッドは静かに真っ白い手袋をした手を差し出す。

オレは差し伸べられたその手をしっかりと取った。

 

 

 

そうして、闇に二つの影は消え、翌日、高校生探偵工藤新一の死亡のニュースが日本中を駆け巡る事になる。

 

 

 

 

END

 

 

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