Heart Rules The Mind

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NOVEL

I thought that we would be best friends.
  親友になれると思っていた

Things will never be the same again.
すべては前と同じじゃない

it's just the beginning it's not the end.
それは始まりで終わりじゃなかった

Opend up the door.
扉は開かれた

We'll never,never be the same again
オレ達はもう、前と同じじゃない

Never be the same again.
同じじゃないんだ

 


Never Be The Same Again         〜 後編 〜


 

「・・・少しは、落ち着いたかね?哀君。」

阿笠博士は、少女の前に暖かいコーヒーの入ったカップを差し出す。
けれども、灰原は思いつめたような表情で俯いたまま、それを受け取ろうとはしなかった。

博士は困ったように、一度新一の方をちらりと見ると、カップをそのままテーブルに置いた。
小さく溜息をつきながら、博士は灰原の向かいの席に着く。
灰原の横では、新一が顎に手を添えて、沈痛な面持ちで深く考え込んでいる。

 

さわやかな朝が一変、重苦しい空気が阿笠邸のリビングを包んでいた。

息も詰まるような重々しさの中、不意に沈黙が破られる。

 

「・・・本当なら、今すぐここを出て行くべきなんでしょうけど・・・。
それもできなくなってしまったわ。・・・最低ね、私・・・。」

「何を言ってるんじゃ、哀君!!わしらのことなんて気にする必要はないんじゃよ?!」

まるで本当の家族をいたわるような博士の言葉。
それがかえって灰原をいたたまれない気持ちにさせる。彼女の瞳が悲しそうに揺れた。

 

『ここから出ることが出来ない』 = 『どこへも逃げられない』 と、そう彼女は言ったのだ。
新一には彼女のその言葉の真意がわかっていた。
おそらくは、周囲にいる人間でもたてに取られたのだろう。

自分1人が大人しく組織へ戻れば、被害は最小限に押さえられるかもしれない、と。
灰原はそう思っているのだ。
もちろん、そこに何の確証もあるわけではないが。

「・・・彼らからの接触を大人しく待つしかないわ。悪いけど、博士、もうしばらくここに置いてくれる?」

「何をバカな!!戻るつもりなのか、哀君!!おい、新一!新一もなんとか言ってくれんか?!」

なんとか灰原を思いとどまらせようと、博士は新一へ助けを求める。
灰原の横で、1人考えにふけっていた新一は、顔を彼女の方へ向けた。

「・・・諦めるのはまだ早いぜ、灰原。まだ時間はある。なんとか手立てを考えるんだ。」

彼女の目を真っ直ぐに見返してそう言う新一に、灰原は呆れたようにクスリと笑った。

「・・・相変わらず大した自信ね。一体、この状況をどう切り抜けるというの?」

「それはまだ考えてねぇ。でもこのまま大人しく奴らにお前を差し出す気なんてねーんだよ!」

新一のその台詞に、もう一度灰原は笑う。彼の顔をしっかりと見て。

「・・・貴方ほど、私は楽観的ではいられないわ。」

 

どんな逆境にも負けない強い心。
どこまでも、真っ直ぐな。

小さいけれど、眩しい希望の光。

 

この絶対的な絶望の前にも、彼ならばなんとかできるかもしれないと思わせるものが新一にはある。

けれども。

それにすがってはいけない。
甘えてはいけない。

でも、新一を信じていたい。

 

灰原の中で二つの気持ちが交錯していた。

 

 

「ところで、一体どうして哀君がここにいることが奴らに知れたんじゃろうか?
哀君のことを知るのは、わしらの他に誰もおらん訳だし・・・。」

博士が腕組みをして考える。

「・・・いや、オレ達だけじゃないぜ?博士。キッドも灰原のことは知ってるはずだ。」

怪盗キッドと灰原は面識がある。
というのも、そもそもはキッドに『コナン』が新一だったことがバレたことに始まり、なんだかんだと関わっているうちに芋づる式に知られてしまったというのが本当のところなのだが。

「!!じゃあ、もしかして、キッドが哀君のことを連中に・・?!」

「それはねぇよ、博士。」

新一は即答する。

「アイツは組織と敵対関係にあるんだぜ?灰原と同じくらい連中に追われてるんだし。
キッドが灰原を組織に売るなんて、アイツの性格からして考えられない。」

「・・・ずいぶんと、信用しているのね?」

からかうような口調で灰原が言った。慌てて新一はそれに噛み付く。

「ば、バーロー!!そんなんじゃねーよ!アイツが灰原を組織に売ったところで得られるメリットなんて何にもないと思ったからだよ!!」

すると、灰原は小意地悪そうに、あらそう?と笑った。

 

「じゃあ、キッドでもないとすると、一体どこから情報が漏れたんじゃろうか・・・?」

博士が再び話を振り出しに戻した。
一様にみんな黙り込む。

そんな中、ふと新一の頭の中を何かが過った。

・・・あ!

その時まで、新一は昨夜、服部にも灰原のことを話したことをうっかり失念していた。

「・・・もう1人、服部もだ。アイツも灰原の事、知ってる。」

新一の言葉に、灰原は大きくその目を見開いた。

「・・・何ですって?!貴方、まさか彼に話したの?!」

「昨日、あんなことになってさ。灰原のこと聞かれたから、それで・・・。
でも、服部はオレが『コナン』だったことも、知ってるからもともと半分くらいはわかってたもんだと思うけど。・・・アイツなら信用おけるからさ・・・。」

灰原の表情は見る見るうちに硬くなっていく。

「・・・信じられないわ、工藤君。貴方がそんな軽率な人だったなんて!!」

「何だよ?!灰原!!まさか、お前、服部を疑ってるのか?!」

「彼が本当に敵ではないと断言できないのも、確かでしょ?
仮に見方だったとして、私たちの事を知ったら、何かあった時、消される人間がまた1人増えた事になるのよ?」

「それは・・・!」

新一は、次の句に詰まった。
確かに灰原の言うとおり、これで服部も自分達と同じ危険に巻き込んでしまったことには、間違いはなかった。

充分すぎるほどわかっていたのに。
・・・それでも、話してしまったのは、新一の服部への甘えだったのか。

新一は唇を噛み締めた。
灰原はそれを冷静な目で見やると、小さく呟いた。

 

「・・・もし、彼が組織に関わる人物だったら、これほど恐ろしい事はないわね・・・。」

 

新一は、驚いて灰原を見つめた。

 

何だって?!今、何て言った?!

 

服部がもし、組織の人間だったら・・・?!

アイツに灰原の事を話したのは昨夜で、灰原のところに例のメールが届いたのは今朝。
タイミング的には充分すぎるほどあっている。

じゃあ、アイツが大阪から出てきた本当の理由は?

服部はキッドに興味があると、言っていた。
もし、それが組織の人間として、キッドを狙っているのだとしたら・・・!

ウ、ウソだ!!
だって、アイツはオレと同じ探偵で、友達なはずじゃないか!!

・・・でも、それがオレの傍にいていつでもオレを監視するための仮の姿だったとしたら・・・!!

 

そんなバカな!!
何を考えてるんだ、オレは!!

そんなはずない!服部がそんなわけがない!!

 

新一は、一瞬にして浮かんだ考えをすぐさま否定した。

そして、灰原をまっすぐ見据えると、きっぱりと言った。

「服部が、組織の人間のはずがない!!」

怒鳴るようにそういい捨てると、新一は乱暴に席を立って、部屋を出て行った。

 

おろおろと新一を追って席を立つ博士を黙って見送りながら、灰原はテーブルの上に残された新一の飲みかけのコーヒーに静かに目をやった。

「・・・本当に、彼がそうでないことを祈るわ。」

 

 

■       ■       ■

 

 

数日後、キッドの犯行予告日。

新一は、現場である都心の美術館へ足を運んでいた。
予告時間まで、あとわずか。
中森警部も、警備体制について最終チェックに余念がない。

その様子をぼんやり見ていた新一は、背後から服部が近づいたのに気がつかなかった。

「よぉ!工藤!!」

いきなり声をかけられて、驚いて後を振り返る。
そこには、いつもの人の良さそうな笑顔の男が立っていた。

「・・・は、服部・・!!」

「もうすっかり具合は良くなったんか?」

そう声をかけてくれる服部の顔を、新一はまじまじと見つめる。

優しい屈託のないその笑顔。

やっぱり、コイツが組織の人間なワケないよな・・・。

「おい、どうしたんや?まだ本調子じゃないんか?」

「あ、いや。何でもねーよ!それより、本当にお前、キッドになんか興味あったのか?初耳だぜ?」

新一もようやくいつもどおりに話し掛ける。

「そりゃあな。世紀の大怪盗なんて言われとる奴やろ?顔くらいは拝んでみたいと思うやないか。
どっちかいうたら、工藤の方が管轄外なのに珍しいんやないのか?」

確かに新一の専門は殺人事件ではあったが。
一度、キッドの予告状の暗号を解いて以来、中森警部からすっかり頼りにされてしまっているのが現状である。

おかげで、キッド本人とも個人的にもずいぶんと親しくなってしまったものだ。

まぁ、もちろんそんなことは服部にも誰にも言えたことではないのだが。

「・・・まぁ、泥棒には興味はねえよ?ただ、キッドの作る暗号だけは面白いからさ。」

新一はそう言って子供のように笑った。
服部はそれを見て、僅かに目を細める。

 

「・・・へぇ。なら、ワイがキッドを捕まえてもかまわへんな?」

「・・・え?」

「せっかくやったら、アイツのトリック、全部暴いて監獄へぶち込んでやりたいやないか!そう思わんか、工藤?」

服部の言わんとしている事は、至極当り前のことであって、もちろん理解はできる。
ただ、新一はもうキッドを逮捕するつもりなど、毛頭なかったが。

服部の台詞に新一も、とりあえずは合意したように見せるため、笑って頷いた。

 

「・・・で、工藤はこれからどうするんや?」

「ああ、ここは中森警部の持ち場だし、展示室の警備は任せて、奴の退路で待ち伏せでもしようかと・・・。」

「なるほどな。予告状、ワイも見せてもろたけど、それらしいとこが確かに書いてあったしな。よっしゃ!じゃあ、行こか!!」

服部にに促されて、新一はキッドの獲物の眠る美術館の展示室を後にした。

 

 

展示室の窓にチラリと一瞬光が見えた。
美術館のちょうど真向かいのビルの屋上である。

そこには、超高性能な双眼鏡を片手に、白い怪盗が展示室の様子を伺っていた。

先程まで彼の目に映っていたのは、東西名探偵の姿。

2人が共に展示室を出て行ったのを確認したキッドの双眼が激しい光りを帯びた。

 

 

美術館から、少し離れた雑居ビルの屋上。

ここが、今回のキッドの退路の中継地点として新一が導き出した場所である。

そう広くもない屋上を服部は見回すと、新一に声をかけた。

「工藤!ワイ、この近辺のビルもちょっと調べてくるわ!万一、キッドがなんか仕掛けをしとるかもしれんやろ?」

「え・・?ああ、でももう時期に奴はここに来るぜ?もう犯行時刻まで5分を切ったし。」

「まだ、少し余裕あるやろ?すぐ戻ってくるから、それまでここで待っとってくれ!」

言いながら、服部は新一を一人残し、その場を走って去っていった。

 

 

短い秒針がカチリと動き、時計はキッドの犯行予定時刻を告げた。

と、同時に美術館の展示室におびただしいほどの白い煙が充満し、非常ベルだけが鳴り響く。

大勢いたはずの警備員達は崩れるように倒れて、夢の中へ。

そうして、白い煙がようやく晴れた頃、たった一人、展示室に立っている者がいた。
白いマントで下半分顔を覆い隠してはいるものの、相変わらずな不敵な笑みを浮かべて。

踊るように軽やかな足つきで、今夜の獲物、80カラットのダイヤモンドが眠る特殊ガラス・ケースまで近づくと、あっという間にその手の中に光る石をおさめた。

 

「では、おやすみなさい。皆さん、よい夢を!」

 

優雅にそう一礼すると白い翼を広げ、怪盗キッドは夜の闇に掻き消えた。

 

 

 

闇の中を、一羽の白い鳥が音も無く羽ばたいている。

その鳥の姿を、射るような鋭い視線で追いつづける黒い陰が一つ。
影はその胸元から、銃を取り出すと、サイレイサーを素早く取り付けた。

 

「・・・目障りな鳥は、早よう撃ち落しておかんとな。」

 

低く押し殺した声でそう呟くと、何の迷いも無く、その白い鳥へ向けて銃を連射した。

 

 

 

「キッドの奴、遅いな・・・。」

1人ビルの屋上で待っていた新一は、手元の時計で時刻を確認すると、そう呟いた。

時間的にはとっくにここへ来て、お決まりの気障な挨拶でもかましていそうな頃なのだが。
そこに白い怪盗の姿はまだなかった。

・・・なんか、あったのかな?

ふと、嫌な考えが新一の頭を掠める。

組織にその命までも狙われているキッド。
身体にあるいくつもの弾痕が、何よりもそれを物語っている。

まさか、また組織の奴らが?!

新一は全身の血が冷却していくのを感じた。
が、なんとか心を落ち着けようとする。

大丈夫。アイツがそう簡単にやられるわけがない。
大丈夫、大丈夫だから!!

自分に言い聞かせるように、そう何度も心の中で呟いた。

 

・・・そういや、服部の奴もまだ戻って来ねーな・・・。一体どこまで行ったんだ?

 

と。

不意に新一の頭に、灰原の声が響く。

 

『もし、彼が組織の人間だったら・・・』

 

ドキリと心臓が高鳴る。

 

そんなわけがない!

新一は頭を振って、灰原の声を追い払った。

それでも、漠然とした不安が新一の胸に押し押せていた。

 

早く来い、キッド!!

 

見上げた夜空には、赤い月。

そう、まるで血のような。

 

嫌な月だな・・・。

 

 

直後、新一の頭上に白い影が現れた。

新一より、少し離れたところへキッドは優雅に舞い降りた。

「・・!キッド!!」

新一は、思わずキッドへ駆け寄ろうとする。
が、キッドは笑顔で片手を上げて、それを制した。

そのまま、キッドは胸元から輝くばかりのダイヤを取り出すと、いつものとおり
神聖な儀式のような振る舞いで、月光にかざす。

新一も息を殺して、その様子を見守った。

やがて、キッドはフッと笑うと、逆光でよく見えないその顔を新一の方へと向けた。

「こんばんわ、名探偵。今宵は少しお待たせしてしまったようですね。」

「・・・ったく!待ちくたびれたぜ!また派手なパフォーマンスでもしてやがったのか?」

相も変わらぬキッドのその口ぶりに、新一も憎まれ口をたたく。
本当は心配していたなんて、口が裂けても言えない。

しかし、キッドは何も答えない。
いつもなら、人を食った笑みでも浮かべて、何やらからかってきそうな展開なのに。

・・・どうしたんだ?機嫌でも悪いのか?

新一は、小首を傾げた。

ややあって、キッドは新一へダイヤを投げてよこした。

「名探偵から、返しておいていただけますか?」

「・・・あ、ああ。またハズレかよ。残念だったな。」

そう言って、新一がダイヤを受け取ろうと思って一歩前へ出た時、今まで逆光で黒い陰になって
良く見えなかったキッドの姿がはっきりと見えた。

新一の目が驚愕に見開かれる。

キッドの右腕が鮮血で真っ赤に染まっていたのだ。

「お、お前!!撃たれたのか?!組織の連中か?!」

言いながら、新一はキッドに掴み寄る。
キッドは新一を真っ直ぐに見据えると、そのままふわりと新一を抱きしめた。

新一の体が白いマントに包れる。

「ちょ・・・!おい!何すんだ?!」

突然の事に、最初は驚いて固まっていた新一だが、抱きしめられてようやく我を取り戻す。
けれども、キッドはジタバタ暴れる新一を逃さぬようにしっかりと押さえ込み、
新一のその耳元に、唇を持っていった。

 

「・・・よく聞けよ、名探偵。」

キッドの熱い息が、新一の耳にかかる。
くすぐったさを感じて、新一は少し肩を竦めた。

 

「アイツを、信用するな。」

 

それだけ言うと、キッドはさっと新一を解放する。

え?今、お前なんて・・・?

新一は、大きく目を見開いたままキッドを見た。
キッドは、ニヤリと笑うと、白い羽を広げて屋上を蹴って飛び立っていく。

新一はただ、呆然とキッドの消えた方向を見つめていた。

 

なんて・・・?

キッドはなんて言った?

 

『アイツを、信用するな。』

 

 

 

 

「工藤!!」

背後から、突然、服部が現れる。
呼びかけられて、ビクリと肩を震わせ、新一はゆっくりと振り返った。

「工藤?」

服部が、心配そうな表情で新一に近づく。
新一は、ただ真っ直ぐに服部を見ていた。しかし、その目に映る服部の顔がぼんやりと歪んでいく。

 

『アイツを』

 

「どないしたんや?工藤?顔色、悪いで?」

 

『信用するな。』

 

優しいはずの服部の笑顔を、新一が怖いと思ったのは初めてだったかもしれない。

 

 

■       ■       ■

 

 

キッドの言葉が、天使の忠告か、悪魔の囁きか、新一にはわからなかった。

だが、予感はした。

それは、恐ろしいほどの冷たい予感だった。

 

「工藤?やっぱ、具合が悪いんと違うか?大丈夫か?」

服部が新一の顔を覗き込んだ。
新一はただ、呆然と目を見開いて服部の顔を見ていた。

 

『信用するな』

『アイツを』

『信用するな』

 

キッドの言葉が新一の頭にこだまする。

 

「工藤?」

「・・・はっと・・・」

新一が服部の名を口に出そうとした時、屋上の鉄のドアがバンという音と共に勢い良く開いた。

「工藤君!!」

中森警部を先頭に、どやどやと警官達が入り込んでくる。
警部はすぐさま新一の傍までやってくると、服部との間に割って入った。

「工藤君!大丈夫かね?それで、キッドは?!」

「・・・あ、あのすみません。逃げられました・・・。」

「いや、それは君が気にすることではない。で、ダイヤは奴の手に?」

「・・・あ、いえ。それならここに。」

言いながら、新一はキッドから受け取ったダイヤを警部に渡した。

「おお〜!!さすがは工藤君!!それだけでもお手柄だ!!よし!詳しい事は署に戻ってから
じっくり聞こう!!」

中森警部はキッドを取り逃がした悔しさを紛らわすためか、大袈裟に喜んで見せると
新一の肩を抱いて、警官達とともに屋上を去っていった。

 

そうして。

屋上には、服部が1人残される。
服部の目は、うつろな表情で警部達に連れて行かれた新一を追っていたが、
やがて、その視界から新一の姿が消えると、それまでとがらりと変わって冷たい表情になった。

月光がその服部の黒い影を静かに照らしていた。

 

 

それから、数時間後。
ようやく中森警部から解放された新一は、赤い月がだけが照らす狭い歩道を1人、駅へと向かって歩いていた。

思いつめた表情を、時折不安の影が掠めていく。

 

そう。
新一は、混乱していた。

何が真実(ほんとう)で、何が虚構(うそ)なのか、わからない。

疑い出したらキリが無いのだ。

一体、何が真実なのか。

 

キッドの言葉を信用するということは、服部を疑うことになる。

・・・そうじゃないんだ!!

新一は、頭を振ってその足を一層速めた。目指すは、服部の泊まっているはずの駅前のホテル。

もう一度、会えばわかる。

そう心に決めて、すべてを確かめるために服部に会いに向かったのだった。

 

 

服部から教えてもらっていたホテルの前まで来たところで、新一は携帯電話で服部に一応連絡を入れようとしたが、生憎繋がらなかった。

なので、直接部屋の前まで行く。

・・・電話に出ないってことは、どっか出かけてるのかもしれないな。

そう思いながら、部屋のそのドアに所に手をつくと、なんと鍵がかかっていなかったのか、ドアが開いた。

「・・・服部?服部、いないのか?」

入り口でそう呼んではみるものの、応答はない。

新一は、そのまま部屋の中へ入っていった。

奥にはシングルのベットと、その横に小さなデスク。
デスクの上には薄型のノート・パソコンが一台あり、あとはベットサイドにやや大き目のリュックが置いてあるだけで、部屋は綺麗に片付いていた。

新一は何気なくそのパソコンに近寄ると、電源を入れて立ち上げてみた。
通常どおり、起動する。
新一は服部が最近使ったファイルが何か見てみようと検索を開始する。

が、プロテクトがかかっていて見る事ができなかった。

けれども、新一は焦ることなく、キー・ボードの上で忙しなく指を走らせる。
新一もキッドほどではないが、それなりにこういったことに関しての知識はあった。

 

・・・ゴメンな、服部。こんな泥棒みたいなマネ・・・。

だけど、オレはやっぱり服部のこと、信じてる。

そりゃ、今までしょっ中、推理なんかで言い争いもしたけど、本気で服部の事、嫌いだなんて思った事は一度も無いし。

オレとお前との関係がすべてウソだなんて、

そんなこと・・・あるはずがない。

絶対に!!

 

「開いた!」

 

Pi !!という音と共に、いっせいに画面が開く。

新一の目に膨大な数の量のファイルが現れた。
試しに開いた一つのファイルには、新一の家庭環境から、交友関係まで幅広いプライベートな情報が明記されていた。
その他にも、新一が解決した事件に関するものや、日付ごとにその行動の詳細をチェックしているものもあった。

新一は夢中で、それらのファイルを片っ端から見始める。

 

そこへ、ふと背後でカタリという物音がして、新一を現実へ連れ戻した。

振り向いた先にいたのは、全身黒づくめの服部の姿だった。

 

 

「・・・は、服部・・・。」

新一は、慌てて立ち上がった。

 

心臓が高鳴る。

「・・・これ、何だよ?!それにお前その格好・・・。」

新一は胸の奥がキリキリと痛むのを感じた。

 

そんなはずはない。

そうさ・・・。きっと、服部はいつものように笑って、そんなはずはないと言うに決まってる・・・・!!

 

「答えろよっ!服部!!このファイルは何なんだよ?!」

新一はまるで悲鳴のような声で叫んだ。

 

しかし、服部はそんな新一の声にも大して動揺せず、あっさりと言った。

「何や。まだわからへんのか?いつまで気が付かんフリしとるんや?ホンマはわかってるんやろ?」

それは、まるで氷のように冷たい笑顔。

新一は自分の目を、耳を疑った。

 

現実を受け入れようとしない新一に、服部はトドメの一言を告げる。

「・・・ビターズ。・・・それが、ワイのコード・ネームや。そう言えば嫌でもわかるやろ?」

 

・・・こんな、服部は知らない!!

新一は自分の信じていた世界がガラガラと音を立てて、崩れていくのを感じた。

 

頭の奥で何かが響いている。

ヤメロ!コレ以上聞クナ!!ヤメロ!!

 

「・・・お、お前、組織の仲間だったのか・・・?じゃあ、オレの傍にいたのも・・・、
灰原のことも、・・・キッドを撃ったのも・・・・。」

たどたどしい言葉の新一を、服部はニっと笑った。

「そうや!もともとはワイの任務は、例のクスリの一件でワイらに絡んだ工藤新一が妙な気を起こさんよう見張るっちゅうもんやったんでな。
シェリーの件は担当外やったんやけど、ま、有力な情報が入り次第報告する事になっとったし。キッドは、組織にとって邪魔な存在やからな。機会をうかがっておったってとこやな。」

新一は凍りついたように動けない。
ただ目を見開いたまま、服部を見つめている事しか。

 

「安心せいや、工藤?まだお前をどうこうしろっちゅう話はないんや。
死にたくなかったら、このまま大人しくしとくんやな。

そうそう、帰ったらな、シェリーに伝えといてくれへんか?
近いうちに迎えが行くから、荷物をまとめておくようにってな。」

「・・・は、服部・・・!!全部ウソだったのか?オレの目の前にいたお前は全部・・・」

新一のすがるような目つきに、服部はやれやれと溜息をついて見せた。

「楽しかったで?シェリーの事もキッドの事も、みんな工藤のおかげやからな!」

 

そう言って、服部が最後に新一に向けた笑顔は、皮肉な事にいつもどおりの優しいものだった。

 

 

 

■       ■       ■

 

 

吸い込まれそうな闇の中を、新一は1人歩いていた。

前へ前へと踏み出している足が、どうも地についている感覚がない。
まるで、夢の中のようだ。

 

そう。それは新一にとって、悪夢の始まりであった。

 

それでも、服部が組織の仲間だったということを踏まえて考えれば、すべて説明はつくのだ。

同じ探偵として、新一の身近なところにいた事も。
灰原の秘密が組織にバレた事も。
さっき、キッドが撃たれていた事も。

 

だけど。

 

それでも、服部。

オレはお前のことを信じていたかったよ・・・。

 

もう、オレにはわからない。

何が真実(ほんとう)で、何が虚構(うそ)なのか。

 

ただ、確かなのは

 

服部に裏切られたと言う事実。

 

 

 

真っ暗なはずな前方に、淡い白い光が見えた。
新一は、その光の方を無意識に見つめた。

そこにいたのは、先程別れたはずの白い怪盗の腕組みをして壁によりかかっている姿であった。

キッドは新一の姿を認めると、真っ直ぐに身体をこちらへ向けた。

新一はそんなキッドを見て、立ち止まる。
白いスーツに鮮血の跡が痛々しい。

 

キッド・・・!!

 

新一は、キッドに駆け寄った。
そしてそのまま両手を広げて待っていてくれる怪盗の胸に飛び込む。

 

「・・・キッド!!オレ、もう何を信じていいのか、わかんねぇ・・・!!」

キッドの温かい胸に顔をうずめたまま、新一は消え入りそうな声でそう呟いた。

キッドは何を言わず、新一の背に回す手に力を込める。
この伝わる体温だけが、真実だと新一にわからせるように。

 

 

風になびくマントの中に、大切なものを抱き寄せた背が凛としていた。

 

 

 

遠くにそれを見つめる黒い影が、二つ。

「Never, it thought that those three people were connected.・・・」
《まさか、あの3人が繋がっていたとはな・・・。》

大きい方の影が何の感情も表さない無機質な声でそう呟いた。
小さい方の影が、それに対して冷たい笑みを浮かべる。

「Play is an end. Shall I begin hunting soon? 」
《遊びは終わりや。そろそろ、狩りを始めようか?》

「なぁ、工藤?」

 

 

非情な秋の月光の下。

薄笑いを浮かべた黒い影を浮かび上がらせていた。

 

 

 

 

 

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