Heart Rules The Mind

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NOVEL


Obstacle 前編


 

「・・・・・・ううう────ん・・・。」

 

11月も下旬に差し掛かり、街路樹の枯葉が木枯らしに舞っている頃。

日も暮れ始めた夕方、駅前のファミレスの窓際の席では、制服姿の学生達が一つのテーブルを囲んで いる。

よく見るとブレザー姿の男女と一緒に、学ラン姿の男子生徒とセーラー服姿の女子が同席して楽しげに談笑していた。

だが、その中で1人、唯一難しい顔をして悩んでいる少女が。

かの有名な鈴木財閥ご令嬢、鈴木園子である。

 

「だから、園子は一体何がしたいのよ?」

唸る園子の隣でロングヘアを揺らし、そう言ったのは毛利蘭である。

その問いには返さず、まだ難しい顔をしている園子に、蘭はいい加減溜息をついて見せた。

「わざわざ隣町から黒羽君と青子ちゃんまで呼び出しておいて、さっきっから唸りっぱなしじゃない? みんなで何かして遊びたいって言ったって、紅葉狩りも栗拾いも鍋パーティもダメで、どうするのよ?」

「言っとくけど、蘭!紅葉の綺麗な観光名所は混んでるし、栗拾いも面倒くさい、鍋パーティは前にやったって、そう文句をつけてきたのは、アンタのダンナの新一君なんだけど っっ?!」

人差し指を立てて反撃する園子に、蘭は“誰がダンナよ!”と頬を赤らめていた。

 

その様子を眺めながら、黒羽快斗はもう既になくなりかけているチョコレートパフェをスプーンで突付いていた。

新一が蘭のダンナ呼ばわりされたことは、いつもの事だとこの場では聞き流すとして。

どこかへ遊びに行きたいからその計画を立てようと、幼馴染の中森青子経由で呼び出された少年は、この一向に進まない話し合いの場で、特に意見する事もなく大人しく成り行きを見守っていた。

本来、学生という顔の裏側に平成の大怪盗であるという正体を持つ彼は、その秘密の職業上、放課後は多忙を極めていることが多い。

事実、次の仕事の下準備にもそろそろ取り掛からなければならなったので、フツーのお誘いなら当然お断りさせていただくところを、快斗は敢えて今日、この場に足を運んでいた。

無論、理由は一つしかない。

“新一に会いたい” それだけ。

快斗にしてみれば、公然と新一と一緒いられる時間を作ってもらえるのはうれしいに越した事はない。

しかも、園子は新一や快斗を巻き込んで何やら一緒に遊ぶ計画を立てたいとの事。

ますますもって、それはうれしい限り。 園子サマサマである。

それがどんなくだらない行事になろうとも、新一さえ一緒にいてくれるのなら快斗は幸せなのだから。

これではまるで、少女漫画のヒロインのような心境であるが。

警察を手玉に取るような大怪盗も、その仮面を外せば実はだたの高校生ということで。

とりあえず、園子の計画が何とか成就するようにとだけ、祈っていたのだった。

 

「他、何があるかなぁ?手近なところじゃディズニーランドとかいいのにね。もうクリスマスバージョンで素敵だと思うけど。」

ハタと声を上げた青子に、園子は首と手を振って答える。

「あ〜、ダメダメ。そういうテーマパークものって。この推理オタクが最も苦手とするところなのよね。大体、あそこは平日に学校休んで行かないと。さすがに期末試験も目前だし、今、授業をサボるのはねぇ?」

ああ、そっかと青子も納得する。

ディズニーリゾートが混み合っているのは周知のことで、イベントシーズンが近ければ、それはさらに拍車がかかる。

テーマパークに遊びに行くのなら、なるべく平日にというのは鉄則だ。

 

「さっきから聞いてりゃ、ずいぶんオレ1人が我侭みて─じゃね─かよ。」

砂糖もミルクも入っていないホットコーヒーをぐいっと飲み干して、工藤新一はソファの背に体重を預けた。

「オレはオレの意見を言っただけで、別にそれを強要してるわけじゃね─よ。行きたいのなら、お前らだけで勝手に行って来いって。」

───それは困る。

これは快斗の心の声である。

新一抜きで、このややうるさ型の女子3人の相手は快斗にしてもちょっとキツイ。

というか、そもそも新一が参加しないのなら、快斗に参加意義はない。

そんな快斗を援護するように、新一の台詞は女性陣の猛反撃を食らっていた。

「だ〜っ!わかってないわね、この男わっっ!。何をするにも大勢の方が楽しいに決まってるでしょ?!だからわざわざみんなで楽しめるようなイベントを考えてるのに!!」

園子が息巻いている横で、蘭も加勢する。

「大体、新一は協調性に欠けるのよ!」

「工藤君は何かしたいこととかないの?」

クラスメートの女子二人よりはさすがに優しげに青子が問いかけると、新一はあっさりと“読書”と返した。

確かに読書の秋。(いや、もう限りなく冬に近いが)

大好きな推理小説を堪能し捲くりたいという新一の気持ちもわからなくもない。

だが、その答えは今、この場では適当ではなく、当然却下されたのだった。

 

「あ〜っ!何かこう・・・この時期ならではの何か、楽しいものがしたいのよねぇ?!スキーやボードにはまだ早いじゃない?」

「特に今年は暖冬だしね。」

園子の意見に青子も付け足した。

と、蘭がぽつりと言う。

「そういえば、こないだ阿笠博士が少年探偵団の子達を連れて北海道に行ったって言ってたけど、確かに北海道でもまだ雪はほとんどなかったって。」

「へぇ?北海道に行ったんだ?いいなぁ!」

目を輝かせる青子に蘭も微笑みかける。

「道東めぐりして来たんだって。いろんな温泉にも入ったって言ってたよ。」

すると、園子がパチンと指を鳴らした!

「それよそれっっ!何で気がつかなかったのかしら?!」

「え?何?どうしたのよ?園子!?」

「ふふふ・・・。みんな、決まったわよ?!今度のイベントが!」

得意げに髪をかき上げながら、園子が不敵に笑う。

そんな園子を新一は訝しげに、その向かいで快斗はスプーンを咥えたまま“ふーん?”と見つめた。

みんなの視線が自分に注目したところで、園子はコホンとワザとらしい咳払いを一つ。

「良く考えたら、一番ありきたりなものをこの私としたことが忘れていたわ。秋から冬にかけて、身も心も寒くなるこの時期って言ったら、もうこれしかないのよね! !」

「これって、もしかして・・・。」

すると、園子はダンっとテーブルに手をついて立ち上がった。

「そうっ!温泉よ!土日で一泊二日の温泉旅行っっ!!」

鼻息荒くそう言った園子の提案には、今度は女子賛同の声が連呼した。

「温泉かぁ!今なら紅葉を見ながら露天風呂とか素敵ね。」

「お風呂の後に、旅館でおいしいお食事なんて最高〜っv」

そのとおり♪と頷く園子は、さらにその人差し指を新一の鼻先へと突き出した。

「旅館でゆっくりする温泉旅行なら、新一君も好きなだけ本の虫になってくれてOKってわけ!どう?!これなら文句はないでしょ?!」

「・・・・・ま、まぁ確かにな。っていうか、さっきから快斗は黙りっぱなしだけど、お前はどうなんだよ?」

新一の目が自分を向いて、快斗はにっこりと笑った。

「温泉?いいね♪大賛成だよ!」

ウインク交じりのその言葉にウソはなかった。

快斗にとってはむしろ鼻血ものである。

何しろ、温泉なのだ。

要は公然と一緒にお風呂に入れるワケで。

新一の素肌が火照って桜色になっているのだとか、色っぽい浴衣姿だとか、そういうのを間近で見れてしまうワケで。

率先して、その計画を推し進めたいくらいであった。

ナイス園子!である。

 

「では、満場一致ということで、温泉旅行に決定っ!問題は場所をどこにするかだわね。」

「近場だったら箱根とか?こないだニュースで紅葉が見ごろだって言ってたけど。」

「鬼怒川温泉とかなら、私、行った事あるよ?」

今度はどこの温泉地が良いか決めるのに、女子は忙しい。

新一と一緒に温泉旅行に行けるのならどこだってうれしい快斗は、候補地選びは女子に任せて、新一へ目線を向けた。

「オレ、温泉なんて久しぶりかも。」

「そういやオレも。」

快斗から振られた話題に、新一もふむと頷く。

その顔はまんざらでもなさそうだ。

 

と、園子が思い出したように、「あ!」と声を上げた。

「どうしたのよ?園子?」

問いかけた蘭に、園子は妙に神妙な面持ちで語った。

「しまったわ。、このメンバーで遊ぶ時のもう一つの重要事項を忘れてた!」

何だそれは?と、全員が園子を見つめる。

すると、園子が顎をしゃくって言った。

「人数よ、人数。男2人に女が3人。これじゃバランスが悪いのよね。新一君と蘭で1ペア、黒羽君と青子ちゃんで2ペア。要するに私1人、あぶれちゃってるじゃないこの状況を何とかしないといけないわけよ!」

「「か、勝手にペアにしないでよっっ!」」

と、同時に声をあげる蘭と青子を、園子は片手を挙げてあしらう。

「はいはい、まぁそのペアで正しくカップルが成立しているかどうかは、別としてよ。とにかく、女が1人多いことには間違いないでしょ?!」

「まぁそうだけど・・・。」

園子に押し切られた形の蘭の横で、新一が呆れたように溜息をついた。

「合コンじゃあるまいし、何も人数合わせする必要なんてないだろ?」

「何よ!新一君は黙ってて!これは私の問題なのっっ!」

そう豪語する園子は、蘭の顔を見て誰か適当な男はいないかなどと聞いている。

「誰か適当な人って言われても・・・。あ、そうだ!だったら、服部君なんかどう?」

「却下!」

園子はあっという間にダメだしをした。

その横で「服部君って誰?」と青子が蘭に小声で訊ねている。

「へぇ?関西にいる高校生探偵なんだ?」

「そう。新一とも顔なじみだし。お互い探偵同士でちょっと対抗心を出しているところもあるんだけど。東京にもよく来るのよ。あ、でも、幼馴染の和葉ちゃんと一緒に来ることが多いかも。仲がいいのよね、あの二人。」

青子の質問に答えながら、蘭は園子に却下された理由がわかった気がした。

「服部君に声をかけたら、絶対和葉ちゃんも一緒に来るってもんよ。あそここそ、幼馴染カップルラブラブモードだしっ!」

完全に断定したように園子が言う。

その読みはあながち間違いではなかった。

「ってーか、何もわざわざ関西から呼びつけることもないだろ。」

新一の言うとおりである。

発言こそしなかったが、快斗にとっても西の探偵、服部平次の登場は好ましくはない。

どうも今のところ、快斗と園子は見えないところで上手い具合に意気投合していた。

 

「何ていうか、女ッ気のない男がいいのよ。身近に異性の幼馴染とかがいないようなね!」

園子は切望した。

蘭はえ〜?と困った顔を作って、新一や快斗に助けを求めるが、男子二人はどこ吹く風で明後日の方向を見ていた。

「ねぇ?!蘭!誰かいないの?!」

ずいと園子に言い寄られて、思わず蘭が引き気味になったところを、青子の声が割って入った。

「あ!白馬君!」

「げ!」

瞬間、嫌そうな声を出したのは、快斗。

勘弁しろよ?と言いたげな視線を送る快斗をよそに、青子は白馬がどんな人物であるか、簡単に紹介していた。

「へぇ?じゃ、その白馬って人も探偵なんだ?なんだか、高校生探偵ってゴロゴロいるのね・・・。」

園子が頷く横で、蘭も笑う。

「でも、ロンドン帰りの探偵さんだなんて、ちょっと素敵。ホームズも大好きだなんて新一とも話が合うんじゃない?」

「白馬君が、特に力を入れてるのは怪盗キッド逮捕なの。だから、うちのお父さんにもよく協力してもらってるんだ。」

青子がねっと笑うのを、快斗はけっと不貞腐れた。

っていうか、白馬の参加など、快斗にとって冗談ではない。

白馬の参加を歓迎しそうなこの場の雰囲気を何とか打破しなくてはならなかった。

「こら、青子。勝手に決めてんなよ?大体、そんな都合よく白馬が参加できるわけねーだろ?!」

ぶーたれた様子で快斗が言うと、青子も負けじと言い返す。

「何よっ!あとで白馬君に連絡とって、都合を聞いてみるもん!土日だし、空いてるかもしれないでしょ!」

「余計な事はしなくていーんだよ!大体、みんなが知らないヤツと一緒に、旅行なんかしたってだなぁ〜っ!」

と、快斗が言いかけた時である。

新一が言った。

「白馬なら、オレ、知ってるけど?」

「え?!」

快斗が新一を見た。

「父親は確か警視総監だったんじゃねーか?面識は直接ねーけど、名前くらいなら聞いたことあるな。」

日本警察の救世主とまで言われている新一の知名度には敵わないまでも、白馬もそこそこ名が知れた探偵である事は、もちろん快斗も良く知っている。

なので、新一が知っていても全然不思議はないのだが。

快斗は新一が白馬を知っていた事が、妙に面白くなかった。

新一の言い方からして、白馬の参加を嫌がっている風はないこともさらに気に入らない。

だが、そんな快斗にさらに追い討ちをかけるように、蘭が言う。

「黒羽君、心配しなくても、私達、人見知りなんかしないよ?せっかくだし、もしその白馬君の都合が良かったら、ぜひ一緒に行けないかな?園子のためにも。」

そう微笑まれては、快斗は何も言い返すことができない。

幼馴染にどことなく雰囲気の似ているこの少女に、快斗は少々弱かった。

 

だが、しかし。

白馬は快斗にとっては、天敵だ。

快斗を怪盗キッドだと信じて疑わないこの探偵に参加されては、心置きなく新一と温泉を楽しむというのはちょっと気分的にも難しい。

大体、リラックスしたい休日に何故、白馬と一緒に過ごさなければならないのだ。

くだらない白馬の追求の相手なんて冗談ではない。

「い、いや、だからさ。何も白馬でなくとも・・・。誰かほら適当なヤツとかいないのかな?」

苦笑する快斗に、今度は園子が詰め寄った。

「いーじゃない?!その白馬君で!女ッ気もなく、なおかつ新一君と探偵で同類!共通点のある人なんだしさ!ロンドン帰りの警視総監ご子息なんて、エリートでしょ!私はすっごく興味あるんだけどっっ!?蘭も新一君もOKだって言ってるだしさっ!」

・・・・新一は別にOKは出してないだろうっっっ?!

快斗がやや涙目で新一を見つめると、新一は何でもないことのようにあっさりと言う。

「オレは別にいいけど?」

快斗はその新一の一言で撃沈。

こうして、快斗の意思はまったくのよそに、白馬を含めた面子で温泉旅行に行く計画が進行して行ったのだった。

 

快斗はというと。

どうやったら白馬の参加を阻止できるだろうかと、持ち前のIQをフルに使って考えているのだった。

 

 

 

+++To be continued+++

 

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