鈴木財閥ご令嬢 鈴木 園子企画、1泊2日温泉旅行当日。
天気、雨。
しかも、結構本降りの。
どんよりと空に重くのしかかる雨雲は、まさに今日、この日の快斗の心情そのものだった。
青子経由で伝えられた集合場所へ向かう快斗の足取りは、とてつもなく重い。
本来ならば、新一との(いや、正確に言えばその他、女子も同行するのだが)温泉旅行など、快斗にとっては願ってもない素晴しいイベントである。
だが、しかし。
今回は手放しでは喜べない状況にあった。
よりにもよって、白馬が参加するのである。
完全なる部外者な白馬の参加は、普通なら何としても阻止したい快斗であったが、何故かこういう時には団結する女子の勢力には勝てなかった。
もちろん、ギリギリまで白馬の不参加にさせるため、あの手この手を考えていたのだが、結局は白馬の参加を心待ちにしている女子の期待を裏切るのも良心が痛んで、泣く泣くこの状況を了承することにしたのだ。
にしても、せっかくの旅行にこの雨ときた。
「・・・ったく。絶対、雨男は白馬だな。」
そんな快斗の呟きは、容赦なく傘を叩きつける雨音にかき消された。
集合時刻に遅れること、10分。
快斗が待ち合わせ場所へ現れると、赤い傘を差した青子が出迎えた。
「あ!快斗!!こっちこっち!相変わらず遅刻魔なんだから!もうみんな集まってるわよ!」
手招きされるがままに快斗が青子に合流する。
「みんなは?」
「あっち。車の中よ。」
そう言って青子が指差した先には、はとバスサイズのバスが停車している。
どうやら、本日は貸切状態のようであるが。
フロントガラスの向こうで、園子と蘭が手を振っていた。
その奥の座席には新一と白馬が見えた。
何やら親しげに話している彼らを見て、一瞬、快斗の眉間にしわが寄ったのだが、青子はまったく気づかなかった。
「おはよう、黒羽君!雨の中、ご苦労様。」
雨の雫がしたたる傘をたたむ快斗に、蘭がそう声をかける。
と、後部座席から、新一も片手を挙げて快斗に挨拶をした。
その横では白馬が意味深な笑みを浮かべている。
快斗はそんな白馬は無視し、新一だけに笑顔を送って、集合時刻に少しばかり遅れたことを園子と蘭に詫びた。
「だけど、ひどい雨よねぇ?!まさかここまで大雨とは思わなかったわよ。これじゃ、露天風呂に入るのは無理かな?」
窓を叩きつける雨に、園子は眉を寄せた。
「露天風呂には屋根はないの?」
そう訊ねる蘭に園子は残念そうに頷いた。
「今日泊まる宿は、一応離れなのよね。部屋に露天風呂付ってのが売りなんだけど。残念ながらそこには屋根はないのよ。まぁ雨でも入れなくはないけど、はっきり言って、ここまで降ってたらぬるいわよね。仕方ない。本館の大浴場で我慢しとくか。」
腕組みしながら言う園子に、青子が「夜までにやむといいね」と言った。
「無理じゃねぇか?雨男が一緒だし。」
快斗が口を挟む。
「え?!誰が雨男なの?!」
声を上げた園子に、快斗はバスの奥に座る白馬を指差した。
「今までこのメンツで遊んだ時、雨なんか降ったことなかったろ?ってことは、今回、加わった新たな人物が雨男ってことさ。」
快斗のその台詞に、女子の視線は白馬に集中する。
と、当然、白馬も憤慨して言い返した。
「失敬な!明確な根拠もなく人を雨男呼ばわりするのはやめてください。僕の参加不参加に関わらず、今日、関東地方に低気圧が接近していたことは天気予報でも明らかなはずです!」
マジメに抗議する白馬に快斗はベーと舌を出し、前の方の座席に担いで来たバックを下ろす。
新一は、バスのやや後ろの窓際の席にいる。
横には荷物を置いていたが、通路を挟んだ隣の座席には憎たらしいことに白馬が陣取っていた。
新一と白馬が並んで座っているのが気に入らないが、快斗にはわざわざそこに割って入る気は毛頭なかった。
悔しいことに彼らは彼らで何やら盛り上がっているのである。
同じ探偵同士、推理小説談義でも交わしているのか。
・・・・・・そういや、二人ともホームズ・フリークだっけ。
予想はしていたことだが、快斗は重苦しく溜息をついた。
と、同じ様に溜息をつく少女がいた。
園子である。
「・・・なんていうか、まぁ・・・。探偵っていう人種は、ああいうのばっかなわけ?」
言いたいことはわかる。
女の子そっちのけで、事件だのトリックだのという話題で盛り上がる高校生探偵達。
新一1人ならまだ大人しく読書でもしていそうなところだが、探偵が二人ともなると、推理オタクトークが爆発と言ったところか。
男女のグループで楽しい旅行というには、明らかに孤立した二人組みだ。
「・・・・人選ミスだったかな?」
呟く園子に、快斗は「だから、白馬なんて誘わなきゃよかったのに」という言葉は飲み込んだ。
「ま、しかたがない。とりあえず、こんな天気だけど、レッツ・ゴー!」
無理矢理、気合を入れた園子の掛け声に、園子お抱えのドライバーはエンジンをかけた。
かくして、激しく降りしきる雨の中、温泉旅行へ出発したのである。
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走り出したバスの中、新一は席から少し身を乗り出して、前に座る蘭に声をかけた。
「快斗は?」
広いバスの車内の中、女子はほぼ真ん中あたりに並んで座っており、新一と白馬は彼女らより少し後方に位置していた。
快斗も当然、後ろへ来ると思っていた新一は、いつまでだっても自分達の方へ来ない快斗を不思議に思ったのだ。
青子と一緒に雑誌を読んでいた蘭が、新一の声に振り返る。
「黒羽君なら、前の方に1人で座ってるわよ。」
「快斗ったら、寝不足らしくて。1人で静かに寝かせてほしいんだって。」
そう言って青子が指差した先には、快斗のくせッ毛が少しだけ見える。
傾いている頭は、完全に眠る体勢を作っていた。
それを見届けた新一は、納得したように頷く。
「・・・そっか。疲れてるのかな?」
「黒羽君のことです。夜更かしでもしたのではないですか?」
通路を挟んだ席から、白馬が言った。
その顔は、快斗のことならすべてお見通しとでも言いたい表情である。
快斗を怪盗キッドと信じて疑わない白馬は、快斗の寝不足の理由は大概、キッドとしての仕事の下準備か何かと決めてかかっていた。
無論、そこまで言う白馬ではなかったが。
新一もそれ以上は何も聞かず、手にしていた小説に目を落とした。
すると、白馬がそんな新一へと目をやった。
「それにしても、日本警察の救世主とまで謳われる高校生探偵の工藤君に、こうして会うことができて本当にうれしいですよ。」
振られた話題に、新一の目が小説から白馬へと向いた。
嫌味もなくにっこりと微笑む白馬に、新一は同じ高校生探偵にそこまで褒め称えられる理由はないと苦笑する。
「確か、工藤君は主に殺人事件を取り扱っているとか。しかし、ここ最近、怪盗キッドの案件にもいくつか関わっているようですが、工藤君もキッドに興味があるんですか?」
「・・・いや、別に。中森警部に予告状の暗号の解読を依頼されるから、関わってるだけだけど。」
新一の答えは実に素っ気無いものだ。
白馬の前では、キッドには興味薄だという態度をとる新一のそれがポーズなのか本心なのか。
けれども、新一の反応などお構いなしに白馬は会話を進めた。
「実は、キッドと相対する探偵として、僕と立場を同じくする工藤君には、ぜひ一度お話しをしたいと思っていたんです。」
1人熱く語りだす白馬。
だが、そもそも根本的に間違っている。
確かに、白馬と新一は同じ探偵ではある。
だが、キッドと相対する者としての立場が同じかどうかは。
この会話を快斗が聞いていたら、当然「同じわけねーだろ!」とツッコミを入れるところであり、新一ももしかして心の中では少なからずそう思うところがあったりなかったりするのかもしれない。
まぁ、それはともかくとして。
白馬の熱いトークは続いていた。
「単刀直入にお伺いしますが、工藤君はキッドのことをどのようにお考えですか?」
「・・・どうって。ただの気障なコソドロだろ?」
あっさりと返す新一に、白馬はさらに問いただす。
「では、キッドの正体についてはどうですか?今まで相対してきた中で、何か気づいたことは?」
「気づいたこと?」
「そうです。例えば、キッドが僕達の身近なところにいる人物だとか、考えた事はありませんか?」
「それって、実はキッドが私達のそばにいるかもしれないってこと?!」
そう会話に突然入ってきたのは、園子である。
気がづけば、女子3人とも前の座席から身を乗り出して、白馬と新一の会話を聞いていた。
飛び入り参加の園子に、白馬もひきつりながらも「え、ええ。まぁ」と返す。
「私達の身近って・・・。例えば、キッドも私達と同じ高校生だったりとか?」
キッドを快斗だと睨んでいる白馬にとって、フザケ半分にそう言った蘭の一言は意外に鋭かったりするのだが、白馬が何か言う前に青子が口を挟んだ。
「え〜!じゃあ、私のお父さんって高校生に毎度、ヤラれてることになるの?そんなのお父さんが気の毒過ぎだよ。」
「ま、まぁ確かにそうですが。工藤君や僕のような高校生探偵が警察を先導して事件の捜査にあたることを考えれば、キッドが高校生であったとしても、さほど驚くべきことではないでしょう。」
「なるほどね、スーパー高校生ってわけか。」
なんだか良くわからないが、園子はうんうんと頷いている。
「でも、もしクラスメイトの男子にキッドなんかがいたりしたら、ビックリしちゃう!」
ありえないと言った風に蘭と青子が笑った。
「あ、でも、キッドってずっと前からいるじゃない?いくらなんでも高校生なはずないと思うけど。もっとオジサンなんじゃないのかな?」
自分の父が昔からキッドを追っていることを思い出した青子が付け加える。
それについては、もちろん、白馬は確固たる自信を持って自分の推理を述べたいところだったのだが。
「それはですね」と語りだそうとした白馬の声を、園子の大音量がかき消した。
「だーかーら!それは、トリックなのよ!だって怪盗キッド様よ!いつまでも若いままでいられるくらいのマジックくらいできそうなものじゃない?!」
ガハハとのんきに笑う園子の言い分は、はっきり言って無茶苦茶である。
根拠も何もあったものではない。
白馬のこめかみに血管が浮いた。
このあまりにアホらしい会話の流れに、新一は溜息一つ、再び読みかけの小説へ視線を落とした。
こうして。
結局、怪盗キッドの正体について、新一と意見を交換したかった白馬の目論みは女子の会話の乱入によって見事に撃沈されたのであった。
その一部始終を、前方の席で実は寝たふりしたまま聞いていた快斗が、ひっそりと笑っていたことには、もちろん誰一人気づいていなかったのではあるが。
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さて、一行が予定通り温泉地に到着してもなお、雨足が弱まる気配はなかった。
園子が手配したその宿は、“旅館”と呼ぶにふさわしい昔ながらの日本家屋だった。
離れの部屋もずいぶんと広く、普通の高校生達のグループ旅行ではありえないくらいの豪勢なものである。
まぁ、このメンツの家柄から言えば、決して不思議な話でもないのだが。
「結局、雨、やまなかったわねぇ〜。」
お座敷で蘭の入れたお茶をすすりながら、園子が言う。
彼女がバスで言ったとおり、部屋には露天風呂が隣接していたが、屋根がないため、雨が激しく降り込んでいた。
湯気は出ているが、それでもあまり入る気にはなれない。
「夕食前に一風呂浴びたいところだったのにね。」
残念そうに言う青子の隣で、快斗もお茶菓子に手をつけていた。
新一は快斗の隣で持ってきた小説を読み続けており、白馬は部屋の隅で自分の荷物を整理整頓していた。
「仕方ない!露天はあきらめて、大浴場に行こっか。やっぱお風呂上りの浴衣姿でご飯、食べたいしね。」
園子の声に蘭と園子もそうだねと頷いた。
「新一たちは?どうする?お風呂?」
部屋に置かれた浴衣を手に蘭が訊ねると、新一は小説から目を上げた。
「・・・あ、いや、オレは。」
少し考えた風の新一を、快斗は黙って見守る。
すると、新一は言った。
「確か、この部屋には露天風呂以外に、内風呂もあったよな。大浴場まで行くのも面倒だし、オレは内風呂でいいや。」
「男は男で適当にしてるから、女の子はゆっくりお風呂に入っておいでよ。」
快斗がそうにっこり言うと、女子達はきゃっきゃと大浴場へ出て行き、部屋には男子3人が取り残された。
賑やかな女子が立ち去ると、部屋はしんと静まりかえる。
さてと───。
快斗は、一呼吸ついた。
新一の言うとおり、この部屋には檜の内風呂がある。
内風呂だというのに、さすがは園子のツテなのか、この部屋に相応しくかなりの広さであり、当然の事ながら温泉も引かれていた。
内風呂を選択した新一に、内心ちょっとがっかりした快斗だが(当然、内風呂なら1人で入るので)、よくよく考えると結果オーライなことに気づいた。
いくら充分な広さがあるとはいえ、白馬を無視して内風呂に新一と二人きりで入るのは難しい。
みんなで入るなら大浴場だが、新一の体を他人に見せるのはシャクである。
一緒にお風呂に入れないのは涙が出るほど悲しいが、白馬を含め他人の目に新一をさらすくらいなら・・・。
それなら、いっそのこと新一には1人きりでゆっくり入ってもらう方が快斗の精神衛生上、いいのだ。
それに───。
快斗の視線の先には、荷物の整理をしている白馬の背中があった。
バスでの状況を限り、どうやら白馬は同じ探偵という立場を利用してか、新一を味方につけようとしているのが伺える。
推理小説ネタなんかで盛り上がって、意気投合しようとしている様子から見ても、それは明らかだ。
そのうち、新一と一緒に快斗を問い詰めようとするのが白馬の狙いなのだろう。
───悪いけど、それは困るんだよね。
まぁ、快斗的には白馬と新一が手を組むとは考えにくかったが。
それでも、万が一にも高校生探偵同士が結託するようなことがあってはマズいのである。
快斗はニヤリとした。
その笑顔は間違いなく何かを企んでいる笑顔だったが、快斗の顔を見ていない二人の探偵はまったく気づく事はない。
そして、快斗は新一へ向いた。
「新一も今のうちにお風呂に入れば?もしかして、夜中だとまた女子連中が、今度は内風呂に入るとか、騒ぎ出すかもしれないし。」
もっともらしい意見だが、実は快斗の狙いは別にある。
それでも、新一は「そうだな」と頷いて見せた。
「はい、浴衣。」
「おう、サンキュ。」
快斗から浴衣を受け取った新一は、いそいそとお風呂へ入る準備を始めた。
「じゃあオレは内風呂に行ってくるけど・・・。お前らは?大浴場にでも行くのか?」
タオルを持った新一が快斗達を見た。
「いや、オレは、新一が入った後で内風呂に入らせてもらうよ。」
「僕もとりあえず、今はお風呂は結構です。ちょっと探し物をしているので・・・。」
さっきからカバンをごそごそしている白馬は、探し物をしていたらしい。
快斗は白馬へ向いた。
「何か忘れ物でもしたのか?」
「いえ、さっきバスの中で工藤君が読みたいと言っていた小説なんですが、確か、僕が持ってきている本の中にあったような気がするんです。せっかくなので、ぜひ工藤君に見せてあげたいと思って。」
───あっそ。
快斗は溜息をついた。
どこまでも白馬は新一と友好的になろうとしているらしい。
新一はといえば、大好きな小説を見せてくれるという白馬に「サンキュ」と綺麗な笑顔を送っていた。
そして、そのまま新一が部屋から出て行く。
と、見計らったように快斗も立ち上がった。
「黒羽君、どこへ?」
「トイレ。」
にっこりそう言うと、快斗は白馬1人残して部屋を出た。
内風呂に隣接している脱衣所へ新一が入ろうとしたのを目にした快斗は、素早く新一の腕を掴んで振り向かせた。
気配を消して近づいたため、いきなり現れた快斗に目を見開いた新一が声をあげそうになるのを、手でふさぐ。
「な、何だよ?快斗!びっくりするじゃねーか。」
「ゴメンゴメン。」
「・・・まさか、お前、一緒に入りたいとか言うんじゃ?」
「いや、それも悪くないんだけど。」
あからさまに嫌そうな新一に、快斗は苦笑いする。
だが、次には悪戯っぽい表情に変わると、新一の耳元へその唇を持っていき、囁いた。
「───ねぇ、新一。ちょっと相談があるんだけどね。」
+++To be continued+++