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NOVEL


Obstacle 後編


 

「ああ、やっと見つかった。」

新一と快斗が退室し、1人部屋に残っていた白馬はバックの中をひたすらかき回して、ようやく目当ての文庫本を見つけ出した。

如何せん、たくさん本を持ち込みすぎた為、探すのに苦労していたわけだが、それでも新一の読みたかったという本を自分が偶然、持っていたことは白馬にしてみればラッキーだった。

これで、また一つ新一との距離を近づけることができるかもしれない。

白馬がそう思った時、背後のふすまが開く音がした。

当然、トイレに行った快斗が帰ってきたものだと、白馬は振り向く。

しかし、その視線の先にいたのは快斗ではなかった。

「・・・工藤君?お風呂へ行ったのではなかったのですか?」

「いや、それが。内風呂を快斗と一緒に覗いたら、快斗のヤツが大はしゃぎで。なんだかとっても入りたそうにしてたから、1番風呂を譲ってきた。」

「そうだったんですか。まぁ案外、夜になったら雨もやむかもしれませんし、そうしたら、露天風呂にも入れますからね。」

「そうだな。」

にっこりと新一に微笑まれて、白馬は少々頬を染めた。

「 ・・・あ、そ、その・・・!探していた例の本も見つかりました。よろしければ、お貸ししますが。」

言いながら、白馬はちょっと焦った風で、少しばかり散乱している自分の荷物をもとどおりにバックの中に押し込んでいる。

背を向けた格好でいる白馬を、新一は黙って見据えていた。

その顔には、先程の人の良さそうな笑顔は消え、代わりに少々意地の悪い笑顔が張り付いている。

 

───チョロイね。

そう心の中で呟いたのは、実は新一ではなかった。

要するに、今、この場で白馬と相対しているのは、新一に変装した快斗なのである。

つまり風呂場へ行った新一と入れ替わって、ここへ戻ってきたというわけだ。

もともと顔の造作がそっくりなため、髪型を多少いじるくらいで簡単に成し得てしまう変装だったりする。

そしてもちろん、このことは新一も了承済み。

もうすぐ例のごとく宴会も始まることだし、余興の一環としてみんなを驚かせてやろうと、快斗が提案したのだ。

“そんなのすぐにバレるんじゃねーか?”

そう言った新一を、快斗は鼻で笑った。

何しろ変装は仕事柄、得意中の得意である。

そうは言えないが、快斗が“いつまでみんなを上手く騙せるか、それも面白いだろ?”と悪戯っぽく言うと、意外に新一も乗り気になったのであった。

まぁ、実際問題、快斗の狙いは新一に成り済まして、白馬と対峙することにあるわけだが。

そういうわけで、新一と快斗の入れ替わり大作戦?が只今、決行中なのである。

 

事実、白馬は見事にその術中に嵌っていた。

「どうぞ。」

そう言いながら、笑顔で新一の仮面を被った快斗に文庫本を差し出す様など、まぬけもいいところである。

新一の顔をした快斗はその本を手に取ると、ぱらぱらと中身を見、ついでに帯に書かれている解説でその小説の中身をほぼ把握した。

新一が読みたがっていたというミステリー小説。

お気に召しているのは、作家なのか作風なのか、それともこの作品が今、話題のミステリーなのか。

いずれにしても、快斗は(いや、あくまでハタ目は新一だが)ふぅと疲れたように溜息をついたのである。

というのも。

実は、快斗も新一に倣ってここ最近は結構、様々なミステリー小説に目を通していた。

それは無論、新一との話題作りのためだったりするのだが、国内外を合わせてかなりの数の小説を読破してきたのだ。

結果として快斗がミステリーにハマれればいいのだが、あいにくそういうわけにはいかなかった。

というより、読めば読むほど、快斗にはミステリー小説の不自然さが目に付いて仕方がない。

今回、白馬から手渡された小説も快斗にしてみれば、特段、興味も沸きもしない内容である。

『閉ざされた別荘で、次々と起こる殺人事件。犯人は一体誰なのか?そしてその目的は?!』

帯にはそうあるが、このパターンはありきたりでまたかと思わざるを得ない。

 

───何ていうか、閉ざされた孤島とか、別荘とかで殺人事件が起きるっていう話、結構、多いよな。」

新一の顔で快斗が言う。

すると、白馬も苦笑しながら頷く。

「確かにそうですね。」

「大雪で山荘が孤立したり、嵐で別荘が孤立したり。そもそも舞台を孤立させることに何の意義があるのかな。」

「それは───。まず、容疑者を限定できるというメリットがあります。外部犯の可能性を消す事で、不可能犯罪であることをより鮮明にアピールするんです。例えば、全員、同じ場所に揃っていたのに、殺人が起きている。容疑者は他には考えられないとくれば、謎が深まります。」

白馬は落ち着いたトーンで語る。

だが、新一の皮を被った快斗は納得できないような顔で言った。

「メリットはそれだけか?」

「いえ。例えば、孤立した状況下であれば、そこに登場しているであろう探偵役の人物の活躍が期待できる。要するに純粋に犯人と一対一で戦うことができ、探偵としては素晴しい環境であると思いますよ。」

つまり、それは他の警察の邪魔立てなしに推理できることがいいと言っているのであるが。

自分のことに当てはめているのか知らないが、白馬は切々と語った。

そんな白馬に、新一の顔で快斗は少々不平を漏らす。

「それは探偵側のメリットだろ?まぁミステリー小説の場合、大概、主人公は探偵役であることが多いから、それでいいのかもしれないけど。」

「もちろん犯人側のメリットだってあります。舞台が孤立していれば、警察の介入はできず、関係者も逃げ出せない。だから、犯人は次々と殺人を実行できますから ね。」

「そんなの、大したメリットでもないだろ。デメリットの方が大きいんじゃねーか?犯人にしてみれば、容疑者は多い方がいいはずだ。関係者が限定された状況下で犯罪を犯すなんて、どう考えても不自然だね。」

批判的な新一(いや、中身は快斗だが)の意見に、白馬は苦い顔をする。

言われてみれば確かにそうだが、それを言ったら元の子もない。

「もしオレが犯人だったら、絶対に孤立した屋敷なんて犯行現場に選ばないな。街中で通り魔的に殺す方が、よっぽど捕まる可能性は低いんじゃないか?」

明らかに、これは見解の相違というヤツだろう。

いかに推理し、事件をどう解決するかという観点から見る探偵側にはない発想である。

事件をどう解決するかより、犯行をいかに成功させるかという犯罪者側の立場にたってこその意見。

所詮、怪盗は怪盗といったところか。

探偵とは相容れない考えの持ち主なのである。

「ま、まぁ工藤君のおっしゃることもわかりますが。意外でした。そのようなお考えでミステリーを読まれているとは。」

白馬はそう苦笑するしかなかった。

 

さて、ここで明らかに白馬との壁を作った新一(中身は快斗)だが。

孤立した舞台で繰り広げられる事件をモチーフにした小説で、まさかここまで物議を醸し出すとは思いも寄らなかった白馬は、少々焦っていた。

「・・・ええっと。結局、工藤君はこの本、お読みになりますか?」

「せっかくだけど、遠慮しとく。」

新一の顔をした快斗は笑顔で断ると、手にしていた小説を白馬に返した。

そうですかと残念そうに受け取った白馬は、新一との交流を深めるのが困難な気配を肌で感じ取っていたのだった。

そうして。

少しばかりぎこちなくなった部屋の空気を読み取って、新一に化けた快斗は内心、ザマーミロとにんまりする。

───とりあえず、これで新一には気安く近づけないよう にバリアは張れたかな?

 

そそくさと小説をしまった白馬は、もうそれ以上はミステリー小説については触れまいと思ったのか、話題の転換を図った。

「ところで、工藤君。先程、バスの中で話していたことですが。」

「ああ、何だっけ?」

わかっているはいるが、ここは敢えてすっとぼけてみる。

言われなくても、白馬が何を新一に言いたいのかは重々承知だ。

「怪盗キッドの正体について、です。実は僕はある仮説を立てていましてね。それに基づいて推理をすると、キッドの正体がわかってしまったのです。」

「・・・へぇ?」

新一の瞳が僅かに細められる。

白馬はすっかり探偵の顔で言った。

「先程、怪盗キッドは僕達の身近にいるかもしれないとお話ししましたが。僕の推理では、キッドはずばり黒羽君ではないかと思っているのですよ。」

───直球かよっ!

あまりにストレートに自分の名前が出されたことに、快斗は少々唖然とするが、この場にいたのが本物の新一でなくて良かったと心底思った。

だが、とりあえずこの場は新一として、返答しなければならない。

「・・・何か証拠でもあるのか?」

「今はまだ決定的な証拠はありません。しかし、僕は彼がキッドだと確信しています。工藤君はどうです?黒羽君がキッドだと思ったことは?もし思ったことがなくても、ぜひ これを機会に考えていただけるとありがたいのですが。」

得意げに白馬が微笑む。

新一の顔で快斗は、そんな白馬を見返していた。

───もし、この場にいたのが新一であったならば、彼は何と言っただろう?

そんなことをぼんやり考えていた。

真実はわからない。

でも、たぶん───

“らしい”答えを見つけると、新一の顔で快斗はきっぱりと言い放つ。

 

「悪いけど、他人の推理には興味ねーんだ。謎は自分で解く主義なんでね。」

 

□□□     □□□     □□□

 

「ああ、いいお風呂だった〜!」

そう言いながら浴衣姿の女子が部屋に戻ってきたのを、ニセ新一と白馬が揃って出迎えた。

男子二人がいた部屋の空気が多少重いことなど、女子達は気づくことなくキャッキャと騒いでいる。

「あれ?快斗は?」

まだ濡れている髪をタオルで拭きながら青子が訊ねた時、部屋のふすまが開いた。

立っていたのは、浴衣姿の快斗。

ではなく、快斗に変装した新一であるが。

「オレがどうかした?」

「あ、ううん。快斗もお風呂だったんだ。内風呂に行ったの?」

などと、青子とフツーに会話もできている。

見た目もばっちり快斗になりきっていた新一だが、幼馴染の青子にバレない程度にきちんと芝居もできているようだ。

ダテに女優の息子はやってないらしい。

そんな新一と見つつ、快斗は少々溜息をつく。

───それはそうと、せっかくの浴衣姿なのにオレの変装じゃな・・・。

本来であれば欲情すべきところだが、目の前にいるのはたとえ中身が新一だと思ってみても、外見は自分自身。

少々萎える快斗だったのであった。

 

それからしばらくして。

部屋には豪勢な食事が次々と運ばれてきた。

それらに舌鼓を打っていたが、ふと新一に化けている快斗はあれ?と思った。

食事とともに出してもらった飲み物は御茶やウーロン茶のみで、酒はなし。

無論、未成年なのだから当然と言えば、当然だ。

旅館側に要求するのも無理な話なのではあるが。

「そういえば、今日は酒はなし?」

そう訊ねると、「そんなことあるわけないでしょ!」と園子が笑った。

「宴会はこれから!食事を全部下げてもらった後から、スタートよ!たくさん持ち込んでるんだから!」

やっぱりあるのかと新一の顔で快斗は苦笑する。

が、ふと白馬の存在が目に付いた。

「白馬の了解は得てるのか?見てわかるだろうけど、アイツ、結構カタブツだぜ?親は警視総監サマだし。」

「親が警察関係者なのは、青子ちゃんちだって一緒でしょ。」

園子が言い返すと、青子自身も加わった。

「うちのお父さんなんてそこまでカタくないよ〜。青子なんて、小さい頃からお父さんの晩酌につきあったことあるし。まぁさすがにこんな風に飲み会してることは内緒だけど。」

すると、白馬が口を挟んだ。

「ご心配なく。今回の旅行のお話をいただいた時に、その件に関しては伺っています。参加条件として、飲酒の事実はここだけの秘密にすることと、お酒を持参することが提示されました からね。そういうわけで、僕もワインを5本ほど提供させていただいています。」

───ああ、そう・・・。

ワイン5本というフレーズに、女子のやったーという悲鳴が上がる。

この旅行に参加するためには、たいていのことは妥協できるらしい白馬だった。

「結局、雨はやまないし。露天風呂に入れない分、じゃんじゃん飲もうじゃないの!」

威勢のいい園子の声に、蘭と青子も続いた。

そんな様子を見やりながら、お互いに変装したまま快斗と新一は苦笑しあう。

二人が入れ替わっていることは、依然としてバレる気配はなかった。

 

□□□     □□□      □□□

 

やがて、綺麗に平らげた食器が下げられ、寝室に布団が敷き詰められると。

女子たちは待ちかねたようにテーブルの上に酒とおつまみを並べ始めた。

いよいよ宴会の開始である。

酒の種類は、ビール、日本酒、ワインのほか、缶チューハイやカクテルなど多種多様だ。

───これは ・・・。もしかしなくても、酒乱の気配だ。

新一に変装したままの快斗は、そう思った。

それから、隣にいる白馬を見る。

「白馬は、酒は飲めるのか?」

「ええ、まぁたしなむ程度には。 ですが、さすがに未成年ですし、泥酔するまで飲んだことなどありませんので、自分がどの程度飲めるかどうかはわかりかねます。」

「言っておくが、ここにいる女子は結構、酒豪ぞろいだからな。」

とりあえずは、気をつけろよと釘を刺しておく。

まぁ、白馬が酔いつぶれたら、それはそれでヨシとしよう。

問題は、新一だ。

今は、快斗の面を被っているあの新一が、例のごとく酒乱に陥ったら・・・。

快斗の心配をよそに、新一は青子になみなみとグラスにたっぷりビールを注がれていた。

新一のことを快斗だと思って疑わない青子には遠慮がない。

蘭と青子に挟まれた状態で、早くも新一は(いや、外見は快斗だが)酒乱へ一直線だった。

 

やがて2時間が過ぎ、みんなに酔いが回り始めた頃だった。

突然、園子が立ち上がる。

「実は、スペシャルなものを持って来たのよねぇ〜ん!!」

そう言って、彼女が手に掲げたのは何やら白い衣装である。

「園子ちゃん、それ、なぁに?」

缶チューハイを片手に青子が訊ねると、よくぞ聞いてくれましたといった風に、園子がフッと笑う。

「じゃじゃーん!怪盗キッドの衣装なのだ〜!!」

───はぁ?!

新一らしく?大人しくワインに口をつけていた快斗は、目をむいた。

確かに園子の手にあるのは、白いスーツでおまけにシルクハット。

・・・でもなんていうか、キッド本人から言わせてもらえば明らかにニセものっぽい。

「園子、一体それ、どうしたの?」

「まさか、本物ってことはないよね?!」

蘭と園子の質問に、園子はウインクつきで答えた。

「ネットオークションで買ったの。どこぞのコスプレマニアの手作り!すごいでしょ!」

園子の声に、みんなすごいすごいと声を上げた。

すると、白馬がそれを手にとってじっくり見る。

「しかし、本物のキッドの衣装はもう少し純白のような気がしますが。こちらの生地は少し青みがかった白ですね。」

───っていうか、オレのはもう少し上質な生地だって!

という怪盗のツッコミは、心の中にとどめるしかない。

「それは仕方がないんじゃないか?一般にはキッドの衣装の詳細が公開されているわけでもないし。多少は違ってる部分もあって当然だって。」

と、快斗の顔をした新一がコメントする。

多少どころか、結構違ってるところは多いのだが。

スーツのボタンの数とか、Yシャツの色身とかネクタイの太さとか、モノクルの模様とか・・・・。

キッド自身からしてみれば、数え上げたらキリがない。

しかし、まさかそれをここで指摘するわけにはいかなかった。

 

「それでなんだけど!せっかくだから、男子にキッドのコスプレしてもらおうかと思って!」

園子のその提案に、蘭と青子も手を叩いて同意した。

「え〜!3人だったら、誰が1番似合うかな?」

「快斗は?キッドに憧れてるみたいだし、喜んで着るんじゃない?!」

「だけどさ!実は1番、キッドとしてはありえない人物がコスプレすると面白かったりしそうじゃない?!だーかーら!私、鈴木園子としては、工藤新一にキッドのコスプレを命令するっっ!!」

ビシッと人差し指で園子は、そう任命した。

彼女も相当酔いが回っていると見えるが。

いや、そんなことよりもだ。

新一が着るなら、それもいいんじゃないの?と他人事のようにしていた快斗だったが、園子に指差されているのが自分なことに?と首を傾げる。

───“新一”って、今は、オレかよっっ!?

自分が新一に変装していたことを思い出して、ギョッとするのだが。

本物の新一(外見は快斗)も笑顔で「がんばれ!新一」などと手を振ってる始末。

「工藤君がキッドの衣装ですか・・・。確かに背丈は近いかもしれませんね。ぜひ着替えをなさってみてください。興味深いです。」

白馬まで何故か乗り気だ。

みんなの期待の視線を一身に浴び、新一の顔をした快斗は仕方なく園子からその衣装を受け取った。

そして、ふすまの向こうの布団が敷き詰められた寝室に1人篭って、お着替えタイムである。

───ってか、何でオレがよりにもよってキッドのコスプレなんかしなきゃいけねーんだよっっっ!!

どうせなら、自分も新一のコスプレが見たかったと快斗が思ってみても、お互い入れ替わっているこの状況ではどうにもならないのである。

 

それから、新一に扮した快斗がキッドのコスプレをして登場すると、宴会はさらに盛り上がった。

女子らは、デジカメや携帯を持ち出して、なんちゃってキッド(実は正真正銘のキッドなのに)との撮影会である。

「ねぇねぇ!これ、写メールでお父さんに送ったらびっくりするよねぇ〜!」

酒で赤くなった顔で青子が笑う。

いいように女子に玩具にされた快斗(外見は新一だが)は、目の端では自分に変装した新一の酒の量も気にしていた。

青子や蘭に勧められて飲んで入るものの、大量には飲んでいないようには見える。

一方、白馬はというと、先程、新一に変装した快斗が少々冷たく接したのがショックだったのか、部屋の隅で1人、ワインのボトルを空けていたのだった。

 

□□□     □□□     □□□

 

「もういいだろ?着替えるぞ!」

え〜!と名残惜しげにマントの裾を引っ張る園子の手を払って、快斗は立ち上がった。

そのまま、マントを翻して寝室へ篭る。

きっちりとしめたふすまからは、宴会が行なわれている座敷の明かりがうっすらと届いてるだけで、暗い部屋だった。

明かりをつけるまでもなく、さっさと着替えようと快斗がシルクハットを取り、ネクタイに手をかけたときだった。

音もなく、ふすまが開く気配がしたのだ。

慌てて快斗が振リ返ると、そこには自分が居た。

いや、それはつまり、快斗に変装したままの新一が立っていたということなのだが。

新一はスッとふすまを閉めると、暗がりの中、何も言わずに快斗に近づいた。

快斗はそんな新一におどけて笑う。

「まったく、とんだコスプレだったよ。ああ、そうだ。ついでだし、入れ替わり大作戦も終了にしとこっか。」

言いながら、快斗が確認の意をこめて、新一の顔を覗きこんだその瞬間。

快斗の視界が反転した。

え?と思う間もなく、次には頭を叩き付けられる衝撃。

下に布団が敷いてあって助かった・・・。

とかいう問題ではなく!!

紛れもなく、快斗は今、新一に押し倒されているという状況だった。

───これは、もしかしてっっっ!!!

快斗は目を凝らして、目の前にある新一の顔を見つめる。

───し、新一っ!目が据わってる・・・・・!

しかし、酔いも手伝って、さらに色香を増した至近距離の新一の顔!

例のごとく、酒乱新一様のご登場ということならば、さしずめ、彼は今、目の前にいる怪盗キッドのコスプレ快斗をキッド本人だと思い込んでいるのか。

いずれにせよ、このオイシ過ぎる状況。

自分が下になっている体勢は後から逆転するとして。

快斗は、まさに自分の前に差し出されているかのような新一の唇を貪り続けた。

「・・・酔ってる時って、積極的だよね?新一。」

耳元でそう囁いてやると、まるで新一は自分からキスをせがんでいるようにも見える。

───やっぱり、新一って、キッドが好きなんだよなぁ。

こんな新一がいつでも見られるんなら、正体をバラすのも悪くないなと思いつつ、いよいよ快斗が新一の上に被さろうとした、まさにその時だった。

ふすまが威勢良く開く。

新一を押し倒した形になっている快斗が、やや引きつって振り向いた視線の先に居たのは、なんと仁王立ちした白馬の姿。

白馬の表情は、逆行になって快斗には見えない。

とっさに言い訳を考える快斗だが、よくよく思い返してみれば、今は自分は新一に変装しているわけで。

・・・ということは、だ。

工藤新一が黒羽快斗を襲っている図・・・のよう白馬には見えるはず。

「・・・えと。」

どうしたものかと、自分の下にある本物の新一の顔を覗いてみれば、お約束のようにかわいい寝息を立てているではないか。

「・・・ええっと。この状況を説明するとだな・・・。」

本物の新一の上からどいて、とりあえず、適当に言いくるめようとした快斗の腕を白馬が乱暴に取った。

避けても良かったが、まさか白馬が“新一”に手荒なマネをするはずがないと思った快斗は大人しく白馬に捕まった。

・・・のがいけなかった。

 

いきなり近づいてきた白馬は、あろうことかそのまま全体重を快斗に預けてきたのである。

当然の事ながら、受身の体勢など取っていなかった快斗は重力にしたがって倒れるしかなかった。

結果、またもや、快斗の視界が反転。

「・・・な、何だっ!?」

思わず声を上げた快斗のすぐそばには、白馬の顔。

───ってか、お前も目ぇ、据わってんじゃねーかっっ!!!!

快斗がぎょっとして身を引こうとしたのを、白馬は許さない。

「・・・工藤君・・・。僕は、たとえ君が僕のことをどう思っていても・・・。」

どうやら、白馬は新一に想いを寄せていたらしい。

日中、新一に化けた快斗が冷たくしたのが白馬の心に一層火をつけたのかどうかは別として、今、ここで白馬に迫られているのは快斗であった。

無論、白馬は快斗が新一に化けているとは知らないわけで。

そして、本物の新一すぐ隣で夢の中。

そんな新一の寝顔ににやけてる場合ではない。

白馬の唇が快斗のそれへ、迫ってきているのである。

───待て待て待て待て待て〜〜〜〜っ!!

「・・・ちょ・・・・!落ち着けよ、白馬っ。いいか、オレはな・・・っ!!!」

快斗は必死にのけぞって言う。

だが、白馬も酒の勢いを借りて強引だ。

このままでは襲われる!

本能的に貞操の危機を感じた快斗は、思わず白馬を投げ飛ばした。

どすんという派手な音を立てて、白馬の体が叩き付けられる。

さすがにその音で女子も駆けつけた。

「ちょっと〜ぉ!男三人で何ドタバタやってんのよ?!」

園子の一声とともに、寝室に明かりが灯る。

寝室の布団の上には、男子三人がバラバラと横たわっていた。

「子供じゃないんだから、寝室でプロレスごっこなんてしないでよ、新一?!せっかく綺麗に敷いてくれたお布団がめちゃくちゃじゃないの。」

蘭がカミナリを落とすと、青子が部屋に飛び込んでくる。

「えぇ〜?プロレス?!青子も混ざる〜っ!」

「じゃあ、私も!」

「え、ちょっと青子ちゃん!園子も!!ま、いっか!じゃあ私も手加減しないわよ〜!?」

言いながら、女子3人が束になって、キッドにコスプレ中でなおかつ新一に変装中の快斗に襲い掛かってきた。

 

「こらこら、ちょっと待て〜!!」

───っていうか、この集団には酒乱じゃないヤツはいないのかよっっ!!

快斗の叫びは女子の笑い声にかき消されていく。

さすがは、温泉旅行。

泊まりとあっては、いつにも増して女子もお酒の量が多かったのだろう。

新一だけでなく、白馬、そして女3人にも襲われることになろうとは快斗としては、まったくの想定外。

そうして、夜は更けていく。

 

□□□     □□□     □□□

 

一夜明けて、快晴。

帰りのバスの中。

「いやぁ、とりあえず帰る前に露天風呂に入れてよかった〜。朝風呂っていうか、起きられなくて昼風呂だったけど、気持ちよかったし〜♪」

うーんと伸びをしながら園子が言う。

「ほんと〜。ゆっくりできてよかったよね。だけど、何だか体の節々が痛いの。何でかな?」

その青子の疑問には、蘭が答えた。

「それはたぶん、昨夜、プロレスごっこなんかやったからじゃないかと思うんだけど。」

「えぇ?!そんなことしたっけ?!青子、全然覚えてない!園子ちゃんは?」

「うーんと・・・。やったような気もするけど、何でそんな事やったのか・・・?」

「それは確か・・・。新一たちが寝室で先にやってて、私達が混ざったのよ。ね、そうだったよね?新一?」

蘭がそう新一を振り返ると、新一はまだ二日酔いなのか眠そうに顔を上げた。

「・・・プロレスなんかしたっけ??っていうか、オレ、自分で寝室に行った記憶もねーな。宴会の後半から真っ白だ。」

すると、1人、後ろに座っていた白馬も口を挟む。

「そういえば、僕も起きてからずっと首が痛くて。寝違えたのかと思ったのですが、もしかしてプロレスのせいでしょうか?如何せん、僕も飲み過ぎたようで、工藤君がキッドの衣装を着るあたりから、どうも記憶が飛んでいて・・・。」

「じゃあ、黒羽君は?昨夜のこと、覚えてる?」

蘭の長い髪が揺れて、快斗の方へ向いた。

窓際で頬杖をついたままの格好で快斗は「さあね」とだけ言った。

 

もちろん、快斗が忘れるわけもない。

昨夜の悪夢のことを。

そんな快斗の肩を、ちょんちょんと新一が突付いた。

「なぁ、快斗。昨夜のお前との入れ替わり作戦だけど。結局、最後はどうなったんだ?オレ、途中から記憶がないからよくわからねーんだけど?」

結果から言うと、新一と快斗が入れ替わっていることは誰も気づかなかった。

冷静になって考えれば、あの時、二人が入れ替わっていなければ、白馬に押し倒されていたのは新一だったかもしれないのだ。

そう考えれば、結果オーライなのである。

ではあるが。

まさか、白馬まで酒乱とは。

「・・・まぁ、作戦は大成功だったよ。」

そう笑った快斗の笑顔は若干、引きつっていたのだった。

せっかくの新一との温泉一泊旅行。

それなのに、新一との甘い時間はほとんどなく。

変わりに白馬に襲われかけたり、女子にプロレス技をかけられたりと、快斗にとってはまさに踏んだり蹴ったりとしか言いようがない。

 

「あ、そういえば、白馬から小説借りてないな。」

ふと思い出したように言った新一に、快斗は告げる。

「ああ、それならアイツ、持ってきてると勘違いしたんだってさ。」

「そうか。ま、いいか。にしても、今朝から白馬が妙によそよそしい気がするんだけど。」

「気のせいだろ?アイツも二日酔いみたいだし、そっとしておいてやった方がいいんじゃねーの?」

とりあえず、新一と白馬が交流を深めることだけは防げたことがせめてもの救いであったことは間違いない。

 

 

++The end++

 

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