Heart Rules The Mind

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NOVEL


In
 The Sweetest Dreams

 

 

文化祭シーズン到来。

11月は、文化の日や勤労感謝の日などの祝日を利用して、この時期、どこの学校も学園祭まっさかり
お祭りムード一色である。

そして、巷を騒がす怪盗キッドこと黒羽快斗も普段は一介の高校生。

クラスの出し物である炊き込み御飯&とん汁セットの模擬店にもしっかりとして参加して。
幼馴染の青子が中心となって作ったそのメニューは、「おふくろの味」加減が受けたのか、
意外に大盛況で、収益金は準備費用を上回るほど。

ってなわけで、大成功な内に3日間のお祭り期間は幕を閉じ、本日はそのささやかな売上金でもって
クラスみんなで打ち上げなのであった。

 

未成年が禁酒&禁煙なのは当り前なのだが。(・・・というか、国の定めた法律である。)

今夜ばかりは、無礼講!と、ばかりにカラオケボックスの大部屋を貸し切ってのドンちゃん騒ぎ!

(この場合、制服姿での飲酒は問題がありますので、私服に着替えていることを前提にお読みください。)

 

 

 

「快斗〜!!うま〜い!!」

流行のJ−POPをさわやかに歌い上げた(しかも振り付き)快斗は、クラスの女子生徒から黄色い悲鳴を
浴び、それに笑顔で答えていた。

もともと歌うことは嫌いじゃない快斗だが、こういう場所ではたまにふざけて完璧な声帯模写なんか
したりしてみせて、まるで歌手本人のように歌って、周りをわかせる事も忘れない。
芸達者な快斗の単なるモノマネだと思って笑っているクラスメート達は、
まさか、それがあの天下の大怪盗だからこそできる技だとは、知るはずも無いのだが。

 

「ゴメン、オレ、ちょっと・・・。」

「何だ〜?!快斗、トイレかぁ〜?!よし、オレも行く!!」

「あ、じゃあ、私たちも〜!!」

酒が入って、すっかりご機嫌なクラスメート達は、そう言って部屋を抜け出そうとした快斗について来た。
大音量のカラオケ・ルームから解放されて、ほっとしたのもつかの間。
今度は快斗は酒臭い友人達を引き連れてトイレへと向かった。

 

部屋に戻る途中、ふいに快斗はガラスのドア越しに隣の部屋へと目をやった。

・・・あ!名探偵!!

快斗の目に映ったのは、自分と同じように学校の連中に囲まれている名探偵・工藤新一の姿であった。

アイツ、何でこんなトコにいるんだよ?

快斗はそう思いながら、ドア越しに新一のいる部屋を覗き込む。
そこへ、先程快斗と一緒に部屋を出てきたクラスメートが合流した。

「何見てんだよ?快斗?」

「あ〜!!工藤新一〜!!あれ、名探偵の工藤君よ!!ほらほら!!」

「ウソ〜!!マジ?うわっ!!ほんっとに快斗にそっくりじゃん!!」

新一の姿に気が付いた快斗のクラスメートたちが騒ぎ出す。
さすがは、高校生探偵。その知名度は大したものだった。
紙面を賑わすその顔が、自分達のクラスメート黒羽快斗と似ているという事は知っていたが
実物を見てみんなは大騒ぎである。

「なぁ、アイツら亭丹高校の奴らだよなぁ。向こうもなんか打ち上げしてるっぽくねーか?」

「ねぇ、どうせだったら一緒に混ざっちゃわない?!大勢の方が楽しいし!」

「・・・え?おいおい・・・。」

快斗が止める間もなく、クラス・メートたちは勢いよく新一達の部屋のドアを空けて突入した。

 

「こんばんわ〜!!俺達、江古田高校2年A組のもんですけど!!
俺らも隣で文化祭の打ち上げやってるんですが、よろしかったら一緒に騒ぎませんかぁ〜!!」

突然の乱入者達に、一瞬亭丹高校の生徒達は驚いたようだったが、
すでにこちらもすっかり出来上がっている様子。
どうぞどうぞ!とご機嫌で招き入れてくれてしまった。

そうして、もと新一たちがいた部屋に快斗のクラスメート達がなだれ込む形となって、
宴会が続行されたのである。

 

 

■       ■       ■

 

 

「じゃあ、快斗は工藤君のとなりにね!」

まるで双子のようにそっくりな顔の造りの快斗と新一を、並べて見たいと言うクラスメートに背を押され、
快斗は新一の横の席へ座らされる。

「ほんとに新一と黒羽君ってそっくり!」

快斗に新一の横の席を明け渡した蘭がにっこりと笑った。
それに答えるように、ほんとほんと!と青子が笑い返す。

しばし、クラス中の注目を浴びていた快斗と新一であるが。
当人達は別に、そんなことねーよ!と思いながら互いに無言で飲み物などを口に運んでいた。

 

やがて、みんなの視線から解放されると、快斗は隣の新一の方を見やる。

「・・・どうも。うちのクラスの連中が迷惑かけちゃって悪いね。
オレ、黒羽快斗ってんだけど、よろしく。名探偵の事はまぁ、よく知ってるよ?有名人だもんな。」

・・・ま、ほんとはオレだって負けないくらい有名人なんだけどね。

そんな心の内は隠して、快斗は新一にしらじらしく自己紹介などしてみせる。
怪盗キッドとしては新一と対面した事は何度もあるが、快斗としては初めてだ。

一方、まさか快斗がキッドだなんて思いもよらない新一は、にこやかに笑顔を向けてきた。

「・・・よろしく。『名探偵』は、よせよ。オレをそう呼ぶヤツにロクなのがいねーんだ。」

 

・・・へぇ?それってオレのこと?

快斗はクスリと心の奥底で笑った。

「おっけ。じゃあ、『新一』って名前で呼ばしてもらうかな。オレのことも『快斗』でいいよ?」

人好きする笑顔でそう言ってきた快斗を、新一も快諾した。

 

ふと、新一の飲んでいるグラスが気にかかる。

「・・・新一、ソレ、何飲んでるの?」

「え?ああ、カルアミルクだけど?」

「・・・。何杯目?」

「・・・そうだな、2、3杯目ぐらいだったけど思うけど。・・・何で?」

 

以前、新一の酒乱に大層ヤラレた苦い経験を持つ快斗(いや、その時はキッドだったのだが)は
大いに警戒の意を表わしていた。

あの時、新一はドンペリをほとんど1本空けていた状態だった。
・・・って事は、そこそこ量は飲めるんだよな。
問題は、どの程度飲んだらああなるかってことだけど・・・。

 

「・・・新一って、酒、強いの?」

「どうかな。別に酒豪ではないと思う。普通じゃねーの?」

・・・普通ね。
確かに酒豪ではねーけど、酒乱だろ?

快斗はそう思いながら苦笑する。

 

「快斗は?おめーはどうなんだよ?」

スクリュー・ドライバーを飲んでいる風な快斗に向かって、今度は新一が問い掛ける。

「オレ?オレも別に普通だよ?」

快斗はすましてそう言った。

 

「お〜い!快斗!!なんか歌えよぉ〜!!アイツ、モノマネとかもすげー上手いんだぜ?!」

「え〜?黒羽君、歌って歌って〜?!」

両校の生徒達が一緒になって騒ぎ出す。

仕方が無いと快斗は立ち上がると、(いや、もともと嫌では決してないのだが)マイクを片手に
前へ行こうとした。

「新一も、よかったら一緒に歌う?」

振り向いてそう言うと、新一は慌てて首を振った。

あ、そう?知らない歌なのかな?

名探偵・工藤新一が唯一不得意とする分野が歌であることを知らない怪盗は、
別にフラレたことを大して気にもせず、ミラーボールの輝く舞台中央へと向かった。

 

「上手いじゃない?黒羽君!」

歌い終えて、新一の傍に戻ろうとした快斗の袖を1人の女子が引っ張った。

「私、鈴木園子。よろしくね!」

ウインク付きでのその園子のご挨拶に、快斗も愛想良くにっこり笑顔を返す。

・・・ああ、鈴木財閥のご令嬢ね。

園子の顔に快斗も見覚えがあった。

「それにしても、スゴイカッコよかったわよ?今の歌。新一君とは大違いね!」

「え?何、新一ってば歌、ダメなの?」

「そ!アイツ、すっごい音痴なんだから。」

ペロっと園子が舌を出してそう言う。

確かに。
そう言われてみれば、さっきから新一はちっとも歌おうとしない。
周りから勧められて、本を渡されても少し困ったように笑って、すぐまた別の人間に渡してしまう。

最近の歌、知らないから  とかなんとか言い訳しながら。

なるほど。
名探偵は歌が苦手だったのか。

意外な新一の弱点を知って、快斗は内心ほくそ笑む。
それなら、後で無理矢理デュエットでも誘って困らせてやろうか。

そんな悪戯心が快斗に芽生えて新一を覗き込んだ時、新一のもとに新たなグラスが運ばれていった。

げ!
またおかわりしてる!!

「な、なぁ、新一ってこういう場で、酔っ払ったりしねーの?」

「ああ、新一君?そうね、お酒は割と飲む方だしね。でも酔った方が彼は面白いのよ?
普段よりも喋るようになるし。だからみんなで結構飲ませるようにしてるんだ。」

なっにぃ?!

「・・・そ、そんなことして、アイツ、ベロンベロンになったりしたらどーすんだよ?」

「大丈夫よ!頼りになる幼馴染の蘭がいるからね。彼女に任せておけば問題なし!」

とんでもない!
問題、大有りだ!!

 

快斗は慌てて、新一の隣へと戻った。

「おかえり、快斗。オメー、歌上手いんだな!」

そう誉めてくれる新一の顔が薄暗い照明の中でも、心なしか赤く見えるような気がするのは
快斗の思い過ごしか・・・。

なんとしても、こないだのような状態になるのだけは回避しなければならない。
あの時はまだ二人きりだったからいいけど、あんな状態の新一をこんな大勢にさらすなど
勿体無くて(?)できるか!

快斗は慎重に新一のどんな変化も逃すまいと、意識を集中させた。

 

そこへ、青子を含む快斗のクラスメートが現れる。

「ねぇねぇ、工藤君!工藤君って、あの怪盗キッドに会ったことあるんでしょう?」

興味深々な女子達に、新一は顔を上げて、小さく「あるよ」とだけ答える。
とたんに黄色い悲鳴が上がる。もちろん、約一名青子のみはむくれていたが。

「ねぇ!キッドって間近で見てどうなの?!やっぱ、カッコいい?!実はすごい美少年じゃないかって
いううわさとかあるんだけど!!」

ほぉ!そのうわさはばっちり、当たってるね!

快斗は内心、にんまりする。

キッドばかりを褒め称える女子達に、新一はややその秀麗な眉をつり上げると、
チッチッチと指を振って見せた。

「・・・さすがにキッドの素顔までは知らねーけど。
近くで見ると、アイツ、意外に恥かしい格好してるんだぜ?」

え?

新一の台詞に快斗は目を丸くする。

「え?何で?それって、キッドのあの白いシルクハットやマントが変ってこと?」

女子達が新一に詰め寄る。新一は、まぁね、と頷いた。

「そうよ!変よ、あんな真っ白なの!結婚式の衣装じゃあるまいし!!」

青子がそれに大きく賛同した。

・・・コラ、青子、てめぇ・・・!

「え〜・・・。でも、マントとかカッコいいと思うけどなぁ、ねぇ?」

それでも女子達はキッドがカッコいいと、頷きあった。
そこへ、新一が溜息をつきながら言う。

「・・・問題は、アイツの靴なんだよ。キッドの靴をちゃんと見たことは?」

「靴?!」

みんな、さすがにキッドの靴までは意識していなかったようで、どんな靴なのか気にしていなかった。

「スーツに合わせてるんだろうけど、真っ白のエナメルの靴、履いてるんだぜ?
なんか白のエナメルなんて、変だと思わねぇ?さえない芸能人みたいでさ!」

新一がそう言うと、みんなもそれに同調していっせいに笑った。

しかし、引きつった笑いをする男が1人。
もちろん、黒羽快斗、実はキッドその人である。

・・・悪かったな、さえない芸能人みたいで・・・!!

 

なんだか、キッドのネタになったことで新一のエンジンがかかったのか、今までに無く
饒舌に喋りだす。

どうやら、やや酔いが回ってきたようだ。
確かにこの程度なら、陽気に喋っているだけだし問題はなさそうだけど。

新一の様子を盗み見しながら、これ以上飲ますのはそろそろ危険かと快斗が判断した頃。

予定の2時間が過ぎ、そのカラオケ・ボックスを追い出されることとなった。

 

■       ■       ■

 

すっかり意気投合したしまった両校の生徒達は、このまま大人しく解散するはずも無く、
2件目の店を探して、夜の町を彷徨い始めた。

そうは言っても、この大人数。
そう簡単に入れる店などないと思うが。

ふと、そんな団体から新一の足が遠ざかる。

「どうした?新一。」

快斗が新一の顔を覗く。少しその顔は上気しているかのように見えたが、
別段、変わったところなどない・・・とまだ思う。

「・・・帰る。」

ぼそっと小さな声で呟いた新一の言葉を聞いて、快斗は耳を疑った。
先程まで、あんなにキッドをネタに盛り上がっていたくせに、突然帰るだなんて言い出しだのだから。

「・・・え?!ちょっと、新一、帰るって・・・。」

「・・・帰るったら、帰る。じゃあな。」

言うなり、新一はみんなにくるりと背を向けて歩き出した。
なんと、その足どりは千鳥足・・・!

げ!アイツ、酔っ払ってる!!

「お、おい!!新一!!」

慌てて、快斗が新一の肩を捕まえる。
振り返った新一の顔は、確かに目がすわっていた。

 

「ど〜したのぉ?新一君たち!行っちゃうわよ!!」

園子が新一たちを振り返って、声をかけてきた。

「あ、いや、新一が急に帰るって言い出してさ!なんかちょっと酔ってるみたいなんだけど・・」

え〜!工藤君、帰っちゃうのぉ?と女子たちから残念そうな声が上がる。
しかし、園子は溜息をついて仕方なさそうに、新一の幼馴染を呼んだ。

「蘭!蘭!!新一君、帰るって!!酔っ払ってるんだってよ!」

「・・・酔ってねぇよ!!」

新一は仏頂面で言い返すが。

「ええ?もう新一ったら、しょうがないなぁ。わかったわよ、じゃあ私も一緒に帰るから・・・」

え〜!蘭ちゃん、帰っちゃうの?と男子たちから残念そうな声が上がる。
そんな声に照れくさそうに笑いながら、蘭がクラスメートの輪から出てくるが、
それを快斗が手を振って止める。

「あ!いいよ!オレが新一を送ってくから!」

快斗の申し出に男子は大賛成するが、黒羽君、帰るの?とまた女子が残念そうな悲鳴を上げる。

「・・・別に、オレは1人で帰れるって。」

そう言って、新一は快斗を押しやるが、快斗は新一の腕を放さない。

「じゃあ、新一はオレが責任持って送るからさ!みんなは楽しんできてよ!」

「でも、黒羽君、そんなの悪いわ・・・。」

蘭が申し訳なさそうな顔をするが、快斗の方こそ実は新一を送りたいだけなので
悪いわけがない。

「気にしなくていいって。コイツん家、駅からそう遠くないし、かついで行ったってどうってことねーよ!」

快斗の隣で、新一が「だからオレは1人で帰れる!」と言い張っているが、
この場合、全く持って当てにならないその言葉を、誰も聞こうとするものはいなかった。

 

そうして、快斗は新一を連れてクラスメートたちから離れた。

 

消えていく二人の姿を少し心配そうに見つめる蘭の傍に、園子が近寄る。

「・・・ねぇ、ところでさ。黒羽君って新一君の家、何で知ってんの?」

「・・・そういえば、そうよね。」

二人ははて?と首を傾げた。

 

■       ■       ■

 

・・・一体、いつスイッチが入りやがったんだ?

快斗は隣をフラフラと危ない足取りで歩く、新一を見ながらそう思った。

さっきまでは、ちょっと上機嫌なだけだったのに。
快斗と二人きりになってから、ますます新一の言動はアヤシクなってきて、何やら支離滅裂な話を
一生懸命している。

察するに、もう新一は隣にいるのが快斗である認識がないようである。

足元があやしい新一が転ばないよう、快斗はその腕をしっかりと掴んでやっていたが。

 

「・・・座りたい・・・。」

これまた突然に新一が言い出して、パッタリとその足を止めてしまった。
快斗は少し辺りを見渡すと、もう少し行った先に公園があるのを発見し、なんとかそこまで新一を
誘導する。

人気のない公園のベンチに新一を座らせてやる。

「おい、大丈夫か?水でも飲むか?」

新一は、それには首を横に振って、何やらごそごそポケットの中をあさり始める。
ポケットの中から出てきたのは、携帯電話。
しかし、それでも新一は、まだごそごそ何やら探し続けている。

「何を探してんの?」

「・・・ん、っていうか・・オレのケータイ、どこ?」

快斗は頭痛がしてきた。
けれども、気を取り直して、新一の右手にきちんと収まっている携帯電話を彼の目の前に掲げてやる。

「ハイ!携帯はここ!新一、自分で持ってるでしょ?」

すると、新一はそれを恥じる事も無く、メモリーボタンを押し出した。

・・・何だよ?誰に電話するんだ?
ああ、隣んちのなんとかとかいう博士にでも、迎えに来てもらうつもりか?

それでも、新一は一向に電話をかける様子は無く、ただひたすらボタンを押し続けている。

 

「・・・誰に電話するつもりだよ?」

酔っ払って、携帯の操作もままならないと思ったのか、快斗は新一の代わりにかけてやろうと
携帯を取り上げる。
すると、新一はまっすぐに快斗を見て、電話したい相手の名前を言った。

「怪盗キッド!」

と、そう一言。無邪気な子供のように。

 

はぁ?!

オレの番号なんて、教えた覚えはないけど?!

 

快斗はまじまじと新一を見つめ返す。

「・・・キッドの番号なんて、新一、知ってんの?」

いや、もちろん知っているはずなどないことぐらい、快斗は百も承知だが。
それに対して新一は、あっさりと「知らない」と言ってのける。

・・・・ったく、番号を知らないのに、どうやって電話するんだよ?

・・と、ぼやいたところで始まらない。
今の新一には、とっくにまともな話など通じないのだから。

 

・・・ヤレヤレ。それで一体キッドに何の用なんだ?オレなら新一の目の前にいるぜ?

 

そう思いながらも、快斗は新一に告げる。

「キッドの番号知らないんなら、かけられないだろ?諦めるんだな。」

すると、新一は一瞬悲しそうに俯いたかと思うと、突然大声で「キッドを呼べ!」と
わめき始める。手足をジタバタ、ものすごい暴れようである。

「わ〜!!わかった!わかったってば!!」

快斗の言葉にようやく新一は大人しくなった。
きょとんと子供のように快斗を見上げる新一の目の前に、快斗は人差し指を持っていく。

「・・・ったく。ほんとに仕方ねーな!
新一のために、オレがキッドを呼んできてやるから。・・その代わり、オレの言うとおりにできるか?」

新一はまるでプレゼントをもらえる子供のように、うれしそうに微笑んだ。
瞬間、快斗はその新一の笑顔に見惚れてしまったが。

ゴホン、と咳払いを一つ。

「じゃあ、オレが3つ、数字を数え終わるまで、目を閉じて。」

言われたとおり、新一は目を閉じる。

 

そして。

 

「one ・  two  ・ three !!」

 

「・・・お呼びですか?名探偵。」

新一以外誰もいない夜の公園に、白い怪盗がその姿を現した。

キッドのその声に閉じられていた新一の蒼い瞳がゆっくりと開く。
そして、その眼にキッドを映すと、妖艶に微笑んだ。

「・・・会いたかったぜ?キッド。」

そう言って、新一はその手をキッドに差し出した。
キッドは新一の手を取って、新一の身体を引き寄せ、そのまま抱きしめる。

 

こんな風に抱きしめる事ができるのも、新一が酔っ払ってるからなんだよなぁ・・・。

と、胸に抱えた温もりを味わいながら、ほんの少しキッドは悲しくなったりもするが。

・・・まぁ、酔った時にこそ本性を表わす人間もいるっていうし、コレが新一の本音だったら
最高にうれしいんだけどね。

そこまで都合良くはいかないだろうと、深々とキッドが溜息をついたところで、
カチャリ!とこの場にそぐわない金属音がした。

 

え?

 

驚いて顔を上げたキッドの前で、新一がにっこり笑ってこう一言。

 

「・・・捕まえた!もう逃がさない。」

 

それはもう、天使のような極上の笑顔で。

そして、新一は自分の左腕を上げてみせる。
するとジャラリと音を立てて、キッドの右腕が引っ張られた。

 

げっ!!

て、手錠?!

 

焦って、キッドは自分の右腕に繋がれたそれを見る。
新一はそんなキッドを見て、子供のように悪戯っぽく笑ったままだ。

「・・・これで、お前はオレのもんだな。」

・・・なんて、普段の新一からは絶対聞くことの出来ない、ある意味告白めいた台詞に
キッドは一瞬、クラクラしながらも、手だけは冷静に手錠を外そうと動かしていた。

実は手錠を外すことなど、怪盗キッドにとっては造作もないこと。

 

・・・こんなんでオレを捕まえた気でいるんだから、ほんっとに酔っ払ってるんだな・・・。

そんないつもの冷静さを欠いた新一を可愛いなどと思ったりして。

 

ガチャ、ガチャ。
ガチャ、ガチャ、ガチャ。

・・・。
アレ?・・・外れない・・・?!何で?

すると、新一がにんまりと笑う。

「ソレ、博士に頼んでちょっと普通のより高度な手錠にしてもらったんだ。
たとえお前でも、そう簡単には外せないと思うぜ?」

なっにぃ〜!!

「・・・か、鍵は?」

「・・・オレんち。」

 

キッドはそれだけ聞くと、新一を抱えたまま、矢のような速さで闇夜を駆け抜けていった。

 

 

■       ■       ■

 

キッドが新一とともに工藤邸に着いたのは、それから間もなくの事。
その頃、すっかり新一はキッドの腕の中で眠りについてしまっていた。

とりあえず、キッドは新一の部屋へと向かう。

ベットの上に新一をドサリと横たえると、ヤレヤレと大きく溜息をついた。

・・・ったく、ほんの遊び心がアダとなったな。

キッドは無邪気に眠る新一の顔を覗き込む。

・・・それというのも、またコイツの酒乱のせいだぞ?こうなったら、絶対タダじゃ帰らねぇ!

ほんのり上気したその頬にキッドは軽く口づける。
羽のような口付けを唇にもし、そのまま首筋へと降りて行く。

そうして、新一の服に手をかけようとしたその時、キッドの右手の動きを手錠が邪魔する。
それでも、キッドは左手1本で新一のボタンを外しにかかった。

直後、背後でコトリという物音。

ギクリとして、キッドは振り返る。
ドアの先に立っていたのは、小さな少女だった。

 

「・・・お邪魔だったかしら?」

その冷静な口調に、火のついたはずのキッドの心は一気に冷却される。

「工藤君に頼まれていたものを届けに来ただけだから・・・。
私に気にせず、続けていただいて結構よ?」

隣家の養女・灰原哀はそう言ってのけると、新一のデスクの上に何やら資料らしきものを置いた。
そうして、いったん哀はキッドの方を見やり、デスクの引出しを開けると何かを取り出した。

そのまま、スタスタとキッドの傍までやってくる。

「・・・はい、これ。」

そう言って、哀はキッドの手の中に小さな鍵を渡した。

「・・・え?」

訝しげにキッドは哀を見返す。

「・・・手錠の鍵よ。片手じゃ何かと不便でしょう?」

その目をキラリと光らせて、哀が妖しく微笑む。
キッドはその目を見て、ごくりと唾を飲み込んだ。

 

「・・・じゃあ、怪盗さん。ごゆっくり・・・。」

それだけ言い残して、ドアは静かに閉じられる。

 

辺りに静寂が戻った。

しばし、哀が出て行ったドアを呆然と見ていたキッドだったが。

やがて、いそいそと哀から受け取った鍵で手錠を外すと。

「・・・ハァ・・・」

そう大きく溜息をついた。

 

ベットサイドに座り込み、新一の顔を覗き込むと、その額に唇を落とした。

 

「・・・今日は、このへんで大人しくお暇させていただく事にするよ、名探偵。
この続きは、またあらためてな!」

 

やや肩を落とした風の白い怪盗は、そのまま夜の闇の中へ溶け込んでいったのだった。

 

 

 

翌朝。

目を覚ました新一の記憶がどのあたりから、あやふやかというと。

江古田高校の生徒が乱入してきたところまでは、どうやら覚えているのだが。

黒羽快斗という人物とお近づきになった記憶は、きれいさっぱりなかったというのだから、
快斗には気の毒としか言いようがない。

 

それでも。

 

「・・・なんか、いい夢見てた気がするんだよな〜・・・」

二日酔いでやや重い頭を抱えながらも、新一はそう呟いたのだった。

 

 

■ END ■

 

 

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