Heart Rules The Mind

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NOVEL


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    〜 After In The Sweetest Dreams 〜

 

 

「「えぇ〜?!何にも覚えてないィ〜〜〜?!」」

 

ここは、帝丹高校2年C組の教室。
文化祭の打ち上げを先週末に終えての月曜日、新一を取り囲んだ蘭と園子の声が響き渡った。

そう。
先週の金曜は文化祭を終えた後、カラオケ・ボックスへクラス中で押しかけての大騒ぎ。
しかも、途中から他校も混ざって大盛り上がりだったのだ。

が、新一はほんの少し(?)酒が入り過ぎたのか、宴会後半の記憶はまったくといってなく、
気がついたら、自室で寝ているという始末。

どうやって帰宅したのか、さっぱり思い出せない新一は、自分の行動についてちょっとドキドキしながらも
蘭たちに探りをいれてみたのだった。

結果、冒頭の台詞に戻るわけだが。

 

「信じらんない、この男!!じゃあ、黒羽君が送ってくれたことも覚えてないわけ?」

園子が呆れた顔をして、新一を覗き込む。
一方、新一はその聞きなれない名前に首を傾げた。

「・・・く、くろ・・ば・・?」

「黒羽君よ!江古田高校2年A組、黒羽快斗!!新一君と顔が瓜二つのね!!」

「そうよ?新一、江古田高校のクラスのみんなが途中から混ざって一緒に騒いだのは覚えてる?
新一、黒羽君の隣に座って、結構仲良く話してたじゃない?」

 

園子と蘭がそう新一にたたみかけるが。

 

くろば かいと・・・?

オレと顔がそっくりだって?

隣で仲良く喋ってた?

 

どんなに記憶の糸を手繰り寄せようとしても、まるでその先がぷっつりと切れてしまっているかのように
『黒羽快斗』という人物について、新一は何一つ思い出すことはできなかった。

 

そんな新一の様子を見て、やれやれと蘭と園子は溜息をつく。

 

「それにしても記憶が全く無いなんて、驚きよね。もしかして、すっごいことやらかしてたらどうする?」

園子のその意地悪そうな物言いに新一は慌てて顔を上げる。

「な、何だよ!オレが何かやらかしたとでも言うのかっ?!」

「知らないわよ、そんな事!黒羽君に聞いてみないことにはね!」

べ〜っ!とあっかんべをして園子が笑いながら言う。
自分が何もするわけはないと主張するものの、新一が今ひとつ自信が持てないのは記憶が無いせいか。
・・・それでも、新一は自分を信じていた。というか、信じていたかった。

 

実際はまぁ、見事にやらかしているわけなのだが。
そこに自覚がないところがまさに酒乱というべき他、何者でもないわけで。(笑)

 

「とりあえず、黒羽君に迷惑をかけたのは間違いないんだから、きちんとお詫びに行ったら?新一。」

蘭が言いながら新一の顔を覗き込む。
それに隣に立っている園子も大いに頷いた。

「そうそう!そうすべきね!お詫びとお礼をきっちりしてらっしゃいよ!
今後の我が校と江古田高校の交流のためにもね。そんで、ついでに黒羽君の連絡先も聞いてきてよ?」

「・・・園子ったら!まさか黒羽君を狙う気?」

「まぁね!彼、新一君と顔は瓜二つだったけど、歌も上手いし、ノリも良くて結構いいカンジだったのよね。
なのに、私としたことがうっかり携帯、聞きそびれちゃってさ!」

「でも彼には中森さんっていう幼馴染がいるみたいよ?」

「・・・げ!ま〜た、幼馴染ぃ?!」

蘭の言葉にげんなりして園子が肩を落とす。
以前、西の探偵服部平次を狙おうと思った時も、幼馴染の存在を指摘されたことがあったからだ。

 

額に手をやりながら、園子が言う。

「・・・ま、いいわ。どっちにしても新一君は、詫びを入れてくるべきだと思うわよ?」

 

そんな風にもっともらしく言う園子に新一は疑わしい眼差しを送りつつ。

・・・オメーがソイツとお近づきになりたいだけじゃねーの?

という率直な新一の感想はさておき。

 

さすがに初対面(と、新一は思い込んでいる)の人間に、家まで遅らせてしまったとあっては
新一とてこのまま黙っているわけにはいかなかった。

 

自分を覗き込んでいる蘭と園子の顔から、拗ねたように視線を逸らすと
やがて、新一は頬づえを付きながら呟いた。

「・・・わかってるよ、んなこと言われなくたって。」

 

 

というわけで。

その日の放課後、新一は快斗を訪ねて江古田高校へと向かったのである。

 

 

■       ■       ■

 

 

一方、こちら江古田高校。

帰りのHRを終えた2年A組の教室では、生徒たちでざわめいていた。

 

そんな中、窓際の一番後ろの席で机に突っ伏したままの男子が1人。
黒羽快斗である。

 

「・・・ねぇ、快斗!快斗ったら!!いい加減に起きなさいよ?!もうHRも終わっちゃったわよ?」

快斗の横の青子がそう言って、彼をポカリと教科書で叩くと、ようやく快斗は起き上がった。

「・・・ん〜・・・。ふぁ〜・・・。」

大きな欠伸をしながら伸びなんかしてみせる快斗に、青子は大いに溜息をつく。

「まったく。よくも学校でそこまで熟睡できるわね?午後ず〜っと眠りっぱなしだったじゃない?
先生、すっごい睨んでたわよ?」

そんな青子のぼやきを聞いているのか、いないのか、快斗はノロノロと帰り支度を始めていた。

そこへ、1人の生徒が快斗を呼びに来る。

「おい、快斗!校門のところでお前を待ってる奴がいるぜ?」

「・・・え?誰?」

まだ寝足りないのか、眠そうに目をこすりながら、快斗は訊ねる。
もしかして、かわいい女のコかな〜?なんてふざけて言ってみたりして、青子にギロリと睨まれるが。

 

「残念ながら、男!けど、あの有名な高校生探偵・工藤新一だぜ?!」

言われて、快斗は一気に目が覚めたのか、ガタンと席から立ち上がる。

「マジ?!門のところだって?!」

「・・・あ、ああ!!」

それだけ聞くと、快斗は一目散に教室を飛び出して行った。

 

その様子を見ていたクラス・メートが青子の傍に近寄って囁く。

「なんだかこないだの飲み会以来、すっかり仲良くなっちゃったみたいね、あの二人。」

「・・・ほんと。」

 

 

さて、その頃。
江古田高校の校門の前では、新一が下校する生徒の視線を集めながらも1人で立っていた。

新一の表情は心なし硬い。
それは、みんなの注目を浴びている事が決して不愉快というわけではなく、別の理由からである。

とりあえず、ここまで来てみたものの、新一のその足取りは実に重かった。

それもそのはず。

初対面の人間に酔って醜態をさらした上に、自宅までずうずうしくも送らせたあげく、
今となってはそこまでしてくれたその人のことを、まったく覚えていませんでした!なんて
どのツラ下げて言えるというのか。

 

・・・やっぱ、ソレって最高にカンジ悪いよなぁ・・・。

新一は深々と溜息をついた。

 

すると、そこへ軽やかな足取りで自分の方へ向かってくる人物に新一は気がついた。

・・・あ!

彼が『黒羽快斗』であろうことは、すぐに予想がついた。
なるほど、確かに自分とよく似た顔の持ち主である。

浮かない表情をしている新一とは正反対に、実にすがすがしいさわやかな笑顔を向けながら
快斗は新一のもとへ駆け寄ってくる。

 

「よぉ、新一!!どうしたの?わざわざこんなところまで来ちゃってさ!」

その快斗のやけに親しげな口調に新一は一瞬、驚くが。
飲み会の席で、自分が彼と親しくなったという蘭たちの話はあながちウソではなかったのかと
納得した。

「・・・あ、えっと・・・。く、くろ・・ば?」

自信なさげに自分の名を呼ぶ新一を、快斗は不思議そうに見る。

 

何を今更、名字なんかで?こないだは『快斗』って平気で呼んでたくせに・・・。

 

快斗が何かを言い出す前に、新一はとりあえず頭を下げる。

「あ、あのっ!!オレ、こないだは酔っ払っちゃってなんかすごい迷惑かけたみたいで・・・。
家まで送らせちゃったらしくて、本当にオレっ・・・!!」

なんてしどろもどろで言い出した新一に、快斗は苦笑しながら、彼が自分を訪れた理由を理解した。

「なんだ、そんなことか。別に気にしてねーよ?!わざわざお詫びに来てくれたわけ?
そりゃ、ご親切にどうも♪」

そう言って優しく笑ってくれる快斗に、新一もようやく安心したように笑顔を見せた。

 

 

「・・・え〜?!それじゃあオレのこと、全部忘れちゃってるわけ?!」

「・・・ゴメン。」

新一がバツが悪そうに俯く。

「・・・なんとなく、他校と一緒に騒ぎ出したってトコまでは覚えてるんだけど。その後が・・・。」

なるほど。先程自分のことを名字でぎこちなく呼んだのは、そのせいか・・・。

快斗はヤレヤレと溜息をつく。
と、同時に内心、ほっとしたりもして。

実は心の片隅に、もしかして正体を見破られたのではという不安があったりしたのだった。
前回、新一が酔っているとはいえ、彼の目の前でキッドの姿になったりしたから。

どうせ、彼が正気に戻った時、記憶には残っていないだろうという計算づくでした行動ではあったが。

 

・・・まさか、黒羽快斗自身の記憶さえすっかり消されているとはね・・・。

ちょっぴり悲しく思いながらも、快斗はすっかり気を落としているように見受けられる新一に
気を取り直して、笑顔を向けた。

「・・・じゃあさ!改めまして自己紹介!オレ、黒羽快斗。快斗でいいよ?
・・・の代わりに、オレも『新一』って呼ばしてね?」

「・・・わかった。でさ、せっかくここまで来たし、なんかお礼したいんだけど?」

「お?そう?じゃあこのまま立ち話もなんだし、駅前のマックにでも行こっか♪
そこでバリューセットでもごちそうしてよ!」

「OK!」

 

持って生まれた能力なのか、ちっとも人に気を使わせない風な快斗に新一も好感を覚えながら
二人して駅へと歩き出したのであった。

 

 

■       ■       ■

 

 

駅前のマクドナルドは、学校帰りの中高生たちで結構賑わっていた。

 

「オレ、2階席で空いてるトコ取っとくから、新一はレジ並んでオレの分も買っておいてよ!
オレ、ダブルチーズバーガーのセット。ドリンクはコーラね!」

「了解。ポテトにバーベキュー・ソースつけるか?」

「ん〜、あった方がいいかな。」

「わかった。」

メニューを確認し終えると、新一はレジへ、快斗は2階へとそれぞれ向かって行った。

新一はとりあえず快斗のものを注文した後、一通りメニューを見て、自分はコーヒーとアップルパイを
頼む。
やがてできあがったそれらをトレイに乗せて、2階の快斗が待つ席へと向かった。

2階席はそれほど混んではいなかった。
新一は辺りを見回して快斗の姿を探すと、一際奥のテーブルに笑顔で手を振っている彼を確認した。

「新一!ここ、ここ!!」

「・・・おう。」

カタンとテーブルにトレイを置き、新一も席に腰掛ける。

快斗はいそいそと自分の前にバーガー類を配置すると、にっこり、いただきま〜す!と微笑んだ。
新一も小さく、どうぞ、と言いながら、コーヒーを口に運ぶ。

 

そして、余程空腹だったのか、快斗はあっという間にチーズバーガーを食べ終わると、
チュ〜っとコーラをストローで吸いながら、上目使いに新一を見上げた。
視線に気づいて、新一が快斗に訊ねる。

「・・・何?」

「・・・いや。それで、さっきの話だけどさ。新一、ほんっとに何にも覚えてないワケ?
その・・・、普通、記憶が飛ぶって言ったって、断片的にあったりするじゃん?」

言われて、新一はしばらく考え込んでみるが。

「・・・う〜ん・・・。でも、やっぱ、これっぽっちも覚えてねーんだよなぁ。」

と、申し訳なさそうに答えた。

 

・・・あ、そう・・・。
じゃあ、オレに携帯をかけようとしたり、会わせろって暴れたことも
手錠までかけて熱烈な告白(?)をしてくれたことも、な〜んも覚えてないワケね。

酔っ払っている時の新一の真意がイマイチ計りきれない快斗は、少し残念そうに溜息をついた。

そんな快斗の様子を見守っていた新一は、もしかして園子の言うとおり、自分が何かとんでもない事を
しでかしたのではという不安にかられた。

「・・・あ、あのさ、快斗。念のため聞いておくけど、オレ・・・っ、何もしてないよな?!」

「・・・は?!」

「あ、いやその・・・。酔った勢いで何か、しでかしたなんてことは・・・ない・・・よな?」

なんて言ってる新一の声はどんどん尻つぼみになっているが。

快斗には、新一の言わんとしていることがよくわかった。
記憶が無い分、余計に心配になるのだろう。

が、しかし。

コイツは酔った場合、自分がどういう風になるかという自覚がそもそもあるんだろうか?

 

その白い肌がほんのりとピンク色に染まり。
その蒼い瞳が濡れたように輝いて。

今、普通に見てたって、その容姿や醸し出す雰囲気から相当の色気を発してるというのに。

酔いが回れば、それは倍増されるワケで。

傍にいる人間が理性を保つ事など、不可能に近い。

 

・・・わかってねーんだろうな。たぶん。

 

「・・・なぁ、新一って飲む度、いっつも記憶なくしてるワケ?」

「そんなわけないだろ?これでまだ2度目だよ!!」

 

へぇ?2度目だって?
じゃあ、1度目はこないだのドンペリの時か?

とりあえずは、両方とも自分が世話をしていたことに、正直、快斗は安心しつつ。
再び新一の顔を面白そうに覗き込む。

 

「・・・新一は、オレに何か悪い事でもしたとか思ってんの?」

「!!いや、してねーよ!っていうか、全然覚えてねーけど!!家まで送らせたりとか、迷惑はかけたと
思う。でも、後は何もしてない・・・と思・・・いたい。」

そんな新一をずっと見つめながら、快斗はズズっと音を立ててコーラも飲み切った。
カラになったコップをトレイにぽんと戻す。

 

ふーん・・・。
『何もしていない』ね・・・。

アレだけヒドイ目に合わせてくれて、よくも言えたもんだ。

本人にまったく自覚がないのもちょっと腹立たしいよな〜・・・。
くっそ〜・・・。

前回も前々回もオイシイところで、お預けを食らわされている快斗は心の内でそう毒づいた。

 

快斗が無言になってしまったので、新一は顔中からダラダラと冷や汗が出てくるような気がした。

・・・もしかして、ヒドイ迷惑をかけたのか?!オレ・・・!!

 

ひどく心配そうな面持ちで自分を見つめている新一に気づいた快斗は、その捨てられた子犬のような
可愛い眼差しにほんの少しだけ満足すると、にっこり微笑んでやった。

「・・・別に新一が気にするようなことは、何もなかったぜ?」

そう付け加えて。

すると、新一は心底安心したのか、ほっと胸をなで下ろした。

「・・・よかった。万一なんかヒドイことでもしてたらどうしようかと思ってたんだ。
いや、そんなハズないと信じていたんだけどさ。以前、記憶なくした時に、どうやらオレの傍にいた奴が
オレのこと酒乱だなんて言うからさ!」

 

・・・・・・。
いや、だからさ、ソレもオレなんだけどさ。
ちなみに新一は間違いなく、酒乱だと思うぜ?

・・・なんていう心の内は隠しながら、快斗は苦笑いをした。

 

そして。

ふと、快斗の中にイタズラ心が芽生える。

 

「・・・なぁ、新一。そんな風に飲む度、記憶を無くしてちゃ、いろいろと心配だろ?
自分がどの程度まで飲んでも大丈夫なのか、この際、きっちり把握しておいた方が良くない?」

快斗のその台詞に、新一も、確かに、と頷いて見せた。
すると、快斗が満足そうに笑う。

「じゃあさ、新一、今週の土曜日ヒマ?」

「え?あ、ああ、別に予定は何も無いけど・・・。何で?」

不思議そうに自分を見つめる新一に、快斗はウインク一つ、こう言ってやる。

 

「もう一度、オレと一緒に飲もう!新一!!」

 

 

この時、今度こそ新一を酔わせて何とかしてやろうと、快斗が企んでいたのは言うまでも無い。(笑)

 

 

■       ■       ■

 

 

約束の土曜日。

両手に様々なカクテルや洋酒のボトルを抱えて、ウキウキと工藤邸に向かう快斗の姿があった。

店で飲むより、家で飲んだほうがくつろげるし、安く済む。
おまけに万が一酔ってしまった場合も帰る手間が省けて、安心して飲めるから。

なんて、もっともらしく新一を言い含めて。
今日、これから新一の家で二人きりで飲む約束を取り付けていたのである。

本日の主旨は、何と言っても、新一がどの程度まで飲んでも正気を保っていられるか、それを
しっかり本人に自覚させるというもの。

が、しかし、それは、はっきりいって、あくまで表向きな目的。

実は快斗の目論見はまったく別のところにあった。

 

もちろん、新一に我を忘れるほど飲んでもらうのも悪くはないんだけどね・・・。

一度ならず、二度までも、酒乱新一にヤラれている快斗は、ああなる一歩手前で新一を止めようと
今日こそは、と、心に決めていた。

もとより振り回されるより、振り回すのが得意な快斗である。

ほんのり酔い加減の色っぽい新一をどうにかして、手に入れたい。

それこそが、本日の彼の本当の目的なのであった。

 

ピンポーン♪

『・・・はい、どちら様ですか?』

インターホン越しに聞こえる新一の声。

「あ、オレ。快斗!」

『おう!よく来たな!今、鍵あけるから、入ってこいよ!』

と、新一に言われて。

思わず、鍵なんてオレ1人でも開けられるぜ?なんてキッドの顔でクスリと笑う。

白い怪盗の姿では、もう実際何度もここを訪れてはいたが、そういえば、主の許可を得て
玄関からきちんと入るのは初めてだと、快斗は今更ながら気がついた。

ドアを開けて、出迎えてくれる新一にいつもにはない新鮮さを感じたりして、それだけで快斗は充分
幸せに浸っていた。

 

「どうぞ!・・・っておい、すごい荷物だな。ソレ、全部酒かよ?」

「ん、まぁね!どんなのがいいかわからないから、適当に見繕ってきたんだ。」

「ウイスキーやらワインなら、家にあるぜ?父さんのだけど。」

「ふーん、じゃあ余力があったら、そっちも飲んじゃおっか?!」

なんて言いながら、快斗は持ってきた酒類を新一に渡す。
そのまま新一はキッチンへそれらを運びながら、玄関で靴を脱いでいる快斗を振り返った。

「あ、快斗!悪いけど玄関、鍵を閉めといてくれよ?」

「・・・OK♪」

もっちろん!そんなこと言われなくてもさせていただきます!
こないだみたく、途中で邪魔が入ったら困るからね〜!

と、快斗はニンマリすると、ちょっと小細工して、玄関の鍵を例えスペア・キーを持っていたとしても
外からでは開かなくしてしまった。

一応、お隣さんが本日お出かけ中であることは、既にしっかり確認済みではあるが。

このへんからも、どんな小さな邪魔でも排除しようとする快斗の意気込みがかなりなもので
あることが伺えるわけで。

 

とにもかくにも、ここまでは何事も快斗の計画どおり、順調に事は運んでいた。

 

 

「特につまみとか、用意してねーんだけど買いに行くか?」

快斗が持ち込んだ酒たちをとりあえず冷蔵庫にしまいながら、新一が訊ねる。

「・・・うーん、そうだね、あ、待って。」

冷蔵庫の中を快斗は覗くと、にっこり笑って買出しの必要はないと言った。

「ここにあるもんでなんか適当に作ってやるよ。」

「へぇ、料理できるんだ?快斗って。」

「まぁね。」

快斗は新一の尊敬の眼差しを受けて、自信有りげに頷いて見せた。

 

 

そうして。

テーブルに並んだ快斗お手製のつまみの数々と多種多様なお酒達。

話上手で、また聞き上手でもある快斗にのせられて、新一は大層ご満悦であった。

 

開始から2時間が過ぎて。

料理の大半が二人の胃袋に消え、酒もいい感じに回ってきた頃である。

はっきり言って、快斗はこれ以上にないくらい新一の酒の量には気を配っていた。
前回のカラオケ・ボックスでだって、決して見過ごすつもりはなかったのに、あのザマである。

よって、よっぽど注意していなければ、新一のスイッチがいつ入るかはわからないのだ。

 

・・・まぁ、酔いってのは酒の量だけじゃなくて、その種類やその場の雰囲気、あるいは本人のその日の
体調なんかにも大いに関係してくるワケだけどさ。

そのへんもしっかり考慮して、なるべく悪酔いしない類のものを用意したはずである。

 

おっし!今のところオレ様の計画はパーフェクトだぜ!!

と、快斗は心の中でVサインなんかしてみたりしていたのだ。

 

やがて。

 

今まで楽しそうに事件のトリックなどについてとくとくと快斗に聞かせていた新一が、静かになる。

その顔を覗いてやると、少し目の辺りがとろんとしている風に見えるが。

 

・・・そろそろかな?

 

ぼ〜っとしてきたらしい新一を見て、快斗はニヤリとする。

酒の量は、前回よりの少なめに押さえたし、今の時分で止めときゃ大丈夫なはず。

 

「・・・新一。」

そう言って、快斗はソファにすっかり体重を預けてしまっている新一へと手を伸ばす。
それでも新一は、ただ自分の方へと伸びてくる手を黙ったまま見つめているだけ。

その無防備な表情もまた快斗の心を擽った。

薄く誘うように開かれた新一の唇に、快斗は自分のそれを近づけていく。

「・・・しん・・いち・・・」

うっとりと愛しいものの名を呼び、その柔らかい唇にあと数ミリで届くというところで、
快斗の顔にべちっと新一の掌が当たる。

そしてそのまま快斗の首はあらぬ方向へと曲げられた。

「いででででっ!!な、何すんだっ!新一!!!」

あまりの痛さに涙目で新一を睨み返すが、新一の顔を見て一気に青ざめる。

 

出た!!酒乱新一!!
い、いつのまにっ!!さっきまでは全然普通だったじゃねーかよっ!!!

 

またもや新一のスイッチの入った瞬間を見逃した快斗なのであった。
自分の愚かさを呪いつつ、それでも今回はこんなところで大人しく引き下がるつもりはないと
このまま続行する構えを見せる。

すると。

新一が小さな子供のようにぷぅっとむくれて見せて。

こう一言。

 

「・・・キッドじゃなきゃ、ヤダ!」

 

 

「・・・はっ?!」

一瞬、何を言われたのか、快斗は理解できない。
が、目だけは大きく見開いて、目のすわった新一の顔をまじまじと見つめる。

新一の言葉を何度も頭の中でリフレインさせて・・・。

落ち着け、快斗!
新一は、今、なんて言った?!

キッドじゃなきゃ   キッドじゃなきゃ   キッドじゃなきゃ、ヤダ!

 

ってことはっ!!

キッドだったら、いいのかっ!?

IQ400の頭でそう答えを導き出すと、快斗は一度はのしかかった新一の前からあっという間に後退し、そのままキッチンへ駆け込んだ。

 

その間、僅か3秒。

 

キッチンで変身するなんて、なんだかお笑い番組のヒーローみたいだが。
この際、そんなことは深く考えない事にして。

次には、白い怪盗姿で颯爽と登場して見せた。

 

「・・・これでもう文句は言わせーぜっ?!名探偵!!」

 

鼻息荒く現れた怪盗キッドの姿を、新一はその目に映すと、花がほころぶように可憐に微笑む。

そのこの世のすべての者を魅了するような新一の笑みに、キッドは無意識に引き寄せられた。
そのまま新一の顎を上に向けて、唇を奪おうとする。

が、キッドが奪うまでもなく、新一がその手をキッドの首に回し、自分から口付けてきた。
そして、キッドの歯列を割って、その舌が侵入してくる。

キッドは一瞬驚いたものの、やってきた新一を迎え入れ、さらに自分の奥へと誘い入れるように絡め取る。

新一の味は、最後に飲んだお酒があんず酒だったのか、甘酸っぱいあんずの味がした。

角度を変えて、幾度となく繰り返される深いキス。
キッドはすでにその行為に夢中になっていた。

 

やがて。

どちらのものともつかない唾液が飲み込みきれずに新一の白い首を伝う頃。

新一がふいに全体重をかけて、キッドの方へやってきた。

その突然な新一の体重移動に、今まで新一の唇を貪り尽くすことに夢中になっていたキッドはフローリングの床にしたたかに頭を打ち付けて、思わずうめいた。

「・・・痛っ!!」

と、同時に新一の唇が離れる。

 

ん?・・・この体勢は、前にもやったことがあるぞ?

新一に押し倒されている形となってしまったキッドは、今後どうしたものか、冷静に考えていた。
さっき、頭をぶつけたせいで、少しは我に返ったようである。

・・・このまま、身体を反転させて逆に新一を押し倒すってのもいいかも。
ああ、でもそうすると、このテーブルが邪魔だな。

なんて重いながら、足でテーブルを徐々に動かしてみたり。

そんな風に注意を一瞬新一から逸らしていたので、キッドは新一の次の行動への対処に僅かな遅れが生じた。

ふいにキッドの首筋へ、新一の両手が伸びる。

・・・え?

ま、まさか首占めるんじゃねーだろうなっ!!

あながち、ありえなくもない展開に、キッドは正直ドキドキしながら新一の行動を見守った。
すると、手はキッドの首もとのネクタイの方へ伸び、器用な手付きでそれを解いてしまった。

そして。

白いジャケットの前のボタンをひとつひとつ外していくではないか!!

 

おいおいっ!!マジかよ!!

 

俯いた新一の表情は前髪に隠れてよく見えないが。
きっと恐ろしいほど、目が据わっているに違いない。

・・・そりゃ、新一に脱がしてもらうのもうれしいけどっ!
どっちかと言ったら、先にオレが新一を脱がしたいっ!!

キッドは負けじと自分も新一の服に手をかけようとした。

 

その瞬間。

ブチッブチッブチッ!!

と、派手な音を立てて、シャツのボタンが床に飛び散った。

 

ここで一つご案内しそびれた点をお詫びするが、本日の新一の服装はVネックのニットである。
つまり、彼の服にはボタンなどあろうはずがない。

と、いうことは。

そう。ボタンが飛び散るほど、シャツを見事に左右に引き裂いたのは、新一。
そのたくましい胸板を空気にさらしたのはなんとキッドである。

 

あまりの事に目が点になっていたキッドは、ここに来てようやく新一の顔を拝む事ができた。
が、その目を見て後悔した。

 

お、襲われるっ!!

まるで、獣に襲われる小動物にでもなったような気持ちで、キッドはジタバタと暴れだした。
が、普段の新一からは到底考えられないような力で抑えつけられていて、うまく逃げる事が叶わない。

助けてくれと懇願するような視線を送るキッドに、新一は妖艶な笑みを一つ。

 

うわ〜っ!!ヤられる〜っ!!

 

と、悲鳴を上げながら、それでも、頭のどこかでは、ちょっぴり自分に尽くしてくれようとする新一にニンマリしていたのだが。

・・・いや、しかし。
やっぱ、まずはオレが尽くす方が先でしょう!!

と、思い直し、形勢逆転を計ろうとしたその時。

何の前触れもなく新一の唇がキッドの鎖骨あたりに落とされる。

・・・もしや、キスマークでもつける気か?!

などと、うれしさのあまりキッドが顔が歪んだが、次の瞬間、自分の胸の上で新一のくぐもった声を聞いてキッドは目が点になる。

 

「・・・いただきます。」

新一は確かにそう言った。

 

えっ?!
何?!もしかして、オレっていただかれちゃうワケ?!

なんて、キッドが思っていると。

 

がぶりっ!!!

 

「・・・いってぇぇぇ〜っ!!」

 

 

なんともかわいそうなキッドの悲鳴が響き渡ったのであった。

 

 

■       ■       ■

 

 

その後、どうなったかいうと。

鎖骨にしっかりと歯形をつけられたキッドは、すっかり戦意喪失し、逃げるように工藤邸を去ったらしい。

 

 

そうして、翌日曜日。

ソファで寝こけていた新一が、ようやく目を覚ましたのは既に昼も過ぎた頃。

飲み散らかしたままのテーブルを、よく働かない頭でぼーっと見つめる新一だったが。

 

・・・ああ、そういえば、昨日は快斗と二人で飲んでたんだっけ・・・。

と、どうやらここまでは思い出したようだ。

 

「・・・けど、アイツ、いつのまに帰ったんだ?」

快斗がいつ退場したのか、すっかり思い出せない新一は、またもや自分の記憶が飛んでいることに気がついて、一瞬、焦りを覚える。

・・・結局、自分がどの程度セーブして飲めば大丈夫なのか、わからなかったじゃねーかよ・・・。

 

新一は溜息一つつくと、散らかったテーブルを片付けようと立ち上がった。

 

ふと、床に落ちているものに気づく。

「・・・何だ?これ・・・。ボタン?」

見覚えの無いソレに新一は首を傾げる。

オレのじゃないし。
快斗かな?・・いや、でもアイツ昨日フリースだったよな、確か・・・。

・・・ま、いいか。

 

とりあえず、誰のものかわからないボタンを本棚の隅に置いて、新一はそそくさと後片付けを始めた。
そうして、片付け終わる頃には、そんなボタンの存在などすっかり忘れ去られているのだが。

それが、実はあの怪盗キッドのシャツのボタンであろうことは、新一が知る由もないのである。

 

 

そうして、月曜日。

いつもどおり、帰宅した新一は持っている鍵でドアを開けられなくて途方にくれ、
セキュリティー会社を呼ぶ事になったわけだが、

「勝手に鍵を改造しないでくださいねっ!!」

と、まったく身に覚えの無いことで怒られて、どうもふにおちない新一なのであった。

 

 

■  The End  ■

 

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