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NOVEL




ACT.1  
***   本編 アレルヤ救出作戦終了直後から   ***
 

先程まで続いていた艦内の揺れが唐突に収まった。

「・・・終わったのか?」

真っ白な壁で覆われた決して広くはない部屋で膝を抱え込み座っていた沙慈は、ゆっくりと顔を上げた。

無重力の宇宙から一変、いきなりの大気圏突入で地球へ降下。

それがかなり乱暴な方法であったことは、この部屋から一歩も出られない沙慈にでさえ充分伝わっていた。

静けさを取り戻した今、それは戦闘が終わったことを示している。

 

ハロは今回の作戦を“仲間を助ける為”と言っていた。

沙慈は僅かに眉を寄せた。

“誰かを助ける為”

そう言われれば、大義名分があるように聞こえる。

「・・・だけど、そんなの彼らの勝手な言い分だ。」

どんな理由があろうと、戦いをすれば多くの人が死ぬ。また自分のように、戦火に巻き込まれて不幸な人が大勢生まれるのだ。ずっと続くと思っていた幸せを突如として奪われるような悲しい人達が。

───自分だけ平和なら、それでいいのか?

刹那のあの眼差しが沙慈の頭から離れない。

 

CBが、ガンダムが許せない。

ずっとそう思っていた。もちろんそれは変わらない。

たとえルイスに直接手を下したのが、彼らではないとわかった今でも。

それなのに、沙慈はどこか釈然としなかった。

刹那のあの言葉が胸に深く突き刺さって。

 

 

■■■   ■■■   ■■■

 

 

アレルヤ救出作戦から一夜明けた翌日、沙慈の部屋を訪れたのは刹那ではなかった。

「初めまして。私はスメラギ・李・ノリエガといいます。沙慈・クロスロード君?ちょっとお話させてもらっていいかしら?」

「は、はい。」

突然の予想外の来訪者に沙慈は慌てて立ち上がると、スメラギは長い髪を優雅に揺らして部屋へ入ってきた。

「窮屈な思いをさせて悪いわね。」

「だったら、早く僕をこの艦から降ろしてもらえませんか?」

沙慈は目の前に立つ女性をぐっと見据えて言った。すると、彼女は困ったように微笑んだ。

刹那とさして年も変わらないはずの沙慈が、スメラギの目にはすいぶん幼く見えたのだ。

彼女の周りにいる少年達がガンダムマイスターなどという特殊な任務を預かる者ということもあるが、それ以前に彼らの生い立ちが壮絶過ぎるのだろう。

この目の前にいる少年こそ、年相応なのかもしれないと、スメラギはふと思っていた。

「事情は聞いているわ。貴方の気持ちもわかるけど、ここから出れば身の安全は保証できなくなるわよ。」

「それは前にも聞きました。でも、僕はカタロンなんていう反連邦政府の人達とは何の関係もないし、そもそも保安局に捕まる理由すらないはずで・・・!」

沙慈は少し声を荒げた。

もともとカタロンの構成員として捕らえられた事に関しては、大いに不満がある。

そんな沙慈の様子に、スメラギは腕組みし息を吐いた。

「貴方のその言い分が通るような世界だったらいいけど。現実はそれほど甘くはないの。刹那がせっかく助けた命を、むざむざと危険にさらすようなマネはこちらとしてもしたくないし。」

“刹那”というワードが出ただけで、沙慈がどこか心が痛んだ。

自分を救ってくれたことに関しては感謝しなければならないはずだった。

でも彼がガンダムマイスターとして多くの命を奪ってきたと思うと、そして自分の幸せを壊した要因であると思うと、言いようのない感情が胸に溢れてしかたがない。

押し黙ってしまった沙慈に、スメラギは穏やかな笑みを浮かべて言った。

「刹那とは知り合いだったんですってね?」

「・・・地球にいた頃、隣に住んでいたんです。それほど親しかったわけではないですけど、友達だと僕は思っていました。だけど、まさか彼がガンダムに乗っていただなんて・・・。人殺しだったなんて知らなかった・・・・。」

俯いて告げる沙慈の言葉に、スメラギの瞳が僅かだが悲しく揺れた。

だが、それには沙慈は気づかない。

「あなたもガンダムマイスターなんですか?」

「いいえ。私はただの戦術予報士よ。部隊の作戦立案をするのが仕事なの。」

「じゃあ、あなたが人殺しの作戦を立てるんだ。」

責めるような沙慈の口調に、スメラギは何も返さなかった。それが苛立って、沙慈は続けた。

「どうして、何であなた達は戦いをするんですか?!」

「世界の全ての戦争を終わらせる為。」

「そのために戦争をするなんてっっ!!」

「じゃあ、貴方はどうしたらいいと思う?」

「それは・・・・・っっ。」

とっさに切り返されて、沙慈は何と言っていいかわからなかった。

世界中が平和であればどんなにいいだろう。

だが、世界が平和であるようにどうしたらよいか、どうすべきなのか、そんなことは考えたこともなかった。

 

───自分だけ平和なら、それでいいのか?

刹那の言葉がまた蘇る。

そんなことは思わない。思うはずもない。

だけど。

自分や自分の身近なことばかりにしか目が行ってないんじゃないのかと言われたら、それを否定することができるのか。

沙慈は、ぎゅっと唇を噛んだ。

 

「難しい話よね。ま、そんな単純に結論が出るわけもないんだけど。もちろん、貴方に私達の考えを理解してほしいとは言わないわ。ただ世界は広いし、もっといろんな方向から物事を見るのも悪くはないとは思うんだけど。」

スメラギはそうにっこり笑ってから、「ところで」と付け足した。

「とりあえず、貴方の処遇については善処させてもらうつもりだから、それまでは我慢してもらえるかしら?」

「・・・ずっと僕をここに閉じ込めておくつもりですか。」

「そうねぇ。ここじゃ何だし、改めて部屋の割り当ても考えましょう。制限はさせてもらうけど、ある程度なら艦内も自由に動けるように図ってみるわ。」

それだけ言い切ると、スメラギは部屋を立ち去った。

 

再びハロと残された沙慈は、力なく壁に寄りかかった。刹那の言葉が、スメラギの言葉が重く胸に沈んでいく。

彼らと話していると、自分の世界がいかに小さなものだったかということを思い知らされるような気がした。

小さな小さな、平和な箱庭。

だけど、それももう壊れてしまった。

 

「・・・僕は、もっと世界のことを知りたい。」

 

戦争のことも。

ガンダムのことも。

刹那のことも。

 

彼らを許すつもりはない。

だが、すべてを知ってからでも彼らを憎むのは遅くはないと、そんな気がした。
 

To be continued

 

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