Heart Rules The Mind

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NOVEL




ACT.10
 

ダブルオーとセラヴィーが出撃した後、沙慈は1人MSでアリオスの機体の見ていた。イアンとともに応急修理は終えたが、まだ沙慈にもできる微調整があったのだ。

沙慈は悠然と佇むアリオスを見上げた。

“自分のできることはやる”───それは、カタロンの一件から沙慈が自分自身 に課した決意でもあった。罪の意識と言ってもいい。だが、もちろんガンダムを許せない気持ちを忘れたわけではなかった。

沙慈は拳を握り締める。

───そうだ。だって、ガンダムはCBは、僕の幸せを奪った憎むべき相手じゃないか。忘れるわけはない。だけど・・・。

今の自分に本当に刹那達を責める資格があるのかどうか、沙慈は自信が持てないでいた。

たとえ無自覚とはいえども、カタロンの多くの人の命を奪ってしまった沙慈自身、もう立派な“人殺し”であることは明白で、それは今まで一方的に刹那達を責める側にいた沙慈の立場をも逆転させたのだ。

自分は戦争とは無関係な、ただの被害者なのだと思い込んでいた。しかし、そうではないことをカタロンの一件で、沙慈は知った。

沙慈を慰めるわけでも責めるわけでもなく、ただ真実を突きつけてくれた刹那によって。

───僕にとって、刹那は・・・。

刹那の身を案じた自分の心の変化に戸惑う。いろいろな思いと同時に生まれる矛盾が、小さな棘になって沙慈の胸を刺した。

答えのでない思いにしばらく耽っていた沙慈は、ふとそれまでの考えを捨てるように小さく頭を振った。

・・・別に、刹那のことを心配してるわけじゃない。こないだアリオスが行方不明になった件があったりしたから・・・ただそれだけだ!

無理矢理そう言い聞かせると、沙慈は作業に取り掛かることにした。

 

時間を忘れ、作業に没頭していた沙慈がふと視線を上げると、一人の女性がMSデッキを覗いているのに気づいた。ピンクの髪が鮮やかな彼女は遠目にも目立つ。

・・・彼女は確か。

ブリッジ要員であるフェルトと沙慈はほとんど会話をしたことがなかった。もともと性格がオープンな方ではないフェルトが、沙慈に接することもなかったからである。

じっと一点を見つめるフェルトの目線の先に、いつのまにMSデッキに来ていたのかケルディムの整備をしているらしいロックオンの姿が沙慈にも確認できた。フェルトに背を向け機体整備しているロックオンは、まるで彼女に気づく気配がない。

どうしたものかちょっと考えてから、沙慈はフェルトのもとへ向かった。すると、フェルトは近づいてきた沙慈に怪訝そうに眉を寄せる。それは明らかに警戒の表情だった。

人懐っこいミレイナとは違い、人見知りの激しそうなその態度に沙慈は苦笑しながら言った。

「・・・あ、あの。ロックオンさんに用なら、呼んできますけど。」

沙慈のその言葉に、フェルトは冷ややかに返す。

───どうしてそんなこと言うの?」

「あ、だって・・・。彼の方をずっと見ていたから、何か用でもあるのかと・・・。」

「・・・見てない。」

「え?」

「・・・私はロックオンなんか見てない。だって、あそこにいるのは───

フェルトは俯いて最後の言葉を濁したまま、MSデッキを逃げるように後にした。その場に残された沙慈は、何かフェルトの機嫌を損ねるようなことを言ったのだろうかと首を傾げるしかなかった。

そして、沙慈もケルディムの方へ視線を投げてみる。そこにはやはりロックオンの姿しかなかった。彼ではないのなら、一体フェルトは誰を見ていたというのだろう?

ロックオン・ストラトスの過去を知らない以上、沙慈にそれがわかるはずもなかった。

 

■■■     ■■■     ■■■

 

ようやくアリオスの機体整備を終え、沙慈がMSデッキを出ようとしたところで、入れ違い様にアレルヤが現れた。彼の後ろには銀髪の女性が付き添っている。

アレルヤのオッドアイが沙慈を映すと、笑顔を作った。それに応えるように、沙慈も会釈をした。アレルヤが無事に帰還してから沙慈と接触するのはこれが初めてである。

「アリオスの機体を修理してくれたんだってね。どうもありがとう。」

「・・・あ、いえ。僕はイアンさんに言われて手伝いをしただけですから。」

アレルヤに感謝の意を示されて、沙慈は僅かに戸惑い、視線を逸らせた。そんな沙慈をどう思ったのか、アレルヤはただ穏やかな笑顔を浮かべたまま、後ろにいた女性の肩にそっと手を添え、沙慈の前に引き合わせた。

「ちゃんとした紹介がまだだったね。彼女はマリー。マリー・パーファシー。マリー、こちらは沙慈・クロスロード君。彼は民間人だけど、わけあって僕達と行動を共ににしてるんだ。」

「・・・は、初めまして。沙慈・クロスロードです。」

ぎこちなくそう名乗ると、マリーは優しそうな笑顔を沙慈へ向けた。

「初めまして。しばらくこの艦で皆さんのお世話になります。よろしくお願いします。」

長い銀色の髪がさらりと揺れて、マリーが頭を下げる。柔らかな物腰もその透き通るような声も全てが優しく感じられて、彼女がもとはアロウズのパイロットだとは沙慈には到底思えなかった。

・・・・超兵って。体を改造されたって、本当に?

人体を改造して戦争に送り出す兵士を作るだなんて、そんな恐ろしい事は沙慈には俄かには信じがたい事実だ。実際、目の前にいるこの優しそうな少女がその超兵だと言われても、沙慈には実感が湧かなかった。

そんな沙慈の思いを察したように、マリーの目が僅かに細められた瞬間、ブリッジからの通信が入った。

“ダブルオーとセラヴィーが戦闘状態に突入しました。アリオス、ケルディムは直ちに発進準備。援護に向かってください。”

響き渡るミレイナの声に、アレルヤ達と同様に沙慈も反応する。

「戦闘状態って・・・・。刹那達はアロウズのいるパーティに潜入しに行ったんですよね?まさか正体がバレて・・・。」

不安を隠せない沙慈に、アレルヤは頷いて見せた。

「そうかもしれない。MS戦をしているということは、パーティ会場は脱出できたんだろうけど。」

すると、ケルディムに乗り込むロックオンがアレルヤを急かす様に呼ぶ声が届いた。アレルヤはそれを合図にマリーを振り返る。

「じゃあ、行ってくるよ。マリー。」

アレルヤのその言葉に、彼女はただ黙って頷いただけだった。

マリーとともに沙慈はトレミーから発進していくアリオスとケルディムを見送る。しんと静まりかえったMSデッキで、ふとマリーが言った。

「感謝しています。今、自分がここにこうして居られることを。かつて私は、超兵としてアレルヤ達と戦い、彼らの大事な人を傷つけた。たとえそれが、超人機関によって植え付けられた別の人格だったとしても、私自身には変わりはないのだから。」

淡々と語るマリーを沙慈は見つめた。彼女の人生は、沙慈には考えも及ばないほど壮絶なものなのだろう。だが、それを恨みもせず、きちんと受け入れているその姿が、沙慈にはとても眩しいものに見えた。

「アレルヤさんとはずっと昔からの・・・幼馴染・・・みたいなものなんですか?」

沙慈がそう声をかけると、マリーは穏やかな笑みを浮かべる。

───ええ。私の・・・誰にも届かない声に答えてくれたのは、アレルヤだけだったから。彼がいてくれるだけで、私は・・・。」

決して幸せとは言えない環境だったからこそ、アレルヤとマリーの絆はより深いものなのかもしれない。沙慈はそれと対比するように自分とルイスのことを思い出していた。

そんな沙慈を察したようにマリーが微笑む。

「貴方にも、誰か会いたい大事な人がいるんですね?」

「・・・ああ、えっと。もう2年くらいずっと音信普通なんですけどね。」

そう苦笑する沙慈に、マリーは言った。

───大丈夫。きっと会えます。」

気休めではなく、どこか確信めいたその台詞に、沙慈は思わずマリーを見た。真っ直ぐに沙慈を見つめ返すマリーの瞳は、まるで未来を見通すように透き通って綺麗だった。

 

■■■     ■■■     ■■■

 

やがて、4機のガンダムがトレミーに帰艦した。

MSデッキで収容される機体を見守りながら、沙慈はガンダムから降りてくるマイスター達に目をやった。

・・・アロウズのいるパーティに潜入だなんて、危険な行為だと思ったけど。大丈夫だったのかな。

見たところ、パーティに潜入した刹那とティエリアも無事なようだった。が、それにしても、戻ってきた彼らは皆、どこか苛立っているように感じる。

───何かあったのかな?

声をかけられなさそうな雰囲気に沙慈は黙ってマイスター達を見送ると、とりあえず応急修理の必要そうなセラヴィーの状態を確認しようかと、移動した。

 

沙慈がしばらくセラヴィーに向き合っていると、後ろからミレイナがやってきた。

「お疲れ様です、クロスロードさん。セラヴィー、見てくれてたんですか?」

「・・・あ、いや、ちょっとだけ。こないだのアリオスほどじゃないけど、修理が必要そうかなって。」

苦笑しながら沙慈が返すと、ミレイナはにっこりと頷いた。

「はいです。これから宇宙に上がって、完璧な補修を行なう予定です。」

「宇宙へ?」

沙慈は目を見開く。と、ミレイナは人差し指を立てて言った。

「おそらく、今回の戦闘でこちらの位置が敵さんにバレたです。モタモタしてると、包囲網を敷かれて大変なことになっちゃいますから、さっさと宇宙に上がって逃げるが勝ちです!」

「・・・そうなんだ。宇宙へ・・・。」

「もう既に大気圏離脱シークエンスに入ってますから、クロスロードさんもそのつもりで、どうぞよろしくです。」

ミレイナの言葉に頷きながら、また宇宙に行くのかと沙慈は思った。思えば、地球に来たとはいえ、沙慈が地上に出たのはあの砂漠でのカタロンの施設へ行った時だけで、あとはずっとトレミーとともに暗い宇宙のような深海だった。

沙慈のそんな思いをよそに、ミレイナは傷づいたセラヴィーを見上げてうーんと唸った。

「やっぱり、対ガンダム戦は厄介ですね。セラヴィーがここまで圧倒されちゃうとは。」

ミレイナのその言葉に、沙慈は目を見開いた。

「・・・ガンダム?刹那達が戦ってきた相手が?」

「はいです。戦闘データで確認したところ、ガンダムスローネの強化型、スローネツヴァイを改修した機体と推測されるです。」

神妙な面持ちで語るミレイナに、沙慈は僅かに眉を寄せる。“ガンダムスローネ”、その名前には沙慈は覚えがあった。

ルイスの両親や親族、そして彼女自身の左腕を奪ったガンダムの名がそうだった。刹那にその事実を聞いた時も驚いたが、同じガンダム同士で敵対関係にあると言われても、沙慈には何だか的を得ない話だ 。

「・・・CB以外でも、本当にガンダムがいるんだ・・・。」

ルイスはきっとそんなことは知らないだろうと、沙慈は思った。たとえ、知ったところでどうなることでもない。彼女から幸せを奪ったのは“ガンダム”には違いないのだから。

沙慈は少し複雑な思いを抱えながら、胸に下がるリングに手を触れたのだった。

 

■■■     ■■■     ■■■

 

MSデッキを後にしたところで、沙慈はまだパイロットスーツ姿の刹那と出くわした。視線があったところで刹那が沙慈に言葉をかけることはなかったが、その目線が自分の胸元に真っ直ぐ注がれているのに沙慈は気づいた。

沙慈は自分を見下ろして、刹那が見ているものを確認する。自分の胸に何かあるとすれば、首から提げるリングくらいしか思い当たるものはなかった。

「・・・何?」

沙慈がそう尋ねると、刹那は目線をリングから上げた。

───そのリング・・・・。いや、何でもない。」

言いながら、刹那は沙慈から視線を逸らせた。沙慈はそんな刹那の態度に、このリングがどうかしたのだろうかと不思議に思う。

沙慈は胸のリングに手を当てた。これがルイスとのペアリングであることは、刹那に話したことはない。今、それを言うべきかと考えて、結局、沙慈は思い留まった。それを告げることがなんだか酷な気がしたからである。

そんな沙慈を刹那はじっと見据えていた。そして、何かを決意したように言った。

「・・・・沙慈・クロスロード。お前に話がある。」

「え?」

一体、何だろうと首を傾げた沙慈を、刹那はそのままMSデッキから連れ出し、場所を選ぶかのようにまだ誰もいないブリーフィングルームへと向かった。

そこで開口一番告げられた刹那の台詞に、沙慈は愕然とする。

「・・・・・・ルイスと会った?!」

───ああ、偶然にな。」

「・・・元気・・・だった?」

心と体に大きな傷を負った彼女が本当に立ち直っているのか、沙慈にはわからない。だが、そんな沙慈の問いに対し、刹那は小さく頷いてだけ見せた。

「・・・お前の事について、聞かれた。」

「・・・え?」

「宇宙で働いていると答えた。」

───そう。・・・そうなんだ・・・。」

沙慈は俯いて刹那のその気遣いに苦笑した。確かに、今、自分がCBに居るなどと、ルイスに言えるわけもない。ガンダムをCBを仇だと思っている彼女に。

「連絡、取っていないのか?」

「それは・・・・」

ルイスからの連絡は2年前から途絶えて、それきりだった。しかし、もし今、彼女の連絡先がわかったとしても、自分は彼女に何を伝えたらいいのか、沙慈にはわからなかった。

沙慈が言葉に詰まっていると、「あのガンダムは何なんだ?!」というロックオンの声が外からしたのと同時に、部屋のドアが開かれ、ティエリアと声の主ロックオンが部屋に現れた。

「それに兄さんの仇って───。」

いきなり始まった物騒なロックオンの話題に、沙慈はそれまでの思考をかき消される。

と、ティエリアがしなやかに振り返り、ロックオンに向き直った。

「言葉どおりの意味だ。あのガンダムに乗っていたアリー・アル・サーシェスがロックオンの命を奪った。」

ティエリアのその言葉にはロックオンだけでなく、沙慈も驚愕だった。そこへ現れたアレルヤとマリーとともに、沙慈はティエリアの語るロックオンとアリー・アル・サーシェスのいきさつに耳を傾けることとなった。

話の内容は沙慈の想像を絶するものだった。が、とりあえず、“ロックオン・ストラトス”という人物において、沙慈がここに来てから感じていた違和感について、少し納得できた気がした。

要するに、“ロックオン”と名乗る人物が2人いること。今、ここにいるロックオンには兄がいて、彼もかつてはガンダムマイスターとして刹那達と共に戦い、そして戦死してしまったこと。

だとすれば、今は“ロックオン”と呼ばれる弟の彼に、兄の面影を見るのは当然のことだろう。そう考えれば、先程のフェルトの行動も理解できるような気がした。

いくら、“ロックオン・ストラトス”という名がコードネームだとしても。死んでしまった仲間と同じ名前で弟とはいえ、別人を呼ぶなんて、刹那達は辛くはないのだろうか?沙慈はそう思わずにはいられなかった。

 

ティエリアの話が終わったところで、ロックオンは感情的になるわけでもなく、ただ唇の端を斜めに持ち上げた。

───なるほどね?兄さんは 、家族の仇を討つためにそのサーシェスってヤツを・・・・。世界の変革より私怨か。」

兄らしいとロックオンは微笑を浮かべる。

「不服なのか?」

そうティエリアに問われても、ロックオンは「いや」と首を横に振った。

「尊敬してんだよ。家族が死んだのは10年以上前のことだ。オレにはそこまで思い詰める事は出来ねぇ。」

そんなものなのだろうか。大事な家を奪われても、時が経てば、その恨みや憎しみが消える日が本当に来るのか、今の沙慈にはわからなかった。

すると、今まで沙慈の横でずっと静観していた刹那が一歩前へ踏み出し、口を開いた。

───仇がここにいるとしてもか?」

刹那のその言葉には、ロックオンだけでなく沙慈も耳を疑った。が、刹那は淡々とした表情で、自分がロックオンから家族を奪った組織に所属していたと明かした。

刹那のその話に、沙慈は以前、イアンから聞いた言葉を思い出す。

CBには“家族をテロで失った者”がいると言っていた。それは間違いなく、ロックオンのことを指す。では、“ゲリラに仕立て上げられた者”というのは、もしかしないでも刹那の事だったのだろうか?

ロックオンが家族を失ったのは10年以上前のことだと言っていた。だとすれば、刹那はそんな小さな子供の時から、テロリストとして活動していたという事になる。いや、活動させられていたというべきなのだろうか。

沙慈は、初めて知った壮絶な刹那の過去に眉を寄せた。

 

「 言うべきことがある。あの時、オレが仲間を止めていれば───。ロックオン ・・・いや、ニール・ディランディはマイスターになることもなく・・・・。」

自らから仇だと名乗り出た刹那を、ロックオンはただ黙ったまま見据える。しかし、そこに殺意はなく、やがて彼は冷笑した。

「 その時、お前が止めてたとしても、テロは起こってたさ。そういう流れは変えられないんだ。だが、全て過ぎた事だ。昔を悔やんでも仕方ねぇ。───そうさ、オレ達は過去じゃなく、未来のために戦うんだ。」

ロックオンがそう発した事で、部屋に張り詰めた緊張が溶けていく。この場が収まったことには沙慈もほっとしたが、同じマイスター同士で、まさかそんな因縁があったとは驚くべきことだった。しかも、それを認めた上で成り立つ彼らの関係が、沙慈にはどうにも不可解だった。

”全ては過ぎた事。 過去ではなく、未来の為に───

そんな風に割り切ることは簡単じゃないと、沙慈は思う。しかし、ここにいるCBの者達は皆それを実践しているのだ。

刹那とロックオンのことだけじゃなく、かつてCBと敵対したはずのマリーを受け入れる姿勢からも、そう窺える。

そんな風に全てを過ぎた事だと許す事が出来たら、どんなにいいだろうと沙慈は思う。

───僕は・・・。僕だけが、過去に囚われている?

ふと、沙慈の頭にそんな思いが過ぎる。しかし、今の自分自身を変える方法を沙慈は知らなかった。

 

To be continued

 

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