ACT.11
スメラギの戦術予報により無事、宇宙へ上がったトレミーは、ガンダムの補修、及び支援機や補給を受けるべく、ラグランジュ3へ向けて航行をしていた。
ブリッジから解放された沙慈は身につけていたノーマルスーツを脱ぐと、ほっと息をつく。
・・・さっき、直撃を受けた時は、どうなる事かと思ったけど。
敵を振り切る為にいきなり深海から宇宙へ飛び出すと思えば、大気圏離脱中にダブルオーを緊急発進させるなど、CBのやる事成す事が沙慈には驚きの連続だった。
そして、驚くべきことはもう1つ。刹那やロックオンの過去についてもそれは言える事だった。
彼らの抱える複雑な事情に、沙慈は言葉を失うしかなかった。あれから、刹那とは何も言葉を交わしていない。かける言葉すら見つからないのだ。
久々に味わう無重力に身を任せていた沙慈は、もう一度大きく息を吐くと、気分転換に何か飲み物でも取ってこようかとイーティングルームへ向かった。
イーティングルームには先客がいた。アレルヤとマリーである。ドアが開いた瞬間、向けられた二人の視線に、沙慈は思わず来てはいけなかっただろうかと足を踏み止まった。
「・・・あ、あの、すみません・・・。飲み物を取りに───」
バツが悪そうに言う沙慈に、アレルヤは「どうぞ」と微笑む。そんな彼の隣で、マリーも穏やかな笑顔を浮かべて沙慈を見つめた。
沙慈は申し訳無く思いながら部屋に入る。ドリンクを選ぶ自分の背中に2人の視線を感じて、早く出て行かなければと気を使った。
すると、そんな沙慈の背中にアレルヤが言った。
「───びっくりさせちゃったね。」
「・・・え?」
沙慈は振り向く。アレルヤのオッドアイが自分を真っ直ぐに映しているのを見て、その言葉の意味を悟った。
「・・・刹那や、ロックオンさんの事・・・ですか?」
「君のいる前で話すべき事ではなかったと思うけど、あの時はみんな気が高ぶっていたからね。」
「いえ、ただ僕は・・・・。いろいろ信じられなくて───。刹那とロックオンさんがそんな・・・。」
言葉にできない感情が沙慈の胸に渦巻く。アレルヤは、そんな沙慈を穏やかに見据えた。
「そうだね。彼らの関係は複雑だけど、かつてロックオンと呼ばれたニール・ディランディも、今のロックオンのように全てを受け止めていた。僕は、それでいいと思うよ。」
そんなものなのだろうかと沙慈は思った。
ロックオンの家族を奪った組織に所属していたと言う刹那。その彼を今は亡き兄までもが過ぎた事だと許していたのか。そんな簡単に割り切れるものなのだろうか。
あの時、真実を告げた刹那の顔を沙慈は思い出す。
それは決して許しを請うものではなく、むしろ罰を受ける覚悟ができているようなそんな表情だった。その顔を沙慈は知っている。かつて沙慈が銃口を向けた時も、刹那はまるで撃たれる覚悟ができているような、そんな顔だった。
やりきれない想いに沙慈は眉を寄せる。すると、アレルヤが微笑を浮かべて言った。
「───僕らは皆、罪を背負っているからね。」
その言葉に沙慈は僅かに目を見開く。
・・・・・罪なら、僕も───
カタロンの多くの人の命を奪った僕だって───。
瞬間、ブリッジからトレミーに急速接近してくる機影があるとの通信が入り、沙慈達にも緊張が走った。と、同時にマリーの様子に変化が見られる。
「・・・・来る!」
何かを察知したような彼女に、アレルヤが首を傾げる。
「どうしたんだい、マリー?」
「来るわ。危険な何かが───」
頭痛に耐えるような様子でマリーが告げた。
“危険な何か”って、一体?
その言葉が沙慈の胸に重く落ちる。
何か得体の知れないものが迫ってくる恐怖を、沙慈は感じずにはいられなかった。
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急速接近するその機体に対し、トレミーは当然、ガンダムで応戦するしかない。アリオスとセラヴィーが機体整備中ということもあって、先行発進したのは刹那のダブルオーだった。
───ダブルオーだって万全の状態じゃないのに、大丈夫かな・・・。
妙に確信を持ったあのマリーの言葉。もしかして、迫り来る危険なものはかなりの強敵なのかもしれない。そう思うと、沙慈は無性に不安に駆られた。
だが、そんな自分に苦笑する。
・・・昔は、ガンダムなんて、やられちゃえばいいなんて思ったこともあったのに。
今はそうは思わない自分を自覚する。だが、沙慈はその理由を今は考えたくはなかった。
そんな沙慈の不安をよそに、出撃したダブルオーとケルディムは程なく帰艦した。
両機とも酷い損傷もなくMSデッキに収容されたのを確認した沙慈は、思わず胸を撫で下ろす。
と、ガンダムから降りてきたらしい刹那とロックオンが何か言葉を交わしている様子が見えた。至っていつもどおりである。宇宙に上がる前に、仇がどうのなどと話していたとは到底思えない程だった。
───本当に、わだかまりはないんだ・・・。
どこか不思議な感覚で沙慈は刹那達を見つめる。沙慈の視線に刹那は気づいたようだが、そのままロックオンと共に消えてしまった。
MSデッキに1人残された沙慈のもとへ、ミレイナが現れる。
「クロスロードさん、機体整備は軽くで大丈夫です。今、最大加速でラグランジュ3へ向かってますから、もうまもなく到着するです。」
その言葉に沙慈は頷くと、気になっていたことをミレイナに問いただしてみた。
「戦闘、ずいぶん早く終わったみたいだけど・・・。」
「はいです。どうやら敵さんは、新型の性能を見せびらかしたかっただけみたいで、あっけなく撤退しちゃったです。」
「撤退・・・してくれたんだ?でも、また新型って・・・。」
「擬似太陽炉搭載型で、しかもGNフィールドまで使っちゃう機体は、連邦では初めましてなんで、ちょっと驚きです。トランザムシステムが使えなかったとはいえ、ダブルオーを圧倒しちゃうくらいですから、強敵には違いないです。」
「・・・そう・・・なんだ。」
ダブルオーを圧倒する程の機体。つまり、その新型が引き上げてくれたおかげで、むしろ助かったというべきなのかもしれない。ということは、マリーの言葉が暗示していたのは、その新型の機体の性能のことなのか。それとも別の何かなのか。
考え込む沙慈の横で、ミレイナが腕組みした。
「それにしても、最近は新型ばっかりお目見えするんで困るです。新型開発にこんなにお金をかけられるなんて、敵さんはきっとすごいリッチです。」
うらやましいと言わんばかりのミレイナの口調に、沙慈は苦笑する。すると、そんな沙慈にミレイナはガッツポーズをして見せた。
「とにかくです。敵さんの新型に対応するためにも、こちらもパワーアップする必要があるです。ラグランジュ3で待ってる支援機を一刻も早くゲットするです。」
無邪気に語るミレイナには悪いが、沙慈はどう返したらいいのかわからなかった。
アロウズの新型が刹那達のガンダムを圧倒するほど、強くなってきているという現状。となれば、戦いの為にはガンダムのパワーアップは必須なのだろう。
でなければ、刹那達ガンダムマイスターにも危険が及ぶ。もちろん、沙慈はそんなことは望んではいなかった。しかし、だからと言って、ガンダムが更なる力を得ることを素直に喜べるかと聞かれれば、決してそうではない。
───僕は、一体、どうしたいんだろう?
答えの出ない思いに、沙慈は胸が少し痛い気がした。
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やがて、トレミーはラグランジュ3に到着した。正確には、その資源衛星群の中に存在する秘密の基地へということだが。
見事なカムフラージュでひっそりと存在する割には、意外に大規模な基地だったので、中に入ってみて沙慈は驚かずにはいられなかった。
到着早々、基地内にいたメンバーとの挨拶もそこそこに、スメラギはトレミーとガンダムの補給と改修を急ぐようイアンに指示した。この宙域にアロウズがいることを思えば、当然の流れである。
そして、イアンは例の支援機を得意げに刹那達に紹介していた。
ダブルオーの支援機オーライザーには、ツインドライヴの制御機能とトランザムの増幅機能が搭載されているのだという。それが実際どんなものなのか、沙慈には計り知れなかったが、おそらくダブルオー機体の力を100%出す為には必要なものなのだろうと推測した。
早速、テストを行なうと言うイアンの声に刹那が頷く。沙慈はそれを見届けると、背を向けてそこから立ち去った。
これでダブルオーが戦う力を、刹那が人を殺す力を手に入れる。そんな姿を沙慈は見たくなかったのだ。
───でも、そうしなければ、刹那が・・・。
沙慈は唇を噛み締める。“殺らなければ、殺られる” それは戦場では当たり前のことでも、沙慈には納得し難い事実だった。
柱に背を預け、俯いている沙慈のもとへ長い銀髪を揺らしてマリーがやって来た。
「どうかしました?」
「・・・あ、いえ。」
「悩んでいるんですね。」
透き通った瞳でマリーにそう言い当てられると、沙慈は苦笑するしかない。
「ちょっと・・・いろんなことがあり過ぎて、混乱してて。」
すると、マリーは穏やかな笑みを作った。
「確かに戦場では、いろんなことがあり過ぎます。民間人の貴方にとっては尚更。貴方は、今、ここにいることを後悔されているのですか?」
「後悔・・・は、してません。ここにいようと決めたのは自分自身だから。だけど、CBに入ったつもりはなくて・・・。僕はただ刹那が・・・CBの人達が戦う理由をちゃんと知りたかっただけで・・・。」
沙慈の口から“刹那”というワードが出てきて、マリーが優しげに問う。
「刹那・・・・。ダブルオーのパイロットの方ですね?彼と何か?」
「あ、いえ、前に日本にいた頃、同じマンションに住んでいて。部屋が隣同士だったから、時々会って、話したりする程度だったんですけど。もちろん、その時は刹那がガンダムマイスターだなんて知らな
くて。」
「お友達だったんですね。」
マリーにそう言われると、沙慈は少し胸が痛む。
───僕も昔はそのつもりだった。だけど、今はどうなのかな。
「いろいろあって、僕はガンダムやCBを憎んだりもしました。今だって、戦争を失くす為に戦うっていう彼らの考えに賛同したわけじゃない。だけど、僕はそれまで自分の周りのほんの小さな世界しか見ていなかった。だから、自分の生きている世界の事をちゃんと見なくちゃって思ったんです。だけど・・・・。」
マリーは黙って沙慈の言葉を聞いていた。沙慈はそんな彼女の心の内を吐露していく。
「・・・どうしていいか、わからないんです。僕のせいで多くの人が命を落とした。その償いはしなきゃいけない。でも戦う事なんて・・・人を殺すことなんて、僕にはとても───。」
絞り出すような声でそこまでやっと伝えると、マリーは儚げに微笑んだ。
「できないのは、当たり前です。」
あっさりと返って来た答えに、沙慈は僅かに目を見開く。以前、砲撃手が務まらなかった自分をイアンも刹那も責める事はなかった。それでいいと言ってくれた。その時と同じだと思ったのだ。
「・・・でも、何かしないと・・・・自分にできることを・・・何か───」
それが何かわからなくて、沙慈は前に進めない。苦悩を隠せない沙慈に、マリーは困ったように目を逸らしただけで、何も返してはこなかった。
───当たり前だ。僕自身のことなのに、彼女に聞いてどうするつもりだ・・・。
沙慈は少し自己嫌悪に陥りながら、話題を転換することにした。マリーがここに来たいきさつはどうあれ、もとは“超兵”としてアロウズで戦っていた彼女に対し、聞いてみたいことがあったのだ。
「・・・あの、聞いていいですか?」
何をです?と小首を傾げるマリーに、沙慈は続けた。
「貴女は、これからも彼らと一緒にいるつもりですか?」
「ええ、アレルヤがここにいる限りは。」
即答だった。
「戦いに巻き込まれても?」
その問いに対しても、マリーは何の迷いもなく首を縦に降ろした。
「私は軍人でしたし、そういう覚悟もできているつもりです。それに、もう決めたから・・・。私は何があってもアレルヤから離れないと───。」
マリーの返答は自信に満ちている。沙慈は、そこまでアレルヤのことを素直に想える彼女のことを羨ましく思った。
「すごいな。そんな風に思えるのって・・・。マリーさんだけじゃなくて、ここにいる人達、みんな前向きっていうか・・・。過去に囚われずに未来を見ている。なのに、僕は───」
苦笑を交えながら言う沙慈に、マリーはさらりと銀髪を揺らして穏やかに微笑んだ。
「大丈夫です。人は許す事ができる。貴方自身、変わろうとしている心を許してあげてください。」
告げられたその言葉が、沙慈の胸に染みていく。
───許す?何を?
刹那を?ガンダムを?CBのしていることを?
それともカタロンの多くの人の命を奪った自分を?
彼女が言わんとしていることの本当の意味は、まだ沙慈にはわからなかったが、何故かその言葉を聞いて、どこか楽になったような、そんな気がした。
To be continued