ACT.12
ラグランジュ3で行なわれていたダブルオーライザーのテストは無事終了した。ツインドライヴの予想をはるかに上回る性能については、もちろん沙慈の知るところではない。
沙慈はあれからマリーと一緒にいたが、突然、彼女がここにはいない誰かの名前を必死で呼ぶ姿に、どうしていいかわからなかった。だが、沙慈には見えない何かをマリーは見ていると、そのことだけは理解した。
やがて、落ち着いた彼女の肩にそっと手を添えると、沙慈は「大丈夫ですか?」と声をかけた。マリーは頷いたがとても大丈夫そうには見えない。沙慈はどこか休めるところはないかと、顔色の悪いマリーを連れ出した。
基地内を歩いているうちにリフレッシュルームのような場所を発見した沙慈は、とりあえずマリーを座らせて、ドリンクを差し出した。彼女はそれを黙って受け取ったが、相変わらず顔は蒼白のままだった。
マリーは何も喋る事もなく、ただずっと俯いたままだ。沙慈がそんな彼女に付き添ってどれくら時間が経過した頃か、しばらくするとそこにアレルヤが現れた。
彼の姿を見止めて、マリーが立ち上がる。尋常でない彼女の様子に、アレルヤの瞳が僅かに細くなった。
「アレルヤ・・・!」
「マリー、君は・・・。感じてしまったんだね。」
アレルヤはそう言いながら優しくマリーを抱きしめる。そんな2人の姿に沙慈は何が何だかわからない。
「・・・あの、何かあったんですか?マリーさん、さっきまた急に様子が・・・。」
そう言うと、アレルヤは瞳を沙慈へ向けた。
「連邦が衛星兵器を使って、地球圏へ攻撃を行なった。」
「衛星・・・兵器?宇宙から地球へ向けて、攻撃したっていうんですか?」
目を見開いた沙慈に、アレルヤは黙って頷く。
「攻撃対象は中東のスイール。詳しい情報はまだわからないけど、首都圏全域は壊滅だそうだ。」
「・・・壊滅?!一体、どうしてそんな───」
「スイールは、連邦の進める中東再編計画に反対していた。中東一の軍備を有しているスイールが連邦を相手に事を起こせば、周辺諸国も追随する。おそらく連邦はそれを阻止するために。」
「だからって・・・。一方的に攻撃するなんて、酷い・・・!」
あまりの恐ろしさに沙慈は身震いする。すると、今まで黙っていたマリーがアレルヤの腕を掴んで言った。
「アレルヤ・・・・、大佐が───。スイールの近くには、大佐が・・・」
「大丈夫だよ、マリー。彼ならきっと、大丈夫だから。」
アレルヤは、マリーの両肩に手を添えて優しく微笑む。アレルヤの言葉にようやくマリーも少し安心した様子を見せた。アレルヤはそんなマリーを見て頷き、さらにもう一度沙慈へ向いた。
「僕らはこれから、連邦の衛星兵器破壊ミッションに入る。」
「衛星兵器を破壊・・・・。」
「今、破壊しなければ、またスイールのような悲劇が起こってしまうからね。」
───それは・・・そうなのかもしれない。
アレルヤの言うことがわからない沙慈ではなかった。だが、その衛星兵器をそんな簡単に破壊なんてできるのか。連邦軍だって必死に守ろうとするはずである。
また大きな戦いが始まるのかもしれないと思うと、沙慈は胸が痛むのを感じた。そんな沙慈の想いをよそに、アレルヤは話を進める。
「補給が済み次第、トレミーは出航し作戦行動に移るけど、その前にスメラギさんから君に話があるようだよ。」
「・・・僕に?」
小首を傾げる沙慈に、アレルヤはスメラギが待っていると告げた。一体何の話なのか、皆目見当もつかなかったが、とりあえず言われたとおり、沙慈はスメラギのもとへ向かう事にしたのだ。
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沙慈がスメラギに呼ばれたのは基地内の一室だった。沙慈が部屋に入ると、腕組みした格好のスメラギが振り返り、笑顔を浮かべる。
「どうぞ。そこに座って。」
「あ、はい・・・。」
言われたとおりに目の前にある椅子に腰を下ろすと、沙慈はスメラギを見つめておずおずと言った。
「・・・あの・・・、話って何ですか?」
すると、彼女は流れる長髪をかきあげて、真面目な表情になる。
「時間がないから、単刀直入に言うけど───」
そう前置きされて、沙慈は何を言われるのかと一瞬、身構えた。そんな沙慈を見据えて、スメラギははっきりとした口調で告げる。
「今回が、貴方が艦を降りる最後のチャンスになる。」
その言葉に沙慈は僅かに目を見開いた。だが、スメラギはそのまま続ける。
「今後、戦いは一層激しさを増すわ。これ以上、私達と一緒にいれば、貴方も戦いから逃れられなくなる。そろそろ潮時よ。」
「・・・僕は───」
何か言わなければと口を挟んだ沙慈を、スメラギが遮った。
「敵は私達がラグランジュ3にいることを知っているわ。だから、きっと仕掛けてくる。ここが見つかるのも、時間の問題なの。」
「そんな・・・。」
「トレミーの補給が完了次第、この基地を破棄するわ。作業員脱出用の輸送艇に貴方の席を確保してある。今すぐ、準備をしてちょうだい。」
有無を言わせぬ口調のスメラギに、沙慈は返す言葉がなかった。艦を降りたくない気持ちは以前と変わらない。だが、それでどうしたいのか、その答えが自分の中ではっきり出ていない以上、今、スメラギを前に口にすることなどできなかったのだ。
立ち竦む沙慈を前に、スメラギは一呼吸して更に続けた。
「貴方を戦いに巻き込んでしまった事、悪かったと思ってるわ。もちろん、謝って済む事じゃないのも充分わかってる。でもね、私達は決して、貴方や貴方の周りの人を不幸にしようと思って戦っていたわけじゃないの。その事だけは、わかってくれるとうれしいんだけど。」
スメラギの瞳が悲しげに揺らぐのを、沙慈は見た。もちろん、彼女の言う事が今はわからない沙慈ではない。沙慈は黙って俯いていた。そんな沙慈を見据え、スメラギは苦笑を交えて言う。
「・・・それから──。私の事はいくら恨んでくれても構わないから、刹那の事だけは、許してあげてもらえないかしら?」
「・・・え?」
沙慈は俯いていた顔を上げた。スメラギは僅かに視線を沙慈から逸らす。
「刹那には、貴方のような友達はきっと初めてだと思うから。できれば──貴方には、刹那と友達のままでいて欲しいの。」
そう告げたスメラギの顔はとても優しく、慈愛に満ちているように沙慈には見えた。沙慈はそんなスメラギを見据えながら、言われた言葉の意味を深く考える。
刹那の身の上について、沙慈はそれほど詳しく知り得たわけではないが、それでも彼が幼い頃から平和とは縁のない世界にいたということは今はわかっている。刹那には、普通の友達などもしかしたらいないのかもしれない。そう思うと、寂しい気持ちにならずにはいられなかった。
“刹那と友達のままで”
スメラギの願うようなその言葉が沙慈の胸に響く。何か心に熱いものを感じた沙慈は、ぎゅっと拳を握り締めてスメラギを見つめると、意を決して口を開いた。
「──あの、お願いがあります。」
スメラギに向ける沙慈の瞳は、いつになく真剣な眼差しだった。
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やがて、基地内にスメラギから今後の作戦行動についての通達が流れる。それにはもちろん、先程、沙慈にも伝えられていたこの基地の破棄と、作業員の早期離脱が含まれていた。
作業員でざわつく基地の中、沙慈は刹那を見つけた。
「刹那!」
そう声をかけると、刹那が振り向いて足を止めた。
「沙慈・クロスロード。ここで何をしている?輸送艇への乗船はもう始まっているはずだ。急いで・・・」
淡々とした口調で言う刹那に、沙慈は苦笑しながら小さく首を横に振った。
「刹那、僕はトレミーを降りないよ。」
「・・・トレミーを降りない?」
刹那の瞳が少し大きく見開かれる。沙慈はゆっくりと頷いた。
「僕にも何かやれる事があると思うんだ。戦わなくてもやれることが──。」
「だが、ここにいればお前も・・・。」
やや眉を顰める刹那に、沙慈は目を逸らすことなく告げる。
「もう、決めたんだ。それに今回は僕の独断じゃない。スメラギさんにもちゃんと話して、許可はもらったよ。」
その沙慈の言葉をどう受け取ったのか、刹那は黙った沙慈を見据えたままだった。やがて、刹那が何か言葉を発しようとしたのか、口を開きかけた時、大きな震動が基地内を襲った。
激しい揺れに沙慈は足元を取られる。
「・・・何っ?!」
「攻撃か?」
刹那の目が鋭い光を放ち、沙慈も「敵襲?」と眉を寄せる。確かにスメラギはこの基地が敵に見つかるのは時間の問題とは言っていたが、それにしても早過ぎるのではないか。
そうしている間にも、基地を襲う揺れは激しさを増していく。
「沙慈・クロスロード、お前は早くブリッジへ行け。」
刹那はもう、沙慈に輸送艇でラグランジュ3を脱出するようには言わなかった。彼の言うブリッジとは、もちろんトレミーのブリッジのことだ。沙慈は心のどこかでほっとして、そして刹那に聞く。
「刹那は?」
「オレはダブルオーの発進準備をする。」
「わかった。」
沙慈がそう頷くと、刹那はその場を駆け出す。そんな刹那の背中に沙慈はもう一度、「刹那!」と声をかけた。肩越しに振り返る刹那に向かって言う。
「気をつけて。」
それは以前、出撃前にかけた言葉と同じ。あの時はそんな言葉が口から出たことに、沙慈自身が驚いていた。だが、今は──。
・・・こんな風に、僕が刹那を心配する事があったっていいのかもしれない。
そう沙慈は思い始めていた。
To be continued