ACT.13
“守るんだ! みんなを、仲間を───”
傷だらけのイアンが残した言葉に、沙慈は心を決めてオーライザーで出撃した。今、自分にできることはオーライザーをダブルオーに届ける事。でなければ、ここにいるみんなやられてしまうのだ。
トレミーのクルーが沙慈にとって“仲間”かどうかなどと考えている余裕はなかった。ただこれ以上、自分の目の前で誰かが傷つくのが見たくない、それだけだった。
しかし、意を決して戦場へ飛び出した沙慈を待ち構えていたのは、ルイスとの予期せぬ再会だった。いや、再会と言っても、実際に顔を会わせたわけではなかったのだが。それでも。
───ルイスの声が聞こえた。ルイスは・・・間違いなくいたんだ。アロウズのMSのパイロットとして・・・!!
絶望的なその事実が、沙慈の胸を切りつける。今すぐ、ルイスと会って話をしなければとそう思っても、トランザムが解除され、ダブルオーとの合体を解いたオーライザーは最早沙慈の思うとおりには動きはしなかった。
やがてアロウズが撤退し、トレミーへの帰搭命令が出されると、沙慈も従うしかない。オーライザーのコクピッドの中で、やりきれない想いに拳を握り締めるだけだった。
“どこにいるの?沙慈! ・・・まさかガンダムに・・・?!”
“沙慈、どうして───!どうして貴方がここにいるの?!”
あの時、確かに聞こえたルイスの声が、今も沙慈の頭に響く。
「ルイス・・・、君こそ、どうしてアロウズなんかに───」
いや、その理由を推測するのは決して難しい事ではない。ルイスは彼女の家族や幸せを奪った者への復讐を果たす道を選んだ、そういうことなのだ。
ルイスの身の上に起こったことを考えれば、それは沙慈にも充分過ぎる程、理解はできる。
・・・ただ、そこまでルイスが思い詰めていたなんて───。
奪われた悲しみは癒えない傷となって、彼女にそんな苦渋の決断までもさせていた。その事実が、沙慈の胸にまた暗い影を落とし始める。過去は決して消えはしない。拭えない悲しみは人の人生までも狂わせるのだ。
「・・・・ルイス・・・っっ!!」
沙慈の瞳から涙が零れる。
彼女との再会をずっと願っていた。心も体も傷ついた彼女が元気に立ち直っていてくれることを信じていたかった。またいつの日か、昔のように笑い合えたらと。
だけど、それはもう・・・。
僕は・・・僕は一体、どうしたら───
ガンダムに復讐するためにアロウズのパイロットと変わり果てたルイス。その現実はガンダムを、刹那達のことを理解し始めようと一歩前へ踏み出した沙慈を引き止める。
それは、まるで沙慈だけ未来を見ることは許さないとでも言っているかのように。
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トレミーに戻った沙慈は、オーライザーから降りると脱力したようにシートに腰を下ろした。立ち上がる気力もなかったのだ。すると、ドアが開いてダブルオーから降りて来た刹那が入ってきた。
沙慈の姿を映す刹那の瞳が僅かに細められる。沙慈の名を呼ぶ刹那の声はいつもより感傷的なのは、刹那なりに気を遣ってのことなのだろうが、あいにく沙慈はそれに気づく余裕はなかった。
「・・・ルイスの声が聞こえたんだ。・・・MSに乗っていたんだ。───僕の名を呼んでたんだ・・・。」
「何故、彼女がアロウズに?」
刹那のその問いには、沙慈は顔を上げた。何をわかりきったことを聞くのかと目を見開いて。
「決まってるだろ?ガンダムが憎いんだよ!ルイスの両親はガンダムに殺されたんだ!!」
───違う。そうじゃない。ルイスの両親を殺したのは、刹那達のガンダムじゃない。
頭ではそうはわかっても、沙慈は感情を推し留めることができなかった。
世界から戦争を失くすために戦っている刹那達。世界中を平和にするために、敢えて全ての扮装に武力介入をしている彼らが、決して自らは戦いを望んでいるわけではないことは理解した。
だが、未来のためとはいえ、戦いをすれば必ず誰かが傷つくのだ。ルイスのように───。彼女が一体、どんな思いでアロウズに入ったのか。それを思うと、沙慈の心は悲しみ
や怒りでいっぱいになった。
刹那達と一緒にいることで
、彼らのしていることを完全に納得はできないまでも、何かが沙慈の中で変わり始めていた。だが、やはり、過去の傷はそう簡単には消えない。消してはならないとルイスがそう言っているのだ。
「・・・・君らのせいだ。君らのせいでルイスはアロウズに・・・。」
言いようのない感情が胸に溢れて、沙慈はその捌け口を刹那に向けることしか出来ない。
刹那に対して、酷い事を言ってる自覚はあった。だが、ルイスに直接危害を与えたのが彼らではないとしても、戦いを起こす者としてはCBも
やはり同等だという意識が再び沙慈の中で蘇る。
「何故・・・・どうしてなんだ?どうしてこんなことに───」
やり場のない悲しみに沙慈は言葉を濁す。刹那はただ、黙って沙慈を見据えていた。その刹那の瞳の奥にどんな思いがあるか、沙慈には知れない。
やがて、刹那が口を開く。
「───戦え。ルイス・ハレヴィをアロウズから取り戻すには、戦うしかない。」
「・・・僕が戦う?」
何を言うのかと、沙慈は眉を吊り上げた。
「彼女のことが大切ならできるはずだ。」
「僕に人殺しをしろって言うのか!?」
立ち上がった沙慈に、刹那は抑揚もなく即答する。
「違う。彼女を取り戻す戦いをするんだ。」
「そんなの詭弁だ!戦えば人は傷つく。ルイスだって───」
「お前のための戦いをしろ。」
返って来た刹那の答えに、沙慈は思わず手を出していた。左手の拳が刹那の頬を殴ったのだと気づいたのは、床に刹那が倒れ伏したのを目にしてからだった。
・・・あ!僕は───
感情に任せて刹那に手を出した自分に、沙慈は驚きを隠せない。だが、それ以上に沙慈は苛立ちを押える事ができなかった。
“ルイスを取り戻す戦い”?
“僕のための戦い”?
刹那が言っていることの意味がわからない。
人殺しをしない戦いなんて、あるものか。
「冗談じゃないっ!!僕はお前らとは違うんだ。一緒にするなっっ!!」
沙慈にはそう叫んで、その場を立ち去ることが精一杯だった。倒れ伏したままの刹那を直視するのも耐えられなかったのだ。
─────違う! こんなのは、ただの八つ当たりだ。
そうわかっていても、胸に生まれたどす黒い感情を抑える術を沙慈は知らなかった。
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やがて、倒れ伏した刹那が顔を上げた時、沙慈と入れ替わるようにして現れたロックオンに刹那は眉を顰める。
沙慈とのやりとりを聞かれていただろうことを示唆して、「趣味が悪いな」と刹那が呟くと、ロックオンは悪びれもなく「聞こえちまったんだよ」と返した。
そのままロックオンは部屋に一歩踏み込むと、両腕を組んだ。
「しかし、アンタは不器用だな。あのボウヤにはっきり言ってやったらいいじゃないか。“戦闘はオレが引き受ける。お前は説得でも何でもして、彼女をアロウズから取り戻せ”ってな。そうそう、アレルヤがあの超兵の彼女を取り戻したように。」
軽口を叩くロックオンに対し、刹那はその瞳を伏せた。
「上手く行くとは限らない。それに、マリー・パーファシーの時とは状況も違う。」
「だが、アンタのその顔は、あのボウヤのために何とかしてやりたいって言ってるように見えるが?」
ロックオンはそう薄ら笑いを浮かべる。刹那は黙ったまま、何も返すことはなかった。すると、ロックオンが唇を斜めに吊り上げた。
「過去の罪滅ぼしか?」
その問いに対し、刹那は伏せていた目を上げて真っ直ぐにロックオンを見据えた。
「───過去じゃない。未来のためだ。」
「・・・なるほど?しかしボウヤのあの様子じゃ、何をしでかすかわかったもんじゃない。カタロンの施設の二の舞いはご免だからな。目を光らせておいた方がいーんじゃねぇのか?」
「オレは、沙慈・クロスロードを信じている。」
その刹那の言葉に、ロックオンは呆れたように両手を広げた。
「信用するのは勝手だが、オーライザーを無断で持ち出されるようなことだけは勘弁してくれよ?今のこの状況でそんなことになれば、冗談じゃすまされないことくらい、アンタだってわかってるだろう?」
やや皮肉めいた物言いを残して、ロックオンはその場が去っていく。1人残された刹那はただ一点をじっと見つめたまま、しばらく動こうとはしなかった。
やがて、トレミー艦内にスメラギの声が響く。
《スメラギより総員に通達。トレミーの外装部の補修作業が済み次第、トランザムで最大加速。敵衛星兵器に攻撃を開始します。》
刹那は顔を上げた。ミッション遂行のため当然の行動とはいえ、この宙域を離れる事は、沙慈とルイスの距離が広がってしまうことは明白。この通達を聞いた沙慈が、今、一体何を考えているのか。
刹那はそれを言葉にはしなかった。
「・・・沙慈・クロスロード。どうするかは、お前が決めろ。」
ただ、そう呟いただけで。
To be continued