ACT.14
やがて、トレミーは衛星兵器破壊ミッション開始の為、ダブルオーを除く3機のガンダムのトランザムシステムを使って、最大加速で航行を開始した。
オーライザーのコクピッドの中、嗚咽を漏らす沙慈を乗せたまま。
───僕は一体、どうしたら・・・・!!
ルイスに今すぐ会いに行きたい。それは紛れもない今の正直な沙慈の気持ちだった。だが、かつてティエリアになじられた言葉は、今も戒めのように沙慈の脳裏から離れない。
個人の感情のまま勝手に動く事は、戦場では取り返しのつかないことをしでかしてしまう可能性もある。あのカタロンの施設の時のように。それだけは繰り返してはならない過ちだった。
整理のつかない気持ちが沙慈の胸に残る。だが、沙慈は涙を拭うとオーライザーからハロを抱えて降りた。
《行かないの、沙慈? 行かないの?》
「・・・いいんだ、ハロ。 ごめん・・・。」
格納庫から出たところで、沙慈は少し先に立つ刹那が自分を向いているのに気づいた。刹那の瞳を見て、沙慈は僅かに肩を振るわせる。
───見られてた・・・!
自分が何をしようとしていたか、刹那にはきっとお見通しだったに違いない。沙慈は唇をぎゅっと噛み、ハロを抱きしめる腕に力を込め、覚悟を決めて刹那のもとへ歩み寄った。
刹那はじっと見据え、それから言った。
「───沙慈・クロスロード
、まもなくミッションが始まる。今度は最初から、ダブルオーライザーで行く。お前が戦場に出る必要はない。」
淡々と告げられる刹那の声色。しかもその言葉は、まるで沙慈がミッションを見越してオーライザーに乗り込んだかのようにも聞き取れるが、そんなわけがないのは刹那だって百も承知のはずだった。
自分の行動を何一つ責めようとしない刹那が不自然で、沙慈は眉を吊り上げる。
「・・・どうして───どうして何も言わないんだ?
!わかってるんだろう?僕が今、何をしようとしていたのか?!僕はルイスのところへ行こうとしたのに!カタロンの時と同じだ。僕はまた勝手な行動を───」
見ていたのなら、何故、止めないのか。どうして責めないのか。興奮気味に声を荒げる沙慈とは対照的に、刹那はただ平然と沙慈を見つめたままだった。
「お前は今、ここにいる。ならば、オレが言う事は何もない。」
その言葉に、沙慈は目を見開いて刹那を見返す。
「・・・だけど、僕は───。」
「沙慈・クロスロード。お前が諦めさえしなければ、彼女を取り戻す機会はきっとある。その時を見誤るな。」
今はその時ではない。やみくもに沙慈1人で飛び出して行ったところで、どうにもなりはしないと、刹那はそう言いたいのだろうか。
刹那はそれだけ告げると、沙慈に背を向けて去っていく。一人残された沙慈は複雑な思いで、その刹那の背中をただ見つめていた。
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刹那と別れた沙慈は、ノーマルスーツ姿のままハロを抱えてのろのろと格納庫を後にした。歩いていると、だんだんと冷静さを取り戻していく。
もちろん心の葛藤が消えたわけではなかった。できることなら、ルイスのもとへ今すぐ飛んで行きたいとは思っている。だが、今、ここで自分がオーライザーで飛び出してどうなるか
。例の衛星兵器破壊ミッションを始めようとしているこの大事な時に。
先の戦いでもダブルオーライザーがあってこそ、あの戦況を打破できたようなものだったのだ。もし
沙慈が勝手にオーライザーを持ち出せば、CBにとって戦力ダウンに繋が
る事は間違いないし、それはつまりこの艦の人達の命に直接、関わることとなる。それだけは、決してあってはならないことだった。
───僕のせいで、誰かが傷つくのだけはもう・・・。
沙慈は俯いて立ち止ると、片手で顔を覆った。
「・・・僕は───ここに残ると決めたのは、僕自身なのに・・・・。」
自分なりに覚悟を決めたつもりだった。だが、ルイスとの戦場の再会はその覚悟を鈍らせる。沙慈が立ち竦み唇を噛み締めていると、正面からマリーが現れた。マリーは沙慈の姿を目に映すと、やがてほっとしたように微笑む。
「クロスロードさん・・・良かった。さっきは貴方がどこかへ行ってしまうような気がして・・・。」
マリーにまで自分の行動が見抜かれていたのかと、沙慈は少し肩を竦めた。彼女の鋭すぎる感性が他の人とは少し違うとは、沙慈も多少は気づいている。誤魔化しようのない彼女に対して、沙慈は正直に気持ちを打ち明けた。
「・・・どうしても会いたい人がいて・・・。彼女に会いに行くために、この艦を出ようと思ったんです。」
「どうしても会いたい人?」
マリーの長い銀の髪が揺れる。
「・・・僕の大切な・・・友人です。ずっと連絡も取れてなくて、心配してたんです。その彼女の声が・・・さっき、戦場で聞こえて───。あれは間違いなくルイスの声だった。
彼女は僕と同じ民間人だったはずなのに・・・。ルイスはアロウズなんかにいちゃいけない。会いに行かなくちゃ、彼女と話をしなくちゃって思ったら
止められなくて・・・・。」
眉を顰めてそう告白する沙慈の言葉を、マリーはじっと黙って聞いていたが、ふと沙慈を問い質す。
「ルイス・・・?それはもしかして、ルイス・ハレヴィ准尉のことでしょうか?」
マリーの口からルイスの名が出たことに、沙慈は目を見開く。が、マリーももとはアロウズに所属していたことを思えば、そう不思議な話でもなかった。
「ルイスを知ってるんですか?!」
「はい───といっても、彼女が着任した直後、私はここに来てしまったので、本当に名前と顔を知っているという程度でしかないですが。」
「・・・准尉って・・・ルイスは本当にアロウズに・・・・。」
階級まで聞かされると、ルイスがアロウズという軍隊に所属しているのだということを思い知らされる。
「あの・・・あの、ルイスはMSの───」
「ええ、パイロットでした。」
マリーの口から告げられる事実に、沙慈は少なからずショックを受けた。やはり、ルイスはあの場にいたのだ。間違いであってくれたらどんなに良かったか。
───ルイス、どうしてアロウズなんかに・・・・!僕に一言くらい相談してくれたって・・・。
心も体も傷ついて、大事な家族を失って、たった一人で復讐の道を選んだルイスのことを思うと胸が痛い。
・・・こんなことなら、何があってもルイスの傍を離れるべきじゃなかった。離れるべきじゃなかったのに。
激しい後悔の念に、見開いた沙慈の瞳から涙が零れた。
「クロスロードさん・・・。」
「・・・あ、す、すみません!」
沙慈は慌てて涙を拭う。いくら堪えきれないからといって、マリーの前で泣くのは恥ずかしいことだった。ごしごしと手で顔を拭きながら、沙慈は無理矢理笑顔を作った。
「あの・・・本当にすみません。何でもないんです・・・。」
マリーは何も言わない。ただじっと沙慈を見つめたまま。いくら大事な友人のためとはいえ、自分勝手な行動をしようとした沙慈をどう思ったろう。呆れられても仕方がないと、沙慈は思った。
「・・・僕のこと、責めないんですか?」
「どうしてです?」
不思議そうにそう返すマリーに、沙慈は苦笑する。
「刹那も何も言ってくれなかった。いや、もしかして呆れて何も言えなかっただけかもしれないけど・・・。」
「違うと思います。」
「え?」
思わず目を丸くする沙慈に、マリーは続けた。
「彼はきっと貴方のことを信じていたんです。だって、貴方達は“お友達”なんでしょう?」
───刹那が?僕の事を信じて・・・?そんな・・・そんなこと・・・
ルイスの一件では、沙慈は刹那を酷く詰った。それだけでなく、刹那を殴り飛ばしもした。それなのに───。驚愕の表情で沙慈はマリーを見据える。彼女はいつもの穏やかな表情で優しく微笑んでいた。
刹那が自分を信じていてくれたなんて、本当だろうか。沙慈はぎゅっと唇を噛んだ。
「・・・刹那は・・・。ルイスを取り戻す為の、僕のための戦いをしろって・・・・。だけど、戦いをすれば誰かが傷つくと思うと、僕にはどうしたらいいか・・・。」
すると、マリーは小さく笑って言った。
「クロスロードさん。人を殺すことだけが、戦いとは限りません。戦い方は、人それぞれ。自分自身で決めればいいと思います。」
「・・・・それ、どういう意味───」
沙慈がそうマリーに問いかけたその時、マリーのもとへブリッジのスメラギから通信が入った。いよいよミッション開始なのだ。急ぎブリッジに来るよう出された指示に、2人は従うしかない。沙慈は喉まで出掛かった言葉を飲み込み、マリーとともにブリッジに向かう。
途中、刹那のダブルオーライザーが単身、トレミーから発進していく姿が沙慈の目の端に映った。
───刹那・・・。
・・・人を傷つけるだけが、戦いじゃない?
その言葉の真意を確かめるように、沙慈は何度も呪文のように繰り返していた。
To be continued