Heart Rules The Mind

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NOVEL




ACT.17

 

アフリカタワーを目前に控え、トレミーは交戦中のダブルオーライザーを発見し、念願の合流を果たした。

そうして、援護に出た他のガンダムに抱えられるようにして、刹那はダブルオーラーザーとともに久方ぶりに帰搭したのだ。

「・・・え?刹那がケガを?!」

刹那と顔を合わせていなかった沙慈は、沙慈が怪我をして運ばれたと聞いて、目を見開いた。そんな沙慈に隣で作業したイアンも険しい顔で頷く。

「右肩を銃で撃たれてるらしい。応急処置はしてあるようだが、出血が酷くてな。・・・ったく、あんな体でよく戦ったもんだ。」

「・・・そんな!」

イアンの口振りから、刹那がどんなに無茶をしていたか窺える。沙慈はいても立ってもいられなくなり、その場を飛び出した。

メディカルルームでは、刹那が怪我の治療の為、細胞活性化装置の中で横たわっていた。装置を捜査するアニューは、息を切らして駆けつけて来た沙慈へ目をやると、安心させるように微笑んでみせる。その笑顔に、沙慈はたどたどしく伝えた。

「・・・あ、あのっ!刹那がケガをしたって聞いたので・・・。」

「少しなら話せますよ。どうぞ?」

アニューはそう言うと、2人を残して部屋を後にする。アニューの背中を見送ってから、沙慈は刹那が横になっている装置の傍へ寄った。中を覗きこむと、そこには傷は痛々しいものの、相変わらず平然とした表情の刹那がいた。その目は「何の用だ?」と言いたげだ。

「・・・ごめん、休んでいるところ。その・・・具合は?」

「問題ない。」

「銃で撃たれたって、どうして・・・・。」

沙慈は眉を顰めてそう尋ねたが、それには刹那は何も返さなかった。

刹那に銃口を向けたのがアリー・アル・サーシェスであること、そしてイノベイターを束ねるリボンズ・アルマークと対峙していたことなど、もちろん沙慈が知る由もない。

刹那が何も話してくれない事に沙慈はどこか寂しさを感じる。だが、とりあえずは刹那がトレミーに帰ってこれたことだけでも良かったと思うべきなのだ。沙慈はそう思い直すと、彼と再会したら告げようと思っていた言葉を口にすることにした。

「刹那───。あの・・・ずっと、言ってなかったことがあるんだけど。」

「何だ?」

「その・・・石油精製施設でアロウズに襲われた時・・・僕を助けてくれて───ありがとう。本当は、もっと早くお礼を言わなくちゃいけなかったのに・・・いろいろあって、ちゃんと言えなくて・・・。」

CBの事、ガンダムの事を考えれば、複雑でそう簡単に答えは出ない。今だって、彼らの全てを許し、納得したとは言い切れないのだ。だが、ただ反発していたあの頃と今は違う。沙慈はそう思っていた。

そして、両手の拳を握り締め、更に沙慈は続ける。

「それと───こないだは・・・ルイスの事で殴ったりしてごめん。」

気落ちした様子で告げる沙慈を前に、刹那は「そんな事か」と何て事のない顔で返した。

「沙慈・クロスロード・・・。お前が謝ることなど何もない。それに、オレはお前に礼を言われるようなことは何も・・・・。」

傷が痛むのか、刹那は少し辛そうな表情で言った。ケガをしている刹那にこれ以上、無理をさせるわけにはいかない。沙慈は、刹那に会話することを制して部屋を出ようとした。

しかし、刹那はやや荒い息で続けた。

「・・・オレも───お前に言っていないことがある。」

「え?」

「前に───、お前はカタロンの施設 で言った。戦災孤児達を見て・・・オレに何も感じないのかと。何も・・・感じていないわけじゃない。だから・・・あの時はそう答えた・・・。」

「・・・あ、うん。」

「だが・・・一体、オレは何を感じたのか・・・。オレは───いつだって死と隣り合わせの環境で・・・お前の言うような感覚は麻痺しているのかもしれない。だから あの子供達の悲しみも───ずっと平和で・・・幸せだった暮らしが突然、奪われたというお前の絶望も、正直、オレにはわからない。」

刹那のその告白は、まるで懺悔でもしているかのように沙慈の耳に届く。苦しそうに告げる刹那と同様、聞いている沙慈も胸が痛くなった。

それは、つまり刹那が平和で幸せな暮らしに無縁だったという事実。刹那は沙慈の悲しみを理解してやれなくてすまないと言いたいようだが、そんな風に言われたら、沙慈は返す言葉もない。

痛みに耐えるようにじっと瞳を閉じていた刹那が、薄く目を開く。

「・・・オレにできるのは・・・戦うことだけだと思っていた・・・。それだけが、自分の生きる証だと───。だが、今、そうでない自分がいる・・・。───オレは・・・変わる。変われなかった・・・アイツの代わりに・・・。」

それだけ言うと、刹那はいよいよ体力も限界だったのか、気を失うように眠りに落ちてしまった。

熱に浮かされてるような刹那の言葉はどこか抽象的だったが、それでも沙慈には刹那の言いたいことはわかった気がした。

刹那だって、本当は戦いたくて戦ってるわけじゃない。それを沙慈は改めて実感したのだ。

 

───そうだね、刹那。

世界が平和になったら、君が戦う必要もない。ガンダムに乗る事だってないんだ。

早くそんな世の中がくればいいのに。

 

そう願いながら、ふと沙慈の頭に刹那の最後の言葉が過ぎる。

“変われなかったアイツ”とは、一体、誰の事なのだろうと。

 

□□□     □□□     □□□

 

クーデター軍に占拠されたアフリカタワーが、衛星兵器によって破壊されようとしている事実が判明したのは、それからすぐの事だった。

衛星兵器破壊のため、怪我をおして出撃する刹那に、沙慈はオーライザーのパイロットとして同行した。

戦闘に参加することはもちろん沙慈の本意ではないが、今回は6万もの人名がかかっていた。“守るための戦い”ならばと、沙慈は覚悟を決めたのだ。

だが、刹那の健闘空しく、衛星兵器のレーザーは起動エレベーターのピラーに着弾し、オートパージされたピラーが巨大な凶器となって、雨のように地上に降り注いだ。

その被害を何とか抑える事ができたのは、その場にいた者達全ての協力があってこそだった。

それは、正規軍も反乱軍もない、あらゆる組織の者がそれぞれの立場を忘れて、1つなった瞬間だった。

 

それから、4ヶ月。

戦力を万全に整えるため、トレミーは敵との交戦を逃れてきたが、いよいよ満を持して衛星兵器2号機の攻撃に打って出る。

沙慈は刹那とともにダブルオーライザー同乗し、再び戦場にいた。“命を守るための戦い” それだけを信じて、沙慈は戦火に飛び出していたのだ。

そして、戦場に出て行くようになったのは、沙慈だけではなかった。アレルヤのアリオスとともにGNアーチャーに搭乗したのは、マリーだった。いや、彼女は今はマリーではなかったが。

 

戦いを終えてトレミーに戻った沙慈がヘルメットを脱いだ時、ふとパイロットスーツのマリーと視線が交差する。

───何か?」

向けられた鋭い眼差しは、以前のマリーのものとはまるで別人だった。沙慈は目を逸らすように「いえ、別に」と小さく返すことしか出来ない。

そんな沙慈の肩をイアンが「お疲れさん」とポンと叩く。イアンの顔を見て、少しほっとした表情を浮かべた沙慈は、再び遠ざかっていくマリーの姿を目で追った。

「・・・彼女、本当にすっかり別人みたいですね。」

「今は超兵だった頃のソーマ・ピーリスという別人格だそうだからな。まぁ、GNアーチャーのパイロットとしては頼もしいんだが───。」

「でも、アレルヤさんはそれを望んでいないのに・・・。」

今はソーマだと名乗るマリーの背中を追うアレルヤを見て、沙慈は眉を寄せた。それまでは、いつも寄り添うように一緒にいた2人だが、今はもう微笑ましい雰囲気はない。

優しくて穏やかだったマリーは、今や“超兵”という言葉がいかにも相応しく、厳しい表情をする少女に変わり果てていた。

 

「・・・大佐に二度と彼女を戦わせないと誓ったというのに・・・僕は───

うなだれるアレルヤに、戸口に立つロックオンは「しばらくそっとしておけ」と腕組みしながら告げる。

「心の整理をつけるために、時間は必要だ。」

「しかし、彼女に危険な真似を・・・!!」

戦場に飛び出せば、命に関わることもある。マリーを大事に思えばこそ、アレルヤには耐え難いことだった。しかし、そんなアレルヤを諭すようにロックオンは言う。

「自分の考えだけを押し付けんなよ。大切に思ってるなら、理解してやれ。戦いたいと思っている彼女の気持ちを。」

それだけ言うと、ロックオンは宙に浮いたヘルメットを掴んで、その場を去っていく。彼の残した言葉がアレルヤの、そして隣にいた沙慈の胸にも響いていた。

アレルヤとともに取り残された狭い空間には、重苦しい空気が立ち込める。アレルヤの悲痛な様子に、沙慈は何と声をかけていいかわからなかった。

すると、しばらくして俯いたままでアレルヤが言った。

「・・・・・・みっともないところを見せてしまったね。」

「いえ、そんな・・・。」

「びっくりしているだろう?あれが彼女の中のもう1つの人格なんだ。大事な人を失ったその悲しみを引き金に、また戦うことを選んでしまった・・・。所詮、超兵である僕らには、それが逃れられない運命なのか・・・。」

両膝に腕をつき、顔を伏せているアレルヤが今、どんな表情をしているのか、沙慈には見えない。だが、彼の心情は痛いほどわかる気がした。

「・・・亡くなった大佐って、実は僕も会ったことがあるんです。」

沙慈がそう告げると、アレルヤは驚いたように顔を上げた。

「君が・・・大佐と?一体、どこで?」

すると、沙慈は少しばつが悪そうに肩を竦ませる。

「前に地球で───。僕がカタロンの施設を飛び出して、連邦軍に捕まった時 に。彼は僕が話した情報がアロウズに渡ったと知って、僕を逃がしてくれて・・・。あの時は状況がよく飲み込めなかったけど、きっと僕のこと助けてくれたんです。」

「・・・そう。僕も彼とは少し言葉を交わした程度だけど、敵ながらとても立派な人だった。マリーのこともとても大切にしてくれた。だからこそ、彼女には失った悲しみが大き過ぎるんだろうけどね。」

沙慈は、アレルヤがどのようないきさつでマリーをここへ連れてきたのかは知らない。だが、少なくとも大佐のもとから奪還したという感じではないのは見て取れた。

「・・・ロックオンの言うとおりなのかもしれない。マリーを戦わせたくないと思うのは、僕のエゴだ。戦いたいという、彼女の気持ちを否定する権利は僕にはない。でも───それでも僕は・・・。」

アレルヤの苦悩に、沙慈はそっと目を伏せるしかない。

大佐を失った悲しみを憎しみに変えて戦うマリーと、家族を失った悲しみを憎しみに変えて戦うルイス。2人はどこか似ている気がした。

沙慈にはアレルヤのマリーに戦って欲しくないという気持ちがわかる。沙慈も同じ様にルイスには戦って欲しくないからだ。

だが、実際、戦いたいと思うルイスに何と言えばいいのだろう。かける言葉が沙慈には見つからなかった。

 

□□□     □□□     □□□

 

自室に戻った沙慈はベッドに腰掛けると、重苦しく息を吐いた。胸にかけたリングが宙に浮いて、沙慈の目の前を漂う。

“ルイスを取り戻す戦い”

前に刹那に言われた言葉が、沙慈の胸に響く。それが単純に人殺しをする戦いとは違うことは、今はわかる。彼女を取り戻す為の、沙慈だけの戦い。それが唯一、沙慈にできる戦い。

でも、どうすれば───

沙慈がそう眉を潜めた時、艦内に敵襲を告げるミレイナの声が響いた。

「・・・敵っ?!」

思わず、沙慈はベッドから立ち上がる。もしかして、敵のMS部隊の中に、ルイスがいるかもしれない。そう思うと、すぐさま部屋を飛び出して、光学カメラが捕らえたというMSの姿を確認しに向かった。

 

───あれはルイスの・・・!!

トレミーに向かってくるMS部隊の中にルイスの機体を発見した沙慈は、目を見開く。あそこにルイスがいると思うと、今すぐにでも飛び出さずにはいられなかった。

沙慈はそのまま走り出すと、急いでロッカールームでノーマルスーツに着替える。ダブルオーライザーで出撃するであろう刹那に同行するために。

「ルイスを取り戻す戦いをするんだ・・・!それが僕の戦いなんだ!!」

ノーマルスーツ姿の沙慈はそう自分に言い聞かせながら、MSデッキへと移動する。すると、途中、パイロットスーツ姿の刹那を見とめて、ふと足を止めた。刹那もそんな沙慈を見据える。

「沙慈・クロスロード・・・。」

───アロウズの部隊の中に、ルイスの乗った機体があったよ。この4ヶ月は戦力を整えるために敵から逃げ続けてきた。・・・でも、もう戦うんだろ?」

声のトーンを落として言う沙慈に、刹那は首を縦に降ろす。その刹那の返答に、沙慈はぎゅっと拳を握り締めた。

「・・・・・・ルイスを撃つつもり?」

ルイスがアロウズに属している以上、それは仕方のない事だ。しかし、刹那の答えは違っていた。

「それは、お前次第だ。」

「・・・え?」

思わず顔を上げた沙慈を真っ直ぐにに見つめたまま、刹那は続けた。

「戦いは破壊する事だけじゃない。創り出す事だってできる。オレは信じている。オレ達のガンダムなら、それができると───。あとはお前次第だ。」

 

“戦いは破壊する事だけじゃない。創り出す事だって出来る”

刹那の言葉を沙慈は黙ったまま、噛み締める。

───本当にそうだろうか。でも、そうだといい。僕もそう信じたい・・・。

 

沙慈は俯いて言った。

「・・・僕は引き金を引けない。」

「わかっている。」

「ルイスに・・・叫び続ける事しか出来ない。」

「・・・わかっている。」

刹那がそう頷いてくれるたび、沙慈は何故か胸が熱くなった。刹那が自分のことを理解してくれているのがわかる。そう思うと、何かが無性に胸に込み上げるのだ。

「それでも、僕は・・・僕は───

言葉に詰まる沙慈に、刹那はその手を差し伸べた。

「会いに行こう。ルイス・ハレヴィに。」

“会いに行く” 戦いに行くのではなく、ルイスに会いに行く。刹那のその言葉に、沙慈は大きく胸を奮わされた。

「・・・ああ。」

反射的にそう頷いた後、沙慈はもう一度、力強く「ああ!」とはっきりと応じた。

 

刹那となら、何とかできるかもしれない。

ルイスを助け出す事だって───

 

差し伸べられた刹那の手。

そこに僅かな希望が見えた気がして、沙慈はふとその手を取りたいと思っていた。

 

 

To be continued

 

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