ACT.18
─── ずっと、待っていたんだ。 この宇宙で。
戻ろう、ルイス。 あの頃へ。何もかも穏やかだったあの日常へ───
戦場で再会したルイスに、沙慈は思いをぶつけた。それはほんの僅かな時間だったが、ルイスを話をすることができたのだ。そして、沙慈にはわかったことがある。
変わってしまったように見えて、やはりルイスはルイスのままだった。家族の仇を討つ為に戦う事に身を投じたという彼女の本心は、やっぱり沙慈の知ってる優しい彼女のままだったのだ。
事実、ルイスは沙慈の話にちゃんと耳を傾けてくれた。そして、沙慈の腕の中には彼女の温もりが残っている。
それなのに───!!
沙慈は、オーライザーのコクピットの中でぎゅっと拳を握り締めた。ルイスの絶叫とともに話は打ち切られ、更に2人の間に割って入るように現れたアロウズの機体によって、結局、またも引き裂かれてしまう。
撤退していくアロウズを刹那が深追いするようなことはしない。CBとしては、既にミッション完了との報告も受けている。ダブルオーライザーは、今、トレミーに帰搭しようとしていた。
操縦系を刹那に任せる沙慈は、シートに身を預けて流れる星の輝きの中にルイスを必死で探すが、最早、見つけられるはずもない。
ルイスには会えた。だが、彼女を取り戻すことはできなかった。
やり切れない思いを抱えながら、沙慈はぼんやりと宇宙を見つめる。そこには、ルイスと見た青い地球の美しい光など届かない、ただ真っ黒な闇のような宇宙が広がっていた。
ふと、沙慈の視界にマリーのGNアーチャーが映る。大佐の仇を討とうと戦いに飛び込んできた彼女を、結果として沙慈は止めてしまった。戦いに水を差したような沙慈の叫びを、マリーはどう思っているだろうか。
・・・・・・間違ったことは言ってない。
仇を討ったところで、実際、どうにもならないんだ。
死んだ人は生き返ったりしないし、ただ自分の手を血で汚すだけ。そんなこと、誰も望んでいないのに。
殺したから殺されて、殺されたから殺して、そんなのを繰り返していたら、戦いなんて終わらない。
憎しみや悲しみだけが溢れて、そんな世界、僕は─────
膝の上に置く自らの拳に、沙慈は力を込める。
戦争によって起こる憎しみの連鎖。それはお互いが絡まって、終わることのない永遠のループの様で、沙慈はぞっとせずにはいられなかった。
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その後、トレミーに帰搭した沙慈をMSデッキで出迎えたのは、一足先に到着していたらしいアレルヤだった。
ノーマルスーツ姿でヘルメットを小脇に抱えた沙慈は、自分を向いているアレルヤの視線に小さく会釈する。アレルヤはそんな沙慈に柔らく微笑み返した。
「ありがとう。」
「え?」
いきなり礼を告げるアレルヤに、沙慈は思わず目を見開く。
「君は、マリーを止めてくれた。」
「・・・あ、いえ。その──。」
間違った事を言ったつもりはなくても、実際にマリーの気持ちを思えば、沙慈の心中は複雑だった。しかし、そんな沙慈を安心させるようにアレルヤの面持ちは優しい。
「僕は、戦いたいというマリーの気持ちを尊重しようと決めた。でも、やっぱり彼女には戦って欲しくないという思いは捨てられない。本当は彼女が戦いなど好まない、優しい人だと知っているから
ね。」
マリーがいつも穏やかで、花の好きな優しい人だったことは、沙慈も知っている。アレルヤにとって、ソーマ・ピーリスとなった今も彼女はマリーのままなのだ。悲しみを境に変わってしまった彼女が、沙慈にはどうにもルイスと重なってならない。今、マリーがどんな気持ちでいるのか、沙慈は悲痛な気持ちになった。
眉を顰める沙慈を前に、アレルヤは自嘲気味に告げる。
「僕にはマリーを止める事ができなかった。ロックオンに言われたからじゃない。所詮、超兵である僕らには戦うことしかできないんだと、どこかで諦めてしまっていたからなのかもしれない。」
「・・・そんな・・・」
「だから、ありがとう。」
アレルヤのその薄い笑みが、沙慈の胸に痛く突き刺さる。
「あの・・・っ!僕には、超兵とかよくわからない・・・ですけど、でも超兵だから戦うことしかできないなんて、そんなこと絶対ないと思いますっっ!」
思わずそう叫んだ沙慈に、アレルヤはただ微笑を浮かべると、そのまま背を向けて歩き出した。数歩進んだところで、ふとアレルヤの足が止まり、沙慈を肩越しに見た。
「さっき君が戦場で言った言葉、僕も忘れずに覚えておくよ。」
それだけ言うと、アレルヤは去っていく。1人その場に残された沙慈は、改めてあの時、自分が叫んだ言葉を思い返していた。
“仇を討っても誰も生き返らない”
“何も変わらない”
そう思っているのは本当だ。だが、ふと沙慈は不安に駆られる。もし、自分が同じ立場であっても、同じ事が言えるのだろうかと。
例えば、もし姉を殺した人物が目の前に現れたとしたら───
仇を討ったところで姉は生き返りはしないと、本当に納得できるのか。姉を失った悲しみを憎しみに変えずにいられるのか。そう考えると、沙慈の自信は少し揺らいだ。
「・・・勝手だな。自分の事は棚に上げて。」
沙慈は唇を噛み締める。
ルイスを救い出すためにはこんな弱い気持ちじゃ駄目だと、そう自分を叱咤しながら。
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灯りの落ちた部屋の中、沙慈はノーマルスーツのまま長椅子に腰を下ろしていた。1人になるとルイスのことを考えてしまい、どうにも気落ちしてしまう。今すぐ、立ち上がって着替える気力はなかった。
そこへ、ふとドアが開いてパイロットスーツ姿の刹那が現れた。戸口に立つ刹那に沙慈は俯いていた顔を上げる。
もういい加減、見慣れた無感情の刹那の顔が、どこかすまなそうな表情をしているように見えるのは、気のせいだろうか。沙慈はふとそんな気がした。
───どうして、君がそんな顔をするんだ。
その顔は、ルイスの幸せを奪った責任、彼女を助けられなかった責任、その全てを刹那1人で背負っているようにも見える。
君だけのせいじゃないのに。そう思ってから、沙慈は苦笑する。今まで散々刹那を責めたのは自分のくせに、何を今更と。
今、刹那は沙慈と共にルイスを助け出そうとしてくれている。その事実は、沙慈とって大きな救いになっていた。だから、刹那がそんな顔をすることはないと、沙慈はそう言いたかった。だが、それを上手く伝えることができない。
だから、代わりに自らの気力を奮い立たせた。いつまでも終わった事をくよくよしているわけにはいかないのだと。
───今回はルイスを助ける事はできなかったけど、ちゃんと会う事はできた。少しだけど話をする事だってできたんだ。僕さえ諦めなければ、また機会はある。
「・・・戦うよ。ルイスを取り戻す為に、僕は僕の戦いをする。」
沙慈は、改めてその決意をはっきりと刹那に告げた。刹那は僅かに目を見開いたが、やがて同意したように首を縦に降ろす。
「・・・・・・沙慈。」
沙慈の意欲を感じ取ったのか、刹那も少し安心したように沙慈の名をそう口にした。沙慈はそんな刹那を見、そういえばと気づいた。
刹那にはいつも、沙慈の名をフルネームで呼んでいた。出会った頃からそう呼ぶ刹那を、どこか仰々しいなと沙慈は思っていたが、それはもしかして自分と刹那との距離の表れだったのかもしれなかった。
「名前・・・・・・。僕の事、フルネームで呼ばなくなった。」
沙慈がぼそりとそう言うと、刹那は自分でも気づかなかったのか「・・・ああ」と、少しだけ視線を彷徨わせた。
刹那に名前を呼ばれる事が、沙慈には妙に新鮮だった。少しでも刹那との距離が縮まったような気がして、うれしかったのかもしれない。
───意味がある
と思っていいのかな。
だから、沙慈は言った。少し笑顔を浮かべて。
「・・・刹那。」
「何だ?」
「いつか戦いが終わって───君が“刹那・F・セイエイ”と名乗らなくてもよくなったら、君の本当の名前を僕に教えてくれないかな。」
すると、刹那は一瞬、驚いたような顔をし、それから何も言わずにただ微笑を浮かべただけで、そのままその場を後にする。
それが肯定なのか否定なのか、沙慈にはわからない。去っていく刹那を前に、沙慈もそれ以上は何も言えなかった。
刹那・・・。
君が僕の名を呼んでくれるように、僕も君を呼びたいんだ。
“刹那・F・セイエイ”
そんなコードネームじゃなく、君の本当の名を───
To be continued