Heart Rules The Mind

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NOVEL




ACT.19

 

「・・・え?アロウズのパイロットを、捕まえたんですか?」

機体整備のためMSデッキにやってきた沙慈は、イアンにその事実を聞かされ、目を見開いた。 先の戦闘では、アロウズの襲撃に応戦するのと同時に、沙慈の与り知らないところで、実はイノベイター確保というミッションプランが実行されていたと言うのだ。

それにしても、わざわざ捕虜としたのはどういう事なのか。不思議に思う沙慈を横目に、イアンは頭をかきながら言った。

───ま、アロウズって言うよりは、イノベイターを捕獲したかったって事なんだが。」

“イノベイター” それはここ最近、よく耳にするようになった言葉だ。だが、それが何を意味するのか沙慈は知らない。

「あの・・・。イノベイターって、何なんですか?」

沙慈がそう尋ねると、イアンは少し困った顔で笑った。

「改めて聞かれると、そう簡単には説明できない厄介な連中なんだが───。まぁ、お前さんにわかりやすく言うとだ。 アロウズ、しいては連邦を裏から操ってる黒幕ってとこだな。」

「・・・黒幕・・・。」

「お前さんも知っているとおり、連邦は既にアロウズの指揮下に入っちまった。どうにも世界が間違った方向に導かれてるのは、イノベイターがヴェーダを使って情報統制していると見て、まず間違いない。」

「ヴェーダ?情報処理システムか何かですか?」

再び沙慈が質問すると、「ああ、ええっと」とイアンは頭をかきむしった。本来であるなら、沙慈に話すべき事ではない。だが、イアンはここしばらく同じ仲間として戦い続ける沙慈の姿を目にし、信頼した上で話すことにした。

───そうだったな。お前さんがヴェーダの事を知るわけなかった。ヴェーダってのは、CBの計画の根幹を なす演算処理システムの事だ。奴らはどういうわけかそれを掌握しちまってる。だから、奴らからヴェーダを奪還する計画を実行に移した。イノベイターを捕獲したのは、ヴェーダの位置を知っているだろう当人に直接、聞き出す為だ。」

沙慈は驚いた。そんなシステムがあったことももちろんだが、事情はともあれ、それが今は敵対する者の手に渡っているという事実は、沙慈の目から見ても状況的によくないことがわかる。

「・・・大丈夫なんですか?」

いろいろな意味を含めて尋ねる沙慈に、イアンは苦笑した。

「今、刹那達がイノベイターから話を聞いてるところだ。大人しくこっちの言う事に従ってくれるといいんだが。」

そう上手く行くのだろうかと沙慈は俯く。が、イアンは気を取り直すように続けた。

「まぁ、ここで気を揉んでも仕方がない。イノベイターの事は刹那達に任せて、こっちは機体整備だ。沙慈、手伝ってくれ。」

「はい。」

言われて沙慈も顔を上げる。が、その瞬間、MSデッキの灯りが落ちた。 辺りが薄闇に包まれて、沙慈はイアンと顔を見合わせた。

「何だぁ?」

ありえない状況にイアンはそう声を上げると、状況を把握するために艦内システムを確認しようとする。沙慈もそのイアンの背中を追った。

「・・・艦内システムがダウンしてやがる。どうなってんだ、一体?!おい、ミレイナ!」

イアンはブリッジに回線を繋いだが、それに応答したのはフェルトだった。そして彼女から、驚愕の事実を聞かされる。

「何ィ?!アニューがラッセを撃って、しかもミレイナを人質に逃げただと?!」

眉を吊り上げるイアンの後ろで、沙慈も肩を震わせた。

《ミレイナの救助には今、みんなが向かっています。ただスメラギさんの話では、拘束した方のイノベイターも艦内のどこかに・・・》

フェルトの報告に、イアンは苛立ったように舌打ちをした。

「トレミーから脱出しようってのか?」

《機体を奪って逃げるつもりなら、そちらに向かう可能性があります。気をつけてください。》

わかったとそう頷いてイアンが沙慈を振り返った時だった。銃声とともに見慣れないパイロットスーツ姿の人物が現れたと思うと、いきなりイアンを殴り飛ばし、そのままオーライザーに乗り込んでしまったのだ。

呆然とする沙慈の目の前で、今度は更にアニューが小型艇を使ってトレミーからの脱出を謀る。

沙慈は倒れ伏したイアンを抱きかかえながら、ただ成す術もなく、その様子を見送る事しかできなかった。

 

□□□     □□□     □□□

 

イノベイターが去ったトレミーには、彼らの爪痕が深く残っていた。

艦内システムはウイルスに汚染され、操舵手であるラッセは深手を負った。何とかオーライザーだけは取り戻す事に成功したが、こちらも無傷というわけではない。

燦々たる状況の中、艦内の通路の脇で刹那の声がして、沙慈は思わず足を止める。見ると、そこにはロックオンの除くガンダムマイスター達がいた。

 

「トレミーの被害状況は?」

刹那のその問いには、腕組みしたままのティエリアが答えた。

「航行・戦闘システムともに相当のダメージがある。ウイルスの駆除は行なったが、完全にデリートされたデータや、イノベイターに持ち出されたデータもあるようだ。再構築までには時間を要する。」

芳しくない状況に刹那はただ頷くと、続いて沙慈を向いた。

「沙慈、オーライザーはどうなっている?」

まさか、自分に振られるとは思ってなかった沙慈は慌てて返事をする。

「ああ、えっと・・・。コクピットはユニットごと取り替えるってイアンさんが───。でも、ライザーシステムの調整には時間がかかるって・・・。」

「つまり、ダブルオーはすぐには出られない。」

ティエリアが秀麗な眉を顰める。その横でアレルヤも肩を竦めて苦笑した。

「こんな状況を、みすみす見逃してはもらえないだろうね。」

アレルヤのその言葉には皆、同意せざるを得ない。重い沈黙が落ちた。とても楽観視できるような状況だけに、沙慈も言葉が見つからない。

そして、誰もが思っていたことをアレルヤが口にした。

───それにしても、まさか彼女がイノベイターだったなんて・・・。」

彼女とは、もちろん今はもうここにはいないアニュー・リターナーの事である。他に集中すべき事があり過ぎて、敢えて誰もその事に触れなかったが、それはこのような事態を招いた元凶の1つだった。

「あのリヴァイヴ・リバイバルというイノベイターと彼女は、脳量子波で思考が繋がっていた。つまり、ここ最近、こちらの動きが敵に特定されていたのは、全て彼女の仕業だったという事だ。」

眼鏡の奥の瞳を細めて言うティエリアに、アレルヤも神妙に頷く。

「最初から、こちらの動きを把握する為に潜り込んでいた・・・。でも、確か彼女は王留美の紹介だったんじゃ?」

「その王留美とも、現在、連絡が取れていない。」

それが何を意味するのか。ティエリアとアレルヤの話は、少し沙慈には見え難い。だが、アニューが“イノベイター”である以上、彼女が最初から目的を持ってCBにやって来たのだということだけは理解した。

───あんなに優しそうな人だったのに・・・。

沙慈はアニューとそれほど接する機会があったわけではないが、それでも 何か企んでいるようにはとても見えなかった。何より、あんなにロックオンと親しげにしていたというのに。あの彼女の笑顔までも、全て演技だったと言うのだろうか。

ロックオンは今、どんな気持ちでいるのか。沙慈は胸が痛んだ。もちろん沙慈だけではない。アニューとロックオンの関係は、トレミーのクルーなら周知のことだ。

「ロックオンの様子は?」

アレルヤがそう心配そうな面持ちで尋ねると、今までずっと黙ったままだった刹那が口を開いた。

「かなり動揺している。」

「そうだろうね・・・。戦えるのかな、彼女と───

声のトーンを落として言うアレルヤに、ティエリアがその目を鈍く光らせる。

「迷ってなどいられない。彼女がイノベイターとしてをこちらと敵対する以上、撃たなければ、撃たれるだけだ。」

「でも、それではあまりに酷だ。」

アレルヤがそう悲愴な声で告げると、誰も何も言えない。現に、ロックオンは彼女を撃つことができなかったのだ。もし、次に戦場に出て行ってアニューを撃てるのか。その確証はどこにもなかった。だがそれができなければ、ロックオンが命を落とすかもしれない。それはまさに究極の選択だった。

 

沙慈はふと、ロックオンの立場を自分に置き換えた。

もし、自分とルイスがそんなことになったら───

だが、答えは決まっている。たとえルイスに銃口を向けられたとして、沙慈にルイスを撃つ事などできるはずもなかった。

ロックオンもそうなのではないか、沙慈はそう思った。しかし、だからと言って、アニューにロックオンが撃たれて良いわけもない。どうにかできないものかと、沙慈は必死で答えを探した。

 

やがて、刹那が再び口を開いた。

「ロックオンにはオレが話す。ティエリアはラッセの代わりにトレミーの操舵を。アレルヤはいつでもアリオスを出せるようにしておいてくれ。」

刹那の指示にティエリア達はわかったと頷くと、各々の持ち場に散っていく。沙慈は、ロックオンのもとへと向かう刹那の背中を追った。

「刹那!」

前を向いたまま足を止めた刹那に、沙慈は続ける。

「何とか・・・アニューさんを助けてあげる事は───

たとえそれが難しいとしても、沙慈はそう願わずにはいられない。あんなに仲の良かった2人が戦い合うところなど、見たくなかった。

すると、刹那が無言で沙慈を振り向く。刹那のその顔は、いつのもように何の感情も読み取れず、非情なまでに冷静だった。何も語ろうとしない刹那を、沙慈はただ呆然と見つめる。

・・・・・・そうだ。刹那だって、きっと───

ロックオンやアニューの事を、刹那が何とも思わないわけはない。ただ感情に流されてしまうわけにはいかないのだ。彼らはCBで、ガンダムマイスターなのだから。全てを理解し、享受した上での苦渋の決断に、沙慈が口を挟む余地などない。そう思うと、沙慈はこれ以上、刹那に何も言うことはできなくなってしまった。

 

やがて僅かな沈黙の後、刹那は沙慈を見据えて言う。

「オレは───オレ達は、二度も“ロックオン・ストラトス”を失うわけにはいかない。」

絶対的な 言葉には、沙慈の知らない重みがある。だから、沙慈はただ刹那を見つめ返すしかなかった。

 

□□□     □□□     □□□

 

そうして、別室にいたロックオンを見つけた刹那は、後についてきた沙慈を制して、1人その部屋へと入って行く。

やがて、刹那に気づいたロックオンが振り向くと、その顔は苦悩に歪んで酷く疲れていた。そんなロックオンと刹那は真っ直ぐに向き合った。

刹那は一体、ロックオンにどんな言葉を告げるのか。だが、何を言うにしても、酷く残酷なことに思えて、沙慈はいたたまれなくなり、その場から立ち去ろうとした。

だが、ふと聞こえた刹那の第一声は、沙慈の予想外のものだった。

 

「気づいていたんじゃないのか?」

刹那はそう言った。その言葉に沙慈は思わず足を止めて、刹那達がいる部屋の方を振り返った。

───え?気づいてって・・・何を? まさかアニューさんのことを?

一体、どういうことだろうか。沙慈は部屋の外で会話の行方を窺った。

 

刹那のその問い掛けに対し、ロックオンは苦笑して唇を斜め上に持ち上げた。その表情には、肯定の意が見て取れる。そしてロックオンは告げた。

「オレは、こういう事には鼻が利くんでね。」

「何故、言わなかった?」

「確証があったワケじゃない。」

「それでも、お前は確信していたんだろう?」

刹那がそう言い切ると、ロックオンはやれやれと肩を竦めて見せた。

───ご明察。だから、お近づきになることで、得られる情報があればと思った。幸い、彼女はオレ好みの美人だったしな。」

刹那は何も言わない。ロックオンはそんな刹那から視線を逸らすと、髪をかき上げながら自嘲的に笑った。

「・・・・・ま、結局、それがこのザマさ。いつのまにか、オレの方がほだされちまった。全く情けない話だ。」

「ロックオン───

そう口を開きかけた刹那を遮るように、ロックオンは「わかってる」と言い捨てた。

「やることはやる。相手はイノベイター、オレ達の敵だ。トリガーくらい・・・」

アニューを撃つと悲痛な覚悟で告げるロックオンを、今度は刹那が「強がるな」遮った。

「もしもの時はオレが引く。その時はオレを恨めばいい。」

 

潔いまでの刹那の台詞。

それを部屋の外で聞いていた沙慈は、胸が引き裂かれる思いだった。

刹那は全てを見通していた。ロックオンがアニューに近づいた動機はどうあれ、彼は今はアニューに本気だ。だから、彼女とは戦えない。いや、戦わせたくないというのが本音なのかもしれない。

ロックオンに恨まれるのを承知でアニューを撃つと言ってのける刹那に、沙慈はやりきれない思いを抱く。

───刹那、どうして君は・・・・。

悲しみも憎しみも、全て自分1人で引き受けようとするんだ!?

どうして・・・!!

 

そうして。

アニューは刹那の手で散った。

そうしなければ、たぶん命を落としていたのはロックオンの方だった。それは誰もがわかっている。

そして、ロックオンは 抑え切れない怒りと悲しみを刹那に拳で向けていた。それが刹那によって用意された捌け口だと知っていても、彼もどうすることもできないのだ。

何も言わずに全てを受け入れている刹那のその姿に、誰もかける言葉が見つからない。沙慈もそんな刹那を辛くて見ていられなかった。

 

・・・刹那  こんなのは悲し過ぎるよ。

 

やがて、刹那を殴りつかれたロックオンが泣き崩れる。痛々しく腫れた頬の刹那は、それでも表情はまるで穏やかで、それが逆に沙慈の心に突き刺さった。

 

To be continued

 

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