Heart Rules The Mind

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NOVEL




ACT.2
 

アレルヤ救出作戦の後、プトレマイオスは依然、地球の深海を航行中だった。特に戦闘もなく穏やかな時が過ぎていく。

そうして、沙慈は独房のような狭い部屋から通常の個室へと移された。

ここが沙慈の処遇が決まるまでの暫定的な場所となる。

「・・・処遇って、一体どうするつもりだよ・・・。」

沙慈はまっさらなベッドに腰掛けて呟いた。

刹那に助けられた命とはいえ、実際のところCBにしてみれば、部外者の沙慈はお荷物でしかないはずだった。

今は身を案じてくれているようだが、戦況が変わればどうなるかわからない。

すぐにでも艦を降ろされるかも。

「・・・嫌だな。」

ふとそう言葉に出た。

彼らに保護された当初は、CBの艦なんてすぐにでも降りたいと思っていたが、今は違う。

ここにいて、少しでもCBやガンダムのことを知りたい。

知ったからと言って、共感できるとは今の沙慈には到底思えなかったが、それでも自分の世界が広がることに繋がると思えたからだ。

そして、刹那のことも知らなければ。

沙慈には刹那に問いかけたいことが山のようにあった。

 

刹那は「自分だけ平和ならいいのか」と言い放ったあの日以来、沙慈のところへ顔を出す事はなかった。

───会いに行ってみようか。

刹那を知るためには、もっと彼と話さなければならない。

沙慈はベッドから立ち上がると、部屋を出てみることにした。

スメラギの言っていたように、CBの作戦行動に関わるような場所や他のクルーらの個室のあるブロックへの立ち入りは、無論、禁止されたが、一般的な共有部分である食事を取るイーティングルームや展望デッキなどへの出入りは沙慈も自由になったのだ。

とりあえず、沙慈が向かったのはイーティングルームだった。

近くまで来たところで、中にいるであろう人の声が沙慈の耳に届いた。

刹那の声もそこに混じっている。

何やら深刻そうな雰囲気に沙慈は中に入るのを留まり、息を殺して部屋の外で聞き耳を立てた。

 

その時、イーティングルームでテーブルを囲んでいたのは、ロックオンを除くマイスターの3人、刹那とティエリア、アレルヤだった。

ティエリアが神経質そうな面持ちで腕を組みながら言った。

「彼の腕を見たか?」

「戦闘データで確認した。」

抑揚なく刹那が応答すると、アレルヤも続けた。

「・・・それにしても驚いたよ。外見だけでなく、狙撃の腕が一流なところまでそっくりだなんて。いくら兄弟だとはいえ、あんなに似ていると、正直、僕はどう接したらいいのか・・・。」

「アレルヤ。外見や中身がどうであろうと、ヤツはもう“ロックオン・ストラトス”であることには変わりはない。今までどおり、マイスターとして接してやればいい。」

「刹那はそれでいいのかい?!」

「・・・良いも悪いもない。事実を言っているまでだ。」

刹那とアレルヤのやり取りを無言で見つめていたティエリアは、その目に少し苛立ちを浮かべて口を開いた。

「外見の酷似など、この際どうでもいい。問題は中身の方だ。モビルスーツの戦において、彼は素人どころではない。」

モビルスーツでの戦闘など未経験だという今のロックオンに、マニュアルどおりとはいえ、手ほどきをしたのはティエリアだ。

初心者レベルでレクチャーしたのが、一体、何のためだったのか。とんだ時間の浪費である。

だが、ティエリアの苛立ちなどお構いなしに刹那は言った。

「ヤツがガンダムを上手く操れるなら、それに越した事はないだろう。何の問題もない。」

すると、ティエリアは秀麗な細い眉を大きく吊り上げた。

「僕が言っているのはそんなことじゃない。実戦であれほどの狙撃ができる人間が、モビルスーツの戦闘の経験がないなんてありえない。」

「だとしたら、何だ?」

切り返す刹那を、ティエリアは鋭い眼差しで射抜く。

───あの男は信用できないと言っているんだ。」

 

沙慈には刹那達が何の話をしているのかわからなかった。

だが、いつまでも部屋に入らないわけにもいかず、意を決して中へ足を踏み入れると、刹那達の視線がいっせいに沙慈へ集中した。

部屋の空気が酷く重い。

タイミングが悪かっただろうかと、沙慈はその場に立ち尽くす。

「・・・あ、あの・・・。食事をしに・・・。」

張り詰めた雰囲気の中でどうにか沙慈がそれだけ告げると、ティエリアは沙慈の横をすり抜けるようにさっさと部屋を出て行ってしまった。

すると刹那も席から立ち上がって、沙慈の方へやってくる。

「スメラギ・李・ノリエガから聞いている。ここへの出入りはお前も自由だ。好きにするといい。」

淡々と告げる刹那からは、相変わらず何の感情もとれない。

だが、何か言わなければ、刹那もそのままここを立ち去ってしまいそうである。

「・・・せ、刹那!あのっ・・・話があるんだけど。」

何だと言わんばかりに、刹那が沙慈を見つめる。

その眼光の鋭さに、何から告げていいのかわからなくて沙慈は混乱した。

 

すると。

「おーい、刹那ァ!」

いきなり部屋を割って入った声に沙慈は驚いたが、実際、もっと驚いたのは、自分の目の前の刹那の表情に微妙な変化を見た気がしたからだ。

刹那の目はもう沙慈を映してはおらず、視線は部屋の入り口へと注がれていた。

沙慈も背後を振り返る。

と、そこには長身の男が立っていた。

「悪いんだけどさ、機体の整備、ちょっとつきあってくれねーか?」

気安い口調でそう語る男を沙慈は無言で見上げると、後ろで刹那が「わかった」と短く答えたのが聞こえた。

そして刹那は沙慈を見ることもなく、その脇を通り抜けて行く。

沙慈は遠ざかっていく刹那の背中を見送ることしかできなかった。

 

取り残された沙慈に、1人テーブルについたままのアレルヤは笑顔で声をかけた。

「食事にきたんだっけ?トレイはそこ。ドリンクはあっちだよ。」

「・・・あ、ああ、あの。ありがとう・・・ございます。」

本当は特に食事をしにきたわけではなかったのだが、先程言ってしまった手前、引っ込みがつかないで沙慈はトレイを手にした。

さすがに初対面の相手と真正面で食べる気にもなれず、沙慈はアレルヤと少し距離を置いた場所に腰を下ろした。

何とはなしに視線を彷徨わせる沙慈に、アレルヤは優しく微笑む。

「初めまして。僕はアレルヤ・ハプティズム。」

「沙慈・クロスロードです。」

律儀に名乗った後、沙慈はもしかして名乗らなくても、彼は自分の名前なんて知っていたかもしれないと気づいた。

いや、名まえどころか素性くらいとうに調べ上げられていて不思議はない。ここはCBなのだから。

───僕は彼らのことを何一つ知らないのに。

そう思うと、唐突に沙慈は口を開いた。

「・・・あの。あなたはガンダムマイスターなんですか?」

突然のその質問にアレルヤは面食らったような顔をしたが、特に言いよどむこともなく「そうだよ」と返した。

───この人もマイスター・・・。この穏やかそうな人が。

沙慈はアレルヤの顔を真っ直ぐに見つめ返した。

「ここで・・・。刹那と一緒にもう1人いた人は?」

「ティエリアのこと?」

「ああ、たぶん。すみません。名まえを聞いていなかったので。」

ティエリアとはCBに保護された直後から顔を合わせていたが、ティエリアがわざわざ名乗るようなことはしなかったので、沙慈は今まで名まえを知らずにいた。

ティエリアとしても、部外者にわざわざ名を明かすまでもないと思っていたのかもしれない。

「彼はティエリア・アーデ。彼もマイスターだよ。」

これで刹那以外のガンダムマイスター3人を沙慈は知った。

だが、ガンダムは4機だったはず。あとの1人は?

そこまで思って、ふと刹那を連れ出した長身の男を沙慈は思い出した。

「・・・もしかして、4人目のマイスターはさっき来た背の高い人ですか?」

「ああ、そうだね。彼が・・・ロックオン・ストラトスだ。」

 

───ロックオン。

その名は先程まで刹那達の話題に上っていた人物。

彼を見とめた瞬間、刹那の表情が僅かに強張ったのが印象的だった。

問題のある人なのだろうか?事情を知らない沙慈でも、何か感じるところはあった。

 

「でも驚いたなぁ。刹那に民間人の知り合いがいたなんて。意外に社交的だったのかな?」

アレルヤはロックオンの話題から逸らした。すると、沙慈も本来、聞きたかったことを思い出す。

本当なら刹那本人に問いただしたかったのだが、今はそれも構わないのだから仕方がない。

しかも他の2人よりは明らかに友好的な雰囲気のアレルヤなら、沙慈も幾分話しやすさを覚えていた。思い切って切り出す。

「あの・・・。刹那ってどうしてCBに入ったんですか?」

と、今まで穏やかに笑っていたアレルヤの目がすっと細くなった。

「・・・それを聞いてどうするつもり?」

「あ、いや・・・。どうしてガンダムで戦ってるのかって。その理由が知りたくて。たぶん、刹那は僕のいた世界なんかとは全然違うところにいて・・・。そこがどんなところか知りたいんです。」

その沙慈の言葉に、軽薄な興味などはアレルヤは感じなかった。

しかし。

「残念だけど、僕達CBは守秘義務によって、互いの個人情報を秘匿しているんだ。僕自身、刹那のことは良く知らないんだよ。」

それはウソだった。

実質、個人情報の秘匿性はCBにはあったが、ことマイスター達は先の戦いで互いに知り得るところとなった部分も少なくはない。

だが、それを素直に言うほど、アレルヤも浅はかではなかった。

「そう・・・なんですか。」

がっかりした様子で沙慈は項垂れる。

「力になれなくて、悪いね。」

「いえ、僕が直接、刹那に聞けばいいことですから。」

それだけ言うと、沙慈は力なく席を立った。「じゃあ」とだけ残して、その場を去っていく。

その小さな後姿を、アレルヤは神妙な面持ちで見守っていた。

 

To be continued

 

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