Heart Rules The Mind

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NOVEL




ACT.20

 

ようやくにしてロックオンから解放された刹那は、手当てをしようと言うアレルヤの手を制して、そのまま1人MSを見渡せるデッキへと入って行った。沙慈は無言でその刹那の背中を追う。

ダブルオーをじっと見つめる刹那の背に、沙慈は両手の拳をぎゅっと握り締めて言った。

「・・・他に方法はなかったの?」

アニューを撃たなければならなかった事。そして、刹那がロックオンにあんな風に殴られる事も何もかも。何かもっと上手く行く方法はなかったのだろうかと、沙慈は思わずにはいられない。

ゆっくりと沙慈を振り返る刹那の顔が、酷く腫れていて痛々しい。けれども、刹那はそんな痛みなどまるで感じていないかのように平然と、そしてきっぱりと言った。

───なかった。あの時、彼女はアニュー・リターナではなかった。 」

「それ、どういう意味?」

彼女がアニューでなかったのなら、何だったと言うのか。刹那の言っている事が沙慈にはよくわからない。首を傾げる沙慈を前に、刹那はやや苦笑した。

「・・・ 何故だろうな。オレには確信があった。 それに───ああしなければ、ライル・ディランディが死んでいた。 」

「それは───

そう言われてしまうと、沙慈は何も返すことはできない。ただ、胸の奥にどうしようもない感情が湧き上がるだけだった。言葉を失って俯いてしまった沙慈を、刹那が見据える。

───ルイス・ハレヴィもそうだ。 」

突然にルイスの名前が出てきて、沙慈は驚いて顔を上げた。

「ルイスが何だって?」

「彼女も、何かに取り込まれている。」

「何かって・・・・何に? どうしてそんな事が───

「そう感じる。」

冷静な面差しの刹那を、沙慈はまじまじと見つめた。だが、刹那のその確信を持った目が真実を告げている気がして、沙慈は余計に不安になった。

「刹那・・・。最近の君はどこかおかしいよ。今までとは何かが───

違うような気がすると、沙慈がそう言おうとした時、不意に艦内にフェルトの声が響いて、沙慈の視線が刹那から外された。

《艦内のシステムチェックのため、一時的に電源をカットします》

アナウンスの後、強制的に電源が落ちる。沙慈と刹那の居る場所も、一瞬で薄闇に包まれた。灯りの落ちた様子に沙慈はしばらく辺りを見渡していたが、話の続きをしようと、再び刹那へと目線を向ける。が、その瞬間、沙慈は息を呑んだ。

 

闇の中で、刹那の瞳だけが放つ異様な光。

その妖しい輝きがイノベイターのそれと同じである事、そしてそれが一体何を意味するかなど、この時の沙慈はまだ知る由もない。

ただ淡く輝くその刹那の瞳が、まるで全てを見透かしているかのようだと、そう直感することしかできなかった。

 

□□□     □□□     □□□

 

刹那のあの瞳は一体、何だったのか。

輝いていたそれはすぐに光を失うと、刹那は何事もなかったかのように、無言で沙慈の前を去って行ってしまったのだ。

刹那のその様子があまりにも平然としていたので、沙慈は思わず自分の目を疑ったくらいだ。が、あれは見間違いなどではない。確かにあの闇の中で刹那の目は不思議な輝きを放っていた 。

あの全てを見通したような瞳と、ここ最近、どこか達観したような様子には何か関係があるのか。

・・・アニューさんやルイスの事もどうしてあそこまで言い切れるんだろう? “感じる” って一体?

何の根拠もないのに、ああまで確信を持って言える刹那がわからない。と、そこまで思って、ふと前にも同じ様な話を聞いた事を沙慈は思い出した。

それは、ティエリアやアレルヤが話していた“イノベイター”という存在の事。彼らは脳量子波で思考が繋がっていると、あの時、確かそう聞いた。

“思考が繋がる”

それが具体的にどういうことなのか、沙慈にはピンとこない。だが、何となくそれが今の刹那と重なる。

・・・バカだな。 アニューさんはともかく、刹那は・・・ルイスだって、イノベイターじゃないのにそんなこと───

そう考えながら艦内を移動していた沙慈の前に、突然、マリーが部屋から飛び出してきた。危うく衝突は免れたが、マリーの体は沙慈を避けた反動で、大きく宙を舞った。無重力状態の中、彼女の白銀の髪が緩やかに広がる。

体勢を崩したマリーに思わず手を差し伸べた沙慈は、彼女の頬が涙に濡れているのに気づいて、目を見開いた。マリーはそんな沙慈から慌てて顔を逸らすと、そのまま壁を蹴って去って行ってしまう。

沙慈はマリーに声をかけることもできずに彼女が出てきた部屋を覗くと、そこにはアレルヤが1人佇んでいた。

「あ、あの・・・・。」

申し訳無さそうに顔を出すと、アレルヤも沙慈を向いて苦笑した。

───ラッセの代わりに、彼女に 艦の操舵を頼んでみたんだ。まぁ案の定、断られてしまったけどね。」

今はソーマ・ピーリスと成り果てたマリーをそれでもまだ戦場に送り出したくないと、アレルヤの葛藤は続いている。それが沙慈には痛いほどわかるから、どう言葉を紡いだらいいのかわからない。ややあって、沙慈は切り出した。

「あの───ラッセさんは・・・。」

アニューに撃たれたというラッセの容態を、沙慈は詳しくは知らない。心配げに尋ねると、アレルヤは沙慈を安心させるように薄く微笑んだ。

「命には別状はないよ。」

それを聞いて沙慈は胸を撫で下ろす。そして、2人の間に沈黙が落ちたところで、沙慈はじっとアレルヤを見つめた。聞きたい事があるのだ。

「あの・・・聞いていいですか?」

おずおずとそう問い掛けると、アレルヤのオッドアイが先を促すように沙慈を見据えた。

「こないだ捕まえた・・・イノベイターの人とアニューさんが思考で繋がっていたって・・・それって、どういう事なんですか?」

沙慈のその質問にアレルヤは一拍の間を置いてから、口を開いた。

「彼らには、脳量子波という感応能力があるんだ。」

「脳量子波・・・?」

沙慈には馴染みのない言葉だった。アレルヤは、さらにイノベイターが脳量子波を発生させる事によって、人が本来持つ空間認識能力や攻撃回避能力、超反射能力などを高めていると話した。

その内容は沙慈には少し難しかったが、それでもイノベイターには、普通の人より優れた能力があるのだろうということだけは、理解した。

「その・・・脳量子波を使えるのは、イノベイターだけなんですか?」

「・・・いや、彼らだけじゃない。超兵も───。僕やマリーがいた超人機関 は、人体改造や神経系統の強化を施すことによって、完全な兵士を作り出すことを目的とした研究所だったからね。」

「じゃあ、アレルヤさんやマリーさんも?」

やや驚いた様子で沙慈はアレルヤを見つめる。が、アレルヤは苦笑した。

「マリーはともかく、僕はもう・・・。」

アレルヤは自分はもう脳量子波は使えないのだと言う。それがどういうことなのか沙慈には分からなかったが、それでもマリーのあの異様なまでの勘の鋭さは、そういうことだったのかと 妙に納得できた。 そして、そんなマリーと刹那がどこか重なって見えるのは気のせいだろうか。

考えに耽る沙慈に、アレルヤの瞳が覗き込んだ。

「どうかした?」

「あ、いえ・・・その・・・。刹那が───。」

言いかけて、沙慈は後の言葉を飲み込んだ。何と言っていいのか、わからない。伝えていいことなのかどうかさえも。

───すみません。何でもないんです。あの・・・いろいろ教えてくれてありがとうございました。」

アレルヤを残して沙慈は部屋を出て行くと、1人再び考えに耽る。

 

刹那が“感じる”と言っている事が、脳量子波によるものかどうか沙慈にはわからない。現に、刹那はイノベイターでも超兵でもないのだ。

───だけど・・・。

沙慈は僅かに眉を寄せた。

刹那は確かに以前とは違う。何かが変わり始めているのだ。それが何を意味するのか、わからない。ただ沙慈を置いて、刹那が1人でどこか遠いところに行ってしまうような、そんな気がした。

 

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「・・・ラグランジュ5?」

MSデッキでガンダムの補修を手伝っていた沙慈は、イアンから トレミーの進路を聞いて振り返る。すると、イアンは頷きながら意気揚々と言った。

「ラグランジュ5では避難したリンダ達が研究を続けている。上手くすれば、新装備も手に入るからな。」

リンダの名前が挙がると、イアンの隣にいたミレイナもうれしそうにしているのが沙慈にはわかる。ラグランジュ3でのあの戦闘を思えば、再会を願う心情はもちろん理解できた。家族なのだから当然の事だ。

そんな沙慈をよそに、イアンが付け加えた。

───とは言っても、別件でもそっちに用があるわけだが。」

それを聞いて不思議そうな顔をした沙慈に、ミレイナが神妙な顔で口を挟んだ。

「実は、システムダウン中に謎の緊急暗号通信が届いていたです。」

「謎って?」

更に首を傾げた沙慈の前に、ミレイナは人差し指を立てて翳す。

「それが───通信内容に示されていたのは宙域ポイントだけで、送信者とか一切不明なんですよ。」

「ポイントだけ?」

「はいです。ラグランジュ5のエクリプス、建設を断中しちゃってるコロニーです。」

「何でそんなところに? もしかして、誰かが救助を求めてるとか・・・」

訝しげに眉を顰める沙慈に、イアンも「さあな」と首を振った。

「まぁ、誰かさんがこっちを呼んでる事には間違いないんだろうが。とりあえず、刹那もえらく乗り気らしいし、こっちもラグランジュ5に着くまでの時間をガンダムの補修に費やせるのはありがたいからな。」

その“刹那が行きたがっている”というフレーズに、沙慈は少し引っかかった。もしかして、刹那がまた何かを感じたのだろうかと、そう思ってしまうのだ。すると、やや俯いた沙慈の肩を、イアンが軽く叩いた。

「沙慈、お前さんはオーライザーの整備を頼む。おそらくラグランジュ5には、ダブルオーライザーが先行して向かうことになるだろうからな。」

イアンの言葉に、沙慈は黙って頷いた。

ダブルオーライザーで刹那と共に出撃するのは、もう沙慈にとって珍しい事ではなくなっていた。そんな状況下に慣れてきた自分を、沙慈は苦笑する。すると、不意に気づいた事があった。

“思考が繋がっている”

言われてみれば、自分もそんな経験をしているのではないかと思ったのだ。

戦場でルイスと再会したあの時、確かに沙慈は彼女の声を聞いた。彼女の存在を感じた。とても不思議な感覚だったことは、今も覚えている。

・・・もしかして、あれが?───まさか、僕にそんなことできるわけないのに。

ふと頭に浮かんだ考えに、沙慈は慌てて蓋をした。

 

□□□     □□□     □□□

 

やがて、トレミーはラグランジュ5へ向かう為、迂回した。まずは敵の目をトレミーに引き付けさせ、その間に刹那が通信者との接触を果たすというスメラギのミッションプランだ。

先行するダブルオーに続いて、沙慈もオーライザーで発進する。すぐさまドッキングしてダブルオーライザーになると、沙慈は機体制御を刹那に預ける事となった。そうして一気に加速して、トレミーを離れていく。

《目標ポイントの到着まで、数日はかかる。しばらく休んでいろ。》

そう刹那の声が沙慈のもとに届く。確かにラグランジュ5までは、かなりな移動距離だった。ずっと気を張っていては、体力が持たないだろう。刹那のその気遣いに、沙慈はちょっと微笑んだ。

「・・・そうさせてもらうよ。」

それから沙慈は、流れる宇宙の景色に目をやった。オーライザーのコクピッドでこんなに落ち着いていられるのは珍しいなと、そんな事を思いながら。

それにしても、沙慈にとって気がかりなのはルイスの事だ。ガンダムを家族の仇として恨んでいる彼女を、アロウズから取り戻すだけでも大変だと言うのに、刹那の言うとおり、何かに取り込まれているのだとしたらどうしたらいいのかと、不安が広がる。

刹那の事もそうだ。今までとはどこか変わり始めた彼に、せっかく近づいたと思った距離がまた拡がってしまったような気さえしてしまう。沈みかけた気持ちを胸に、沙慈は刹那に話しかけた。

「・・・刹那。」

《どうした?》

すぐさま応答されて、沙慈は思わず戸惑う。

“さっきのあの瞳の輝きは何なんだ?”
“ルイスが取り込まれてるって、一体、何に?”
“「感じる」って、どういうことなんだ?まさか君も脳量子波を?”

聞きたい事はたくさんあるのに、何故か、どれも聞いてはいけないような気がして、言葉にはできなかった。

「あ、いや・・・。考えてみれば、こんな長い時間、君と2人きりなのは初めてだなって───

すると、ややあって刹那は《そうだな》と返した。

それからしばらく沈黙が続いた後、沙慈は再び刹那に話し掛けた。いや、話し掛けたというよりは、呟きに近かったかもしれない。何故ならそれは沙慈の願望だったからだ。

「・・・ルイスを助け出したら───すぐには無理でもいつか・・・世界が平和になって、彼女の心の傷も癒えたら・・・・・・日本に居た頃みたいに、また3人で会えないかな。」

そんな風になれたらいい。何もなかった頃のようには戻れなくても、あの穏やかだった日々をもう一度、最初からやり直せたら。

「刹那も・・・きっとルイスといい友達になれるよ。彼女は明るくて優しくて・・・ちょっと我侭なところもあるけどね。僕も高価なプレゼントをねだられて、どんなに必死にバイトをしたか───。」

あの頃の事を思い出して、沙慈は少し笑った。笑ったはずなのに、何故か目頭が熱くなる。瞳が濡れる感覚を必死に堪えていると、今までずっと黙っていた刹那の声が小さく聞こえた。

《・・・大変だな。》

まさかそんな風に返されるなんて思わなかった沙慈は、目に涙を溜めたまま、クスリと笑った。こんな他愛のない会話をしたのは久しぶりだった。しかもその相手が刹那とは。

《沙慈・・・。》

「え?」

《オレは、オレの成すべき事をする。だから、お前もお前の成すべき事を───彼女を・・・ルイス・ハレヴィを必ず取り戻せ。》

「・・・刹那・・・。」

それから、沙慈は力強く頷く。ルイスを助け出す決意を改めてした事で、重く沈んでいた気持ちが少し軽くなったような気がした。

 

そして、刹那の成すべき事。

そこに、自身を変革させる決意が込められていたのだと沙慈が知ったのは、もう少し後のことだった。

 

To be continued

 

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