Heart Rules The Mind

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NOVEL




ACT.21

 

“オレは生きる。生きて明日を掴む。それがオレの戦いだ。”

相手の一方的な思いで始まった果し合いは、結局、刹那のその言葉で幕を閉じた。

トランザムを使う機体同士の戦いはかなり激しいものだったが、沙慈には目の前で繰り広げられる戦闘よりも、視界の端に時々映るもう一方の戦いの方が気がかりだった。

新たなMAで現れたルイスと、そして何故かこの宙域にいたガンダムスローネの遭遇は、当然の事ながら死闘を呼んだ。それを止めたくても、ダブルオーライザーも最早、戦闘中でどうにもならない。やがて、刹那が戦いを終えるよりも先に、後方で起きた閃光がスローネのものだと知ると、沙慈は胸を引き裂かれる思いだった。

・・・駄目だよ、ルイス。そんな事したって、君は───

たとえ、彼女が家族の仇を討ったとしても、そこにはきっと空しさしか残らない。ルイスの家族だって、彼女の手が血で染まる事を決して望んではいないはずなのに。

暗い宇宙のどこかで、沙慈はルイスの泣き叫ぶ声が聞こえた気がした。

 

《・・・沙慈! ルイス・ハレヴィの機体は?》

そう刹那の声が聞こえて、沙慈はぎゅっと握り締めていた両手の拳を解いて、小さく息を吐く。ルイスの機体は、もうどこかへ消えてしまっていた。

───反応がない。撤退したんだと思う・・・。」

《・・・そうか。》

「刹那・・・。どうしてガンダムスローネが───ルイスの家族を奪ったあの機体がここに・・・?」

《わからない。》

「ルイスは・・・・・・あの機体を───

声が震える。沙慈は、その先を言葉にする事がとてもできない。俯いて嗚咽を堪える沙慈に、刹那はしばらくは何も返さないでいた。

───すまない。彼女を止める事ができなかった。》

再び聞こえた刹那の声に、沙慈は思わず顔を上げる。まさか、この状況で刹那を責めるつもりなど、微塵もなかったのだ。

「そんな・・・。こっちだって戦闘中で、それどころじゃなかったんだし・・・。」

刹那が責任を感じることなどないと、沙慈はそう言いたかった。そして、刹那も同じ様にルイスに敵討ちなどさせたくないと思っていてくれた事がうれしかった。結果的に、それは叶わなかったとしても。

それでも───

「・・・ありがとう。」

《何を?》

いきなり何を言われたかわからない様子の刹那に、沙慈はそっと微笑んだ。

「・・・・・・そう言いたい気分なんだ。」

 

ルイスの事

あの果し合いの相手を殺さないでいてくれた事

この戦いが生きる為の、明日を掴む為のものだと言ってくれた事

 

その全てに対して、感謝を伝えたかった。もちろん、沙慈のその想いが刹那に伝わったかどうかは、わからなかったが。

そうして、しばしの沈黙の後、刹那は気持ちを切り替えるように言った。

───沙慈、ルイス・ハレヴィを追跡した気持ちもあるだろうが・・・。今は一刻も早く、トレミーと合流しなくてはならない。》

「何かあったの?」

《ヴェーダ本体の所在がわかった。》

刹那はそれ以上の事は告げずに、再びダブルオーライザーをトレミーに向けて発進させる。

遠ざかるエクリプスを背に、沙慈はふと思った。あそこで待っていたのは、一体、誰だったのだろうと。

 

□□□     □□□     □□□

 

やがて、ダブルオーライザーはトレミーと合流した。刹那が持ち帰った情報にクルーが沸き立つのを尻目に、沙慈は今頃、酷く傷ついているだろうルイスを思って、胸を痛めていた。

《大丈夫?沙慈、大丈夫?》

腕に抱えるハロのその言葉に、沙慈は「大丈夫だよ」と苦笑する。そう落ち込んでばかりいられない。何より、ルイスを救い出す事を考えなければ。

すると、背後からイアンの声がした。振り返ると、彼と共にミレイナの姿があった。

「沙慈!お前さんもちょっと手を貸してくれ。」

「どうしたんですか?」

「ラボの輸送艦から暗号通信が届いたです。まもなく新装備がこっちに到着するです。」

嬉しそうにはしゃぐミレイナに続いて、イアンも意気揚々として言う。

「ガンダム各機のパワーアップパーツに、トレミーの補給物資もたんまりだ。輸送艦が着き次第、急いで搬入作業に入るぞ。」

「わかりました。」

沙慈はそう頷くと、イアン達に続いて輸送艦の到着ハッチの方へ向かった。途中、イアンの背中に向かって尋ねる。

「・・・あの。ヴェーダの位置がわかったって───

すると、イアンは肩越しに沙慈を見て、「ああ」と首を縦に降ろした。

「月の裏側だそうだ。ポイントとしては、ラグランジュ2だな。」

「・・・ラグランジュ2・・・。」

確認するように復唱する沙慈に、イアンは付け加える。

「コロニー開発すら行なわれていない場所だ。まぁ、隠れるには打って付けってとこだが。ご丁寧にも大層な光学迷彩まで使ってな。念の入った事だ。」

「じゃあ、トレミーはそこへ向けて?」

「そういうことだ。」

すると、 イアンは急に足を止めて沙慈を向いた。思わず沙慈も立ち止まる。少し前方ではミレイナもこちらを振り返っていた。

───沙慈。いよいよ戦いは正念場だぞ。 わかっているな?それがお前さんにとって、どういうことなのか。」

沙慈を見つめるイアンの瞳が、いつになく真剣な色を灯す。その厳しい表情はこれからの激戦を物語っていた。イアンの言いたい事はわかる。この先、命の保証だってしかねないとそういう事だ。

覚悟ができているのかと問われたら、答えには詰まっていたかもしれない。だが、今は自分の身を案じるよりも優先すべき事がある。ルイスを助け出す事が今の沙慈の全てだった。

黙ったままの沙慈をどう思ったのか、イアンは何も言わない。すると、前方にいたミレイナがにっこり沙慈に笑いかけた。

「大丈夫ですよ、クロスロードさん。みんな仲間です。一緒に頑張るです。」

無邪気なその物言いが沙慈の心を軽くした。小さく頷く沙慈の肩を、イアンは肩をポンと叩き、再び歩み出す。沙慈もまたその背中を追ったのだった。

 

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やがて、リンダの乗った輸送艦が到着し、物資の搬入作業も滞りなく終わった。だが、一息入れる間もなく、沙慈はスメラギにブリッジへと呼び出された。

ブリッジに沙慈が足を踏み入れると、刹那達ガンダムマイスターが勢揃いしている他、今はソーマ・ピーリスと名乗っているマリーの姿もあった。彼らはカメラが捕らえた月付近の画像をもとに 、論議をしているようだった。

沙慈も話の邪魔にならないよう、そっと輪に加わる。足元に大きく映し出された映像に目をやると、そこには月へ向かうトレミーの進路を阻むかのように、アロウズの艦隊の集結している様子が見て取れた。

───やはり間違いない。あの場所にヴェーダがある。」

「イノベイターの本拠地もな。」

確信を持って告げるティエリアに続いてロックオンがそう言うと、みんな一様に頷いた。沙慈は黙って話の行方を窺う。ヴェーダの所在がわかったと言っても、簡単に奪還できるわけではない。月へ行くには、まずあのアロウズの大艦隊と正面からぶつかる事になるのだ。沙慈ですらわかるこの厳しい状況に、重く緊迫した空気が流れる。

どうするつもりなんだろうと沙慈が刹那に目をやると、彼の出した結論は呆れる程、端的なものだった。

「アロウズ艦隊を突破し、ヴェーダを奪還する。」

それはあまりにも無謀なのではと沙慈は思ったが、そこに異を唱える者はいなかった。つまり、全員にその覚悟があるという事なのだ。

「・・・今までにない激戦になるな。」

ティエリアの言葉には沙慈もただ頷くばかりだったが、ふと刹那の視線が自分を向いているのに気づいた。

───もしかして、僕の事を心配してくれてる?

しかし、沙慈の気持ちはもう決まっている。先程、イアンにも同じ様な事を言われたばかりだ。

「・・・行くよ。僕の戦いをするために。」

すると、沙慈の身を案じてか、スメラギが心配そうな顔で何か言おうとした。だから沙慈は彼女を見つめて、しっかりと自分の意志を伝えた。

───決めたんです。もう迷いません。」

きっぱりそう言い切ると、もう誰も何も言うことはなかった。沙慈に続いて、今はソーマ・ピーリスと名乗るマリーも戦いへの参加を表明する。

「私には、そうするだけの理由がある。」

頑なに自身の意思を貫こうとする彼女を、心配げな様子で見守るアレルヤをよそに、ロックオンは「そうだな」と首を縦に下ろした。

「目的は違っても、オレ達はあそこに向かう理由がある。」

皆で月へ行こうという意志が取れるロックオンの言葉には、沙慈も力強く頷く。そうして、全てを集約するように刹那が言った。

「思いは未来に繋がっている。オレ達は未来の為に戦うんだ。」

その刹那の言葉に、ティエリア、そしてアレルヤ、ロックオンがそれぞれの思いを込めて続ける。

「イノベイターの支配から、人類を解放する為に。」

「僕やソーマ・ピーリスのような存在が、二度と現れないようにする為に。」

「連邦政府打倒がオレの任務だ。イノベイターを狙い撃つ。」

彼らのその覚悟と決意を聞いて、その場にいた沙慈も自然と身が引き締まり、緊張が高まっていく。そして、再び刹那が口を開いた。

「オレ達は変わる。変わらなければ、未来とは向き合えない。行こう、月の向こうへ───

激戦を前に刹那が口にするのは、絶望ではなく希望だ。ふと、沙慈は刹那を見つめる。刹那は最近、“未来”という言葉をよく言うようになった。こんな状況下で、とかく後ろ向きになりがちな自分とって、それはとてもありがたいと思う。

だが。

刹那の言う“未来”に、彼自身の未来もちゃんと含まれているのか、その時、少し沙慈は不安を感じたのだった。

 

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ブリッジを出た沙慈は、前を行くロックオンの背中を見つけて、思わず声をかけた。先程の彼の発言に、気になる箇所があったからだ。

「あの・・・もしかして、カタロンの人だったんですか?」

連邦政府打倒が任務だと言うからにはそう思うのは自然な事で、考えてみれば、それ以外でも思い当たるフシはいくつかあった。

長身のロックオンは、何も言わずにただ沙慈を見下ろす。その顔は、まるで「それがどうした」と言わんばかりだった。

「・・・あ、すみません、あの・・・。さっきの話の中で、ちょっと気になって───

マズイ事を聞いてしまっただろうかと内心焦る沙慈に、ロックオンは唇を斜め上へと持ち上げて苦笑した。

───いいさ。今更、隠しても仕方がない。周りの連中には、とっくにバレバレだったしな。」

ああ、やはりと沙慈は眉を顰めた。以前、彼にカタロンの施設での事を問い詰められたのも、そういう理由があったのだと納得できた。だから、沙慈は改めて深々と頭を下げた。

「あの・・・本当にすみませんでした。カタロンの施設のこと───

自分の犯した罪は、一生消えることのない傷として心に深く刻まれている。思い返すだけで辛いが、沙慈はぎゅっと拳を握って耐えた。そんな沙慈に、ロックオンは呆気に取られた顔をした後、クスリと鼻を鳴らす。

過ぎた事だ。それに、別にアンタに謝罪してもらって どうにかなるもんじゃない。失われたものは、二度ともとには戻らないんだからな。」

「・・・・はい。」

恨まれても憎まれても、仕方がない。決して許される事でないのもわかっている。たとえ許してもらえなくても、沙慈はただ一言謝りたかった。ロックオンはそんな沙慈をどう思ったのか。ただ苦笑を浮かべただけで、ふと話の方向を変えた。

───にしてもだ。戦いに参加する気合は充分。まさか、そんな根性のあるヤツだったとはな。」

からかうようなその口調に、沙慈も苦笑いで返す。と、ロックオンは右手で髪をかき上げて言った。

「ま、頑張れよ。アンタの助けを待ってる人間がいるんだろう?」

───はい。」

沙慈が頷くと、ロックオンはその瞳を細めて微笑した。そして「ちゃんと助け出してやれよ」とだけ言い残して、沙慈の前を去って行く。そのロックオンの背中に、アニューを救えなかった悲しみを沙慈は感じた。

 

やがて、艦内に第一種戦闘配備を告げるスメラギの声が響く。

オーライザーに向かう沙慈の行く手に刹那が見えた。声をかけると、刹那は足を止めて沙慈を振り返る。と、刹那の手には何故か花の鉢植えがあった。

「どうしたの、それ?」

「フェルトからもらった。リンダ・ヴァスティがラボで育てたものだそうだ。」

「綺麗だね。」

まさかこんな時に花を見るとは思わなかったので、沙慈は目を細めて穏やかに微笑む。すると、刹那はその鉢植えをすっと沙慈に差し出した。

「欲しいのなら、お前にやるが。」

「・・あ、いや、僕はそういうつもりで言ったんじゃなくて。それに、この花は君が彼女からもらったんだろう?だったら、君が大事にしないと・・・。」

フェルトの心がこもったものを、沙慈が受け取るわけにはいかない。彼女が刹那にどんな想いを抱いているにしろ、少なくとも好意である事には間違いないのだから。

「ちゃんと無事に帰って───君がこの花を育てなくちゃ。」

沙慈はそう刹那の未来に1つ、やるべき事を示しておく。刹那がその約束を果たしてくれるようにと、願いを込めて。

沙慈の眼差しに、刹那は目線を手元の鉢植えに落とす。そうして刹那が沙慈に返したのは、淡い微笑だけだった。

 

 

To be continued

 

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