ACT.23
《行かせるか!ガンダムっっ!!》
声とともに、突如としてMAが現れる。
敵母艦に向けて、今まさに侵入をしようとした刹那と沙慈のダブルオーライザーは、その行く手を阻まれた。刹那が応戦する相手に沙慈は目を見開く。それはずっと探していたルイスの機体だったのだ。
「ルイス・・・っ!!」
容赦なく斬りかかるルイスに、刹那は防戦の一方だった。沙慈は必死でルイスに呼びかけるが、彼女は聞く耳を持とうとはしない。
《お前達は世界を乱す悪だ!お前達さえいなくなれば───》
「違うよ、ルイス!そんなんじゃ、誰も幸せにはなれない!戦いで勝ち取る未来なんて、本当の未来じゃないよ!僕たちはわかりあうことで未来を築くんだ。そうだろ?!ルイス!!」
《その未来を奪ったのはお前達だ、CB!戦争を仕掛けたのも───世界を歪めたのも───!!》
突然、ルイスの機体は、ガンダムを上回る大きさのMSへと変形を遂げる。そしてなおも激しい攻撃を続け、ついにはダブルオーライザーを捕らえ、そのまま抱え込んでしまった。
《もう逃げられないぞ!ガンダムっっ!!》
そう殺意と狂気をはらんだルイスの声がした。しかしそこへ、特攻兵器と化したMSが突進して来る。
「やめるんだ、ルイス!!このままじゃ、君も───!」
《それがどうした!!貴様達を倒す為ならっ!!》
沙慈の叫びにもルイスは動じる事はない。ガンダムさえ倒す事ができれば、自分はどうなっても構わないと言い捨てる彼女に、沙慈はそんな覚悟は間違っていると思った。
───駄目だよ、ルイス!
ここで、こんな風にみんな死んでしまっていいわけない!
「・・・駄目だ───っっ!!」
そう叫ぶのと同時に、沙慈は思わず、ミサイルの発射口を特攻兵器のMSへ向け、トリガーを引いていた。
瞬間、起こる轟音と爆炎。
激しい衝撃が沙慈を襲い、視界が急速に奪われていく。遠ざかる意識の中、沙慈はルイスとそして刹那の無事をただ祈った。
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《・・慈、沙慈!沙慈・クロスロード!!》
自分を呼ぶ声に、沙慈は閉じていた瞼を持ち上げた。一瞬、何が起きたのか分からない。記憶の中に少しの空白を見つけて、自分が気を失っていたのだと気づいた。
「・・・あ、ルイスは!?」
あの爆撃の後、何がどうなったのか。特攻兵器のMSに向けて放った自分のミサイルが、全て命中したとは思えない。今、自分がこうして無事なのは、刹那が何とかしてくれたという事なのだろうか。
では、ルイスは?沙慈は慌ててルイスの機体に目をやると、損傷はしているものの、大破しているわけでもない。だが、何の反応も示さないその様子に、沙慈の胸に不安が過ぎった。
と、そこへ。
《大丈夫だ。》
刹那の声と同時に、ガンダムの掌に横たわるパイロットスーツの姿のルイスがモニターに映し出される。
「ルイスっっ!!」
沙慈はそう叫ぶと同時に、オーライザーのコクピットから飛び出した。宙を蹴って、ガンダムの掌に舞い降り、ルイスを抱き起こす。外傷は特に見られないようだが、いくら名前を呼んでも彼女の瞳は閉じたままだった。沙慈は意識のないルイスを強く抱きしめる。とにかく、彼女が無事なだけでもよかったと。
すると、ガンダムのコクピットが開き、刹那が顔を出す。刹那はそこから半分だけ身を乗り出すと、沙慈を見下ろす体勢で言った。
《───沙慈。お前は
ルイス・ハレヴィを連れて、安全なところへ行け。》
「・・・え?」
沙慈はルイスの肩に埋めていた顔を上げ、刹那を見た。と、刹那は敵母艦に向けて、右手を掲げる。
《あそこからなら、敵母艦内部へ侵入できる。》
そう刹那が指差す方向を振り返ると、確かに侵入通路らしきものが沙慈にも確認できた。沙慈は再び視線を刹那に戻すと、刹那の次の言葉を待つ。
《トレミーから転送されてきた敵母艦の内部構造のデータによれば、あの入り口付近の未使用のスペースがある。空気もあるようだし、ひとまず安全だろう。戦いが終わるまで、お前は彼女とともにそこへ。》
刹那は、沙慈に戦線離脱しろと言っているのだ。確かに、ルイス救出に成功した今、沙慈が戦う理由はなかった。
「・・・でも───刹那は?」
《オレは、ヴェーダの奪還に向かう。》
「・・・だったら、僕も───」
思わず口から零れた出た言葉に、沙慈自身、驚いて目を見開く。
“僕も”? 僕も、どうするって言うんだ?
刹那と一緒に戦うとでも言うのか?
ルイスを抱きしめたままの格好で、沙慈は俯く。何と言っていいのか、わからなかった。決して、戦いたいわけではない。ただ、ここで刹那と別れるのが、彼を1人で行かせるのが嫌なだけ。
怖いのだ。このまま、刹那と二度と会えなくなってしまうのではないかと、不安で堪らない。
言葉に詰まる沙慈を、刹那はどう思ったのか。刹那はただじっと、沙慈を見つめただけだった。
《全てが終わったら、迎えに行く。何かあったら、トレミーに連絡を。》
淡々と告げられる刹那の言葉。刹那はそんなつもりはないのかもしれないが、“何かあったら”などと言われると、刹那が迎えに来れない事があるように聞こえて、沙慈はますます不安の色を濃くした。
そのまま刹那がコクピットの中に消えようとしたので、沙慈は慌ててその背中に叫んだ。
「・・・刹那っっ!!」
すると、刹那は肩越しに沙慈を振り返る。沙慈は刹那を真っ直ぐ見つめながら、ルイスを抱える腕に力を込めて言った。
「・・・君が・・・迎えに来てくれるのを待ってる。だから───約束してくれ。必ず・・・必ず、生きて帰るって。」
そんな約束を取り付けたところで、それが果たされるかなどわからない。それでも刹那には生きていて欲しいから、沙慈は言わずにはいられなかった。
ややあってから、刹那は頷く。
《約束する。》
そう短く返しただけで、今度こそ刹那はコクピットへ戻ろうとする。消えない不安を胸に、沙慈は刹那を見送るしかなかった。
と、不意に刹那は動きを止め、沙慈に背を向けたままで言った。
《・・・・・・ソラン。》
「・・・え?今、何て?」
小さな刹那の呟きは、沙慈には聞き取り難い。聞き返すと、刹那は再び沙慈を振り返り、先程よりもはっきりとした声で告げた。
《・・・ソラン・イブラヒム───オレの本当の名だ。》
瞬間、沙慈は目を見開く。まさか、ここで刹那の本名を教えてもらえるとは思わなかった。刹那は前に沙慈が話した事を覚えていてくれたのだ。驚きとともに嬉しさが胸に込み上げる。
「・・・“ソラン”───素敵な名前だね。」
思わず、沙慈は笑みを零した。刹那も微笑を浮かべたが、それも儚く一瞬で消え、すぐさま険しい表情になる。
《・・・!敵が来る!!急げ、沙慈っ!》
刹那の指示に、沙慈はルイスを抱きかかえてガンダムの掌から舞い降りた。沙慈がある程度、離れたのを見計らうと、刹那の操るダブルオーライザーは、戦火の中へあっという間に消えていく。
───刹那
どうか、無事で
君の事を “ソラン” と呼べる平和な世界を
未来を
僕も信じて待っているから
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「・・・本当だ。空気がある。」
刹那の指示どおり敵母艦にルイスとともに侵入した沙慈は、そのブロックに無人の部屋を見つけた。それほど広くはないが、ルイスと2人隠れるには何の問題もないスペースである。
沙慈は自分のヘルメットを脱ぎ去ると、少しだけノーマルスーツをくつろげた。そしてルイスのヘルメットも脱がせ、彼女の体を横にする。
「・・・ルイス、ルイス!」
なおもルイスに呼びかける。と、彼女の瞼が僅かに揺れた。
「・・・沙・・・慈?」
目を開けたルイスを、沙慈は心配そうに覗き込む。まだ意識が混濁しているような彼女は、ただぼんやりとその瞳に沙慈の顔を映しているだけだった。
だが。
突然、そのルイスの手が沙慈へ伸びたかと思うと、首を掴み上げ、そのまま一気に引き倒した。
「・・・!ル・・・っ!!」
「・・・CB!!パパとママの仇っっ!!」
ルイスは沙慈に馬乗りになるような体勢で、首を絞める両手にいっそう力を込める。何とか逃れようにも、ルイスの手はびくともしなかった。
「・・・ルイ・・ス・・・!」
「死ねっ!!死ねっっ!!」
輝くルイスの瞳は、いつか見た刹那の瞳の輝きと良く似ていた。そして、その光は今は憎悪に満ち溢れてている。ものすごい力で首を締め上げられる沙慈は、顔を歪めるしかない。
ふと、ルイスの目が沙慈の胸に落ちる。そこには沙慈がいつも胸から下げていたあのリングがった。すると、ルイスの瞳はみるみる内に溢れんばかりの涙を溜めていく。それは、ルイス
がこんな事を望んでしているわけではない事の証だと沙慈は思った。
「・・・ル・・・・」
酸素を奪われ、苦しい息の中、沙慈は必死でルイスに手を伸ばす。と、ルイスの涙がとうとう溢れて、沙慈の頬を叩いた。
突如として、沙慈の首からルイスの手が離れる。そして、ルイスは突然、両手で自分の頭を抱えて苦しみだした。その様子は尋常ではない。
「ルイス・・・!どうしたんだ!?ルイス!!ルイス!!」
苦しみに喘ぐルイスの姿に、沙慈はどうしていいのかわからなくて、ただ彼女の名前だけを必死に呼んだ。
やがて、悲鳴が途切れたかと思うと、ルイスはその場にバタリと倒れ伏す。目を見開いたまま倒れたその姿に、最早、生気はなかった。
・・・そんな・・・ウソだ・・・!ルイスっっ!!
沙慈はルイスの体を抱き寄せる。視界が歪んで、頬に熱いものが伝った。
「・・・ルイス───っっ!」
それから、どのくらいの時間が過ぎたのか。
不意に、暖かい光が周囲を取り巻いていることに沙慈は気づいた。ルイスを抱きしめたまま、涙に濡れる瞳で沙慈は辺りと見渡すと、周囲は光に満ちていた。
すると。
“───沙慈”
沙慈の頭の中に、直接、ルイスの声が響く。
「ルイス?!」
腕の中のルイスを見ると、堅く閉じたはずの彼女の瞳がゆっくりと開いていく。再び沙慈の顔を映したルイスの瞳に、もう憎しみの光はない。
「・・・沙慈・・・。」
今度はルイスの口が動いて、ちゃんと沙慈の名を呼ぶ。
「・・・ルイス!!」
沙慈はルイスを抱きしめた。先ほどまで悲しみに濡れていた瞳が、喜びのそれへと代わっていく。彼女の温もりを確かめるように、沙慈は強く強く抱いた。嗚咽する沙慈の肩口で、小さくルイスが言った。
「・・・沙慈・・・。私、もう・・・」
「・・・何も言わなくていいさ・・・。わかってる───。」
家族を奪われた哀しみ
復讐を誓った哀しみ
戦いながら自分自身を傷つけて、ずっと心の中で泣いていた事
僕は全部、わかってるから
だから、何も言わなくてもいいんだ、ルイス
君はただそばにいてくれるだけで
「・・・ねぇ、沙慈。この暖かな光は何?心が溶けていきそうな・・・」
「───刹那だよ。」
沙慈は答えた。沙慈には、刹那の声も聞こえた気がしたのだ。みんなの命を消させまいと、未来を創る為に自分達が変わると、そう叫んだ刹那の声が。
「・・・刹那?」
「そうだよ。彼の心の光───未来を照らす光だ。」
「・・・未来・・・。」
そう微笑むルイスはとても穏やかな顔をしていた。それは、きっとこの光のおかげなのだろう。沙慈の想いも、この光がきっとルイスに全て届けてくれたに違いない。沙慈は、そう思っていた。
「・・・ねぇ、ルイス。聞いて欲しい事がたくさんあるんだ。君と会えない間、僕に起こった事、僕が感じた事───CBや刹那の事も・・・。」
「・・・うん、沙慈。聞かせて?」
優しい光を取り戻したルイスの瞳から、暖かな涙が落ちていった。
To be continued