Heart Rules The Mind

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NOVEL




ACT.3
 

それから、しばらく沙慈が刹那と接触する機会はなかった。

もちろんすれ違う程度のことはあったが、じっくりと話し合う時間など到底作れなかった。

言うまでもなく、刹那達マイスターは出撃しなくともそれなりに忙しいわけで、おいそれと沙慈が話しかける余裕などないというわけだ。

おかげで沙慈は、制限があるとはいえ、せっかく艦内での自由を手に入れたというのに、ただ遠巻きに刹那達を見ているしかなかった。

 

だが、見ていて気づいたことがある。

いくら守秘義務で互いの個人情報を秘匿しているとしても、CBのメンバーでかつマイスター同士だというのに、彼らは一切、互いを干渉することがない。

今まで優しい家族や友人に囲まれて育った沙慈にとって、それは酷く不思議だった。

正直、今まで戦争とは関わりのない環境にいた沙慈には、軍隊などの組織のことはわからない。

だが、いつ死ぬかわからない戦地に赴く状況下にあって、こういう組織は 同じ目的を持つ者として、もっと一致団結しているものなんじゃないのかと勝手にそう思い込んでいた。

なのに、実際は実に淡々としたものだ。

もちろん沙慈のわからないところで、強い絆があるのかもしれないが。

それでも、沙慈が知っているような暖かい人間関係とはまるで違うようで、どこか寂しい気すらしてしまう。

いや、比べる事自体、間違っているのかもしれないが。

「・・・ガンダムマイスター同士でも、そんなに仲良しってワケでもないのかな。“仲良し”って言葉もおかしいか。ここは学校じゃないんだ・・・。」

自室で沙慈はそう苦笑した。

 

そして、気になることはもう1つある。

“ロックオン”というガンダムマイスターの存在。

こと人間関係が希薄なマイスター達の中ですら、彼はどこか浮いて見えた。

彼を見るみんなの目が、どこか普通じゃないのだ。

あの刹那でさえ。

 

・・・・何か、特別な理由があるのかな・・・・。

 

もちろんそれが何なのか、沙慈には知る由もない。

考えてもわからないことが山積みで、沙慈はベッドに大の字に横たわるしかなかった。

 

 

■■■   ■■■   ■■■

 

 

その夜、寝付けなくて部屋を抜け出した沙慈は、数少ない出入り 自由の場である展望デッキへと行った。

深海を映す大きな窓は、まるで宇宙にいるかのような錯覚を覚える。

真っ黒な窓の外がなんだか妙に懐かしくて、沙慈は窓に張り付いた。

 

すると。

「よぉ、どうした?こんな時間に。」

何の前触れもなく突然背後からした声に、沙慈は驚いて振り向く。

「・・・・ロックオン・ストラトス・・・・。」

うっかりそう口に出してしまったが、 明らかに自分より年上であろう彼を思わず呼び捨てにしてしまい、沙慈はまずいと肩をすくめた。

以前、アレルヤに名まえを聞いていたとはいえ、本人と直接話すのはこれが初めてなのだ。

だが、ロックオンはそんなことは気にした素振りは見せずに、眉を吊り上げて笑った。

そのままゆっくりと歩みを進め、沙慈の横に立ってデッキの窓を向く。

───アンタだろう?CBに保護されてる民間人って。」

不躾にそう言われて沙慈が何も返せずにいると、ロックオンの口元が斜め上に持ち上がった。

「カタロンに間違われて捕まったんだって?」

「僕はコロニーの建設現場で働いていただけです。ただ一緒に働いていた先輩が、どうやらカタロンの人だったらしくて・・・。同じ現場にいたというだけで僕も・・・。」

「そいつは災難だったな。」

同情してくれてるのかもしれないが、沙慈にはそのロックオンの気安い口調が鼻についた。

やや眉を顰める沙慈に、ロックオンは口元だけで笑う。

「まぁ、でもラッキーだったじゃないか。あの石炭精製施設で展開されるはずだったカタロン 側の救出作戦は、アロウズの奇襲で壊滅的。CBが介入してくれたおかげで、アンタも命拾いしたんだろう?」

「それは・・・。」

そのとおりなのだが、あいにく沙慈はそれを素直に喜べる状況にはいない。

言葉を噤み、立ち尽くした沙慈をどう思ったのか、ロックオンはふーん?と腕組みして見せる。

「恨んでるかい?」

唐突に言われて、沙慈は少し目を見開いた。

「“誰”をですか?」

「誰でもさ。アンタを捕らえた保安局の連中でも、その原因を作ったカタロンでも、それとも理不尽に命まで奪おうとしたアロウズでも。憎むべき対象はいくらでもいるだろ?」

「・・・別に恨んでなんか───そんなこと、考えたことも・・・。」

たとえ納得は行かない事はあったとしても。

それよりも、沙慈にはCBへに対しての感情が強いからかもしれないが。

ロックオンはそんな沙慈を上から見下ろし、人の悪そうな笑みを浮かべる。

「優等生だねぇ。」

「バカにしてるんですか?」

「いや、ホメてるのさ。こんな物騒な世界で、そういうお優しいことが言えるのは立派だと思ってね。」

薄ら笑いでロックオンはそう言うが、その目はずいぶんと冷ややかなものだ。

人を食ったような態度、そしてどこか小馬鹿にしているような目つき。

確か、こないだティエリアは彼を信用できないと言っていたが、それは何となく沙慈もわかる気がした。

どこか苦手なタイプかもしれない。

だが、それでも刹那と同じマイスターの1人には違いないわけで、沙慈は何か聞きだせるだろうかと会話を続けてみることにした。

「・・・あの。ロックオン・・・さん。」

「“さん”づけはよしてくれ。ただでさえ、この名まえにはまだ馴染みがないんだ。ますます違和感を感じるからな。」

「え?馴染みがないって・・・・。自分の名前なのに?」

「ま、所詮、コードネームだし。」

返ってきた答えに、沙慈の目は見開く。

「コードネーム?!本当の名まえじゃ・・・ないんですか?」

驚いて問いただす沙慈に、ロックオンは何でもないことのように告げた。

「ああ。ここじゃ、組織内で呼び合う名前もコードネームを使用するようになってるのさ。」

そんな事実を知らなかった沙慈は、動揺を隠せない。

だが、ロックオンはせせら笑うように付け加えた。

──おっと。これ言っちゃマズかったかなぁ。ま、いっか。どうせ本名が知れるわけでもないんだし?」

 

そこへ、刹那が現れた。

「ここで何をしている?!」

問い詰めるようなその刹那の口調に、ロックオンはおどけたように手を広げた。

「別に?ちょっと世間話をしてただけさ。なぁ?」

そう振られて、沙慈はおずおずと頷くしかない。

そんな2人の様子をどう受け取ったのか、刹那は一定の間を置いてから、改めて口を開いた。

「ロックオン、5分後にブリーフィングルームでミーティングだ。」

「了解。」

ロックオンは右手を軽く上げて合図する。

すると、ロックオンへの用件は終わったのか、刹那は沙慈を見据えた。

「沙慈・クロスロード。お前は自室に戻って休め。もう夜も遅い。」

それだけ言うと、刹那はさっさと踵を返す。

それを追いかけるように、ロックオンもデッキから歩き出した。

去り際に、「じゃあ、またな」と沙慈に言い残して。

 

1人展望デッキに取り残された沙慈の耳に、ロックオンが「待てよ、刹那」と叫んでいる声が届いた。

 

───刹那・F・セイエイ。

その名前がまさかコードネームだなんて。

じゃあ、刹那の本当の名前は一体、何というのだろう?

 

名前すら知らない。

刹那のことで自分が知っていることなど何もないのだと、沙慈は改めて思い知った夜だった。


 

 

To be continued

 

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